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photo by paco.

★次週5月31日は第5週のため更新はお休みです。次回更新は6月7日です。

 

今回はまた、ほぼ3か月に一回、状況をお話している英語教室「英語のシャワー」の話を書きたいと思います。

最近思うのは、英語とは直接関係ない二つのことが出来ると、日本人はかなり英語を楽に話せるだろうなあということです。一つは日本語を忘れること。もう一つはしゃべることへの抵抗を少なくすること。もちろん日本語を忘れるのは不可能だしそうしたいとも思わないでしょう。また「話すことに別に抵抗はないよ」と感じる人もいるでしょう。しかし見ていると、やはりここが多くの人がひっかかっているところなので、いったいどういうことなのか、ちょっと見てみる価値があると思います。「英語を話せるようになりたい」と思う人は、その参考材料に読んでみてください。英語そのものにはあまり興味がない人には、一つの「店主」的活動(店主について詳しくはコミトン097参照)の実況として読んでもらえればと思います。

■話せるはずなのに話せない?

英語のシャワーに来ている人の多くは、だいたい3か月で「読書をしている」と言える程度の本を読めるようになります。もちろん大人向けの小説を読むのはまだ難しいですが、読んでいて楽しめるレベルの本は十分読めるようになっています。そしてさらに3か月程度で音を鍛えると、発音はネイティブ・スピーカーに通じるようなものになり、聞き取りも自分に直接話しかけられれば十分わかるようになります。この時点で知っている語彙はネイティブ・スピーカーの日常会話を十分網羅したもの。つまり乱暴な言い方をすれば、もうこの時点で英語で十分コミュニケーションできるはずということになります。

しかし現実にはそう簡単にいきません。いよいよインプットからアウトプットに入るぞと勇んで取り組んでみると言葉がなかなか出てこない。半年英語に接して苦手意識が薄らぎ、特に読むことではけっこう行けると感じ始めている頃だけにショックを受けます。思いつけなかった表現をどう言えばよいか聞いてみると、返ってくる言い方に知らなかった言葉はほとんどありません。これでさらなるショック。しかし、どうしてこんなことになってしまうのでしょうか。

どうもこの最大の原因は「日本語で考えてしまう」ことのようです。正確に言うと、言語にする前のイメージから直接英語にせず、いったん日本語にしてしまっているということです。すると、どうしても日本語から英語に訳そうとなりがちです。それも多くの人の場合、文意を汲んで同意の英文にするのではなく、単語単位で訳そうとしてしまいます。しかし20年以上の年季の入った日本語で瞬間的であれ選び抜いた言葉に、ぴたりあてはまる英単語がそう簡単に見つかるわけがありません。さらに、語順を変え、時制や人称も変換したりとありますから、大変な作業です。言葉が出てこないのも無理はありません。

そもそも英語にはない言葉をさがして止まってしまうこともよくあります。ある受講生は英語でメールを書こうとして、「とりあえず」にあたる単語が見つからず、以後、すべて日本語になってしまいました。見つからないのは当然で、「とりあえず」(「とりあえずビール」とか)という発想が英語の世界では、あまりないのです。

問題は言葉が出てこないだけではありません。受験英語の名残がまたここで復活して悪さをします。苦労した甲斐あって英語が出てくるのですが、非常に変な英語になってしまう(フランケンシュタイン的英語)。たとえば

What are you always doing on weekends?

とか。本人は「週末はいつも何をしているの?」と聞いたつもりなのですが、この英語は意味をなしていません。強いて言えば「ここのところ毎週末、雨が降ろうが槍が降ろうが欠かさず朝から晩まで取り組んでいることは何?」と聞かれている感じです。正しくはWhat do you (usually) do on weekends?。この表現丸ごとに覚えがあればもちろん、現在形や進行形のイメージ、usuallyやalwaysのイメージ(訳語ではない、というのが重要)を持っていると、ほとんど意識せずにするっとそう言えます。しかし「いつも=always」「している=..ing」という自分の中の辞書にサーチがかかると、こうなってしまいます。

■日本語を忘れる!...?

