152 クルマ遍歴とQOL

▲ photo by Takefumi Takahashi.

前回、音楽の話を書いたら、何人かの人に「おもしろかった」と言われたので、今回は調子に乗ってクルマ趣味の話です。

■クルマは洗練度で選ぶ

今僕が乗っているのは、フォルクスワーゲンのゴルフで、世界でもっとも知られた大衆的な実用車です。ドイツ車に乗っているというと、やっぱりドイツ車は丈夫ですねとか、アウトバーン育ちで高速性能がいいんですよね、と考える人が多いのですが、実のところ僕がゴルフを選んだのは、「ドイツ車らしくなくなったから」だったのです。

今のゴルフは2002年の6月に買っているのですが、その前が5年間乗ったルノーのメガーヌでした。メガーヌを買うとき、つまり今から7年ほど前にも、ゴルフは気になって市場に行ったのですが、当時のゴルフはいわゆる「ゴルフIII（スリー）」で、今僕が乗っているゴルフIVの1世代前でした。そのときは、もう乗った瞬間から「だめだ～」という感じで、「こんな洗練されない、無骨なものに乗ってられるか！」という印象でした。

何しろ、何もかもが固くて重たい。ドアノブは固くて開けるのに力がいるし、しめるのも力一杯で、これ見よがしにドカッと音を立てて閉まる。ドイツ車が好きな人にとっては、この「ドカッ」というドアの開閉音が「安心感」になるのだと思うのですが、固いだけ固ければいいのか！という気分でした。シートは固いし、アクセルは踏み込むのに力がいるし、ブレーキもどっかり踏まないと効かないし。しっかり感といえば聞こえはいいけれど、固いだけじゃないか、と。外観がオーソドックスで遊びがないのはまあ「そういうもの」だからしかたがないとしても、インテリアが黒一色、そしてこれ見よがしに「人間工学してます」というような、人体のイラストで手が届く範囲を円で描いて配置したような操作系にもむっとしました。だいたいあの「人間工学」というやつが僕は大嫌いで、「あんたがスイッチを動かすんだろ」と迫られているような印象が、すごく理不尽なのですね。ダッシュボードのセンターコンソール（エアコンやカーステレオの操作パネルがあるところ）が、運転席側に向けてあるデザインは、基本的に好きになれないわけです。

ゴルフIIIは、そこまでこれ見よがしではなかったものの、乗っただけでパス、やっぱりドイツ車はだめだ～と、フランス車魂が刻み込まれた我が身を呪ったりしたものでした。

ということで、僕が求めているものは、エレガンス、洗練です。わかりやすい「丈夫さ」「質実剛健」の記号ではなく、磨き込まれたデザインと性能です。

■エレガンスと先進性の意味がわかるフランス車

ゴルフIIIにうんざりした僕らが選んだのは、フランス・ルノーがつくるゴルフのライバル、メガーヌでした。日本ではヤナセの子会社が販売していたのですが、昔からルノーはメジャーな輸入車になれず、日本では不遇はかこっていました。

メガーヌは、去年、二台目にスイッチして、デザインも内容も大きく変わりましたが、僕が乗っていた初代メガーヌは、全長4.2メートル、カローラよりずっと小さいサイズに、丸みを帯び、ほかには類似のものがないデザインが特徴の、欧州車でした。

メガーヌの美点は無数にあるのですが、クルマに求められる基本性能のすべてが、クルマのサイズ、クラスに対して高水準でした。サイズは今乗っているゴルフIVよりわずかに小さく、背も低いのですが、中の広さは明らかにメガーヌが上。荷物もたくさん入りました。エンジンは低速出力があり、実用域でしっかり加速するし、オートマチックトランスミッションは特にアクセルをオフにしたときのシフトダウンが実にお利口で、自然に、安全に速度を落としてくれました。ステアリングから手を離さずにオーディオを操作できる機能はどのクルマにも装備してほしいものだし、インテリアデザインは開放的でユニーク、しかも人間工学っぽさがまだ残るゴルフIVより、ずっとデザイン重視に見えるのに、実際に操作すると、ドライバーからも助手席からも使いやすく、操作に迷うことがありませんでした。

