129 強者と弱者の共存を考える

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今回はコミトン127「マレーシアっておもしろい？」に引き続き、マレーシアの話を書きたいと思います。前回はクアラ・ルンプールでのことを書きましたが、その後、僕らはペナンに行きました。ペナンでは、会社経営をやっている友人（日本人）に会って工場を見せてもらったり、英語のシャワーの関連で紹介してもらったマレーシア人（中国系）に二日間付き合ってもらったりしていました。もちろんその間、ホテルのプールでゆっくりしたり、屋台に次々連れて行ってもらったりしてそれはそれですごくよかったのですが、マレーシアについて興味深い話を聞くことができたのは大きな収穫でした。これから書くことは、それらも含めてマレーシアで見てきたこと、そして帰ってからマレーシアについて調べたことをもとにしています。

さて、いきなりですが、「公平」っていいと思いますか？　公平と言ってもいろいろありますが、たとえば誰でも結果を出せば認められ、結果を出していなければダメということ。そのための機会（採用とか教育とか）も能力に応じてちゃんとある。もちろん結果だけでなく努力も考慮しましょう。どうでしょうか？　そうなるときっと、さらに年功序列から離れる一方で、能力・結果主義的になっていくわけですが。

もう一つ。国際化ってどこまでやればいいと思いますか？　たとえば日本人は自己主張しない傾向があると言われます。確かに僕もそうだと思います。ではもっと自己主張するように子供の頃から教育するべきでしょうか？　あるいは会社の中のミーティングや大学の授業を何語でやるべきでしょう？

■不公平な公平？公平な不公平？

前回少し書いたように、マレーシアは「ブミ・プトラ政策」という独特の政策を取っています。この政策はマレー系にさまざまな特権を認めるというもの。たとえば雇用機会や教育機会が人口比によって割り当てられます。「人口比以上にするというならともかく、人口比なんだから別に特権じゃないよ」という考え方もあります。しかし人種など無視して成績や能力で合否を決めるとマレー系は人口比よりもはるかに少なく、華人（中国系）が人口比よりもずっと多くなってしまうのです。この現実を考えるとブミ・プトラ政策は特権であり「不公平」であるという感じもします。実際、マレー人よりも成績はよいのに希望のところに就職・入学のできない華人は多数出ているとのことです。

しかし公平・不公平というのはもっと長期的なものだ、というのがブミ・プトラ政策やその推進者であるマハティール首相の考え方です。たとえばマレーシアの経済は華人がかなり動かしています。そのビジネスのやり方は華人同士のネットワークを利用しながらやっていくというもの。しかも家族でやっていく傾向が強いので、その中で育った人と外の世界から来る人では、一般的な能力は同じでも結果を出せる度合いは違ってしまいます。それを「どれだけ結果を出せそうか」で採用判断するのはその個人にとって公平ではないと。

一般的な能力についても何世代にもわたってつくられてきた不公平があると言います。上記のような差があることもあって、一般的にマレー人は貧しく、華人は金を持っているという状態になり、結果として教育に対する投資が全然変わってきます。教育を受けていないと視野も違ってくるので金の問題だけでなく教育に対する熱意も差が出てくる。それが何世代にも渡ると、本人の責任とは言えない能力差が大きくついてしまう、というわけです。

もちろんこの政策に異論がないわけではありません。華人からすれば長年倹約したり身を粉にして働いて積み上げてきたのが報われてこそ公平とも言えます。実際に力を持っているものを採用しないのは国や企業にとって損失であるとも言えます。各個人にしても自分より仕事や勉強ができないように見える人間が優先されていくのは受け入れがたいものと思います。なかなか難しい。そしてこういう議論はマレーシアに特有のことではなく、たとえばアメリカにもあります。学校や企業で人口比に対して少ない黒人、女性、インディアンなどを優先的に採用するというaffirmative actionはつい最近でも全米で話題の裁判になったり、選挙の重要な争点になっています。

■日本にもブミ・プトラ政策は必要か？

でも「日本にはあてはまらない話だな」と思いますか？　確かに、民族間に大きな経済差があるとか、民族でかたまって外から入るのは困難、ということは日本にはなさそうに見えます。また、人種ならば判別可能なのでその人口比で議論ができますが、各人の家系やらコネクションやらを考慮する「補正差別」は難しそうです。

でも、日本でも考えておくべきことはあると思うのです。たとえば、今、時代は「実力主義」の方向に向かっていますが、これがしばらく続いて貧富の差がもっと大きくなってきた時、何が起きるか。金を持っているものはより高い教育を受け、それ以外の人はそうしたくても出来ない。世代を重ねるうちに貧富の差はますます大きくなり、しかもそれで定着してしまうかもしれません。「それはしょうがない」という声もありそうですが、そう言っていられるかどうか。貧富の差の大きい国では犯罪が多くなる傾向があります。殺伐とした緊張感とあきらめが同居する世界です。日本ではあまり想像がつきませんが、あきらめにならずに暴動が起きるかもしれません。

