157T イラク人質事件から学ぶ

photo by paco.

少し前までマスメディアを埋め尽くしていたイラクでの日本人人質事件。事件そのものは解放された人たちの記者会見をもって、いったんピリオドが打たれた感があり、テレビや新聞ではあまり見かけなくなってしまいました。しかし、今回のことは、いわゆる「自己責任」についての議論だけでなく、いろいろなことについて示唆を持っているように思います。たとえば、自分たち自身もマスコミでも、もっと建設的な議論の仕方が出来たのではないか。そこで今回のコミトンでは、この事件から学べることを振り返ってみたいと思います。

■「自己責任」をめぐるイシューのずれ

まず「自己責任」について。ここをめぐって世間ではいろいろな解釈が戦わされていたようですが、僕はcom2ML #1751で西さんが書いていたものに近い考えに落ち着きました。

危険な地域に出て行く人は「自己責任」で行くのだから、活動の中で損害を受けても国家に対して補償（＆保証）は要求できない。
一方で国は自国民を保護するために最大限努力する責任を負う。
救出された際の費用負担は本人の責任と公共性の度合いによって変わる。

今回の件で激論が展開された一つの理由は(1)の存在によって(2)がなくなるように考えた人たちがいたことでしょう。それには二種類ありました。一つは「自己責任」論を最も強く主張する人たちが「自己責任＝助ける必要はない」としたもの。この論に直面すると「手を尽くして救出すべき」論の人は絶望的に感じたかもしれませんが、実は感じられたほどこの論を持っていた人は多くなかったのではないかと思います。知恵市場MLでもこのように言っていた人はいなかった。「え？」と思うかもしれませんが、確認してみるといなかったのです。

つまり議論を難しくしたのは、もう一種類の方だったように思います。それは「手を尽くして救出すべき」と主張する人が、自己責任を主張する人に対して「じゃあ、見捨てろと言うわけ！」（＝(1)と(2)は両立しない）と言ってしまうことがよくあったということです。そこで「そうじゃない..でも..自己責任があると思う」となり、「助けるべし」vs.「助けを要求するのはおかしい」（注意「助けるべし」vs.「助ける必要はない」ではない）というかみあわない議論が延々と続いてしまった。もし議論の大きなポイントは(1)や(2)ではなく(3)の「誰が最終的に負担するのか」だと早く気がつけば、この二者は共同で「自己責任＝助ける必要はない」派の説得に当たれたかもしれない。また、日本人のかなりの割合が人質の人々に対して冷淡な態度を取っているような雰囲気にはならなかったかもしれない。

■要求されて自衛隊を引き上げるのか？

次にことをこじらせたのは、自衛隊を引き上げろ、という要求だったと思います。これが、

国の政策にかかわる要求で、
かつこの政策について元から日本国内で賛否が分かれていた

ことにより考えるのが難しくなった。気持ちの上ではpacoさんがMLで言っていたように「やれることがあるのに見捨てるのか」と感じてしまうと思います。そんなことから僕も自分の考えを決めるのに時間がかかったのですが、今は「国の政策に関わる要求はのむべきではない」と思っています。その理由としては、要求をのんだ時のインパクトの大きさと再発に対する懸念という二つが大きい。

しかし今回のように、その政策についての賛否が分かれていると、特に反対派にとっては「そんな政策のために人の命を犠牲にするのか！」となりやすい。ましてもし、人質になった人が「とんだとばっちりだった」とか「多大な貢献をしている」となっていたりすると、なおさらでしょう。

でもそれは本来、別の議論だと思います。仮に自衛隊を撤退させるとすれば、それは状況を改めて見ると本来の目的を果たせないという判断からであるべきで、テロリストに要求されたからであってはならない。そして、人質になっている人たちにどれだけのシンパシーを感じられるかも、救出するかどうかを決めるために政府が考慮にいれるべきではない。どんな人であっても日本国民である以上、救出に全力を尽くすというのが本来の姿です。知恵市場MLでも小山龍介さんが「かりに営利目的の企業の社員でも、無職の物見遊山の人でも「救助する」という判断には、かわりはない」と書いていましたが、僕も同意見です。

■テロリストって誰？

ところで、人質を取ったテロリストについてはずっと、どのような人たちなのか見えず、推測はいろいろとされつつも「正体のわからないこわさ」が解放まで、つきまとっていました。それとともにおそらく、残虐とか卑劣極まりないといったイメージも多かれ少なかれ伴っていたと思います。ところが解放された人たちの会見で語られたのは、「米軍の攻撃によって家族を奪われた人たちが、自分たちの主張を伝えるのにやむにやまれず人質を取った」ということでした。これがどこまで本当なのかはわかりませんが、テロの源流にいろいろな可能性があることを僕らに肌で感じさせた一つの事件であると思います。そして、たたきつぶすことでテロはなくなりえないことも。