安全性能も、当時のクルマとしてはトップレベルで、衝突の直前にシートベルトをひき、衝突の直後に瞬間的にシートベルトをゆるめることで衝撃を最小限にする機能、衝撃吸収構造、エアバッグ、リアシートに3人分の3点式シートベルトなど、今の水準に匹敵する安全性能を持っていました。ルノーはメガーヌの開発で、安全部分だけで数千億円を投じていて、その成果を元に、今も最新のラグナがメルセデス・ベンツを上回る安全評価を受けるなど、欧州で走られた安全性能の高いメーカーです。

あらゆる性能、機能が必要を満たした上で、それぞれが高水準。小さなボディサイズの中に、どの項目も平均以上の能力を持ち、でもどれかひとつが突出していない。しかもその性能や機能を、美しく、かつ斬新なデザインの中に実現しているという点で、メガーヌは非常に洗練度の高いクルマでした。

フランス車の欠点だった信頼性の面も、ドイツ、日本などのパーツメーカを採用して、少なくとも5年間は大きなトラブルもなく、八ヶ岳と東京の往復生活をよく支えてくれました。

とはいえ、結局、中央高速道の大月インター手前のコーナーでエンジンブローで停車、動かなくなるという敢えない最期を遂げ、5年間のメガーヌライフが終わったのでした。もうちょっと乗りたかったなあと思う反面、そう長くはない僕の人生の中で、より多くのクルマに乗るという楽しみもあるので、5年というのはほどよいところだったかなあと思っています。

■クルマはサスペンションである

さて、洗練度を、「クルマの各要素がそれぞれハイレベルで、かつバランスよく調和し、しかも美しい上に斬新」という意味で説明しました。

その中で、特に僕らが重視するの洗練度は、サスペンションです。サスペンションって、なんだっけ？という人もいるぐらい、日本ではあまり重視されていないのですが、いわゆるスプリング、バネ。乗り心地やハンドリングの性能です。

サスペンションで一番重要なのは、路面の荒れや変化をいったん遮断し、しかしその状況を確実にドライバーと乗員に伝えるという仕事です。ボディは常に水平を保ち、その下でサスペンションが常に激しく仕事をしてタイヤを上下させることで、ボディはまったく揺れない。しかしどういう状況の路面を走っているのか、荒れているのかスムーズなのか、滑りやすいのか、滑りにくいのか、速度を上げてもだいじょうぶなのか、下げた方がいいのか、そういう状況を確実に伝えてくるサスペンション。この仕事をいかにきっちりやるかが、サスペンションの優劣を決めるのですが、ちゃんと仕事をするサスペンションを持つクルマは、本当に少ないのです。

もうひとつの仕事は、ハンドリングで、ステアリング（ハンドル）をわずかに切った瞬間からタイヤがそれにつれてリニアに（比例して）動く感触がわかり、それがタイヤに伝わり、タイヤが路面を押さえつけて曲がっていく感触を伝えてくることが重要です。今、タイヤと、サスペンションは、カーブの横G（加速度）に対して、どのぐらいの余裕を持っているのか。これ以上ステアリングを切り増したら、あるいはアクセルをゆるめたら、あるいはアクセルを踏んだら、クルマはどんな挙動を示すのか。よくできたサスペンションは、コーナーを曲がりながら、あとどのぐらい余力があり、万が一の危機の時、どんな回避をすればいいのかをいつも教えてくれます。気持ちよく走りたいとき、あとどのぐらいアクセルを踏み込めるのかも教えてくれるのです。

サスペンションの3つめの仕事は、スタビリティ、つまり直進安定性です。クルマは、平らな路面をアクセルを軽く踏んで走っているときは、手を離していてもまっすぐは知ることが基本です。しかし、実際にはこれがちゃんとできるクルマは少ない。常にステアリングの修正が必要なクルマは、路面の微妙な変化で進路が乱されるという意味で、宇宙空間を飛ぶ矢のようにまっすぐに跳び続けるようにクルマを制御するのが、サスペンションの仕事です。

ことサスペンションに関しては、欧州車は未だに大きなアドバンテージを持っていて、日本車、特に大衆車クラスはまったく刃が立っていません。ゴルフIVを買う時も、7年前にメガーヌを買うときも、期待感を持って日本車に乗ってみたのですが、いずれも裏切られました。乗ってみると、子どもっぽいのです。

