148 Dライフ14 森を切る

▲ photo by paco.

前回は薪割りの話でしたが、今回は引き続き、木の話。六兼屋に隣接する林の松を切ったエピソードです。

■マツクイムシにやられていく

薪割りに熱中して、木のありがたさを感じていた矢先、今度は裏の林の木を切らなければならないという事態になりました。六兼屋が立っている土地はもともとヒノキの若い林で、土地を買って家を建てるときに全部切ってしまいました。手入れが悪く、ヒノキの育ちがよくなかったのと、ヒノキは針葉樹で林を残しておくと1年中暗く、開放感がなかったからです。木を切ったあとに雑木（落葉広葉樹）をたくさん植えようと思い、いったん切ることにしました。

ということで、六兼屋の土地には、今は木らしい木はないのですが、隣接する北と東の土地は雑木林です。今回、切ることになったのは、家に近い北側の土地です。東側の土地は家から遠いので、倒れることがあっても実害がなく、今回北側の林の木を切ったので、一安心と言うところです。

北の林は僕らの持ち物ではなく、地元の地主さんが持っています。だいたいはクヌギで、落葉樹なのですが、中にアカマツがあり、これが松食い虫にやられて枯れてしまうという状況が続いていました。

松食い虫は海外からやってきた数ミリのワームのような昆虫で、都国松類が好きな数種の虫の総称です。松食い虫は松、このあたりでは主に赤松の樹皮の内側に入り込み、樹皮を食い荒らしていきます。樹木というのは樹皮と根、葉で生きていて、木を支える幹の芯（材と言います）は、骨のようなもので、体を支える役目しか果たしていません。直径1メートルの大木でも、生命活動を担っているのはせいぜい1センチほどの厚さの樹皮の部分だけで、その内側の材の部分は木の生命活動にはあまり関わっていません。そのため松食い虫が樹皮を食い荒らすと、松はあっさり命を落とし、枯れてしまうのです。

北の林の松はもともと地主さんが植えたものではなく、雑木林だったところに勝手に自生してきて、そのまま育ったものということでした。実際、松の発芽率はとても高く、六兼屋の庭でもたくさんの松の発芽が見られます。松ぼっくりが開き、タネが飛び、土に落ちれば発芽できるという感じです。クヌギやコナラなどの雑木は、ドングリを落とし、ドングリも土に落ちて発芽するわけですが、ドングリは土で発芽する前に、ほとんどが虫や小動物のえさになってしまい、発芽率はごくわずかです。松が自生する理由もわかります。

それだけ生命力が強い松も、松食い虫にはひとたまりもないらしく、北の林でも六兼屋デッキる前から松クイにやられて枯れた松が数本がりました。これらの松は、枯れてはが茶色くなってから2年ぐらいすると、材の部分まで様々な虫に食われてぐずぐずの状態になり、雪の重みや強風でぼっきり折れて倒れてしまます。実際、この北の林では少なくとも2本が折れて、六兼屋の庭に倒れかかっています。いずれも家にぶつかるところではなかったので、倒れた木を切って遊びに使ってしまいました。

■本当に倒れた！

今年に入ってからも1本折れて、写真の通り、六兼屋の庭に突き刺さっていました。東京にいる間に倒れたらしく、六兼屋に付いたときに見つけてびっくりさせられました。すでに枯れて時間がたっていたので、危ないとは思っていたのですが、比較的林のおくにあるのでちょっと安心していました。でも実際に倒れてみるときは長いものです。林の中に留まらずに、こちらの土地にまではみ出して倒れていたのにはちょっと驚きました。

近くで遊んでいるときにたれないでよかったねと話しつつ、林の中をよく見ると、家に一番近い2本の松が、すでにすっかり枯れていることに気が付きました。幹にはすでに穴も開いていて、いつ倒れてきてもおかしくないのでは？という雰囲気です。運悪く、幹はこちら向きに傾いていて、家を直撃してもおかしくないというように見えます。大きな木が倒れて屋根を直撃すれば、屋根は壊れるし、下手をすれば壁も壊してしまいかねません。臆病者の妻はすっかりびびってしまい、木に近い方の部屋では寝ないといって別の部屋に移ってしまいました。確かに、2階の部屋の窓から見ると、今にも倒れてきそうな雰囲気です。

■伐採費用、見積もりもいろいろ

そこで、他人の土地ではありますが、松を切ることにしました。もちろんこちらで勝手に切るわけにはいきません。こういう場合は、本来は地主に森の管理責任があります。もし管理をしないままにして、木が倒れて家が壊れたり、人がケガしたりすれば、全面的に地主が負担することになります。

