137 英語教室近況：やりたいことを組み合わせる

photo by paco.

ともだちといっしょにしばらく前からやっている英語教室「英語のシャワー」がこの11月で２周年を迎えました。僕自身はなかなか楽しいと感じているので、「やりたいこと」をやれていると言えるでしょう。ただ、一口に「やりたいこと」と言ってもいくつかのタイプがあるようです。そして、ちょうどいろいろな材料が合わさって豊かな味わいの料理が出来るように、いくつかのタイプの「やりたいこと」が合わさって楽しく感じられているようです。今日はそんなことについて書いてみたいと思います。

■一つのモデルが出来た

先日、クラスの卒業生たちによって、一つの集まりが行われました。アメリカ人二人と韓国人一人のゲストを呼んで卒業生たちとディスカッションをするというもの。「ボウリング・フォー・コロンバイン」という映画を題材にアメリカ社会について、日本社会について、ひいてはどういう社会が安全だったり住みやすかったりするのかについて話が進みました。１０名弱のディスカッション参加者を取り巻くように現受講生が聴衆として参加。この２時間半のセッションは僕にとって「一つのモデルが出来たかな」と感じた瞬間でした。

まず、英語を学んだ後の出口に「違う世界の人たちと理解しあうコミュニケーションをしていく」場が出来たかな、と感じたのでした。ディスカッションはいろんなところに飛び、時にアメリカ人二人のマシンガントークにみんなが圧倒されたりしたのですが、それでも楽しく話を出来ていた。特に、お互い「○○についてどう思うか？」と直接聞けたことは大きいと思います。テレビを介して編集された映像を見るのではなく、直接たとえば「なぜ銃を自分で持ちたいと思うの？」と聞けるわけです。そしてその答えを聞けるだけでなく、そこをきっかけに話が深まり「この人はこういう背景があってそう考えるんだね」とわかってくる。

理解するコミュニケーションの場という意味では、多様性（の芽）があったこともよかったと感じています。たとえば一人のアメリカ人が「社会の中に常に目に見えない恐怖心があると感じてきた」と言うのに対して、もう一人は「そんなことはない」と言う。聞いてみるとかたやアメリカの産業構造変化の影響を大きく受けてきたミシガン州の出身、かたやワシントン州のシアトルに近い静かな街の出身でした。そしてここで言う「理解する」とはしばしば「わかった！」という状態とは逆の方向にあるのもおもしろいと思います。つまり「アメリカ（人）は○○だ」とわかったような状態から離れていき「ＡもありＢもありＣもあるかもしれない」というようになっていくこともよくある。

一見、この状態は「理解」から遠ざかっているようにも見えますが、僕はそうでもないと思っています。一つには、○○人とかだけではなくて、その人一人一人と接しようとし始めること。もう一つには、人というのはきっとそんなに簡単に理解できるものではなくて、それでも「理解しようとし続けること」を「理解」とでもいうんじゃないかと。そんなコミュニケーションの場が卒業生によって作られ始めていることに、一つ「モデルが出来たかな」と感じたのでした。

それから、理解や交流の仕方もいろいろあるというのもおもしろいところです。実は卒業生の企画としては上のものは二つ目で、一つ目には「バングラディシュのカレーパーティ」というのが行われました。パーティなんで上のようなディスカッションとはちょっと違ったテイストの交流になってきます（そういえばカレーがとてもおいしかった(^_^)）。そして企画したメンバーは知り合ったバングラディシュ人二人とそういうのをやろうという話をして、カレーを一緒に作り、当日のパーティにまで持ち込むところでたくさん交流をしているわけです。そんな感じで、それぞれの得意なスタイルでいろいろな交流が企画されるとおもしろそうだ、と思っています。

