140 国際理解の立場

▲Clay Art"2cm chiwawa" created by UPOLU,photo by paco.

2004年が始まりました。今年もコミトンをお楽しみいただけますよう、お願いします。

さて、今年最初のコミトンは、イラク問題に絡んで国際理解について考えてみたいと思います。もともとは[com2]MLで、大久保さんが「フセインが捕まってよかったね、というのが大前提だ」という話を始めたところから考えてきたことです。大久保さんからは改めて考えていることをまとめたいという申し出をいただいていたり、このあたりについてはToshiさんもきちんと考えたいと言っているので、重複するかもしれませんが、それぞれの見方から同じイシューについて考えるのもおもしろいかなと思っています。

なお、今回の内容は大久保さんへの「返歌」として書いていくつもりではありますが、大久保さん個人とこのイシューについてきちんと話しているわけではなく、むしろ僕の側からの「想像」で書いていくことになります。なので、僕が今回「対照」する相手は大久保さんではなく、架空の「Aさん」としたいと思います。

■サダムが捕まってよかったのか？

[com2]MLでの議論では、サダム・フセインが拘束されたことについて、「どうも米軍の操作があるような感じ」という議論をしていたのですが、そのような議論について、Aさんから「まずサダムが捕まったことはよいことで、それをみんな祝福すべきだ」という発言があり、意見がぶつかりました。

僕はこの義論を見ていて最初に感じたのは、「サダムが捕まったことはよいことなのか？」という点でした。確かに、サダムが「いいやつ」であるわけはないし、あちこちうろうろしているよりは捕まった方がいいとはいえるのですが、Aさんがいうように「捕まったこと自体がよいこと」なのかどうか、僕にはよくわかりませんでした。

いろいろ考えてみたのですが、いくつかのイシューが含まれていることに気が付きました。まず、第一に、サダムが捕まってもおそらくイラクやイラク戦に関わる日本を含めた各国にとっては、決定的な変化がないだろうと感じていたことです。サダムが捕まって半月ほどたち、少なくとも報道されるニュースで見る限り、実際に大きな変化が起きているように見えないというのもありますが、サダムが拘束された12月半ばの段階で、僕は直感的に「今さら捕まってもねえ」という感じがありました。その時点で、イラク国内の状況は決してよいとはいえなくなっていて、米軍の損害も、「大規模な戦闘が終わった」以降も減っていないことからもそれがいえます。そしてその占領軍に対する攻撃を指揮しているのが、サダムではなさそうだということは、サダム拘束以前から指摘されていたことなので、サダムが捕まっても占領軍に対する攻撃がやんだり、政治的な時代がよくなることはないのでは？と感じたことが理由になっています。サダムはすでに「死に札」になっていて、以前のような「スペードのエース」ではなくなっていた。せいぜい「クラブのジャック」ぐらいのサダムが捕まっても、さして喜んだり、手柄だと考えるタイミングはすぎていると思ったのです。

第二の違和感は、米軍はなぜ捕まえたのだろう？という点でした。イラク戦争が始まった初期の段階で、米軍はサダムに向けてミサイルを直接発射していて、殺意ははっきりしていました。そもそも一方の戦争当事国が、他方の当事国の首長に対して直接殺害を計画することは、近代戦ではおかしな話です。近代戦は宣戦布告とともに始まり、講和条約で終わりますが、相手の政治的な首長をいきなり殺してしまうと、戦いで圧倒しても講和条約を結ぶ相手がいなくなってしまうのです。戦争開始時点のリーダーとは別に、すぐに取って代われる準備のできた第二の政府ができていれば別ですが、イラクの場合は徹底した独裁国家ですから、そのような受け皿政府は存在しません。このことから考えると、米国はイラク戦争を「国家と国家の戦争」とは見なしておらず、単に「テロリストの親分とその支配地域」と見なしていたことになります。そしてテロリストとして殺害しようとしたサダムを、いくらでも殺せるタイミングで、あえて生かしてとらえたという事実が、見るものをなんとも妙な感情を起こさせたのだと思います。この妙な感情が、「捕まったからよかった」と素直に喜べずに、「何で殺さなかったの？いくらでもいいわけはつくれたはずなのに」という疑いに変わっていったのでした。