乗り心地がいい日本車は、路面の状況をまったく伝えず、コンピュータコンピュータゲームを運転しているような現実感のなさ感じ、がっかりします。ちょっとスポーティな味付けをしているクルマでは、まっすぐ走るし、よく曲がるのですが、曲がっているときの感触を伝えてこないし、切れば切っただけ曲がるという三輪車のような感覚です。荒れた路面をゴトゴト伝えてくるような、はねるサスペンションはさすがに減りましたが、路面のデコボコの角をただとって乗員への刺激をソフトにしただけのものが多く、「路面がどんなに変化しても、ボディは絶対に揺らさない」というような意思を感じさせる動きは望めません。

日本人は日本車に乗り続けている人が多いので、そもそもどんなサスペンションがよいサスペンションなのかを理解する基準を持っていないのがふつうです。クルマを作る人も自社のクルマを乗って生活していますから、本当のサスペンションの価値を理解する機会が少ないのではないかと思います。

サスペンションは馬車の時代からの伝統を引き継いで、欧州の自動車メーカーによってはぐくまれてきました。サスペンションとシートについては、日本車は欧州車にかなわないようです。もっとも、日本メーカーも欧州市場に力を入れているので、これからはわかりませんが。

■エンジンは断然日本車

一方、クルマの走る性能を決めるもうひとつの要素であるエンジンは、日本車の方が平均的にずっと進んでいます。特にホンダのエンジンは、本当によく回るし、力もあるし、ピックアップが鋭く（アクセルを踏んだ瞬間の加速感）、燃費も排ガス浄化の面でも良好です。ゴルフを買う時に、ホンダストリーム（7人乗りのミニバンタイプのファミリーカー）にも乗ったのですが、2リッターVTECエンジンとシーケンシャルトランスミッションの組み合わせはとてもスポーティで、ミニバンに乗っていることをまったく忘れさせてくれました。楽しく、気持ちのよいクルマで、しかも価格も安かったし、広くて人もたくさん乗れたのですが、でも、サスペンションが子どもっぽく、内装は「こんなものでいいかな？」というほどほど感覚が、愛せませんでした。

フランス車テイストといわれる日産プリメーラにも乗ったのですが、「これがフランス車というのか？　ものをしらねーなあ」と啖呵のひとつも切りたくなる内容で、がっかり。ゴーン改革が本格化する前後の設計なので、妥協があると思い、許すことに。

プリメーラがライバル視しているとされるプジョー406の洗練度は、まったく別次元です。しっとりと路面をつかみながらも、実にウルトラスムーズにしなやかに走るさまは、プジョーのサスペンション設計力の奥の深さをしみじみ感じさせるすばらしさです。一方、出たてで試乗したプジョー306は、まだ熟成が進んでいないらしく、「とりあえずつけました」という感じのサスペンションで、感動がありませんでした。欧州車の場合、登場してから毎年のように改良を重ね、モデル末期が一番洗練されているというのが常識です。306も今乗ればもっとよいサスペンションになっていることでしょう。

■ドイツ車から欧州車になったゴルフIV

2年前、壊れてしまったメガーヌの後継者探しをしていたのですが、このクラスのスタンダードということで、とにかくゴルフに再挑戦しにいったわけです。

前回、ゴルフIIIの経験もあったので、まったく期待していなかったのですが、乗ってみてびっくり、ものの500メートルと走らないうちに、僕と妻は「これにする！」と決めていたほど、洗練度が高くなっていました。

ドアはほどほどに軽くなり、でもフランス車よりはしっかりしていて、アクセルペダルも軽快、ブレーキも軽く踏んで効くようになっていました。エンジンはメガーヌよりは高回転型で、そのぶん低速トルクは細いのですが、スポーティできびきび感があります。ステアリングも同様で、安定感がありつつも、切り始めの応答性がよく、手の動きをよりリニアに路面に伝える印象がはっきりとありました。

何より驚いたのはサスペンションの仕事ぶりで、よくできたメガーヌのサスペンションよりもさらに5割増の仕事をしているという印象。ボディは常にフラットで、バネが疲れを知らない仕事ぶりを見せてくれます。一番驚いたのは、中央高速の笹子トンネル。路面が波打っていて、多くのクルマが見てわかるほど上下に揺すられれるところで、メガーヌもここは吸収できなかったのですが、ゴルフはみごとにサスペンションが吸収して見せて、別の道を走っているような感じです。

