135 九州で生を考える

photo by Toshi.

11月15日～21日にかけて九州北部に遊びに行ってきました。いつも思うのですが、旅行にはレジャーという側面の他に、ビジネスのヒントが見つかったり、興味深い人と出会ったり、自分のこれからを示唆するものがあらわれたりします。普段の生活でもそういうことはしばしばあるのですが、旅行の時は集中力が高まっているせいか、特にそういう発見をするようです。今回もそんな感じがしました。

■めりはりのライフスタイル

まず最初に訪れたのは福岡に住むともだち夫婦のところでした。彼らには3年前にアラスカで会ったのですが、だんなさんは物事を楽しむ精紳とアイディアのかたまりのような人。マイナス20度を下回る世界でシャボン玉をつくったらどうなるかとか、凍った風呂敷で鶴を折って来年の暑中見舞いに使おうとか、僕らもいっしょに楽しませてもらいました。おくさんは心がハート形ではなく琴の形をしているのではないかというような人です。美しいものや人の心の動きをぴーんと感じ取る。しかし感じるだけでなく、冷静に見て、考えてもいる。この二人がいっしょにいることが、またいいなあと思うのです。

彼らに会うのはこれでまだ三度目なのですがそんな感じの人たちなので、とても楽しみに、またリラックスして福岡空港に着いたのでした。だんなさんは会社のボーリング大会で出かけていたので空港に迎えに来てくれたおくさんとお宅に向かいました。家というのは外で会っているのとはまた別のその人がわかりますね。僕らよりも10歳くらい年上の彼らはマイホームを買う資金力もあると思うのですが、ポリシーがあって、広いとは言えない(というより最小限必要な広さの)社宅に住み、二槽式の洗濯機など10年選手ではきかないだろうと思える家電製品を使い続けています。でも部屋でコタツに座った後ろの壁にはその金額で家中の家電製品を買い換えられるだろう絵がかかっているし、アラスカやカナダにオーロラを観に行ったりもする。このめりはりはいいなあ、と思いました。

結局、お二人には家に泊めてもらったり、福岡はもちろん大分や熊本までいろいろ連れて行ってもらったりとすっかりお世話になりました。その間、いろいろな話が出来て楽しい時間をすごすことができたことは言うまでもありません。

■ちょうどよい美しさ

今回の旅行で一番のヒットは、二日目に彼らが連れて行ってくれた温泉でした。実は僕は温泉にはそれほど興味がないので、ともだちと楽しい時間がすごせればいいやくらいに思っていたのですが、ここは予想外によかった。行ったのは大分の天瀬温泉にある山荘天水というところです。何がよかったかというと、まず「美しい」ということ。温泉街からは少し離れて渓流沿いに建っていることに加え、季節と天気がよかったことも自然の演出を最高にしています。建物も自然にマッチした質感を持っている。僕らは遅めの朝食と家族風呂を利用しただけなのですが、どちらも紅葉ときらきらした渓流を目の前に楽しむことが出来ました。そして応対もよかった。

しかし、よいと思った理由はそれだけではありません。もう一つ、「すごくないのがいい」というのがありました。世の中にはもっとゴージャスな温泉はたくさんあると思います。でも「確かにいいけどあの金額までの価値はないよね」と感じたり、近寄りがたい雰囲気があったり、というところが多いように思います。また今回の旅行では食事で「確かにゴージャスだけど、そんなに食べきれないよ」と感じたことがしばしばありました。やりすぎなんですね。でも、一段下げると「いくつか目をつぶればお手ごろ」まで下がってしまったりする。なかなかちょうどいいのがない。その点ここは「いいなあ」と一番よく感じられるところでとどまり、それ相応の金額にしている。僕らの主観ではありますが。

ここの売店で僕らにすごく受けたものがありました。大き目の洗濯バサミを和風の布地でくるんで作ったかっぱやうさぎのかわいい人形です。これはここの「ちゃんとした質感を肩の力の入らないやり方で演出する」という考えを象徴しているかもしれないな、と思いました。

■祭りが生み出すもの

さて、いったん福岡のともだちと別れて次に向かったのは長崎です。ここではまた別のともだちに紹介してもらった呉服屋さんを訪ねて行きました。残念ながら彼のおくさんが体調を崩していて、あまりいっしょにはいられなかったのですが、特に長崎おくんちを中心に興味深い話を聞くことが出来ました。長崎おくんちは国の重要無形文化財にも指定されている祭りですが、長崎市内の旧77町が7年に一度回ってくる当番の年に出し物を仕立てます。