実はマレーシアは常に平和な状態で来たわけではなく、1969年にはKLで総選挙後にマレー人が華人を焼き討ちにし、人種暴動になったという事態が起きています。この時は、夜間外出禁止令が出され、その後もしばらくマレー人と華人の対立は続き、このままではいけないということで、ブミ・プトラ政策が出てきました。

少ない数ながら僕らが話をした華人たちが、マハティール首相についてポジティブな評価をしていること（もちろんそれだけが理由ではないでしょうが）、また1999年の選挙でも、政府与党は華人やインド系の支持を受けたことなどは、そういった歴史の理解を示しているのかもしれません。

■公平の上位にあるもの

つまり、公平といっても全くの自由競争を最優先するのではなく、社会の安定や活力が起きるようなところに調節していくという考え方があります。日本はしばらく前に「やってもやらなくてもいっしょ」という空気があり、それが問題とされました。今、その逆方向に振り子は動いています。それはそれでよいとして、振り子が行き過ぎないようにする必要がある。たとえば初等教育は十分に質の高いものを誰でも受けられるようにするように税金を投入する、といったように。

なお、社会の安定や成熟度について言うと、先頭を走る人たちがどれだけゆとりをもった考え方をするかが大きく影響するように思います。個人、企業、国でもそうですが、No.1やNo.2が自分の利益を最大化することを至上目的にしている社会や、彼らがなりふりかまわず戦う社会は殺伐としたものになると思います。

マレーシアがその点どうなのか、ちらっと垣間見ただけですし、まだまだどう変わっていくのかわからないくらいどんどん動いている国です。ただ、ペナンで会ってともだちになったマレーシア人（華人）から感じたのは、いい雰囲気でした。

彼は一介の営業マンからマネジメントにのぼって行った人で40歳。今は100平米以上の家に住みVOLVOに乗っています。もちろん大金持ちとは言えませんが、多くの日本人から見てもちょっとうらやましい立場にあると思います。「がんばれば誰でもチャンスはある」と言う彼はしかしギラギラしているわけではなく、ともだちを大事にし、スポーツを楽しみ、ペナンはのんびりしているからいいと言います。またキャリアや生き方についてもよく考えている。中国人はよく猛烈ビジネス人種と言われますが、そのイメージとはちょっと違う。たまたま彼がそうだっただけかもしれませんが、この感覚がマレーシア全体にあって、今後もあり続ければ、それはすごくいいなあと思いました。

■「強くなければ生き残れない？～マレーではないマレーシア

マレーシアではマレー語が国語とされていますが、この他に中国語、タミール語、英語が使われています。また、街を歩いていると漢字の看板をとてもよく見かけます。マレー系と中国系、そしてインド系が大きな比率を占めること、ビジネス界は華人が強いことを考えると当然のようにも見えますが、どうでしょう？

確かに人口としては中国系、インド系も多いのですが、この三民族は同じ頃に現在のマレーシアに住み始めたわけではありません。名前から想像つくようにこの三者ではマレー人が一番先に来ました（その前にいわゆるアボリジニがいましたが）。そしてマレー人がすでにコミュニティをつくり、一定の主権を持って住んでいるところに後から中国人やインド人がやってきました。その頃も今もマレー人は多数派を占めています。

であるなら、マレー語がメインになり一世、二世、三世と代を重ねるうちにマレー語オンリーに吸収されていくのが普通だと思いませんか。たとえばハワイなどに移民した日本人についてもそれが言えますし、カリフォルニア州知事選でシュワルツネッガー氏の英語が話題になったのもそういった考え方が後ろにあると思います。

でも、マレーシアでは言語だけでなく、あらゆることでマレー人以外が本来の習慣を維持しています。前回書きましたが、マレー人がイスラムにのっとった服装をしている横を、露出度の全然違う華人が通っていきます。豚肉を忌み嫌うイスラム教徒が多数派の国で、豚肉をふんだんに使う中華の屋台が軒を並べています。経済界でも華人が強いというのは上に書いた通りです。これを「他民族・異文化の共存」と呼ぶのは一つの考え方ですが、マレー人は軒を貸して母屋をのっとられたという見方もあります。たとえば今、日本に全く違う習慣や言語を持った外国人の集団が入ってきてどんどん人数を増やし、習慣や言語を維持したまま各界で活躍しだしたと考えてみてください。やがてそちらの方が主流の領域も出てきていると。よしあしはともかく、すごく違和感を感じるのでは。

■強者が弱者を駆逐する

では、なぜマレーシアではこうなってしまったのか。かつてイギリスなどの植民地であったことも大きな原因でしょう。しかしそれだけでなく、マレー人の気質にある「弱さ」も大きな原因なのではと感じています。これはフィジーに行ったときにもフィジー人について感じましたし、実は日本人にもあてはまることではないかと思っています。

