147 男にとっての出産（前編）

"Milk Bina" and photo by bibi.

以前から「子供が生まれる」ということを書いていましたが、おかげさまで2月8日早朝、2702gの元気な女の子が生まれました。先週の金曜日には母子ともに元気に退院して来たところです。

ホームページを作ってともだちに知らせたら「さっそく親ばかやっている」と言われました(^_^)。確かにこどもはかわいいのですが、本当の親ばか発病？はこれからのように思います。実際、多くの父親経験者から「やっぱり男は生まれるまでは実感ないでしょ」と言われましたし、僕自身もそう感じる部分は多い。生まれてからですら、きのうまでいなかった新しい「人」がうちの中にいる、というのが時々不思議な感じがします。

しかし一方で、彼女の誕生、そしてそれに至るプロセスはいろいろなことを体験させ、考えさせてくれました。そこで今回は「男にとっての出産」について書いてみたいと思います。最初に結論を言ってしまうと、僕にとってこれは、girl friendとの絆を強める一つの大きな共同作業（の第一段階）でした。

■流産

実はgirl friendはその前にも一度妊娠し、昨年の1月初めに流産しています。まだ第9週で心音も聞こえない早い段階でした。特に早い段階の流産は染色体異常などが原因でいわば自然の淘汰作用だそう。つまり「動きすぎたからよくなかった」というような本人の責任ではない可能性が高い。しかしやはり本人にとってはショックだし、自分の何かが問題だったのではないか、と考えてしまうものです。彼女の場合もそうで、赤ちゃんに対して、僕に対して何度も「ごめんね」と言いながら悲しんでいました。

一方、僕はというと、実は正直なところ、彼女ほど「自分の子供を亡くした」という実感はありませんでした。そろそろこどもがほしいね、という話はしていたので残念だと思いましたが、まだ生命とか、それが自分の家族だという感じはしていなかったのです。

でも、何も感じていなかったわけではありません。僕が感じていたのは、こどもに対してというより、girl friendに対しての感情でした。異変に気づいてから医者に行くまでの間、安静のためにベッドでじっとしていた彼女。不安の中でじっとしているのはつらいものです。医者で診てもらい、やはりだめだとわかった時に「ごめんね」と言いながら泣いていた彼女。翌日、後処理の手術のため再度医者に行き、最終確認をした時に、もう声は出さず、でも涙はあふれ出て止まらなかった彼女。手術の後、全身麻酔で、気丈な、でも悲しい顔で眠っていた彼女。そういう彼女を見ていると、妊娠がわかったとき以上に心が揺さぶられる感じがしたのです。

その後、1週間くらいは安静が必要な彼女のために、久しぶりに料理をしたり、ベッドの横にノートPCを持ち込んで仕事をしたり、落ち着きそうな本を読んであげたりしていました。どうしたら一番いいのかなあと考えたのですが、こどもの話は全然しなかったと思います。「過ぎてしまったことは忘れて元気を出そう」というよりも「悲しかったらそれはそれで抑えずに泣けばいい、でも自分を責める必要はまったくない。元気が自分の中からわいてきたらまた少しずつ動き出せばいい」と考えていました。

1週間くらいたつと、本来前向きな発想ができる彼女は自分で少しずつ動き出すようになりました。そして彼女自身や自分たちの関係は一回り年輪を重ねたような気がします。流産自体は残念なことだったけれども、それがくれたものは大きかったと僕は思っています。

■検診にいっしょに行く

その後、すっかり普通の生活に戻り鹿児島や高知にも旅行に出かけたりするうちに6月になり、また妊娠がわかります。しかしこの時点でもまだ「子供が生まれるんだ」という実感は僕にあまりありませんでした。girl friendがつわりに苦しみつつも楽しそうにしているのがよかったなあ、今度はうまく行くといいなあ、と思っていたというところです。

そんなわけで彼女が「病院にいっしょに来て欲しい」と言った時も、あまり気乗りはしませんでした。「超音波の映像で赤ちゃんが見えるとやっぱり感動するよ」と言われたのですが、プリントアウトを見てもまだまだ豆粒みたいで言われなければなんだかよくわからないほど。自分の体の中にあるんだと思える彼女とは、やはり違いそうです。病院との往復をあわせた2時間以上の時間を考えると、一人ですむことを二人でやるのはなんだかなあ、と正直思っていました。でも、彼女が望むならいっしょに行こうか、ということでとりあえず検診に行ってみることにしました。

