128 子どもに伝えたいこと2

LEGO work by upolu.
Photo by paco.

前回のコミトン「126 子どもたちに伝えたいこと」の冒頭で、教育学者の斉藤孝に少しふれたのですが、その後、彼の著作などをあたっていて感じたことをベースに、もう少しこのテーマを追ってみたいと思います。

■斉藤孝の教育思想

斉藤孝のメッセージを特徴づけるものとして、「型を学べ」というものがあります。日本の伝統芸能である能や狂言、歌舞伎では、型という方法で技術や精神を伝えます。わかりやすい狂言で言えば、笑いを表現するための型があり、口に片手の袖を当てて、大きな声で「わっはっはっはっはっ」といいながら（笑いながら、ではなかったりして）、顔を上に向けていきます。徹底的に様式化された笑の演技を繰り返し稽古し、パターンを完璧にできるようになると、今度ははじめてそれを崩せるようになり、型に裏打ちされた崩しができるようになると、本当の演技者になれる、と考えられたりします。相撲や柔道でも、決まり手があり、それを繰り返し練習することで、自在に使いこなして相手を倒すことができるようになる。型は、何かに習熟するときに有効な手段であり、学校教育の中でも活かしていくべきだというのが、斉藤の思想です。

このような考え方をもとに、教師のあとについての復唱（国語や歴史など）や、呼吸法を繰り返し練習するといったことが、彼の指導の中で行われます。ちなみに斉藤孝は東大法学部卒の明治大学文学部教授（1960年生まれ）ですが、自ら小学生向けの授業も行っています。

『子どもに伝えたい＜3つの力＞』では、3つの力として「コメント力」「段取り力」「まねる盗む力」を提示しました。コメント力には要約力・質問力・コメント力が含まれていて、論理思考に近い内容です。段取り力は戦略性までを含んだ概念になっています。松下幸之助が電球ソケットをはじめて売ったときの大胆な販売戦略が例に挙げられていることからもわかるのですが、目的を実現するための広い意味での戦略までも含んだ、道筋をつくる力を段取り力と呼んでいるわけです。まねる盗む力は、「師匠の口伝で学んでいく落語家の徒弟制度」が例に挙がっていて、手取り足取り教えてもらうのではない盗み取る力をつけることの重要性が説明されます。

日本の伝統的な学びのメソッドを今の教育の中にうまく復活させようとする姿勢、そして論理だけでなく、彼自身が子供と直接対峙して学びを作っていく姿勢には共感を覚えるし、彼の支持者は少なくありません。本の著者としても優れた文才があり、スポーツ、伝統芸能、コミックス、アニメなどさまざまな領域の事例を引きながらのメッセージは、それ自体、興味が尽きません。

しかし、彼が次世代の教育システムを作ろうという正面切ったこころざしを持ち、特に今文部科学省が推進している「生きる力」「ゆとりの教育」を批判しているロジックを見ていると、何か違うという印象を感じてくるのです。

■how? or what?

斉藤孝のアプローチを見ていると、次第に気づくことは、斉藤の展開していることの多くが、メソドロジー（方法論）であって、そのメソッドを通じて、斉藤が何を実現したいのかという目的（What）が語られていないことです。

「うまく身につけるためには」……型、まねる力、コメント力が重要というのはとてもよくわかるのですが、では「何を身につければいいのか？」「なぜそれを身につけるといいのか？」「それを身につけて何をするのか？」という問いには答えられていません。

『子どもに伝えたい＜3つの力＞』では、教育の目標として「アイデンティティの獲得」が挙げられています。アイデンティティの獲得は、教育心理学のような分野で、発達の基本的な尺度やゴールとして設定されているので、これを教育の目標にするのは学問的には「正当」なのでしょう。

