149 男にとっての出産（後編）

"Milk Bina" and photo by bibi.

前編から2週間、まもなく無事に1ヶ月検診を迎えようとしています。あれからまたいろいろな変化が起きていますが、記事の方は前回、外回転という施術で逆子をなおしてもらったところで終わりました。今回はここから入りたいと思います。

■前提が違えば答えは変わる

外回転について、一つ目のところではトライはしてもらったものの「無理だ」と言われ、二つ目のところで成功したことは前回書いた通りです。一つ目のところで話を聞いた時には、もう可能性はないというような印象を実は受けました。しかし結果的にはそうではなかった。どうしてそんなことになったのかを考えてみると、「前提が違えば答えは変わる」ということがあったのだと思います。一つ目のところでの前提には、医院の体制からか破水等のリスクを絶対に避けるというのがあったのでしょう。これは想像ですが、そういう考え方に立っているため、医師には、はまりこんでいるものを引っ張り出すなどという経験値もあまりなかったのではないか。はまりこむ前の段階で安全確実にまわす技術の蓄積はあったのでしょうが。

それに対して二つ目のところでは、破水等になっても対応できる体制と時期に行うことをそもそも前提としています。このため、はまりこんでいるものを出す技術やその際のリスクについての経験も蓄積されていたのではないか。このように、前提が変わることで答えが全然変わってきてしまいます。しかし、このあたりは外回転について僕らもインターネットで調べていたため理解できたことでした。自分のところについてはともかく、他のところでの考え方まで教えてくれる医者はなかなかいないように思います。そうなると、自分でその問題や技術について調べ、理解することが結果をかなり左右することもありそうです。

そして、ここでもう一つ大きかったのは、患者(産科で「患者」というべきか、というのはおいといて)の希望をかなえることに協力的な医師と会えたことだと思います。医療というのは時に大きなリスクを伴うものですから、リスクを避けたいという意識は常に医師の中にあるだろうと思います。そして今回の場合もきっと、帝王切開にした方がリスクは低かったのではないかと思います。

でも、できることなら経膣分娩で行きたいというこちらの希望に対して、相談したふれあい横浜ホスピタルの医師(ふとした成り行きから、当初の担当とは別の人でした)は新たなオプションを提示してくれました。もっとも、だからといってリスクが大きすぎてはこちらも困ります。新しい技術を試したり実績を上げるために時に患者の望まないリスクを冒す医師がいることも聞く話です。そこで僕らは、話の内容、こちらの質問に対する答え方、その他、話し方から立ち居振る舞い、スタッフとの接し方等、気がつくものすべてを判断材料に、相手の力と傾向を見ようとしていました。そして最終的に、この人たちは信頼できそうだ、と判断しました。

■実家に帰る？

さて、逆子がなおって一安心とgirl friendが報告に京都の実家のお母さんに電話をしたところ、思わぬ展開がまたそこから始まりました。実家に帰って実家の近くの産院で出産するようにというのです。予定日1ヶ月前にして産院を変わるというのはあまりないことですし、僕も仕事があるので京都までついていくわけには行きません。彼女はお母さんにいろいろ説明するのですが、なかなかうまく行きません。ちょうど年末に彼女の妹が京都で無事に出産したこと、そして今回「帝王切開か!?」という騒ぎがあったことから、母親としては実家の近くの方が安心だとにわかに感じてきたのでしょう。お父さんからもよく検討してほしいという電話が僕に入ります。

その後、彼女がお父さんに話をして納得を得たような感触だったのですが、翌朝はまたお母さんに怒られたと彼女はしょげています。産後も大変なのだからと言われたとか。そこで考えた末、僕からお父さんにメールを書くことにしました。その内容は次のようなものでした。

年末はいろいろとありがとうございました。○○ちゃんのかわいい元気な顔も見られましたし、□△ちゃんのしっかりした様子、それを囲むおとうさん、おかあさん、○□君の暖かい雰囲気に、僕らもたくさん元気をもらって帰ってきました。

こちらもまもなくということで、いろいろとご心配いただき、ありがとうございます。幸い、こちらの病院の方々もよい感じの方々で、出産についての方針もなかなか合っているようです。逆子も自然にはなおらなかったものを的確に対応してくださり、嘉誉もがんばって、通常に戻りました。