結局それから、十数回の検診の多くにいっしょに行くようになりました。僕が行くと車で行けるので運転手も兼ねています。もっともロードスターの硬いサスペンションだとつわりの頃はかえってきつかったようですが。

それによってこどもについての実感が増したかというと、行かなかったのと比べると増えているかなとは思います。ぼこぼこいう赤ちゃんの心音を聞いたり、超音波で映る映像を見ていると、ああ、生命がそこで育っているんだなという感じが少しはしてきます。でもやはり、自分の体がどんどん変わり、その中で新たな生命が成長して行くのを感じている彼女とは次元が違う実感だったと思います。時々だんなさんが奥さんのおなかをなでながら中の赤ちゃんに話しかけるという話を聞きますが、僕にはそこまで「なりきる」感覚は出てきませんでした。蹴っているから触ってみてと言われるのですが、正直なところ「ふーん」という感じでした(^_^;。

でも、検診にいっしょに行くことには、このかすかな実感以外にも収穫がありました。まわり中、妊婦だらけという不思議な環境に身をおきながら、彼女と同じものを見て、考える時間をつくれた。赤ちゃんの成長についてはもちろんですが、病院について、医師や助産士について、出産方法について、いっしょに考える共通の題材を持てた。このためにそれだけの時間を割くかどうかは人によって判断が違うでしょうが、僕はそれでよかったんじゃないかな、と思っています。

■病院をかわって

そういう「これを一緒にやっている」という感覚にはあるところで大きな前進がありました。それは病院をかえた時のことです。横浜に引っ越したことで日赤広尾がやや遠くなり、よいところがあれば病院を移った方がよいかも、という話になりました。しかし引っ越したのが10月末、予定日が2月半ばでしたから彼女としては特に大きな理由がなければちょっと遠くても日赤広尾で産みたいというのが当初の希望でした。でもせっかくいろいろ見てみる機会だからとさがしてみることにし、子育てワハハ( http://chieichiba.net/wahaha)のKuriさんに紹介してもらったふれあい横浜ホスピタルも見に行ってみることにしました。これは後で思えば大きな変化のきっかけでした。

一つの大きな変化は、僕自身が自分の関われる余地を見つけたということです。こどもがもうすぐ生まれるというとよく「立ち会うんですか？」と聞かれたのですが、それまで僕は「そうですね～」と適当に答えていました。「立会い」という言葉からイメージするものがあまり好きじゃなかったのではっきり決めていなかったのです。みんながばたばたしていて、彼女は分娩台で死闘を繰り広げている、自分だけ一人手持ちぶさたでただ「がんばれ」と言いつづけてる...。そんなイメージを持っていました。

しかしふれあいホスピタルでactive birthを初めて聞きます。これは自分たちが望むスタイルでお産をしてください、ということです。たとえば病院に備えられた和室で、妊婦がだんなにしがみついたり抱きかかえられたりいろいろ好きな姿勢を試しながら出産をすることができる。このくらい関われるなら「立会い」という証人のようなことじゃなくていいかな、という気がしました。

もう一ついいと思ったのは、なるべく「自然」にしようという姿勢です。たとえば上のように、本人の望む姿勢で出産するというのもそう。他にも、生まれた瞬間からこどもを母親といっしょにいさせる（＝新生児室などに入れない）、なるべく母乳育児にする、なるべく会陰切開をしない、といったこともそうです。

ここで「自然がいいかどうかの判断は難しい」という声がありそうです。たとえば会陰切開は、こどもを速く容易に出すため、また会陰に無理がかかって裂けてしまうよりも切開して縫合した方がなおりがよいため多くの病院でそうするようです。そういう個別のポイントはそれぞれ一理あるのだろうと思うのですが、基本的な考え方としていいと感じたのは、自然の持っている力を信じ、それを引き出そう、という姿勢でした。たまたま診察をしたのが院長で「うちは、僕はこうしたいと思っている」と一人称での意思も聞くことが出来たので、僕としては「ここもいいかな」と感じました。彼女も同じように感じたようで、最終的に彼女がここに決めました。