おもしろいと思ったのは、おくんちがコミュニティの絆を固める上で持っている意味です。長崎でも現代的に町内の人間関係は希薄になっている面があるとのこと。でも、7年に一度しかないお祭りに向けて準備をするうちに仲間意識が高まってくるとか。また、おくんちにはちいさなこどもも参加して重要な役割を担うので、最初はどこの子だかわからなかったのが練習していくうちに近所が見えてきたり、こどもたちも先輩・後輩で指導する経験を得たりするそう。おくんちの前の数ヶ月は仕事にならないと彼は笑っていましたが、コミュニティをつくるという意味ではこれも仕事と言えます。

そうやって仕上げたおくんちではみんな「燃え尽きている」とも彼は言っていました。そういえば高知のよさこい祭りについてもそんな話を聞いたことがあります。日ごろ無気力だといわれる子たちまで目の輝きが違って燃焼すると。僕らが今回行った中では、唐津にも有名なおくんちがあり、これも「盆、正月にも帰らぬ若者までも呼び戻す」と言われるそう。スポーツのように勝つとか相手を倒すとかいう必要はなく、自分たちが誇りに思えるものを演じればよい点からすると、祭りはより多くの人をハッピーにすると言えるかもしれません。

しかし一方で思ったのは「そんなにお祭りにエネルギーを使っていていいのか?」ということでした。コミュニティの結束が強まる、美しい、伝統をまもっている等々言っても、結局、その場だけの話です。それによって外の世界は何も変わらず内向きな気もします。ブラジルのカーニバルが貧しい人々のガス抜きとなって結局、現実は何も変わらないと言われるのと似たことと言えるかもしれません。

しかし、「祭り」に大きなエネルギーがあるのは間違いなさそうです。であれば、社会を変えていく動きを祭りとして起こせるとよいのかもしれません。祭りの

みんなが傍観者ではなく参加者になる。参加する方がかっこいい。
勝者も敗者もない。やったものが仲間意識を共有し、達成感を得る。

という特徴を取り込むというわけです。

本質的な変化が起きるには祭りのような短期的なものだけでは不十分で、地道で気長な努力も別に必要です。しかし、祭り的な力を利用するという手もあるよなあ、と長崎や唐津で感じたのでした。

■自分でつくる

長崎を出て僕らが次に向かったのは、唐津と阿蘇の農家です。唐津の人はもともと農家でかつ新しい考え方も取り入れているという人、阿蘇の人は元は福岡でビジネスに携わっていた人で10年前、20代のうちに阿蘇に移住して自然農法での自給自足を始めました。

彼らを見ていてまず一つ思ったのは「自分の仕事を自分でやれる」ことの価値です。たとえば唐津の人は豚の堆肥や土壌をよくする菌について勉強して、結果的に化学肥料を使わずに農業をやっています。この結果、化学肥料に金を使わずにすみ、しかも人より収量を上げているそう。また、びっくりしたのは傾斜地だったところにデコポンを育てるため、ブルドーザーを借りてそこをならしただけでなく、土が崩れないように石垣までつくってしまったということでした。阿蘇の人もやり方や、やっていることは違うものの、自分でいろいろやっています。

まあ石垣までつくるかどうかは別として、自分のビジネスについて、自分でやれる状態にしておくことは重要だと思うのです。少なくともブラックボックス(=よくわからないとか、手出しを出来ないところ)をなるべく少なくする。これは当たり前に聞こえるかもしれませんが、出来る人は意外に少ないと思います。たとえば今の仕事においては優れていたとしても、独立して仕事を獲得できる人がどれだけいるでしょう。仕事を取れるどころか、自分の仕事に値段をつけることすらできない人が多いのでは。

現実には何もかも自分でやっていたら本当にやりたいことは出来なくなってしまうおそれもあります。なので、最終的にどこを自分でやるかは選ぶことになるでしょう。でも、「やろうと思えばできる」用意はしておくと、自分の選択肢が広がるし、ものによっては自分でやることがけっこうおもしろいこともあるのでは。というようなことからも、ものづくりへの僕の興味はまた強まっています。

■本物が手に入る環境

阿蘇の人のところではいっしょに畑に行って野菜をとり、それがその晩の食卓に出てきました。girl friendは「野菜が笑っている」と表現していましたが、確かに素材が生きている感じがします。奥さんの調理法にもセンスを感じるのですが、まず何よりも素材。調理法はそれを生かしているという感じです。彼は「よけいな」手をかけない自分のやり方を、その作物が本来持っている力で自ら育ち、それを人がいただくのだ、という言い方をしていました。一方で唐津の人は有機肥料を使っていましたが、ここで食べさせてもらったデコポンもこれまで経験したことのないうまさでした。