僕の方も、こちらを離れることはできないのですが、会社員よりは時間の自由がききますので、しっかりサポートしていきたいと思っています。友人たちには大変だとおどかされますが、彼らの話を聞いていると、それを力をあわせて乗り越えていくのも意義の大きいことなのだろうと感じられます。

というような状況ですので、このままこちらで出産を迎えるのが一番よさそうだと思っています。ご心配ありがとうございます。

とはいうものの、二人とも初めてのことで予期せぬこともいろいろあると思います。うちの両親も近くにおりますので、いろいろと気遣ってくれているのですがやはり嘉誉にとっておとうさん、おかあさんのアドバイスや励ましは非常に心強いものと思います。ご心配をおかけしますが、よろしくお願いいたします。

しばらくは厳しい寒さが続きますのでくれぐれもご自愛ください。

そして、まもなくして「メール見ました。大変だと思いますがよろしくお願い申し上げます」という返事が返ってきました。こうして、こちらで出産をすることが決まりました。

■出産に関する多くの誤解

それから出産までの3週間あまり、こどもが生まれるとしばらくは自由がきかなくなると、僕らはけっこう精力的に動き回っていました。さすがに遠くには行かず、1時間で病院にたどりつける範囲にはいたのですが、ともだちを訪ねたり、食事に行ったりといろいろやっていました。

こんなことをやっていると人によっては「だいじょうぶなの?」と心配してくれるのですが、このあたりは世の中の認識の少しずれているところかもしれません。普段はスリムな彼女もこの頃になるとさすがにおなかが目立ってみんなが気遣ってくれ、ちょっと動こうとしたり、立って何かをしていると「ああ、座っていて」と至れりつくせりです。でも、病院ではこの時期、適度に体を動くことは奨励され、一日2時間は歩いてくださいと言われていたくらいでした。

一方で、妊婦に対するいたわりが一番必要なのは、つわりがひどく流産の危険性も一番高い妊娠初期でしょう。しかし見た目では妊娠しているかどうかわからないこともあって、気遣ってもらえず、けっこう苦労している妊婦も多いようです。もちろん、この時期を過ぎてもおなかを守る必要はありますし、電車の中で立っていることなどはとても不安定ですから席を譲ってあげるときっと喜ばれるでしょう。でも、僕らのようにやれマレーシアだ、九州だと遊び歩いていても、別に無謀なことをやっているわけではないということです(^_^)。妊娠や出産そして育児(特に授乳)についての誤解というのはいろいろあるようです。僕らはまだその被害を受けなかった方だと思いますが、どこかでそういうPRが一般の人に対してあってもよさそうだ、という気がします。

■めくるめく痛みを十数時間

そうこうするうちに2月に入り「今週あたりじゃないかなあ」と言っていたところ、2月の6日に彼女が「そろそろ来る気がする」と言い出しました。よく「満月の夜にはこどもが生まれる」と言いますが、ジョギングに外に出てみるとまん丸の月が出ています。走りながら月の浮かぶ風景を見ていると、根拠はないのだけど、本当に生まれるような気がしてきました。写真はそんな時に撮ったものです。「いつ何が起きてもいいように」と走るときにも持っていた携帯で撮ったのでちょっとボケていますが。

その夜、眠りについてまだそうたたない1時過ぎ、「おしるしがあったみたい」と起こされます。おしるしとは、お産が始まるのサインと言われる出血です。陣痛らしきものも始まり、2時くらいからは10分間隔を切るようになってきます。これはまもなく病院に行くようかなと待機していたのですが、ずっと10分前後ではあるものの、なかなか間隔が短くなっていきません。結局、そのまま朝を迎えてしまいます。

後から振り返ると結局、陣痛がスタートしてから出産まで25時間かかり、その結果、二晩、寝そこなうことになりました。これは後でけっこう響き、せめてこの最初の晩は眠れていればと思いました。彼女も二晩ほとんど寝られない状態だったはずですから大変だったと思うのですが、こちらがそれにつきあってただ起きているよりも、一番しんどい時にもっとしっかりサポートできた方がよかったのではないかと。まあ、現実には隣で10分ごとに「うぅっっ...」とか言われると落ち着いて寝てはいられないものですが。

