145T 「農」とかかわる

photo by toshi.

立春を過ぎ、少しずつ春の気配がしてきましたね。うちの庭でもいよいよ菜園作りを始めようといろいろ調べ始めたところです。15平米くらいの小さな庭ですが有機や不耕起栽培（耕さないで栽培する方法）などにも興味を持っていて、自然の力を生かした方法がどのくらいできるものか試してみたいと思っているところ。これまでに知り合いになった近所のいろいろな人に教えてもらいながら、ちょっと関心のある人も巻き込んでわいわいやりたいと思っています。また、実は「農」*には論理的な思考を駆使できるところがすごくありそうなので、そのあたりでも楽しめそう。さらに次は活動場所を広げて..とは気が早い話ですが、みんなで調べ、考え、体を動かし、そしてできたものを食べてみる、そんなふうにして「自然」を都会の中に少しずつしみこませていけるとおもしろいかも、と思っています。論理思考の勉強でうちに集まってきている人にもそんな話をしたら、けっこう乗り気な人がいました。なんだかわくわくしてきて、この感じはちょうど世界旅行の前のようです(^_^)。

「農」..「農業」というのは「業」がついている分、ビジネスとか産業というイメージがあり、僕がやりたいこととはちょっと違うのです。かといって「菜園」というと社会とのかかわりをあまり感じない。そこで中途半端ですが「農」という言葉をここでは使っています。

しかし、考えてみると２年位前まではこういう方向性は全く想像していませんでした。誰かから、もし「野菜作りがおもしろくてさ」と言われても「ふーん」で終わってしまったでしょう。また「農」を意識するようになってからも、どんどん計画的・効率的に動いていたわけではありません。どこか「ただのあこがれかもしれないよ」「好きじゃないところもあるしなあ」と思っていたところもあり、ずいぶんゆっくり動いていました。でも振り返ってみると進んできている。そのプロセスもおもしろかったし、無理もあまりなかった。

人はいろいろなことを「やってみたいなあ」「いつかやろう」と思うものですが、忙しい毎日にいつの間にか時間だけが過ぎ、意外と実現は難しい。しっかり時間は取ったとしても、それまでの世界とはあまりにかけ離れていて入りにくいこともあります。それでもやってみたら、想像していたのとあまりに違ってがっかり、なんてこともあります。

そこで今回のコミトンでは、僕がここまで行き着いたプロセスについて書いてみようと思います。よく知らないけどちょっとあこがれることに、ぼちぼち楽しみながら向かっていきたいという時にちょっと参考になればと思います。もっとも僕にしてもまだ入り口に来ただけなので、これから予想外のことが起きたり、やっぱりや～めた、となる可能性も十分にありますが(^_^)。

■問題意識から「まず見てみよう」へ

はじまりは、2003年の初めに「今年は何をしよう」と考えた時でした。この時、考えたことの一つに「より自然に近い生活へ」というのがありました。その背景には前年に世界旅行をして「日本人の生活は自然から離れすぎている」と感じたことがあり、自分もその例外ではないと感じていたのです。ここでいう「自然」とは単に緑が多いといったことだけでなく、あらゆるものが生き生きとしていることや、生の営みが身の回りにいろいろ見えていることを指しています。たとえばみんな同じような大きさをしてきれいにラップされた野菜はどこか生き生きしていないという感じが僕はします。毎日「ビジネス」ばかりしている、というのも不自然な感じがします。そこで「もう少し自然に近い生活へ」ということを思いました。

しかしこの段階では、具体的な目標を決めたわけではありませんでした。自分にとって何が自然なのか、まずはいろいろ見てみたり、人の話を聞いてみよう、と考えていました。（参照：コミトン093　2003年は何をする？）

この「実際に見てみる」というのは僕はとても重要だと思っています。見た結果、それが自分に合っていれば「進んでみよう」と自分を突き動かすものになります。逆に、合わなければ「違うな」と冷静に判断させる材料になる。たとえば「独立して仕事をしてみたい」とあこがれる人がいたら「自分に合っているのか、できるのか？」と思い悩んだり、独立の本とか買って読みあさるだけでなく、実際に独立している人に何人か会ってみる、できればその人の様子をしばらく見てみることをすすめたいと思います。僕は人見知りするタイプなので知らない人に会いに行くとかはあまりしないのですが、それでもけっこう人に会うことは可能です。

