142 子どもに与えたい「基礎」とは何か？

▲Dolls by bibi , photo by paco at KAICHI-GAKKO in Matsumoto city.

今回は子どもの教育についてです。

正月休みに友達の家族が来て、たっぷり遊んでいきました。両親と、うちの娘と同じ小学校4年生の女の子、1年生の男の子という家族で、ふたりとも元気いっぱいの子どもたちです。

親同士で話をすると、やっぱり子どもの学校の話が出てくるのですが、その中で僕が「うちの子ももう4年生まで来たし、今のところ6年生までは学校に行ってくれそうだから、ほっとしているんだよね、中学は、まあ別に行かなくたっていいし」と言ったら、ちょっと驚かれてしまいました。

その一方で、公教育では、「ゆとりか、学力重視か」という二者択一の議論が行われ、再び「学力重視」の方向に傾きつつあるのが現状です。今回は、子どもに何を用意すればよいかについて、考えてみたいと思います。

■風呂敷を広げすぎないほうがいい

先に話しておきたいのは、僕にとって子どもの教育の話は、とても個人的なイシューで、一般論として日本の子ども、世界の子ども、あるいは時代を超えて子ども一般について考えるつもりはない、ということです。子どもがいるといっても一人しかいないし、他の子どもについて特に知っているわけではない。

その点で、やはり文科省などで学校政策を決めている人は大変だなあと思うのですが、別の言い方をすると、統一的に教育全般について国で決めることがいいのか？ということでもありそうです。国として、自治体として、こうやるとひとつに絞ろうとすること自体に無理があるのかなという気がするわけです。

僕が重要だと思うのは、目の前にいるその子にとってどのような学びを用意すればよいかということであって、その子が「子ども全般」であるわけではないという理解だと思うし、学校教育に明確なべき論を語っている人に対する違和感も、ここにあるように思います。

ひとついえることは、大人は子どものために、何かしらの学びの機会を用意するべきだ、ということぐらいかもしれません。学びの形はひとつである必要はないし、学びの時期もさまざまあっていいのではないかと思います。

ということで、これから考えていくことも、一般論としてではなく、「こういうやり方もある」という解のひとつです。

■退屈しない子どもにしたい

僕が自分の子どもを育てるにあたって考えてきたことは、「自分の時間の使い方を自分で決められる人」、別の言い方をすれば、「自分が持っている時間に退屈しない子ども」ということでした。

ふつうだったら、「自分でことが自分でできる子」「人に迷惑をかけない子」とか、もう少し社会性を意識すると「社会に役立つ人になれる子」、小学校も高学年ぐらいになってくれば、やはり「受験で勝ち上がっていける子」ということが、意識的か、無意識的かに関わらず、出てくるかもしれません。最近は公立中学校への不信感が高まっていることもあって、小学校高学年になると、クラスの大半が私立中学をめざして勉強中という話も実際に聞きます。

いろいろな価値観を持って子どもを育てていくこと自体、僕はよいことだと思うのだけれど、僕は自分の子どもを「自分の時間に退屈しない子」に育てたいと思った。そういうことです。

退屈しないということは、自分に与えられた、たとえば80年という人生の長さの中で、今何をしたいかがわかり、それを実際にやることができるということです。もし、そのやりたいことがそのときの力ではできないことなら、学び、力をつけていくことができることも、退屈しないということに含まれています。逆に、学びきれずにやりたいことができないなら、別のやりたいことを探せる力でもあります。

「35歳からは好きなことでお金を稼ぐ」の読者、数人から「自分が何が好きかわからない」「好きなことはあるけれど、そのうちどれが自分のFavoriteなのかわからない」といった話を聞きます。自分が何が好きなのか、今この時間で何をしたいのかという問いに答えることは、思っている以上に難しいことです。「退屈しない子」とは、自分がやりたいことをいつもわかっている子どもで、そういう力を持った大人になってほしいということでもあるのですが、それは自分のライフデザインを進めていくために、もっともベーシックで、最も重要な力だと思うからです。

■時間が空いたら何をする？の連続

実際のところ、娘の様子を紹介してみます。

今日は土曜日なので学校は休み。昼近くまで寝ていて起きてこないと思ったら、ちょっと疲れがたまっていたみたいで、起きてきても今で夕方近くまでごろごろしていました。でもだんだん元気を取り戻したらしく、昨日の夜の続きのつくえの片づけを始め、2時間近くかけて、机の上と自分のキャビネットの中を整理し、今デスクの上はすっきりきれいです。実は年末からずっと机の上はぐちゃぐちゃで、宿題も食卓のテーブルでしかできない状態だったのですね。宿題なら、食卓でやっても、終われば学校に持って行くからよいのですが、自分がやりたいことをやり始めるには、食卓は向かないことを知っています。食事の時間になれば「どかしてね」と言われてしまうし、僕が部屋を掃除するときになれば食卓にあるものはすべてざっくり重ねて娘のつくえにおいてしまいます。こうなるとせっかく途中までやったものが続かなくなるので、いらだつわけです。自分が好きなことをやるためには、自分のつくえをすっきり片づけることからやらなければならない、ということを彼女は知っているのです。