結局、病院に行ったのは陣痛が始まってから12時間以上たった午後3時過ぎでした。実はここまでの時間があまりに長いと僕は途中に感じたので、病院か助産師に電話をして相談するように何度か言いました。彼女は明け方にかけるのは悪いといったことを気にしていたのですが、それでもかけるべきだというのが僕の考えでした。それは彼らの仕事の範囲内だし、妊婦は心配の種があればどんどん取り除くべきだと思ったからです。結局、それは心配しないでよいということだったのですが、彼女のまわりに気を使う性格は他のところでもいろいろと出ていました。その中には、はたから見えていたのとは全然違うことを彼女が望んでいたと後でわかったこともありました。そして、こういう局面では自分が本当に望んでいることを言った方がよいだろうということ、また少なくとも僕にはそれが言えるようにしていこうということを、後で二人で話すことになりました。

さて、病院に入るとすぐ状態をチェックします。「もう生まれる!」と思っていったん病院に来てもまだまだということも多く、そういう場合はいったん帰すのだそう。しかしちょっとしてけっこう長い陣痛が来て、子宮口もけっこう開いてきているということで即入院になります。そんな感じだったので、まさかそれから12時間近くもかかるであろうとは思っていませんでした。

そしてそれからの12時間、どういう順番で何があったのか、正直なところ、あちこちで記憶がふっとんでいます。すごく長い時間だったけど、どんどん時間がたっていたような気もします。最初はひたすら待っているという感じでした。彼女はだんだん間隔が短くなってくる陣痛をうめきながら乗り越えていきます。時々姿勢を変え(部屋は広い和室なので、いろいろな体勢がとれるのです)少しでも楽な体勢を探します。僕は腰をさすってあげるくらいしか、まだやることがありません。助産師さんが時々赤ちゃんの心拍をとり、大人の二倍以上速い「ボコボコ」という音がちゃんと聞こえると安心します。

■終わりのないボクシングの試合

やがて、夜8時あたりでしょうか、子宮口が全開になって娩出に向けていきむフェーズに入ってきます。この時もいろいろな体勢を試して、一番痛みや負担が少なく力の入りやすい体勢を探します。普通の病院だと妊婦はこの時、分娩台で仰向けになっているのだと思いますが、ここでは畳と布団の上で好きな姿勢をしています。たとえば写真のように座っておんぶするようなかっこうでいきんでいた時間もありました。結局、彼女の場合はどれがベストという体勢はなく、しんどくてももっと力を入れたい時はこれとか、少し体力を温存したい時はこれ、というように選んでいました。あれだけしんどい中でもそう冷静に考えられたのはすごいことだと思います。

そのうち破水し、赤ちゃんの頭も少しずつ見えてきます。誕生日は7日になるか8日になるかというような話も出て、ここまではまあ順調なペースだったのだと思います。ところがそれからまだ4時間以上かかることになります。僕はその間、いきむためのつっぱり台になったり、彼女の顔に噴き出す汗をぬぐったり、水を飲ませたり、赤ちゃんの頭が動く様子を見ながら「よーし、いい感じだ、もう少し、もう少しだ!」とか言っていました。でも4時間も「もう少しだ!」とか言っているなんて詐欺ですね。

後で思ったのですが、あれはまるでラウンド数制限のないボクシングの試合のようでした。ノックアウトしなければ終わらない。立ち上がって3分間とにかく闘い続けるように、彼女は力と声を絞り続けました。その間、ふんばるために握っている僕の指が真っ白になるほど強く握っています。そして収縮が去ると、いったん力を抜き、ぜーぜー言っています。その間にこちらは顔の汗をぬぐい、水をあげ、自分の体勢もちょっと立て直したりする。そして再びいきみが始まります。それが延々と続くのです。

しかし、その間もあまり不安に思わずにいられたのは、助産師さんたちが落ち着いた様子で対応していたからでした。最初は一人、後半は二人がついてくれていたのですが、彼らの動き方にはとても安心感を感じられました。赤ちゃんが出てきやすくするためにいろいろやっていることはもちろんですが、妊婦に不安を感じさせないことをとても重視しているのです。「順調、順調」「うまい、うまいその感じ」とよく言っているのですが、きっとすべてがそうだったわけではないと思います。でも、ちょっとくらい妊婦のいきみ方がへたでも、時間がかかっていても、本人が自信を持ってやり続けられるのが一番よいやり方とも言えます。その間も、定期的に赤ちゃんの心拍はとり続けているので、そこに問題が起きなければだいじょうぶだと。後で聞いた話では、やはり頭が見えてきてから出るまでのところがきわどかったそうで、時間がかかっているのに赤ちゃんが耐えられるかどうか、会陰が裂傷を起こしてしまわないか、医師も呼んで体制をとりながら進めていたようです。