しかし、アイデンティティという言葉は、「What?」が見つかるかというゴールに対しては、まだいささか距離があります。アイデンティティにはいろいろな定義や概念がありますが、「自己同一性」とか「自己存在証明」といった訳語で説明されるように、「ほかの誰かと違う私の特性」をさしていると考えられます。このようなアイデンティティは、個人のゴールのひとつである職業選択の基盤として役に立つはずです。しかしアイデンティティは自分が職業を絞り込んでいくときのベースにのひとつにすぎず、アイデンティティが確立されれば仕事が決めれるようになるとは考えられません。

職業ならまだしも、もう少し日常的な問いに答えるためには、アイデンティティはいささか頼りなくなります。「今度の休日何をするか？」「今度の夏休みに何をするか？」といった身近で日常的な選択には、アイデンティティがわかれば、うまく選べるでしょうか？　うまく決められるかもしれないのですが、少なくとも斉藤の著作からは、

型や3つの力 → アイデンティティの獲得 → 今度の休日の行動を決められる

という流れがつながるかというと、すっきりと理解することができません。

「選択科目で何を選ぶか」「自分はどんな本を読めばいいのか（好きなのか）」「どんなスポーツがいいのか」そして、今目の前にぽっかり空いた3時間の暇な時間を、「テレビを見て過ごすのと、それ以外の何かをするのと、どちらがいいのか」といった日常的な問いには、アイデンティティはたいした答えを提供してくれません。

斉藤は、「現代人の体は冷えている」と表現し、「レスポンスする暖かい体」を目標に掲げるのですが、「レスポンスする体」があれば、「今目の前にある3時間」を主体的に使えるようになるのかというと、少し違うような気がします。自分なりの今のやりたいことや目標があれば、時間ができたときに素早くレスポンスし、やりたいことをやっていくからだが意味を持つでしょう。しかしもともと「何をやればいいのか」をもてない限り、レスポンスしても条件反射のように行動しているだけで、空回りになるだけです。

斉藤は、人と主体的にコミュニケートし、関わる（コメント力、レスポンス）ことから、自分を発見できれば、自分の行動の方向が決まってくると考えていると思われるのですが、僕からみると、この状態は、フットワークは軽く、ともに行動することはできても、やはりその行動のゴール（目標＝What？）がどこにあるかは、相変わらず棚上げされたままだと感じられます。斉藤の授業を通じて、子どもたちが実際に自分のWhat?を発見できているのかという点についてはわからないのですが、すくなくとも斉藤は、子どもたちが「やりたこと」を自ら発見していくことについては、あまり注意を払っているように見えません。

■時間の使い道を自ら発見させる

僕が実際に自分自身で、そして子どもに対してやってきたアプローチは、むしろ反対です。まず、自分の人生が選択の連続であることを理解できるように、問いを繰り返します。

今日の夕食に何を食べるのか。家で食べるのかレストランに行くのか。食事のあとは、テレビを見るのか、本を読むのか。本は何を読むのか。

日本の家庭で多いのは、1日中居間にはテレビがついていて、食事のあとは自動的にテレビを見ているという状況かもしれません。僕の家ではテレビを日常的につけておくことはありません。テレビは読書と同じように、自分でリモコンを取り出し、自分で番組を選んで一定の時間みるものであり、娯楽であるにせよ、情報源であるにせよ、自分が楽しんだり学んだりしたいからつけるもの、という状態にしておきました。

子どもにも自分にも時間をたっぷり用意し、暇をもてあますようにし向けて、退屈の良さと退屈の恐怖を理解させるということもしました。夕食のあと、僕も妻も、寝ころんで休んでいるときは、肩の張らない雑誌を読んだり、テレビをだらっと見ていたりしますが、「休む時間は終わり」と切り上げたら、自分がやりたいこと、やるべき仕事をきっぱりやってきました。子どもも同じように、自分でやるべきことを探すのですが、自分以外の家族がさっさとやることを見つけて始めてしまうと、やることがない自分はとても惨めになる、という経験をできるようにしたわけです。