その原則からいくと、今回の伐採の費用は地主が負担しなければならないのですが、しかし地主とて、もともとこちらの土地はひのき林で、ほったらかしにしてもだいじょうぶだったはずなのに、僕らが家を建ててしまったことによって切らなければならなくなったという経緯もあります。林自体、持っていても1円になるわけではないし、高齢の地主さんには伐採費用の負担は重いはずです。以前は雑木林は、葉を集めてたい肥をつくったり、薪を取ったりと利用価値があったのですが、今はそれらの利用価値がなくなり、「なるべくそのままそっとしておきたい」という事情もわかります。といってもそのままにしておくわけにもいかないので、土地を仲介してくれた不動産屋さんに頼んで、地主さんと交渉してもらい、費用折半できることにしました。

木を切るのは、「木こり」という職業の人です。なんだか白雪姫みたいな感じですよね。今の日本にも、職業的木こりはちゃんといるのです。というか、これだけの森林国で、木こりという職業が一般的でいことの方が、本当は問題なのですが。

ともあれ、木こりさんがどのような方法で、いくら出きってくれるのかわからないので、とりあえず、薪屋さんに聞いてみました。

薪屋さんも木こりさんを兼ねているのですが、この薪屋さんは木こりさんとしてはまだ実力不足だったらしく、「僕が切るなら大型クレーン車を入れないと切れません」というのです。すでに傾斜してきている木をそのまま切ると、傾斜方向に倒れてしまう可能性がありますが、それは家の方にあたります。これでは、木を切った結果、家を壊してしまうことになりかねません。そこで大型クレーンで木の上の方をワイヤーでひっぱておき、下を切るという方法をとるのだというのです。なるほど。でもその大型クレーンが、取り付け道路が狭いために入れられない。そこで、まず土を持ってきて道を広げる工事をした上で、幅2.5メートルを超えるクレーン車を森の横につけ、引っ張り上げながら切るしかないというのです。道造りから？？　で、その方法で、北の土地にある13本の松を切ると、いくらになるの？と聞くと、クレーンやさんにも来てもらい、見積もりが90万円。すごい話になってきました。

これでは折半にしても45万円、そもそも地主さんがそんな負担をするとは思えません。そこで、薪屋さんが「自分の木こり業の師匠」という人を連れてきてくれて、「師匠なら40万円」というのです。師匠はクレーンは使わずに、ワイヤーロープを別の気にかけ、引っ張って切るという方法をとるので、クレーンも道造りも使わないために、安くなると言うわけです。

それにしても40万円はかなりの出費です。そうこうしているうちに、不動産屋さんが別の木こりを紹介してくれて、彼なら20万円でいいよ、というのです。なんと。

彼が木を切る方法は、ユンボ（パワーシャベル）を使うやり方だとか。パワーシャベルの「しゃべる」をはずして、代わりに「カニばさみ」と呼ばれる大きなはさみをつける。このカニばさみで松を倒したい方向に押しながら、木こりさんがチェーンソーで切ってしまうと言うわけです。本当にそんなにうまくいくのか？？　クレーンを入れるという話はどうなっているんだろう？と思いつつも、この木こりさんの話は納得できたので、この人にお願いすることにしました。

ちなみに職業的木こりさんはちゃんと専門の損害保険に入っているそうです。危険な作業なので、万が一の事故の時には、人的・物的被害をカバーできるということだったので、安心して任せることにしました。自分が頼んだ伐採作業でけが人が出たりすると、あまり目覚めがいいものではないですからね。

■素早い仕事ぶり

先週、実際に伐採に立ち会ったのですが、それは見事な作業でした。作業に入ったのは、ユンボを運転する木こりさんと、大型のチェーンソーを扱う人のふたりだけ。ユンボの木こりさんは、狭い林の中を腕を伸ばしたり縮めたり、斜面を登ったり降りたりと実に巧みなさばきで、ねらった木を押す運転担当。チェーンソーの木こりさんは西遊記の猪八戒を思わせるボディで長さ64センチ（僕のチェーンソーは35センチ）の大型チェーンソーを軽々と振り回し（すごい力がいる）、木を倒せるごく狭い場所をねらって幹の根元に切り込みを入れ、ユンボで押しながらばきばきと木を倒していきました。何気なくさらっとやってのけるので、簡単なことのように見えるのですが、実際にやっていることは実に高度。正確なねらいにはただただ舌を巻きます。

木は、立っていると短く見えるのですが、倒してみると予想以上に「遠くまで」届きます。幹自体は太くなくて、まっすぐ生えた幹の上の方にぱらっと葉が付いているだけに見えても、実際には葉の広がりも思っている以上に大きく、そのぶんを考慮すると、安全に倒せる場所は限られています。林の中には他に雑木がたくさんあるので、その木に引っかかってしまうことのないように、木がばっさり倒れる隙間を正確に選ぶ必要があるのです。

ねらいの基本は、チェーンソーで根元を切る、その切り口です。まず木を倒す方向を正確に向くように、幹の半分ぐらいの深さを横に切り、くさび状に切れ込みを入れます。この切れ込みの向きが非常に重要です。その後、ユンボで倒す方向に押しながら、今度は切れ込みのちょうど反対側をチェーンソーで切っていきます。切れ目が深くなっていくと、最後はほんの数センチ幅の線状につながっただけの蝶番のような状態になり、それをユンボが押し倒していくような形で、ねらった場所に倒すのです。左の方に斜めに生えている木も、右方向に押しながら切ると、ちゃんと反対の方に倒れていくのですが、見ているとさらっとやっているコンビが、実に高度な呼吸でぴたりときわどい仕事をしているのです。