■完成形ではなくプロセス

さて、上のようなことを読んで「だったら英語学校をやらないでも国際交流の場を作ればよかったんじゃないの？　その方が手っ取り早いじゃない？」と思った人もいるかもしれません。この答えは次のような感じです。僕がやりたいのは国際理解・交流の場そのものではなく、そういう場を使っていける人を増やしていくといういわばプロセスの方のようです。あるいは両方やりたいと言ってもよいかもしれない。ちなみに、キャリアについて考えるときにここ－やりたいことと、その結果として実現すること－がごっちゃになっている人がよくいるので、確認してみるとよいかもしれません(^_^)。

もっとも、上のようなモデルが一つの目標だと最初からわかっていて英語教室を始めたわけではありません。僕の中に最初にあったのは日本の教育に対する問題意識でした。教育をもっと楽しく、もっと使えるものに出来るはず。グロービスで仕事をしている頃からそんなことをずっと思っていました。そこにたまたま具体的なねたを持って英語でそれをやりたいという人が現れた。つまり最初は「使える英語を教える教育をしたい」というだけでした。

ところがやっているうちに「使えるものって何に使えるようにするの？」という問題意識が高まってきた。これは何もなかったところからいきなり出てきたわけではなく、やはり前職の頃から「ビジネス・リーダーを育てる」といいつつ「何のために？」と考えていたのとつながっているのだと思います。仕事で使えるとか、映画がそのままわかるとかもいいけど、もっとその先に行きたいよねと。そこで「来た人が英語を話せない人とともだちになる」というコンセプトが出てきました。

というように、とりあえずやりたいことをやってみて、やっているうちにまたやりたいことが見えてくるというのも多いと思います。というか、その方が多いかもしれない。というのも頭の中だけでいきなり「やりたいこと」の完成形を考えたり想像したりするのは非常に難しいことです。それよりは具体的なものをつくってみて、感じること（好きとか嫌いとか物足りないとか）を言葉にする、そして自分の考えを明らかにしていく方がやりやすい。このやり方は時に回り道になりますが、やっていること自体を楽しめていればよいのではないかなと思います。

■自然とやってしまう、やりたくなるようにしたい

さて、卒業生たちがそういう企画を始めてくれたことで「一つのモデルが出来た」と感じた理由はもう一つあります。それは「学びのエンジン」（ガソリン？）が出来たということです。人がものを学ぶ動機としては「ああなれたらいいなあ」というのが一つ、大きいと思います。ピアニストがすばらしい曲を演奏するのを見て「ピアノを習いたい」と思ったり、ワールドカップでのプレイを見て「サッカーをやる」と子供が言い出すのはその例。

英語でも「ああなりたい」と感じるものを目のあたりに出来たらやる気がすごく出てしまうのでは、と思うわけです。それもただ「ぺらぺらしゃべっている」だけじゃなくて、議論をして、お互いを理解して、より深いともだちになっていたら...。しかもそれが自分たちより少しだけ先に勉強を始めただけの人たちだったら...。

と考えて、現受講生にもその場に来てもらおう、と卒業生たちと話しました。ただし話をするのは卒業生たちで、現受講生は聴衆です。メインの理由は「自分たちで学ぶしかない卒業生のための場なのだから」というもの。しかしそれだけでなく、現受講生には「あそこに参加したい。そのためには..」と思って欲しいというのがあります。さらに「話はすべて英語」という制約があるので、聴衆になれるのもあるレベルまで来ている受講生です。こうして、見に来た受講生は卒業生を目標にし、始めたばかりの受講生は「聞くことは出来る人」を目標にする、となるといいなあと期待しています。

「学びのエンジン」（ガソリン）と言った理由は実はもう一つあります。それは卒業生にとってのエンジンになるということです。日本は幸か不幸か英語を使わなくとも生きていける国ですから、意識していないとせっかく卒業しても、英語はそれ以来使っていない、ということになりかねない。特に「国境を越えた相互理解のためのコミュニケーション」となると仕事で英語を使っていてもなかなかそこまで行かない。ビジネスよりもはるかに広い範囲のことや、自分についての深いことを話していく機会はなかなかないと思います。でも発表の場があれば、それが動機付け（強制力(^_^)?）となります。やってみれば楽しいことが多いし、やればやるほどはずみがつきますから、そんなきっかけになることを期待しています。