さて「見てみよう」をさらに後押ししてくれたのは年賀メールの返事です。「日本人はどんどん自然から離れていると思う」と書いたことに対して「それは都会の話かもしれない。地方も見てみるといいと思う」と何人かの人が返事をくれました。

しかし正直なところ、そこに書いてあったことがすごくよいものにばかり見えたわけではありません。そもそも彼らのところに行かずともpacoさんと話をしたり遊びに行ったりしていれば自然な生活を垣間見ることができたのですが、僕にとっては「なかなかストイックだなあ、遊びに行くにはいいけど、生活というと自分にはまねできないや」という感じでした。また、田舎について僕が持っているイメージの中には、狭い世界に閉じ込められかねないうっとうしさもありました。なのでこれまでは「遊びにおいでよ」と言われてもあまり積極的でなかったのです。

しかし、今回は自分の気持ちが少しそちらに向いていたこともあって、また日本という土地に興味が増してきたこともあって「そこには何かある」と言う人たちの指すものを見に行ってみよう、という気がしてきました。そこで2003年は国内を少し旅行してみることにしました。最終的には３回に分けて九州と高知を合わせて２週間ほど行きましたが、そこから得られたものは大きかったと思います。ただ単に「楽しかった」というのも含めて。

■遊びながらほんの少しずつ－ベランダ菜園と旅行

さて、「農」という点で最初に大きなインパクトがあった高知でした。日曜市で野菜が、袋とかに閉じ込められずに作った人から食べる人の手に直接渡っている。これは自然だ、生きてると感じました。そしてコミトンに再三書いているおっちゃん。ビジネスはビジネスでやっていて、「育てるのが楽しい」と農業もやり、ボランティアのガイドで高知人としてのアイデンティティを確認しながら外の人とも接触している。こういうポートフォリオ的な生活が出来るというのは、いろいろなことをやっていたいという自分自分にとって「農」を現実のものに少し引き寄せました。

高知市から少し行った山の中で杉の手入れを体験したことは「これを毎日仕事にする気はしないけど、たまにやれるというのはとても気持ちよさそうだ」と感じさせました。こういったことから、それまで自分が持っていたステレオタイプなものだけでなく、自分に合った形の「農」があるかもしれない、という感覚を少しずつ持ち始めていたのだと思います。

この後も、旅行やそれ以外のところで「見る」というのがいろいろな意味を持ってきます。阿蘇ではこだわりの「農」生活をしながら情報発信をしていっている人に会えたのがおもしろかった。農家に泊まったことからも好きなところ、苦手なところも含めていろいろ見えてきました。佐賀では「そこにあるものをそのまま食べられる」（農薬などを恐れなくていい）という自然な農業を、肩に力の入らない形でやっている様を見られました。この他にも後でも触れますが、思わぬところから自分なりのかたちのヒントが出てきています。

一方、実際にやってみることの最初は、ベランダで野菜を育ててみることでした。これも「２００３年は自然だ！」と宣言した割にはずいぶん小さな一歩です(^_^)。買ってきたのもトマト、キュウリ、ナスの苗を一本ずつだけ。「日本の野菜がいいな」「実がなるのが変化があっていいよ」というくらいで決め、pacoさんにすすめられた店で買い、ちょこちょこっとネットや本で調べながら世話をしていた程度です。

しかし後で考えてみると、たった苗三つのベランダ菜園だったからよかったのかもしれません。これが市民農園を一区画借りるくらいでも最初は、「やることが多くて大変だな」と思ってしまったかもしれません。pacoさんのうちに２週間に１回行こうと決めたりしていたら、用事が出来たりお互いの都合が合わずに行かずじまいで終わっていたかもしれません。

目の前に見えていて窓を開ければ触れて、しかも量が少ないから毎日じっくり見てしまうのでしょう。でも、実のなる野菜なのでほとんど毎日変化がある。丈が大きくなり、花が咲き、実がなって大きくなり、色づいてくる。そして食べられる。毎朝起きると一番に何か変化がないかを見ていて、仕事の合間の休憩代わりにベランダに出ていました。