倒れた松をトラックに乗るサイズに切っていく作業も、まるで割り箸を切っていくような気軽さで切っています。とにかく早い。でも実際にはとんでもなく高度な作業をやっているのでした。丸太を上の方からチェーンソーで切ると、自重で切り口が下がりはじめ、チェーンソーの刃を噛んでしまい、動きがとれなくなります。そのときに、無理にチェーンソーをはずそうとすると、余分な力がかかり、ふっと抜けた瞬間にチェーンソーが自分の方に来たり、ソーチェーンが切れてトンできたりして、非常に危険です。猪八戒木こりは下がらないうちにいったんチェーンソーを抜き、下側から切ったり、別のか所に切れ目を入れたりとちょこちょこっと動くと、さらっと切れてしまう。僕にはどうやって切っているのかさえわからないようなワザでした。

太い幹が丸太が適当な長さに切れると、ユンボの木こりさんがそれをカニばさみでつかんで、空いているスペースにまとめて積み重ね、枝葉も1か所にまとめて積み上げていきます。その早いことと言ったら、本当に驚かされます。

このふたりの絶妙なコンビで、伐採は朝8時半から始まって11時には終了。猪八戒おじさんは車に飛び乗ってあっという間に去ってしまいました。聞くところによると彼の腕はすばらしく、午後は別の現場に呼ばれているということです。実際、人の4倍働いていったと思います（日当は3倍だとか）。

午後はユンボの木こりさんがこれまた巧みな機会さばきで丸太をトラックに積み、チップに粉砕する工場に運び出してしまったので、夕方にはすべての作業が終わりました。松でうっそうとしていた林は、すっかり明るくなり、いい土地になっていました。他人に売却されないように、注意しておかなければならいかもしれません。すぐ裏に家が建つのはいやなので、もし買い手がつくなら、僕らで買い取らなければならいかも、とびくびくするほどよさげな土地になりました。不思議なものです。

■松はチップにしかならない現実

最後に、切った松の行方について。松は、建築材としては価値があり、六兼屋の家の外壁も松板を使っています。しかし、その松はベイマツで、カナダか米国から輸入されたものです。最近ではシベリア産の松が流入してきているそうですが、こういった松は森から切り出され、樹皮を剥いたものをナホトカあたりの積み出し港まで運び、船に乗せて新潟あたりの港に着き、そこからトラックで山梨まで運んできて、丸太1本3000円ほどということでした。六兼屋から製材所までトラックで運んでも、トラックのレンタルや燃料代、運び出す手間賃を考えると、1本3000円ではすみません。いったいどうしてこんなに安いのかと思います。

そんな事情もあるために、切り倒した松は基本的にコスト面で材木として使うことができず、破砕機に入れて3～5センチぐらいに砕いたウッドチップにしてしまうということでした。ウッドチップは、製紙の原料として、また一部はかつおぶしをつくる燃料になるようです。食品を扱う場合は、石油を燃やすより、木を燃やす方が安心なのでしょう。

木なので、薪に使うという方法もあるのですが、松はヤニが多く、ヤニは油なので、燃やすと高温になりすぎてストーブを傷めること、火持ちが悪いなどの難点があるので、薪には向かないのです。

ぜんぶ持って行かれてしまうのも寂しいので、適当な材を10本ぐらい、残しておいてもらいました。何に使うかまだ考えていないのですが、折を見てチェーンソーで切り、オチバンクの囲みなどに使うつもりです。

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▲伐採前。赤っぽい木がアカマツ。

▲伐採後。松がなくなってすっきり。写真ではわからないか……。実際にはびっくりするほど明るくなった。

渡辺パコ。ライター、デザイナー、コンサルタント、グロービス・マネジメント・スクール講師。
1960年東京生まれ。学習院大学文学部哲学科卒。85年採用広告プロダクションでコピーライター、クリエイティブディレクターとして広告、会社案内の制作、PR戦略の企画立案などを担当。その後、独立して90年に有限会社水族館文庫を設立。94年から著作活動を開始する一方、Webサイトの設立・運営にアドバイザーとして積極的に参画、ビジネスインキュベーションを担当。雑誌などへの執筆活動も行う。著書に「渡辺パコの35歳からは好きなことでお金を稼ぐ」「環境経営の教科書」「人生に役立つ論理力トレーニング」（幻冬舎）「＜意思伝達編＞論理力を鍛えるトレーニングブック」「論理力を鍛えるトレーニングブック」「手にとるようにIT経営がわかる本」「図解＆キーワードで読み解く通信業界」（かんき出版）、「LANの本質」、「生命保険がわかる本」など。

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