と、ここまで見てきて自分がやりたいことというのを考えてみるとどうも、「自然とやってしまう、あるいはやりたくなる」そういう学びの場を作りたかったのだろうな、と改めて思います。そしてこの場合は自分が最初に思っていたこととだいぶ近かったわけですが、いつもそうとは限りません。そこで時々自分が楽しくやっていることから「やりたいこと」を確認してみるとよいのだろうと思います。そこからさらにやりたいことの純度を高めることが出来るかもしれない。もちろん、「楽しくない」と感じた時も「なんで？」と確認してみることは重要です。

さてここで「だったら上のようなことをクラスにしてお金を取ればいいのに」と思う人もいるかもしれません。実際、その準備に当たるようなところはクラスにも取り入れています。でも一方で、生徒である間は学べないものがあるとも思っています。この場合なら、自分の責任とイニシアチブにおいて相手との関係を作っていく、というところはクラスでは出来ません。卒業生企画にはそういう、受講生をやめた後にしか学べないことを学ぶ場としての機能も期待しています。

■やりたくてやっていることをよく見てみると……

さて、やりたいことについてさらに見ていきたいと思います。僕が一つとても気に入っているのはTA（ティーチング・アシスタント）という制度です。現在、各クラスに２～６名のTAがいてクラス運営をサポートしてくれています。彼らのほとんどはもともと受講生です。

この制度のメリットをビジネス的に見ると、各受講生のサポートがコストをあまり上げずにできるとか、受講生にとって目標が身近に見えてやる気が高まるといったことがあげられるのでしょう。TAたちも教える側になったことで真剣味が増して、英語やコミュニケーション力でより高いレベルに上がっていくということもあります。

ただ「やりたいこと」という意味で言うと、僕が気に入っているのはお客さんでも社員でも同好会でもないというあいまいな関係です。それのどこが好きなんだろう？というのはまた掘り下げるとおもしろそうですが、長くなりそうなので今日はここまでにしておきます。でもとにかく、前向きで面倒見がよくいろいろなセンスをもった彼らと、そういうあいまいな関係で仕事をしているのは楽しいんですね。そして英語のシャワー全体にもそういう意味でのあいまいさがあることも気に入っています。

もう一つ特に気に入っているのは、受講生一人一人の顔が見えている、ということです。前職でビジネス・スクールの経営をやっている頃は、それはそれで価値のあることをやっていると感じていましたが、一人一人までなかなか見えないことにフラストレーションを感じていました。今は毎期２０～２５人しか新しい受講生を入れていないので、一人一人がだいぶ見えるようになってきています。

もっとも「一人一人が見えるのが好き」といっても、それはいくつかの要素によって構成されているようです。一つにはもちろん「一人一人の状況を確認してそれぞれの人に合ったメニューを組みたい」というのがあります。しかし僕が「一人一人が見える」ことに魅力を感じている理由は少なくともあと二つ理由があるようです。一つは全体に適用できる課題を見つける方策として自分の好きなやり方だということです。たとえば「本はかなり読んでいるのに英語を吸収できていない」という人がいるとします。たくさんのそういう人の情報をがーっと集めて分析するというのも一つの手でしょう。しかし僕の場合は、一人あるいは少数の人をじっと見て、そこから原因や対策を導き出す方が好きなようです。もう一つには、英語だけでなくいろいろなつきあいが出来ていくということが好きなようです。たとえばその中の一人に名刺のデザインを頼んでいたり、また別の人には水泳を教えてもらったりしていました。もちろんこれは僕とみんなの間だけでなく、みんなの間でもいろいろ起きています（というかそちらの方が圧倒的に多い(^_^)）。