この感触は、ドイツ車というより、欧州車というアイデンティティなのだと僕には感じられます。メガーヌも、フランス車というより欧州車というべきキャラクターを感じたのですが、欧州はドイツ、フランスという個性を残しつつも、それ以上にひとつのアイデンティティにまとまりつつあるのをクルマを通じて感じます。その意味で、ゴルフを選んだのは「ドイツ車らしくない」「欧州車だから」なのでした。

ゴルフは今年モデルチェンジで、ドイツではすでに第5世代になっています。それも承知で買ったのですが、欧州車はモデル後半が洗練度も増し、価格面でも有利というセオリー通りで、値引き付きでお買い得な買い物でした。

外観、内装は、相変わらず色気のない基本デザインなのですが、細部のつくりにこだわって、質感の高い仕上げをしているので、素っ気ないものの、ていねいさが伝わってくるという意味で洗練されています。しかし中の広さ、荷物が載る量など、基本性能は、設計が古いメガーヌの方が明らかに優れていました。

■クルマが二人の価値観をつなぐ

さて最後に、この文章の中で、「僕ら」と複数形を使ってきたことについて、少し補足しておきます。

この「僕ら」は僕と妻なのですが、彼女とはクルマの苦楽をともにしてきた「戦友」でもあります。

僕が亡くなった父親から引き継いだのは、1980年式のトヨタ・コロナ。それを中古のトヨタ・スプリンターGTに買い換えたあたりから、彼女とともにクルマを選び、ずっといっしょに乗り続けてきました。このGTでは山岳暴走族のようなことをしていっしょに山を走り回り、とばすほどに喜ぶ彼女にあきれたり、やる気を出したりしていました。危なっかしいこともしたので、山のなかでガソリンタンクに穴を開けてガソリンがなくなってしまい、友達の車に引っ張ってもらって山を下りたり、エアコンが壊れて真夏の旅行中に死にそうになったりと苦楽をともにしてきました。

この車のあとは、シトロエン・2CV（ドゥーシュボー）、シトロエンCX、シトロエンBX 16Vと「こわれもの系」を乗り継ぎ、これまた書けばきりがないほど、壊れたりおもしろがったりしてきました（このあと、メガーヌに続きます）。

どんな車が好きか、クルマのどんなところがおもしろいのか、機械のどんな部分が、クルマのどんな感触につながっているのか。彼女は自分の目と感触で感じ、ひとつひとつ僕に聞き、時間をかけて覚えてきたので、今では僕よりもクルマの本質がわかっているぐらいです（彼女はペーパードライバー）。

今もクルマ選びには彼女がきっちり半分の権限を持っているし、彼女の感覚を僕も信頼しています。クルマをともに遊んできたことが、僕と寛恕の価値観をひとつにしてきた部分は、かなり大きいようです。

ふたりで同じ車が好きな夫婦は、仲がいい？　という仮説を持っているのですが、さて、あなたのところはどうですか？

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▲Citroen 2CV Charlston.

▲Citroen CX Pallas.

▲Citroen BX 16Valve.

渡辺パコ。ライター、デザイナー、コンサルタント、グロービス・マネジメント・スクール講師。
1960年東京生まれ。学習院大学文学部哲学科卒。85年採用広告プロダクションでコピーライター、クリエイティブディレクターとして広告、会社案内の制作、PR戦略の企画立案などを担当。その後、独立して90年に有限会社水族館文庫を設立。94年から著作活動を開始する一方、Webサイトの設立・運営にアドバイザーとして積極的に参画、ビジネスインキュベーションを担当。雑誌などへの執筆活動も行う。著書に「渡辺パコの35歳からは好きなことでお金を稼ぐ」「環境経営の教科書」「人生に役立つ論理力トレーニング」（幻冬舎）「＜意思伝達編＞論理力を鍛えるトレーニングブック」「論理力を鍛えるトレーニングブック」「手にとるようにIT経営がわかる本」「図解＆キーワードで読み解く通信業界」（かんき出版）、「LANの本質」、「生命保険がわかる本」など。

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