最後に、もう一つ興味を持ったのが「それをどうやってやるのか」というところです。実際に理想を実現しようとするとなかなか難しいというのはよくあることです。「自然」と快適の両立をどのようにするのかというのもあります。それは通いながら出産までずっと見続けていたのですが、特に当初の段階で目に付いたのは、外部の経験豊富な助産士と連携し、彼らの技術（コミュニケーション力なども含む）と病院の設備で「自然」を快適にしようとしている、ということでした。

実際の出産ではこれら外部の助産士が担当としてつき、病院の助産士とともに出産を介助するとのこと。外部の助産士とは母親学級で話す機会があったのですが、ロジカルな説明とおだやかな語り口、そして「主役はみなさん」という姿勢を感じました。そしてつい先日出産した人の話も何人か聞くことができましたが、みんなおだやかに元気で、とてもよい体験をしたという様子に見えました。

ということで、あとは実際にやってみないとわからない。でもこういう考えを持っている人たちとやってみることにも価値はありそうだ、と感じられたのです。

■逆子がなおらない

上のように考えて病院をかえることに決めたのが12月の初め頃だったのですが、この頃に一つ問題がありました。こどもがいわゆる逆子（頭が下に来ていない状態）になっていたのです。体の中で一番大きな頭が下に来ていると、出産の際は頭が最初に出てくるため、あとはするっと抜けます。ところが逆子だと頭より細い部分が先に出るため、頭が途中でひっかかってにっちもさっちも行かなくなる危険性があります。それを避けて逆子の場合は帝王切開にする病院が多いそうで、ふれあい横浜もそうでした。ただある段階で逆子になっていることは珍しくなく、その8割は自然になおると言われています。なので僕らもそれほど心配せず、逆子をなおす体操を教えてもらってやっていました。

ところが年をあけても逆子はなおっておらず、1月6日の検診で急遽「そろそろ帝王切開の準備もしておかないといけないので、検査を受けてください」と言われました。また一方で外回転という、外から妊婦のおなかに力をかけて胎児を回転させる施術を行う医院を紹介されたのですが、ぎりぎりなので今日明日にでも行くようにと言われます。その医院でも連絡をすると「35週ではうまく行かないかもしれない」と言われました。それまで、出産が妊婦にとってもカップルにとってもかけがえのない体験になるという話を聞き、自分たちでもイメージを膨らませていたところだっただけに、この時のショックが大きいものでした。しかも一度、帝王切開をすると次の出産も帝王切開になる、つまりふつうの出産は望めません。

この時は、いつまでに逆子が直っていないとふつうの分娩が出来なくなるのかチェックしていなかった自分のうかつさに腹が立つとともに、医師に対しても「どうしてそういう重要なポイントを前もって言ってくれないかな！」と思いました。一つタイミングが悪かったのは、やや方針と技術の違う病院の間で移るところにこの時期があたってしまったこと、そして年末年始が入ってしまったことです。このためふれあいホスピタルでの検診が1ヶ月近くも間があいてしまったのでした。

しかしとにかくトライはしてみることにして、大和市までその医院を訪ねました。でも、結果はNGでした。こどもはおしりではまるような形（臀位と呼びます）になっていたのですが、やってみてはもらったものの、がっちりはまってしまって抜けないというのです。術後、異常が起きていないことを確認するためベッドに横になってこどもの心音を記録しながら、彼女は涙を流していました。このときカーテンの向こうから、直後に同じ外回転の施術を受け、うまく行った人たちが穏やかに話しているのがもれ聞こえ、酷に感じられました。こどもが欲しくても恵まれない人からすればぜいたくな悲しみでしょうが、悲しいものは悲しいのです。

■あきらめない

帰る車の中で気持ちを落ち着けた彼女は家に着くと病院に電話をし、うまく行かなかったことの報告をしていました。しかしこの時、もう一つ彼女がやっていたことがありました。わずかでも可能性があれば試してみたいので何かありませんかと、聞いていたのです。そこで湘南鎌倉総合病院の医師を紹介され、電話をし、その日のうちに今度は鎌倉まで走ります。