つまりサダム拘束のニュースは、それ自体、特に「よいこと」とはいえなくなっていて、かつ捕まえ方にも違和感があったために、Aさんがいう「まずよいことなのだ」という説明自体に、同意することができなかったのです。

■アルカイダと詫間容疑者は同列に語れるのか？

Aさんの考え方を見ていると、「悪いことをするやつがいた、悪いやつがいるなら、つぶすしかない」という思想がベースにあることに気が付きます。小学校に乱入して子どもを殺害した犯人は、確かに悪いやつで、逮捕して裁判にかけ、刑罰を科すことで一件落着になります。もし犯人の背後に「子どもをどんどん殺せ」と命じているような組織があればそれも逮捕しなければなりませんが、基本的に悪いことをした人たちを捕まえ、処罰すればおしまいという考え方です。

ではイラク戦争の発端となった911テロは子どもを殺した犯人と同じように考えられるのでしょうか？　Aさん的な考え方と、僕の考え方の分岐点のひとつが、ここにあるように思います。僕は911テロと小学生殺害とは本質的に問題が異なると考えています。あるいは、ブッシュ政権自身が「異なる問題に変えた」といえるかもしれません。

その理由のひとつは、小学生殺害は、詫間という犯人個人に帰結できることがわかってきていて、そこに疑いの余地が少ないのに対して、911テロの犯人は個人ではないし、グループ自体も特定できていません。つまり「これが犯人グループで、これ以外に犯人にあたる人間はいない」と特定できていない。

911テロ自体はオサマ・ビンラディン自身が「やった」とビデオテープよる声明を出しているので、疑いにくいかもしれません。しかしオサマ自信が実行犯ではなく、実行犯グループの全容は明らかにされていません。米国政府が発表した19人の犯人は身元さえ明らかになっておらず、ジャンボジェットのような安定性の高い（直進性の高い）飛行機を操縦して、なぜあれほど正確に細いビルにつっこめたのか、誰が操縦していたのかなども明らかになっていません。フロリダで操縦を習ったという事実はあっても、軽飛行機に操縦を習った程度で、ジャンボジェットを確実にビルにつっこめるほどの操縦ができるとは思えないし、できるという証明もされていない。おそらく、グラウンド・ゼロから回収されたはずの、つっこんだ航空機のブラックボックス（フライトレコーダーとボイスレコーダー）の分析結果さえ、発表されていません。

また、彼らの活動基盤についても明らかになっていないことが多い。あれだけの人数のメンバーが長期にわたって活動するための資金や、その背後にいる候補者群の数、またアルカイダがやったという他の大きなテロの規模から考えて、資金面と武器の面で多くの支援者がいると考えるのが妥当です。なみのテロリストグループではないのです。参考までに、パレスチナゲリラの自爆テロではせいぜい5人ぐらいが殺害できる程度の爆発物しかもてないわけですが、トルコで起きたテロでは200キロクラスの爆発物が使われたと報道されていて、この規模の爆発物は「近所のコンビニで買ってきた」ものとは異なり、はっきりとした出所があると考えられます（たとえば、どこかの国の正規軍からの流出など）。