もちろんこんなことができるようになったのはここ1～2年で、それ以前は片づけを手伝ったり、そもそも自分のつくえがごちゃごちゃにならないように、何かやったあとにはいっしょに片づけてあげたりしていました。年齢に応じてになりますが、片づけのコツについても一緒にやりながら伝えてきたように思います。ものが片づかないのは、ものの定位置が決まっていないからで、定位置を決めなければいけないこと。定位置が決まっているものを使ったときは、使い終わったら早めに片づけること。いくつかの作業をしてから、ごちゃごちゃになったつくえを一気に片づけるより、ひとつの作業が終わったら片づけ、またひとつやったら片づけと言うようにやった方が、片づける時間（合計時間）は短いことなど。こういったことは、別に僕らがはじめから知っていたことではなく、いっしょに見ていた「ためしてガッテン」で教えてくれたことをやってみているだけです。妻が根気よくつきあってきたので、妻と娘はしょっちゅうケンカにもなるものの、しっかりした信頼関係で結ばれているようです。

片づけが終わったら、録画してあった「セサミストリート」を見てますが、そのあとは何をするのでしょうか。平日なら宿題をやることもあるし、残り時間から見てやりきれないと思えば、やっていかずに学校に行ってしまうこともあります。僕らも「宿題はあるの？」と意識を向けることはしますが、やりたくなさそうなら「じゃあやめれば？」と言ってしまう。やりたくないことをやっても、身に付かないのは子ども大人も同じです。

見ていると、彼女の時間の多くは「何かをつくる」ことに使っているようです。つい最近は、年始に遊びに行った松本の街について、簡単な旅行記をつくっていました。A4の紙を折って小さな小冊子を作り、松本城や開智学校（明治にできた小学校）、パルコのことなんかを絵入りで書いています。城や学校の絵を描くための資料がほしければ、自分でパソコンをつけてgoogleで検索して写真を探し、それを見ながら書く。1ページできると見せに来るところが小学生ですが、なかなかよくまとまっています。

六兼屋にいるときは、僕ら大人が外で庭仕事や薪割りをしているので、彼女もターザンロープやサッカーボールで遊んでいますが、家にひとり入って、ドールハウスをつくっていることもよくあります。彼女のドールハウスコレクションはなかなかのもので、シルバニアのパーツを中心にしつつも、レゴ、雑貨店で買ったものなど、家、店、公園など街がまるまるつくれるほどあり、六畳間をいっぱいに使って遊んでいます。薬局に並べる脱脂綿や消毒薬のボトルも自分でつくったり、売っているものでよいものがなければ、ベッドやデスクをバルサやシナ材を使って自分でつくったりもする。

このドールハウス造りのノウハウ獲得は、ここ数年の彼女の最大の「あこがれ」のひとつで、僕や時々遊びに来る僕の友人に聞いたり、作ってもらうのを横で見ながら、バルサの切り方や採寸の仕方までひとつずつ覚えてきました。その情熱は、本当に驚くほどです。最初は技術が伴わずに、自分がイメージするものが作れなかったのですが、じょじょに腕を上げ、今では僕や友人に近いレベルまで来ました。まもなく追い越してしまうかもしれません。

最近では完全に退屈嫌いの子になってしまい、いつでも「何かやること」を持ち歩いています。レストランに宿題の漢字プリントを持って行くこともあれば、携帯でゲームをやることもあれば、本を持っていることもあります。時間が空いたのに、やることがないことが、彼女にとってはもっとも不幸なことなのです。

■一生学び続けるための基礎学力とは？

こんな感じで、娘も10歳になって、自分の時間を自分で使っていくということがだいぶうまくなってきました。ここまで来れば、あとは自分でやりたいことを見つけ、自分でやる力を身につける方法を考え、実行し、やっていくことができる基礎的な力は身に付いたと感じています。その意味で、僕はもう子育てが終わった、という気分です。あとは自分で育つと。

もちろん、これは親の側の味方であって、子どもは自覚的にも実際にもまだまだ子どもだし、これから先、僕が何もしなくてよいというわけではないでしょう。というより、ますます真剣に彼女をサポートする必要があり、サポートが不適切なら、思春期らしい批判力で親を責めることもあるでしょう。でも、やりたいことをやるためのパターンがあるという自信は、たぶん彼女の支えになると思っています。