■日本人は冷たいのか？

テロリストへの対応については上のように考えたとして、今回、もう一つ議論になった「世論・日本人の反応」についてはどう考えたらよいのでしょう。pacoさんは「こんなタイミングにイラクへ行ったやつが悪い」と考える人が多いことにショックを受けていましたが、僕は「それは日本人が冷たいというより、他の理由があるんじゃないか」と感じていました。

まず、僕自身は人質になった人々や家族に対してどう感じていただろうと考えると、特に最初は「大変だろうなあ」としか感じなかったというのが、正直なところです。彼らだけでなく世界中にいろいろなところで理不尽な理由により死に瀕している人がいる。その一人なんだなあ、という感じです。「自分たちが選んだ政権の決めた政策によって犠牲になろうとしている人がいるんだよ！」と言われれば確かにそうなんだけど、気持ちの上では「なんとかしなければ！」というものはわき起こってこなかった。

これは僕が冷たい人間なのかと言うと（そうなのかもしれませんが(^_^;）、たとえば自分が会社を経営していて、自分の失敗で人が路頭に迷うようなことがあれば、すごく申し訳ないと感じるのではないかと思います。また知人でなくとも「この人の活動なら応援したい」と思う人もちらほらいます。でも、今回はそれが感じられなかった。それはおそらく「このタイミングでイラクにいたのでは仕方ないんじゃないかなあ..」という感じがしていたのだと思います。もちろん「助ける必要はない」というわけではありません。上に書いてきたようなことは頭ではわかるし。気持ちとしては「なんとかしなければ！」とわき起こってこなかったというだけです。なお、僕にとっては、自分が共感できるかどうかは人質が日本人であるかどうかではないようです（でもオリンピックだと日本選手を応援してしまうのはなぜだろう...）。

というわけで、僕自身は特にポジティブでもネガティブでもなかったのですが、pacoさんはMLで一生懸命、彼らを弁護する議論をしています。世の中でも「自己責任論争」が激しくなり始めました。そこで、この「バッシング」はいったいなんだろう、と改めて考え始めました。空港までわざわざプラカードを持って行ったり家族や本人に罵倒のメールを送りつけたりする人ほどではないにせよ、ここまで多くの人が「自己責任だから...」と感じてしまったのは、何なのか。自分自身も含めて改めて、日本人が冷たいということだけでは説明できないように思ったのです。

行き着いたのは、MLでも書いたように「非難・要求することでは共感は得にくいし、状況によっては反感を買ってしまう」ということでした。とにかくなんとかしたいという思いと混乱の中でのことだと思いますが、人質の家族の中で、こぶしを振り上げて政府担当者に詰め寄る人や、自衛隊の撤退を強く要求する人がいました。これも北朝鮮の拉致問題のように自らに責任がないのに連れ去られ、「拉致などは存在しない」という扱いを受けてきたならば違った目で見られたかもしれません。しかし「それはちょっと甘かったんじゃないの」と取られやすい状況で人質になった人たちだっただけに、上のような言動が反感を買う要素になってしまったのでは、と思います。

もしあれが「甘いと言われるかもしれません。無茶をしていたと言われるかもしれません。でも、平和を願う思いのあまりに出かけていったのです。世界の誰にとってもそうであるように、私たちにとってはかけがえのない家族なんです。なんとか、なんとか助けてください。ご支援をお願いします」と言われていたら、政府はともかく世間の反応はかなり違ったかもしれません。家族たちが何も「要求」しなくとも「自衛隊を引き上げろ！」「善意の芽をつぶすな！」というデモが起きていたかもしれない。政府が「救援費用を請求する」と言うのに対して「とんでもない」という抗議や募金活動が起きていたかもしれません。

現実には、自分自身そういう状況下にあったら、冷静に考え、その通りに行動するのは非常に難しいだろうと思います。そして、上のことは家族の責任だったというために書いているのではありません。ただ、いいか悪いかは別として、テレビの向こうで見ている人が上のように取ることは大いにありうる。そして、それは人々が「冷たい」というのとはちょっと違うと思います。成熟度が足りないとは言えるかもしれませんが、僕自身、直感的には共感するのは難しく、このように整理した上で「それは責めたらかわいそうだよ」とか「プラス面と両方見なきゃ」と考えられたのでした。

■バッシングをバッシングしても

しかし、それにしても人質や家族を強く非難する人たちは、いったい何を考えているのだろうと僕も思います。わざわざ空港まで行ってプラカードを持って並ぶってどういうどういうことなのだろう。しかも１７万件ものメール、プログラムを組んで一人で１万件くらい送っている人がいたとしても、半端な数ではありません。なんか怖い、という感じすらします。

ただ、この人たちに対して敵意を示しても、あまりプラスはないだろうと思います。僕らが敵意を表さなくとも、この世界には十分過ぎるほどの敵意がありますし。僕がずっと疑問に思っているのは、どうして彼らはそういうことをするのだろう、ということです。今回の件でふと思い出したのは、サッカーのワールドカップのフランス大会だったか、一部の日本代表選手に対して十分な働きをしなかったと多くの非難があびせられたこと。事件の性質は違いますが、後ろの心理は似ているように思います。