こんなことから、一時的に日本語を忘れることが出来れば、もっとスムーズに英語が出てきそうなのに、と思うわけです。もちろん理解できる言葉と自分で使える言葉には差がありますが、聞いたことのない表現はなかなか出来ませんから、英語しか知らなければおかしなことはそうは言わないでしょう。そして英語のインプットが進むとアウトプットもしやすくなるのがどんどん実感できるので、どんどんインプット−英語のシャワーを浴びること−もしていく気が起きそうです。

とは言え、既に知っている日本語を忘れることは出来ません。そこで目指すのが「英語と接している時は日本語で考えない」ようにしていくこと。これも簡単ではないのですが、不可能ではないし、徐々にその度合いを増やしていくことは出来ます。そして、どうもこれが英語上達の重要なポイントのようだ、というのが、着実に上達していく人から苦しんでいる人まで見てきて感じているところです。かたやたくさんの単語(の訳)も難しい表現も知っている人の多くが、全然言葉が出てこなくて困ったり、間違った言葉の使い方をしている。かたや受験で出てきたような難しい単語は全然知らない人が少なからず、伝えたいことはするっと言えていて、しかも自然な英語になっている。そして前者のタイプの人が日本語訳の習慣を乗り越えた時、するする言葉が出てくるようになる。そんな事例をいくつも見ています。

現在、「英語だけで考える」コツをつかんでもらうためにやっていることは二つあります。一つは邪魔する思い込みを取り除くこと。たとえば、言葉が出ないのは日本語で考えているせいではなく単語を十分に知らないからだ、と思っている人がけっこういます。そこで「知っている単語だけで十分話せること」をデモンストレーションして見せるわけです。でも「思い込み」というのはけっこうしつこいもので、一度や二度やっただけでは消えません。そこで、気配を感じるたびにいろいろな手で消しにかかります(^_^)。

もう一つは英語の特徴に慣れてもらうこと。英語には、日本語といろいろと違うところがあります。日本語にないものがあったり、逆に日本語にはあるものがなかったりもします。言語としてはあまりに似ていないため日本人は英語の習得に苦労するという説もあります。しかし、これらの違いの大きなものに慣れてしまえば、そこから英語の世界に入りやすくなります。たとえば英語で主語ついで動詞というところまでとりあえず言ってしまえると、語順の違う日本語に戻りにくくなり、英語の世界に入り込みやすくなります。

二つと言いましたが、もう一つしつこくやっていきたい大事なことがありました。それは「シャワーのように英語を浴びる中で言葉のイメージをつかもう」という動機付けです。たとえばうまいタイミングで"What are you always doing on weekends?"のようなものを見せると、イメージをつかめてきた人は何がおかしいのか、すぐわかります。まだシャワーが必要でイメージをつかめていない人はわかりません。その差を見た時、両者とも「よし!」という気持ちになります。特に、最初は英語が全然できなかった人が「わかる」方の人になるとインパクトは大きい。このような「!」をたくさんつくりだすことが一つの大きなポイントじゃないかと思っています。

興味深いのは、こういったことが腹に落ちるポイントが人によって違うということです。講師から言われるよりもつい最近まで同じ立場にあったティーチングアシスタントを見て「ああいうふうになりたい」と素直になれる(^_^)人もいれば、講師の言葉だとすっと受け入れられる人もいる。絵本で訳語ではなくイメージをつかむことに開眼する人もいれば、映画で納得する人もいる。文法的説明で見えてくる人もいれば、そんな話を聞くとかえってどつぼにはまってしまう人もいます。一筋縄では行かない、しかしおもしろいところです。

■必要なのは英語の勉強か、コミュニケーションの勉強か

さて、話を今度は「しゃべることへの抵抗」に移します。英語のシャワーでは、参加して半年位して、多くの人がFirst Outputという、初めてアウトプット(話したり、書いたり)をするクラスに入ります。このクラスではもちろん英語でのアウトプットをトレーニングしていくわけですが、やってみると「実は話せないのは英語が原因ではない」ということをよく見ます。また、クラスから得られるのも英語ばかりでなく、コミュニケーションの本質についていろいろ考える機会があるとも言えます。たとえばこの間、こんなことがありました。