こうなると、子どもは焦ります。親はすでに自分のやりたいことの世界に入っていて、自分だけ夜中に目が覚めてしまって寝付けないような、困った状態になるのです。この状態から脱するために、幼稚園ぐらいの頃は親のところに来てちょっかいを出したりしているのですが、年齢が上がるにつれて、人より先に自分は自分のやりたいことを見つけてさっさとやるのがいちばんいいとわかり、そのように行動することになるのです。もちろん、自分で何かを見つけられるようになるにはそれなりの練習が必要で、これについては後ほど書きます。

こういう経験を続けていくと、ベーシックな理解として、自分には無限の時間が与えられていること、その時間の使い方は自分以外の人が決めてくれるわけではなく、自分で決めることができれば楽しく充実した時間が過ごせることがわかってくるのです。

子どもに伝えるべき、一番大事な力は、自分で自分が持っている時間に何をするかを、決められる力であり、自分の時間ができたときにすぐにそれを始められる力だと、僕は考えているわけです。

■何をする？の積み重ねにアイデンティティが見えてくる

何も決められていない時間がたくさんあり、それを何で埋めるのか（What?）を自分で考えなければならないという状況が日常になると、退屈する予防策もあって、やりたいことのリストを頭の中に持つようになります。

1日何もすることがないなら、ドールハウスの家具をつくる
半日することがないなら、ブライスドール*の服をつくる
1～2時間なら、英語版のCD-ROMゲーム
15分なら携帯のゲーム

* 最近注目のファッションドール
http://www.blythedoll.com/

もちろん、これは一例で、やりたいことのリストも常に変ります。

時間を常に「余らせて」おくと、子どもは退屈を怖がり、自衛策のためにやりたいことを持つようになります。最近ではすっかり習慣になり、「レストランに外食に行く」「おばあちゃんちに行く」「親のともだちのうちにいく」というように、子どもが退屈する瞬間がありそうな場合は、自分でシチュエーションに合わせた、何かしらの道具を持って行くのがあたりまえになっています。「道具」といっても、紙と鉛筆のような場合から、いつも持っている携帯電話のゲームでいいや、という場合もあるし、ゲームボーイの「とっとこハム太郎」のこともあるし、自分が作った箱入りミニドールハウスのこともあります。宿題の漢字と計算のプリントのこともありますが。

日常的に自分が今やることを考える習慣が付いてくると、自分が飽きずにやれることはどんなことなのかに目を向けるようになります。「これは完璧に飽きないもの」と思って持ったものが、意外に短時間で飽きてしまう経験もするし、やろうと思っていたのに、状況によってできないこともわかります。持って行ったものよりその場にあるもので遊べる自分を発見したりもします。

自分が好きなタイプのことはどういうことなのか、小さなことから大きなことまで、自分で判断し、選び、ときに成功したりときに失敗していると、自分がどんなことが好きな人なのか、どんなことで満足し、どんなことでは不満なのかが自覚できるようになります。その記憶が積み重なり、次第に像を結ぶようになってくると、その像が自分のイメージ、つまりアイデンティティなる、というのが僕の理解です。

■好きなことを自分で見つけられるようになる4つの条件

自分がやりたいことをいつも自分で見つけられるようになるために、僕らはこんなことをやってきました。

まず第一に、時間をふんだんに用意すること。子どもと過ごす時間の中に可能な限り大人が決める用事を入れずに、子どもを退屈できる状態にします。

今の子どもたちは、常に大人から何かを与えられていて、退屈できるような時間の空白がほとんどありません。幼児期になればもう習い事が日常化し、小学生では週に8件の予定をこなす子どももいます（もちろん学校以外に）。時間は、常にやることで埋められ、しかもその「やること」は、親が選んだことがほとんどです。

時間をたっぷり用意し、退屈寸前の、「やりたいこと飢餓」の状態におくことから、「自分がこれがやりたい」という思いが生まれるのです。

第二に、自分で選ぶというメッセージを出し続けること。

習い事にしても、親の多くが「習い事などは子どもがやりたいからやらせている」と考えているのですが、子どもは親の表情を実に正確に読み取ります。「プール教室に行ってみる？」と聞いたときの親の表情から、「プールに行くことを望んでいるのだな」という親の気持ちを理解し、それに応えようとするのです。