このあたりの状況から解釈できる（So What?）ことは、オサマが首謀者であるとしても、犯人グループを特定し、このメンバーをとらえれば、事件は解決するとは考えられない、ということです。小学生殺害事件で言えば、詫間という犯人を捕まえて裁判にかけても、もしその背後に「大規模子ども殺害組織」があるなら、事件再発の危険はまったく去らない、ということです。そのような状況の中で、米国は事件の容疑者を懲らしめることには必死になっていても、事件の後ろにある「組織」には目を向けていないように見えてくる。しかも直接の容疑者を捕まえるためにアフガンやイラクでは多くの一般市民が巻き添えになって犠牲になり、犠牲が多いわりに直接の犯人も捕まらず（オサマもオマルも生死不明）、しかも背後の「本当に悪いやつ」は結局捕まえようとさえしていない、というように見えてくる。

一方Aさんから見ると、「オサマがやったといっているのだから、オサマとアルカイダを限りなく根絶やしにしなければならないし、そのためにはどれだけ犠牲を払ってもいい」という考えになる。

Aさんと僕との考え方の分岐点は、犯人を捕まえればよいというAさんと、犯人の背後に本当の犯人がいると考える僕、という分かれ道と、悪いやつを捕まえるためには大きな犠牲もやむを得ないと考えるAさんと、犠牲が大きすぎるなら別の方法を考えるべきだと考える僕との違いになっているように見えます。

ここで重要なことは、どちらの意見が正しいかということではありません。どこが分岐点になって、まったく異なる見解が出てくるのかをはっきりさせることです。このようなスケール感のある問題は、Aさんのような意見もあり、僕のような意見もあることは珍しいことではなく、また容易にひとつの結論にまとめることはできないと考えた方がいいでしょう。しかし、両者の意見を分けているのはどこかを知ることは、またどちらの結論も出せていない人にとっては、大きな意味があると思います。このような分岐点を見いだしたとき、あなたの意見はどちらかに決められるようになると思うのですが、どうでしょう？

■「解決」とは何か？

もうひとつの分岐点は、「解決」そのもののイメージです。

Aさんが911テロを小学生殺害事件と比較していることからわかるのは、犯人がつかまれば同種の事件が起きない、または起きたとしてもまったく別の事件だ、と考えていることです。

仮に、こんな仮説を考えてみます。小学生殺害事件の背後には、ぱっとしない経済状況や将来に希望がもてない社会の閉塞感がある。あるいは精神的以上を持つ人を社会にそのまま野放しにしておくような医療制度に問題があると考えたとします。もしこれが背後にあるなら、その閉塞感や景気、医療制度などを変えなければ、今回の犯人が捕まっても、また別の犯罪が起こるかもしれません。

一方で、警察的な意味での事件の解決とは、起きてしまった事件の犯人を捜し出し、そのあと検察に回して刑事裁判を起こし、処罰されれば、解決です。また、それ以上でもそれ以下でもないと、警察や検察はいうかもしれません。それが仕事であって、景気をよくしたり社会の閉塞感をなくしたり、まして医療制度を変えるなどというのは警察のやることじゃない。それに、景気がよくなって閉塞感がなくなって、医療制度が変わっても、社会から犯罪はなくならないだろうし、起きた犯罪はきちんと犯人を捜さなければならないことには代わりがない、と。

僕が市民として、治安を預かる人たちに期待したいことは、起きた事件の犯人を捜して処罰することだけではありません。それは期待したいことの一部にすぎません。それとは別に、事件が起きている背後の問題を見つけ、それを解消し、犯罪行為がおきにくい社会をつくりたい。そのために景気がよい方がいいなら、景気や雇用を上げる必要があるかもしれないし、教育のやり方のほうが問題かもしれません。重大事件であればあるほど、単に犯人が捕まればよいのではなく、背後にある問題が重大事件に集約されていると考えたいし、背後の問題を解決するきっかけとして活用したいと考えるわけです。それを実際に担うのは、警察ではなく、別のセクションかもしれません。しかしどのセクションがやるかが問題ではなく、事件を解決しようと考えるなら、犯人捜しだけではなく、背後の問題の解決まで視野に入れてほしいと考えるのです。