「弱さ」というのはいろいろありえ、その共通項としては、結果として他者にのみこまれてしまう原因になるもの、と考えています。マレー人で言えば、のんき、お人よし、来世を重視して現世を軽視などもその例でしょう。ここでマレー人と日本人で共通すると思うのは、自己主張をしない、心の中ではぶつぶつ言っていても結局行動を起こさない、対決をしたがらない、といったところです。

日本人の場合、上のような「弱さ」を持っていたもののインディアンのように人口比率で存在感を失うことも、マレー人のように人数は多くてもイニシアチブを失いかけることもありませんでした。その要因として大きいのはたゆまぬ努力と集団への忠誠心ではないかと僕は思っています。ただ、本当に「勝った」のか、というとどうでしょう。たとえば、かつて日本（人）が持っていた文化、価値観、知恵は今どれだけ僕らの日常に残っているのか。勝ったのは日本人の子孫ではあるが、日本的という意味ではもうかなりの部分、「日本人」ではないということはありませんか。そして今後、さらにその傾向が進むかもしれない。

マレーシアは今、途上国のスポークマンのような役割を果たしています。国際政治・経済の問題についてオーストラリアやアメリカのような大国に対しても敢然と食ってかかります。誇りを傷つけられた時は相手が強敵であれ謝罪を得るまで容赦しないとも言われています。この姿は上に書いたようなマレー人の気質とはかなり違います。マハティール首相というリーダーの存在が大きいとはいえ、生き残り、勝ち残るためにマレーシアはタフ・ニゴシエーターになっていくのでしょうか。また、それがよいのでしょうか。

同じように、自己主張をしない、わけがわからない、人に合わせるばかりで主体性がない、と言われている日本人も、自分の考えをはっきり持ち、合理的で、自己主張をどんどんしていくようになっていくのでしょうか。それがよいのでしょうか。

■弱いものの存在意義

僕は、直感的にですが、そういう人や国ばかりが勝ち残るようになっては世界は楽しくないし、また立ち行かない、という気がしています。そして一方で、「弱い」ように見える気質を伴ったままでも生きていくことはできるし、むしろそれが存在価値になる面もあるのではないか、と感じています。例によって「そっちの方が好きだからそうする方法を考える」のかもしれませんが(^_^)、弱さのように見えるものの中に「これ、いいよなあ」と感じさせるものがあるのです。

たとえば先日、girl friendが主催する「和散歩」で和菓子をテーマに集まりました。そこで「どうして和菓子はあんこばかりなんだろう？」という質問をある人がいて、「確かに」と思ったのです。もっとバラエティがあった方がいいのにと。しかし、この問いに対する講師（老舗の和菓子屋の四代目若旦那）の答えはまた興味深いものでした。和菓子は茶道と共に生まれた菓子なので、お茶の味をいかに「引き立てるか」ということに重点が置かれると。それが強い味や香り、あるいはそのものに興味をぐっとひいてしまうようなバラエティを持っているともはや引き立て役ではなくなるということなのでしょう。

しかし、相当なエネルギーと思い入れを注いで作っているものについて「あくまで引き立て役」と言う考え方を僕は好きです。そして、このような考え方から生まれてくる美や調和は日本の持つよいところであり、世界が必要としているものではないか、とも思うのです。

マレーシアで一つ残念だったのは、マレー人とはほとんど話をすることはできなかったということです。話をした現地の人はほとんど華人でした。しかし、マレーシアにいる華人にもどこかマレー人的なのんびり感を感じて、それが気に入りました。またそれがマレーシア人（マレー人ではなく）なのかな、と思いました。反面、最近見たBBCのHard Talk（日本人からするとかなり攻撃的なインタビューです）では外務大臣や野党党首（いずれもマレー人と思います）がロジカルにかつ臆することなく話をしていました。おそらくかつてのマレーシアとは違う姿だと思います。しかし、それでも尊大な感じはせず、どこかに節度や礼儀を感じました。

日本人についても、国際社会で求められるスキルは身につけ、相手の思考・行動パターンは押さえつつ、日本人のよいところ、日本の知恵も保持し続けることは、どうでしょう。Ａ or Ｂや１か０かではなく、ＡとＢのミックスを行くというのは。中途半端になるおそれもあるし、すごく高度なことという気もしますが、矛盾するように見えるものをあわせ持ってしまうのは日本人の得意とするところです。自分自身もそんな進み方を試してみたいと思っています。

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Toshi/高橋俊之（たかはしとしゆき）。知恵市場代表。株式会社グロービス執行役員、グロービス・マネジメント・スクール(GMS)統括責任者を経て、2001年7月からフリーランスとして活動。知恵市場の他、使える英語を楽しく習得する「英語のシャワー」を主宰。GMSクリティカルシンキング講師もつとめる。著書・監修書に「テクノロジー・パワード・リーダーシップ」（ダイヤモンド社）、「ビジネスリーダーへのキャリアを考える技術・つくる技術」（東洋経済新報社）。

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