ところがここで、ものすごい時間待たされることになります。電子カルテを導入したばかりで混乱しているというのもあったようですが受付のミスもあり、午後3時過ぎに病院に入ったのが出てきた時には8時になっていました。あまりの時間に、この状態で待っている方が体に支障が出そうだから帰ろうと何度も言いかけたくらいでした。

でも、さんざん待った末に診てもらった医師はおだやかな感じで、かつわかりやすく説明してくれ、信頼できそうな感じのする人でした。外回転の施術はトライ可能で、成功率は6割くらいであること、リスクとしては緊急帝王切開になる可能性が若干あること、またこの時、もし外に出た子供が未熟で自力で肺呼吸を出来ないと特別の設備（NICU)を備えた病院に移る必要が出てくることなどを説明してくれました。前の医院と見解が違うのは、前の医院がまわしやすい早めの段階でまわすが無理を全くしないのに対して、こちらでは、まわしやすさという点では劣るものの、万一の事態で帝王切開になってもよい段階（やや遅い時期）で行うためです。

これで僕らの中では「やろう」という決断はほぼ固まっていたのですが、いつやるか、というところで迷いがありました。選択肢は、翌日か5日先か、というもの。翌日だと病院の推奨する週数よりは少しだけ早く、緊急帝王切開になった場合にこどもがそれだけ未熟で出てくることになります。一方、5日先にすると羊水が減ったり、こどもが降りてきてしまってまわりにくい可能性がある。

この時、僕が思ったのは、今回の場合、僕の役割は（必要なところで）NOT GO（5日後にする）と言えるかどうかだということでした。彼女の気持ちはかなり「外回転を成功させてふつうに産みたい」という方に行っています。すると早くしたいとなります。ならば不測の事態が起きた時のダメージや、こういう心理的な負荷がかかり続けていることの影響は、僕の方が押さえて判断をするべきところだ、と思ったのです。

結局、最後には、翌日にトライすることを決めました。ふれあいホスピタルに再度電話をして相談した結果、体重などからしてこどもの未熟度にからむリスクはかなり低いと判断したのです。

翌日の夕方、今度は待たされることを避けるためにすべての診療が終わる時間を連絡してもらって、再度、鎌倉に行きました。外回転というのはすべて医師が行うものなので、受けている側は何もすることはありません。あえてあると言えば、最初のところでの痛み（こどもを骨盤から押し出すために爪あとがつくくらいの力をかける）に耐えることと、力を抜いていることです。ましてや僕は何もやることがありません。考えていたのは、少しでも彼女をリラックスさせることと、もしうまく行かなかった場合になるべくショックを少なくすることでした。

しかし、幸いなことに後者の準備は無用に終わりました。こどもは骨盤から割とスムーズに出た後、ちょっとひっかかるときもあったもののきれいにまわりました。僕はその間ぶつぶつ、「よし、出たよ」「まわってきてる」とか言いながら、それで彼女がリラックスできたらと思っていました。30分トライしてだめならそれ以上は危険なのでやめるというところ、15分かからずに終わったのですが、この時間はもっとずっと長いものに感じました。

その帰り道は、とても気分のよいものでした。こどもについての実感は相変わらずあまりありませんでしたが、彼女が自分の体と相談しながらあきらめずに扉をたたき続け、僕はそれがやりやすいようにサポートする、時にはブレーキの上に足をかけておく。そんなコンビで一つのハードルをクリアできたという感じがしていました。また、その過程でいい感じの人に会えたこと、いろいろな病院を見られたことも、後になってみるとよい体験でした。（後編に続く）

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Toshi/高橋俊之（たかはしとしゆき）。知恵市場代表。株式会社グロービス執行役員、グロービス・マネジメント・スクール(GMS)統括責任者を経て、2001年7月からフリーランスとして活動。知恵市場の他、使える英語を楽しく習得する「英語のシャワー」を主宰。GMSクリティカルシンキング講師もつとめる。著書・監修書に「テクノロジー・パワード・リーダーシップ」（ダイヤモンド社）、「ビジネスリーダーへのキャリアを考える技術・つくる技術」（東洋経済新報社）。

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