Aさん、あるいはブッシュ政権の考え方を見ると、背後にある問題にはあえて目を向けずに、あるいは事件の解決とは直接関係がなくてよい、と判断しているように見えます。「悪いことが起きた、起きた以上やったやつがいて、それは悪いやつなんだから、捕まえて処罰する、以上」。

僕から見ると、このような態度は「重大事件に対するリアクションとしては、単純にすぎる、もっとほかにもやれることがあるだろう」ということになります。まして、今回のリアクションの主体は「世界の超大国」米国です。軍事面、経済面、情報面出たを圧倒する力があり、世界の覇権を握ろうとする大国の行動としてみると、「捕まえて懲らしめておしまい」というのは、あまりに大人げないじゃないか、と僕は思うのですが、おそらくAさんは「それで十分でしょ」ということなのではないかと思います。

米国・英国、さらに日本自身を世界の大国だと考えるが故に、期待することも大きくなる。「それだけではないでしょ」と言いたい。ここに、Aさんと僕とのもうひとつの分岐点がありそうです。あなたはどっちの考え方をとりますか？

■わかりやすい結論と、なかなか見えない結論

以上考えてくると、Aさんのような考え方のほうがシンプルで答えが見えやすく、僕の考え方は複雑で答えが見えにくいという違いもわかってきます。

アフガンからアルカイダの拠点がなくなれば、拠点があって自由にやれるよりよかったに決まっているじゃないかというAさん。でもアルカイダに資金と武器を送っていた人間がどこの誰かわからない（公表されていない）なら、仮にアルカイダはつぶれたとしても、第二のアルカイダにその資金と武器が流れるだけじゃないか（アルカイダがつぶれだけではいいとはいえない）と考える僕。

悪いやつがいるなら捕まれば、捕まる前よりよい社会になるに決まっているじゃないかと考えるAさんと、捕まったところで悪いやつが出てくる背景が変わっていないなら、安心できないと考える僕。

この比較の中ではっきりしているのは、Aさんの考え方をとれば、「解決」の判断基準がクリアで、解決したかどうかもはっきり言えるし、成果も見えやすいということです。一方、僕のような考え方だと、判断基準は多様に分裂していき、仮にある部分が解決されたとしても、全体として解決したとはいつまでたってもいえないし、少しよくなったといえるかどうかさえ怪しい。時間もかかりすぎるし、その間に「危険な奴ら」からの第二のアタックがあるかもしれない。効率の悪い考え方といえます。

ここに第三の分岐点が見えてきます。わかりやすい判断で結果が出たと評価したいか、わかりにくく時間がかかるけれど、まどろっこしく、広範囲の変化を「解決」と呼びたいのか。

おそらくほかにも分岐点があって、その道をひとつひとつどっちを選んでいくかで、大きなイシューの結論がかなり変わってくるといえそうです。すでに自分なりの結論がある人も、ない人も、改めて自分の立場を考えてみてください。自分の考える「癖」もわかってくると思います。

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渡辺パコ。ライター、デザイナー、コンサルタント、グロービス・マネジメント・スクール講師。
1960年東京生まれ。学習院大学文学部哲学科卒。85年採用広告プロダクションでコピーライター、クリエイティブディレクターとして広告、会社案内の制作、PR戦略の企画立案などを担当。その後、独立して90年に有限会社水族館文庫を設立。94年から著作活動を開始する一方、Webサイトの設立・運営にアドバイザーとして積極的に参画、ビジネスインキュベーションを担当。雑誌などへの執筆活動も行う。著書に「渡辺パコの35歳からは好きなことでお金を稼ぐ」「環境経営の教科書」「人生に役立つ論理力トレーニング」（幻冬舎）「＜意思伝達編＞論理力を鍛えるトレーニングブック」「論理力を鍛えるトレーニングブック」「手にとるようにIT経営がわかる本」「図解＆キーワードで読み解く通信業界」（かんき出版）、「LANの本質」、「生命保険がわかる本」など。

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