その基礎の主要な部分を、「学校的な勉強」の内容面で見てみます。

まず日本語の基礎は必要です。読み・書き・話すということになりますが、最低限の語彙、文法を使う力です。読む・語彙・文法は、彼女の場合は本が好きだったので、本から学んでしまいました。今も知らない語彙や言い回しはたくさんあるのですが、親の日常的な姿勢から見ると、たまに知らないことがあると「エッ？それ知らないの、やっぱり小学生だったんだね」などといってしまい、娘を怒らせています。話すことは、親の影響で、僕の方がうんざりすることがあるくらいクリティカルなので、しょっちゅうつっこまれています。僕が書いている本、僕が書いているメール、コミトンの原稿なども、いっしょにパソコンをのぞき込んで読んでいることがあるので、こういったところで身につけていることもあるのでしょう。

一方、漢字の書き取りは、「どうでもいいよ」といっているので、あまりやりません。それでも学校で時々「書き取り50問テスト」があるので、そのまえに集中的にやっているようです。その場で覚える力はるのですが、自分で書いているのを見ると時々ヘンとつくりがひっくり返ったりしているので、忘れてしまうのでしょう。漢字を書く方は、大人になればパソコン中心になりますから、あまり重要ではないと僕は思っています。

むしろ重要なのは、言葉や漢字を調べる力です。辞書を使う力ですね。小学校1年生ぐらいから辞書の使い方は教えていて、聞かれれば「辞書」といってきたので、基本的には自分で調べています。最近は電子辞書をプレゼントしたので、100グラムほどの手帳サイズの辞書を、わりとよく持ち歩いています。軽いし、調べるのも簡単なので、早めに買ってあげるといいと思います。

言葉の力は、このぐらいまで来れば、あとは必要に応じて自分で伸ばしていけます。言葉の力が必要なことをやりたいときに、学べばいいと思っています。

算数の力も必要です。四則演算、面積など図形の概念、量や単位など。教科書を見ている限り、算数の力も、小学校6年分でだいたい基礎はよいと感じられるので、これもあと2年でしょう。

基礎力としてよく問題になる計算力は、いずれは計算機でやることなので、あまり重視していません。特にミスはほとんど問題にしない。類似の計算25問のテストで80点以上の違いを問題にするのは意味がない。人間は機械ではないので、簡単な反復問題であっても、正答率は80％あれば十分です。今の小学校のカリキュラムでは、80点に満たないと、どこかに知識面での穴がある可能性があるので、穴がわかったときにその部分だけ、少し教えているというかんじです。量や単位、図形などについては、実生活で思い出す機会をつくっていることが多い。面積をやった前後には、「このお皿の面積はざっとどのぐらい？」というようなことを聞く程度で、本人も思い出すし、こちらも理解の程度がわかるので、ちょっと安心できます。理解に不安があれば、10分も時間をとれば、フォローできるはずです。

他の教科は、知りたければあとからでも学べることが多いし、細部まで理解できていないくても、概略がわかっていれば十分なので、くどくど言ったことはありません。そもそも、親のほうが知らないことも多いし。たとえば、2本の電池を並列にした場合と直列にした場合、どっちがマメ球が明るくつくかは、まあ、知っています。でも、なぜそうなるのか、うまく説明できる人はいますか？（意外に難しい）。大人の知識なんて、たいていの場合そんなものです。まして子どもに、きちんとした理解を求めても意味がないと僕は思うのです。

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変化の大きな時代なので、子どもに何を与えるか、与えないかを決めるのは、容易なことではありません。ここまでの話も、あくまでも僕個人の話だし、今は一応うまくいっているように見えていても、これからどうなるかはまったくわかりません。

僕が子どもに対して考えていることがよいことかどうか、また他の子どもにとっても意味を持つのかどうかはわからないのですが、こういう考え方もあるという参考になればと思って書いてみました。

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渡辺パコ。ライター、デザイナー、コンサルタント、グロービス・マネジメント・スクール講師。
1960年東京生まれ。学習院大学文学部哲学科卒。85年採用広告プロダクションでコピーライター、クリエイティブディレクターとして広告、会社案内の制作、PR戦略の企画立案などを担当。その後、独立して90年に有限会社水族館文庫を設立。94年から著作活動を開始する一方、Webサイトの設立・運営にアドバイザーとして積極的に参画、ビジネスインキュベーションを担当。雑誌などへの執筆活動も行う。著書に「渡辺パコの35歳からは好きなことでお金を稼ぐ」「環境経営の教科書」「人生に役立つ論理力トレーニング」（幻冬舎）「＜意思伝達編＞論理力を鍛えるトレーニングブック」「論理力を鍛えるトレーニングブック」「手にとるようにIT経営がわかる本」「図解＆キーワードで読み解く通信業界」（かんき出版）、「LANの本質」、「生命保険がわかる本」など。

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