そんな様子は僕もなんとなくわかって、ひょっとするとなんらかの緊急手段をとるのかもしれないと思い始めていました。しかしそんな動きにおかまいなく彼女は「行きます!」というしっかりした声とともに、もう何回目だかわからない、いきみをはじめます。そしてぐぐっと赤ちゃんの頭が出てきて、そこからはあっという間、気がつくと全身が取り出され、元気な泣き声を発していました。そして赤ちゃんはすぐ彼女の胸の上に乗せられました。その後、体重を量って服を着せられた赤ちゃんはほとんどずっと、病院での時間を母親と過ごすことになります。

■立会いで感じたこと

出産に立ち会った男性がよく、生命誕生の感動を覚えたと言います。しかし僕は正直なところ、あまりそういう感じはしませんでした。まずは「無事に終わってよかった～」という感じでした。そんなだったせいか、へその緒にはさみをいれるように言われてあっという間に切ってしまい、写真を撮るのが間に合わなかったと怒られました(^_^;。

しかしもう強く一つ感じていたのは、こどもに対するよりも、彼女に対する感情だと思います。流産の後、再び妊娠したことがわかった時から、自分で手に入れたり人からもらったお守りを全部紐に通していつも首からさげていた彼女に対する感情。外回転の時にもあきらめずにがんばった彼女に対する感情。僕が以前にプレゼントした腕時計と指輪をしっかりつけて出産に臨んでいた彼女に対する感情。そして痛みを乗り越え、力をふりしぼってこどもを産み出した彼女に対する感情。

後で「なんで立会いを望んだの?」と聞いたところ、彼女は次のように答えました。「わたしは出産も育児も、母のものではなく、二人のものにしたいと思ったんだよね。もう一つにはこれはわたしのエゴとも言えるんだけど、全部見て欲しいと思ったから」

人によっては男性でも女性でもこの「全部見せる」というのを嫌がる人もいます。それは人それぞれだと思うのですが、僕としてはそれでよかったと思います。一つだけよく誤解されているらしきことをあげると、赤ちゃんが血まみれで出てくるというのは必ずそうなるわけではなく、会陰切開をしているからだそうです。うちの場合は切開をしなかったので、実にきれいな状態で出てきました。

母や動物を強く感じてしまって女を感じられなくなるというのもよく聞きますが、これはわかる気もします。しかし、それが出産にとりわけ強いとは僕は感じませんでした。妊娠からしてそういう感じだし、母乳育児をしていれば授乳も男から見るとそういうものじゃないかと思います。そのあたりが今後、自分たちについてどうなっていくのかは興味のあるところです。

さて、彼女が「二人のもの」と言ったと上で書きましたが、僕にはやはり、出産までは母と子が主役だなという感覚は否定できないものでした。だからこどもの誕生を知らせる時には、母子の写真(前回のコミトンにも載せたもの)を使いました。でも別にそのことが残念だとは思っていません。あのように穏やかで迷いのない表情でこどもを迎えられた彼女を見られるのはとてもうれしいことだと思うからです。また、赤ちゃんだけでなく、がんばった彼女のその表情をみんなに見て欲しくてその写真を選んだのでした。

★コミトン147「男にとっての出産(前編)」について訂正

コミトン147「男にとっての出産(前編)で、「一度、帝王切開をすると次の出産も帝王切開になる、つまりふつうの出産は望めません」と書きましたが、正しくはふつうの出産をしているケース(VBAC -Gaginal Birth After Cesareanと言うのだそう)もあります。ただし一般的には母子ともに生命の危険度が高まるため出来ないケースは多いということです。
参照:くもといっしょに
上記内容についてはKuriさんからご指摘いただきました。Kuriさんありがとう!

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Toshi/高橋俊之（たかはしとしゆき）。知恵市場代表。株式会社グロービス執行役員、グロービス・マネジメント・スクール(GMS)統括責任者を経て、2001年7月からフリーランスとして活動。知恵市場の他、使える英語を楽しく習得する「英語のシャワー」を主宰。GMSクリティカルシンキング講師もつとめる。著書・監修書に「テクノロジー・パワード・リーダーシップ」（ダイヤモンド社）、「ビジネスリーダーへのキャリアを考える技術・つくる技術」（東洋経済新報社）。

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