そうやって見ていると、しばらく忘れていた「生」や「自然」が思い出されてきます。木で赤くなったトマトを採って食べる感覚、ベランダにはわせたキュウリを見て下から話しかけてくるおばちゃん、草のにおいから感じるエネルギー、窓の外が少し緑になっているだけで気分がだいぶ違う自分、役目を終えてしおれていく葉に感じる生の循環、どこからやってくるのか不思議な虫たち、天気の変化に前よりも敏感になっている自分..。そしてベランダ菜園がもう一つよかったのは、「これじゃまだ足りないな」と感じさせてくれたことでした。

■さらに一歩、でも一歩－引越し

上に書いたようにベランダ菜園は「もうちょっと行ってみよう」と感じさせてくれました。そして旅行はいくつかのイメージを与えてくれていました。そして2004年はじめにはこどもができそうだということも背中を押して、僕らは、次の一歩－引越し－に踏み出すことにしました。もう少し自然な生活ができるところに移ろう、と。しかし、これまた大きな変化ではなくほんの一歩でした。都心へのアクセスも１時間かからず、買うでも建てるでもなく賃貸、ほとんどリスクは取らない変化です。

具体的に物件を探してみると、またいろいろと見えてきました。たとえば、「農」や「自然」に興味を持ったとはいえ、自分は農業の盛んなところに行きたいわけではない、ということがわかってきました。ただ緑の多いところに行きたいわけでもない。それよりも、農とか自然を人の生活圏内に置こうとしている街に住みたい、そして自分もそういう街づくりに参加できたら楽しそうだと。そういう可能性をさぐるために行政や市民活動について少し調べてみた中にも興味深い発見がありました。特に行政側に、市民といっしょに何かをやろうという動きが出てきていることは、うれしい発見でした。まだ具体的に何かをできるとしてもしばらく先になると思いますが、「知っている」といろいろな可能性を探れます。

移ったことで見えたものもいろいろあります。まず自分の好きな風景というのが少し見えてきました。窓から見ると、景色の半分は空が占め、４割くらいは畑と原っぱ、残り１割を家々と林というバランスです。ベランダ菜園で緑が少し増えた時には「もっと！」という感じがしましたが、今度はこのくらいでちょうどいいという感じ。山や海が見えたらそれはそれでよさそうだとも思いますが、今のところはすごく「ほしい！」という感じではありません（５分歩けば天気のよい日は山並みが見えます）。でも、この緑、特に畑は消えて欲しくないと強く思います。自分の欲しいものが強く分かってきた感じです。

ガラス越しに見えるものだけではありません。近所を歩いて畑や作物の様子が変化していくのを見たり、農家の人がやっていることを見たり、少し話してみたりすると、自分がそこに関わっている感覚が少しずつシミュレーションできてきます。遠くから見ればみんな同じに見える畑も近くに寄ってみると違うこともわかってきました。悲しかったのは、年末から値段が下がってしまったため大根が畑に放置されていること。なんかやり方がないのかとか、こうならないようにはどうするんだろうとかも考えたりしたのですが、それはまたの機会に。一方で、緑道の落ち葉を集めて堆肥をつくったり、蛍を育てようとしたり、自分のイメージと合う「自然」の方向に行っている人に出会うとうれしくなります。そういううれしくなる感覚と、実際に目の前に見えるものから、春以降、実際に動いている自分の姿がだんだん現実的なものとして見えてきます。

■パートナーと重なる点を見つける

ここで少し違った話を。何かをやろうと思った時、パートナーがそれについてどう考えるのかというのは大きなことだと思います。うちの場合、girl friendは農業や畑仕事についてネガティブでした。自然が維持されることや自分の周りにある程度の自然があることにはポジティブなのですが、自分がそれをやることについてはネガティブだった。彼女は外食にしても旅行にしても新しいところに行くのが好きなタイプです。農業のように一箇所に腰をすえて行い、自分を縛りかねないものに対しては抵抗感があったのです。

この部分については今も変わっていません。しかし「農」については興味を持てるポイントを見つけ、ずっと関わってきています。彼女の場合、人と話すことが好きです。たとえばベランダ菜園をやる中では、苗を買いに行った店で店員と話すのがおもしろかったと言っていました。旅行の時もいろいろな人にコンタクトを取って訪ねて行き、話を聞くのを楽しんでいます。こちらに越してきてからも、畑に人が出ているのを見かけると時間があれば出て行ってちょっと手伝ってみたり、地場の野菜を売っている店でも店のおばちゃんと話をするという感じです。