まだ答えは出ていないのですが、少し心当たりがあるのはわき起こってくる怒りをあまり考えずに目の前のものにぶつける衝動が人間にはあるということ。大雪が降って電車が動かないことに対して駅員に当たってしまうなんてのもそうだと思います。冷静に考えれば悪いのは駅員ではないんですが、怒りはわき起こってくるのでスケープゴートにぶつけてしまう。今回の場合、彼らがそんなに怒る理由もよくわからないですが、他のことも含めて鬱積している負のエネルギーが爆発したのかもしれないと思います。このような負のエネルギーはきっとゼロにはならないのだろうと思います。それをゼロにしようとしたり、憂えるよりも、「そんなことはないよ」「がんばれ！」という正のエネルギーをたくさん起こすことが攻撃された本人たちにも社会にとっても健康なのではないかなと思います。

■自己責任能力の培い方

最後に自己責任について書いておきたいと思います。まず今回、自己責任といっしょにくくられて問題視されたのは、実は少し違うものだったのではないかなと思います。「自己」責任とは「自分の身は自分で守ってね」ということですが、今回、特に途中から問題にされていたのは「まわりにどれだけの影響を与えるか考えたのか」「自分がよければいいってものじゃないだろう」という「まわりへの配慮」だった。そこまで自己責任と呼ぶのは混乱するんじゃないかなあとも思いますが、かといって「自己責任とまわりへの責任」と言うのも長ったらしいので、今回はひっくるめておきます。なお、この「まわりへの配慮」をとてもしっかりやっているのが、ヤンキースの松井選手だと思います。彼はメジャーへのあこがれを表明するだけでなく、日本のプロ野球における自分の「責任」は重々考えたことを示してアメリカに渡りました。ファンやプロ野球関係者の中での彼のイメージのよさはそのあたりを反映しているのではないかと思います。

さて、改めて自己責任能力を培うところに話を戻します。自分自身の過去を振り返っても、世の中全般的に見ても、日本人の自己責任能力は高める必要があると思います。たとえば海外旅行者を見ても日本人はあまりに無防備・無邪気な人が多い。今回の人たちも甘かったと思います。ビジネスの中でも、自分で自分の身と心を守ろうとせず会社の指示のままに動いている人が多すぎるのでは。

ただ、実際に自己責任能力を高めようとすると、一筋縄ではいかないところがあります。自己責任の考え方を語ったり、無用な失敗をしないように情報提供や教育をほどこすことは必要でしょう。しかし思い切り飛び込みすぎて痛い目にあったり、時にはみんなに迷惑をかけたり、尻拭いをしてもらったというような経験も必要だと思うのです。そういうものを糧にして自己責任や社会に対する責任というのをイメージできるようになるのではないかと。

つまり、それを許容できるキャパが社会の側にないと、自己責任能力のある人は出てこないだろうと思います。自己責任を厳しく追及するだけの社会では意味のある自己責任能力は高まらないだろうということです。pacoさんが言っていたように「批判するだけでなく貢献は評価する」ことはもちろん、失敗しかなくとも意図さえ正しければそれを評価するくらいでないと。その上で、批判のための批判ではなく、共通のゴールに向けた成長のための反省を促していく。今回の例で言えば、救出された側は「ご迷惑をおかけしました、大変お世話になりました」と、救出した方、見守っていた側は「とにかく無事でよかった。考えるべき点はいろいろあるけど、まずはゆっくり休んでください」と心から言えるようにできたら本当はよかったし、今後はそうしていきたいと。

そうした観点からすると、今回の救援にかかった費用は国（税金）で負担するべきだと思います。それがどのくらいかかっているのかは知らせるにしても、本人たちが負担する必要はないでしょう。ただ、彼らがこれからどうするのかは、自分に何が出来るのか、自分の行動がどんな影響を与えるのか、やりたいことをきちんとやるために何が必要なのかをいったん考えた上で決めて欲しいと思います。

さて、このほかNGOについてどういう役割を担っているのか、担うべきなのかという話がありました。ここも最近興味を持っているところなのですが、これはまたの機会にしたいと思います。

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Toshi/高橋俊之（たかはしとしゆき）。知恵市場代表。株式会社グロービス執行役員、グロービス・マネジメント・スクール(GMS)統括責任者を経て、2001年7月からフリーランスとして活動。知恵市場の他、使える英語を楽しく習得する「英語のシャワー」を主宰。GMSクリティカルシンキング講師もつとめる。著書・監修書に「テクノロジー・パワード・リーダーシップ」（ダイヤモンド社）、「ビジネスリーダーへのキャリアを考える技術・つくる技術」（東洋経済新報社）。

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