手をかけるのがよいのか、かけないのがよいのか、僕には今のところわかりませんが、一つ言えるのは二人とも「食べてみ」と言えるものをつくっているということです。それから僕らが食べたのはそこでとったばかりのものだったということかな。つまり、収量や色つやだけをよくするために「ドーピング」したものでもなければ、熟す前に収穫されたものでもない、本物ということ。そういう本物が手に入る環境に自分をおきたいし、またそういう環境をつくっていくことをやっていきたいと改めて思いました。

といってもいきなり大きな話ではなく、まずは庭での菜園からです(^_^)。girl friendは前の畑をやっている人と今日も交流。阿蘇の人はドラスティックに都市生活者から自給自足へと転換しましたが、僕らの場合は徐々に重心を移していく方が合っていると考えているわけです。そのためにも今回の農家訪問はいろいろな収穫がありました。阿蘇が熊本空港から30分の距離にあるという発見や、古民家のよさと今のテクノロジーを組み合わせるイメージが少し持てたことも含めて。

■命を感じるエリアと感じないエリア

阿蘇から福岡への帰り道、福岡のともだちに頼んで彼女が育った大宰府を案内してもらいました。といっても観光地としての大宰府ではなく、彼女のお気に入りの場所を案内して欲しいと頼んだのです。いくつかの場所に連れて行ってもらったのですが、彼女の一番のお気に入りで、僕らも一番気に入ったのは、観世音寺から少し入ったエリアでした。そこに広がるのは畑、田んぼ、農家、林、そして向こうに見える山々です。

田舎の風景が好き、ということかといえば、どうもそれだけではないようです。何かそこは「生きている」世界という感じがしたのです。緑が多いからいいとは限らず、田舎の風景を見ていても「さびている」と感じることもあります。ふる～い錆びきった看板、かなりふきかえられていないと思われる屋根、もとは畑かたんぼだったらしいけれども今は草がただ生い茂っている..。そういうエリアにはあまり命を感じないし、好きでもない。

一方、都会だから生きていないというわけでもないようです。博多を歩いていると、東京よりも生きているな、と風景に感じたことがよくありました。お世辞にもかっこいいとはいえない店でも、ただ「あいている」のではなく「やっている」という感じがする。看板一つを見ても東京より命を感じる。僕の気のせいかもしれませんが、東京にはあまりにやることも客も多すぎて、やっつけ仕事、魂の入っていない仕事になっているところがあるような感じがします。それが「生きていない」と感じさせるのではないか。

「生きている」ということについて、こんなのもあります。girl friendとともだちが天満宮のすぐ近くの光明禅寺で庭を見ながらしていた会話です。「この庭もすごく意識して『つくっている』と思うのに、フランスの庭園よりも『自然』な感じがするのはどうしてだろう?」

また、古くなったからといって命を感じないわけではありません。阿蘇の農家の五右衛門風呂は年季が入っていたけど生きている感じがしました。よい木の家具は年を経るほど美しくなると言います。うちにもそれを楽しみに買ったテーブルが一つあります。

結局、何が違うのか、まだよくわかりません。今、思っているのは一つに、「ただ日々暮らしているのと、生きようとしているのとは違うのでは」ということです。強い言い方をすれば「魂があるかないか」と言うこと。もう一つには、「生かしあっている」かどうか、ということがありそうです。そこにあるものが互いに生かしあっている状態というのは命を感じる状態なのだろうと思います。これに対して、たとえ勢いよく伸びているものがあったとしても、他がどんどん押しやられている状態というのは、命よりもむしろ不気味さや恐怖を感じるのではないかと。これは自然についても人の社会についても言えると思います。

このあたりは以前にpacoさんがコミトン130で「リーダーシップなき組織運営」に書いていたところにも関わるように思います。日本型であれアメリカ型であれ、生かす意図がなければ人もプロジェクトも生きない。生かす意図を前提として、適した方法の話が出てくる。と、この話はいずれまた(^_^)。しかし、さらに深いなあと思ったのは、観世音寺にやってきてともだちが言ったことでした。「あれえ。変わっちゃった。こんなにきれいになっちゃって。あの草ぼうぼうでうっそうとしていた感じが好きだったのに。あの雰囲気を撮りに来ていた写真家もいたくらいなのに、これじゃ普通の寺だ」深い。

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Toshi/高橋俊之（たかはしとしゆき）。知恵市場代表。株式会社グロービス執行役員、グロービス・マネジメント・スクール(GMS)統括責任者を経て、2001年7月からフリーランスとして活動。知恵市場の他、使える英語を楽しく習得する「英語のシャワー」を主宰。GMSクリティカルシンキング講師もつとめる。著書・監修書に「テクノロジー・パワード・リーダーシップ」（ダイヤモンド社）、「ビジネスリーダーへのキャリアを考える技術・つくる技術」（東洋経済新報社）。

mail:toshi@chieichiba.net