つまり、農業そのものをやりたいとは思わないけれども、農ある街をつくっていくことは必要だと思っていて、その中でも人と接する部分はおもしろいと感じているわけです。そういう重なる部分、いわばのりしろを見つけることで、もともとはあまり興味のなかったこともいっしょにできるかもしれません。そして、いっしょに考えたり、お互いのことを見たりできるのもおもしろいので、さらに進んでみよう、という一つの動機付けになっています。

■自分の好きな形をイメージしていく

さて、これまで書いてきたようにして、現実感のなかったことがイメージできるようになり、ゆっくりではあるものの無理のない形でやりたいことに近づいてきています。最後に、そこへ自分を一番駆り立てているものについて書きたいと思います。

一つには、考えるのが楽しそうだということです。「農」の中の、実際に作物を植え、育てるという部分はまだまだこれから調べてその後で動き出すという感じなのですが、できるかぎり自然の力を生かしてみたいと思っています。収量が出なくとも食べるのに困るわけではないので実験もできます。たとえば虫やミミズの力を借り、雑草も共存しながら、農薬や化学肥料をほとんど使わず、しかも楽をして作物を育てるというのを試してみようと。

有機栽培や不耕起栽培についてはまだ調べ始めたばかりですが、ただ自然任せということではなく、自然のメカニズムを本当によくつかんで、それに沿った動きをしていくということのようです。その様はまるで畑という企業を経営しているよう。複雑に絡んだものをときほぐし、不確定なものの変化を見極めながら手を打って行く。企業において機械や人という部分が畑の中では動植物や微生物という感じです。また、特にそこにあるものが互いに益を及ぼすようにして組み合わせ、時がたつほどに豊かになっていくように狙うことにひかれます。そして、ここで学ぶものはいろいろなところで応用できそうだという予感がしてきます。

もう一つには、「農」をやるだけでなく、これを軸に「場」をつくりたい、ということです。人が「自然」な感覚を回復していく場でもあるし、コミュニティのあり方を模索していく場にもしてみたい。最初は１５平米の小さな庭からスタートして、うまく行けばもう少し広いところに展開していく。１１月に長崎で聞いたおくんちの話は「お祭りにできるといいかもしれない」というイメージをくれました。高知のよさこい祭りもそうですが、

みんなが傍観者ではなく参加者になる。参加する方がかっこいい。
勝者も敗者もない。やったものが仲間意識を共有し、達成感を得る。

という状態にできると楽しそう。

英語のシャワーや昨年末から自宅で始めた論理思考の実践勉強会でもこういうところはあって楽しくやっているのですが、「農」のように具体的に何か目に見えるものが出来上がるというのはさらにいいんじゃないかと。以前にコミトン105「持ち寄る世界」で書いた

未来像や問題意識を共有した人たちが、
何か提供できるものをそれぞれ持ち寄って集まって、
何かを実際に作ったり変えたりしている。

さてさてまもなく春。行き当たりばったり感もかなりというプロセスなのでどこに行くのかまだまだわかりませんが、楽しんで行きたいと思います(^_^)。

●いっしょにやってみませんか●

上で触れた「農」の活動、および論理思考の実践勉強会に興味のある方はお問い合わせください。参加無料。受身ではなくいっしょに集まりを作ってくださる方をお待ちしています。うちで集まって行う部分が多いと思いますので３０分圏内の方（第三京浜都筑IC/横浜市営地下鉄仲町台駅あたりから）が参加しやすいと思います。

この記事に関する感想や意見、またこの記事に対する評価をおまちしています。こちらのページから、お気軽にお寄せください。コミトンはあなたの意見でもっとおもしろくなります。

Toshi/高橋俊之（たかはしとしゆき）。知恵市場代表。株式会社グロービス執行役員、グロービス・マネジメント・スクール(GMS)統括責任者を経て、2001年7月からフリーランスとして活動。知恵市場の他、使える英語を楽しく習得する「英語のシャワー」を主宰。GMSクリティカルシンキング講師もつとめる。著書・監修書に「テクノロジー・パワード・リーダーシップ」（ダイヤモンド社）、「ビジネスリーダーへのキャリアを考える技術・つくる技術」（東洋経済新報社）。

mail:toshi@chieichiba.net