親が用意したものに対して子どもがYesといったときは、要注意です。よほど嫌いではない限り、子どもは親が心の奥に隠し、親自身が気づかないかもしれない子どもへのリクエストを発見し、応えようとするのが、子どもにありがちな行動なのです（逆に出る子どももいるようです。期待が見えると、ことごとくやらないというような）。

もちろん、習い事がいけないということはありません。本当に自分で選んでいる子もいるでしょう。僕は子どもの「やりたい」の根っこが、子ども自身なのか、親の期待なのかを判断するために、一度見せて、ほっておく、ということをしてみることがあります。情報をインプットだけして、それをやりたいという思いが出てくるまで、こちらからは何も言わない、言わなくて済むような場面でインプットするわけです。あくまで決めるのは子ども自身のやりたい気持ちだ、というメッセージを常に送るようにしています。まあ実際のところは、そうとばかりは感じていないでしょうけれど。

第三に、親自身が自分の時間を自分で決めて、好きに遊んでいること。仕事も含めて誰かにやらされているという表現をしないようにして、やりたいからやっている、自分のため・家族のために必要だからやっているという行動をとるようにします。つまり子どものモデルになることです。

第四に、技術を与えること。ドールハウスの小さな家具をつくるなら、バルサ材を正確に切り、接着剤で貼り、という基本的な技術が必要です。これは実際にやって見せ、こつを教えて、ここまでできるという実感をもてるようにします。ダンスを自在に踊れるようになりたいなら、基本のステップは教えてもらうことが必要です。斉藤孝のメソッドの多くは、この部分をうまくやるためのものにすぎません。

■学びのメソッドではなく、何を学ぶかを発見するメソッドが必要

斉藤孝のメソッドは、この第四の部分をうまく進めるには有効なのですが、それ以前に子どもが「何をしたいか」「そのために何を学ぶのか」を発見することには無力か、あまり注意が払われていないことがわかります。しかし学ぶ方法より、学ぶことを発見する方が、より重要なことはいうまでもありません。

時代の変わり目で、大人が目標を見失っている状況の中で、子どもたちは自分が向かう先をイメージできなくなっています。その反動として、習い事や塾など、機会の提供に目がいきがちな大人が多いのですが、本当に必要なのは、何かに習熟することより、何をしたいから、これを学ぶ、という目的や自分の好きなことを、発見し、自覚することです。この自覚や発見は、ある瞬間に決まるものではなく、日常的に繰り返される大小の選択の積み重ねから生まれるのです。日常的な小さな選択がなければ、大きな選択＝自分は何が好きなのか、が定まることはありません。

大人自身がこれが見つけられずに漂流している時代が、子どもたちにも投影されているのですが、今必要なのは、「何を学びたいのかを発見するメソッド」であり、それは子どもたちに、そして大人にも必要なことなのです。

この記事に関する感想や意見、またこの記事に対する評価をおまちしています。こちらのページから、お気軽にお寄せください。コミトンはあなたの意見でもっとおもしろくなります。

渡辺パコ。ライター、デザイナー、コンサルタント、グロービス・マネジメント・スクール講師。
1960年東京生まれ。学習院大学文学部哲学科卒。85年採用広告プロダクションでコピーライター、クリエイティブディレクターとして広告、会社案内の制作、PR戦略の企画立案などを担当。その後、独立して90年に有限会社水族館文庫を設立。94年から著作活動を開始する一方、Webサイトの設立・運営にアドバイザーとして積極的に参画、ビジネスインキュベーションを担当。雑誌などへの執筆活動も行う。著書に「環境経営の教科書」「人生に役立つ論理力トレーニング」（幻冬舎）「＜意思伝達編＞論理力を鍛えるトレーニングブック」「論理力を鍛えるトレーニングブック」「手にとるようにIT経営がわかる本」「図解＆キーワードで読み解く通信業界」（かんき出版）、「LANの本質」、「生命保険がわかる本」など。

mail:paco@suizockanbunko.com