■やれないけど持ちたいもの

「やりたいこと」のほかに「持ちたいもの」というのがあります。自分ではやりたいとは思わないとか、やろうと思ってもできない、あるいはその両方、でもあるとすごくいいということです。たとえばこの間、パートナーの担当しているクラスでactingというのをやっていました。映画のあるシーンを演じてみよう、ということです。中には迫真の演技をする人もいてみんな大笑い。ふだんおとなしい人も含めてとても楽しそうでした。

僕自身はたぶん、そういうクラスをやろうと考え（られ）ないでしょうし、やってもあそこまでのノリを引き出せないでしょう。でもそういう「頭や理屈じゃなくて体を動かしてつかんでいく」というのは言葉の学習にとても有効だと思っています。またみんなでいっしょになってそんなことをやることでお互いに対する親近感が増していくというのもいいなあと思います。一方、パートナーは、一見まじめでそんなことをやりそうに見えない人までブレークさせてしまうことができる。これはとてもうれしいことだと思っています。

■次にやりたいこと－がんばらない環境作り

と、これまで書いてきたような感じでやっているのですが、次に試してみたいと思っているのは「ゆっくりする」「がんばらない」ということです。「がんばる」とか「しないといけない」というのは日本人の得意なところであり美徳だとも思うのですが、どうも最近、みんな「がんばらない」方がいいのでは、という気がしているのですね。少なくとも、やりたくないこと、苦痛なことではがんばらない方がいいんじゃないか。

というのも、がんばる人ほど、自分のイメージ通りに出来ていないと「これはいかん」と自分を責めたり落ち込んで、そのうちめげてしまう傾向があるようです。誰でも得意なこと、スムーズに行くことばかりではないので、どこかで壁にぶつかります。がんばり屋タイプはそこで少しずつ脱落して、結局はすごく意思の力が強い人しか残らない、極端な言い方をすればそんな感じになっている気がします。

一方で、のんびりやりながら「今日もちょっと進んだかな」と楽観的に思えるタイプの人は、最初は低いレベルにあっても、けっこううまく行きます。無理をせずに楽しく取り組み続けるうちに進歩し続け、しばらくするとびっくりするほど出来るようになっていたりします。そしてこの、ゆっくりやってうまく行っている人に共通して感じられるのは「自然である」こと。たどたどしくても、すごくやさしいことしか行っていなくても、どこか「自然」な感じなんですね。

というわけで、気楽にやってもらえるような環境作りをしていこうと思っているのですが、これは僕にとってけっこう新しい領域です(^_^)。２年ちょっと前までは、楽しくやってはいたものの僕のやり方は基本的に「挑戦！」とか「どんどん行こう！」というものでした。自分だけでなくまわりもそういう方にひっぱっていたと思います。それが英語のシャワーを始めてだんだん、無理をしないとか、のんびりやるという方向に少しずつなってきてはいるのですが、さらに一歩「ゆったり」の方向に行くことになります。

「でも、それじゃみんなだらけてしまうんじゃないの？」という疑問もあると思います。しかし人は「先に行くともっと楽しそうだ」と感じられれば前に行く動物なんじゃないかと思うのです。そういう期待を感じながら、でも先をあせらず、人と比べてがっかりしたりせずに、学ぶこと自体も楽しんでいける環境を作れるかどうか。次はそんなところにもトライしてみたいと思っています。

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Toshi/高橋俊之（たかはしとしゆき）。知恵市場代表。株式会社グロービス執行役員、グロービス・マネジメント・スクール(GMS)統括責任者を経て、2001年7月からフリーランスとして活動。知恵市場の他、使える英語を楽しく習得する「英語のシャワー」を主宰。GMSクリティカルシンキング講師もつとめる。著書・監修書に「テクノロジー・パワード・リーダーシップ」（ダイヤモンド社）、「ビジネスリーダーへのキャリアを考える技術・つくる技術」（東洋経済新報社）。

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