クラス内でリーダーを立て、リーダーを中心にプロジェクトを行ったのですが、これになかなか苦戦したのです。First Outputクラスでは中盤くらいに初めてゲスト(英語のネイティブ・スピーカー)を招くのですが、このセッションを受講生に全て運営してもらっています。決まっているのはゲストだけで、何を、どのように話すかということも含めて全て自分たちで決めてもらいます。そのための時間は1週間。セッションの1週間前のクラスでリーダーとサブリーダーを決め、教室で少し話した後はメーリング・リストで意見の書き込みと意思決定をしていきます。そして決まったことを各自準備した上で当日のクラスに臨みます。このプロセスを全ていきなり英語でやるのはさすがに大変なので、メールは日本語でもよいことになっているのですが、当日のセッションは全て英語になります。

その時もいつものようにリーダーのチームを立候補で決めてスタートしました。リーダーは段取りよく「これについてアイディアを出して欲しい」と投げかけをしたのですが、メンバーからのアイディア書き込みがぽつぽつしか入ってきません。各事項の書き込み期限までは1日半くらいしかありません。当然、リーダーたちは不安になってきます。本来は「メンバーがアイディアを出し、リーダーは意思決定をする」という役割分担にしているのですが、ついつい自分たちでもアイディアを考え始めたりします。二人のメールのやり取りは深夜におよび、休日もあいている時間はそのことばかり考えているよう。メールのやり取りはかなりの数になり、二人の疲れている様子がメールからも伝わってきます。

結局、なんとか意思決定を出来るくらいのアイディアが1/3くらいのメンバーから上がり、それを元にリーダーたちはプランを決定しました。あとはそれぞれみんな考えてきてね、と投げかけたものの、本当にみんな考えてくるのかとちょっと心配しながらリーダーたちは当日を迎えたわけです。当日のメンバーの集まりもやや遅めだったのでリーダーたちは少しやきもきしているようでした。

しかし、ふたをあけてみると、メールから感じられたよりも考えてきた人は多く、日本とフィリピンの国民的英雄について、年金未納問題について、ことわざに見られる違いと共通点など、事実だけでなくその後ろにある考え方まで少し踏み込んだとても興味深い話が出来ました。また、リーダーたちのがんばりはみんなに高く評価され、リーダーたち自身も得るものが多かったと言っていました。

しかし、終わりよければ全てよしとしてしまわず、「なぜリーダーたちがこれほど苦労したのか」「なぜメール上で発言する人が少なかったのか」を考えると、英語のみならずコミュニケーションやチームワークについて学べるところは非常に大きいと思います。僕自身の興味としては実は、「日本にはリーダーを支える土壌が足りないことをこのケースは象徴している」と感じてそこが一番の関心事だったのですが、ここに踏み込むと長くなるし、英語やコミュニケーションの話からは逸れて行ってしまうので今回はやめておきます。

まず、今回に限らず一般的に、自分の発言がチームにプラスをもたらすと思えていない人がけっこういるように思います。参加する時の「お世話になります」「みなさんの足を引っ張らないようにがんばります」とは謙遜の言葉ですが、こと発言に関しては実はけっこう本気でそう思っているのかもしれません。自分が発言するのは練習のためであって人が聞いてくれるのはクラスだから、というように。実際、各自が割り当てられた時間には話しても、他のときは指名されない限り発言しないという人もいます。しかし本当はこのような謙虚な人の中には、実はおもしろいねたを持っている人がけっこういます。それに本人が気づき、ねたの料理の仕方をつかむと、かなりよい話し手になったりします。そこで話す時間を設けて話すことに慣れてもらい、それに対する他の人の反応から自信をつけてもらうというのは一つの手です。

そういう「太陽型」の方法に対して「北風型」というか、やや厳しいスタイルもそれはそれで効果がありそうと思っています。たとえば今回のようなケース。リーダーはやきもきするし、感情のしこりも出てくるかもしれない。しかししんどい体験を通じて、とにかく発言することにも気持ちを伝える意味があること、逆に黙っているとマイナスになりかねないことを感じてもらえたら、と思うわけです。なお、こういった狙いと、リーダーにリーダーの役割をしっかり体験してもらいたいこともあり、僕はこのプロジェクトにほとんど介入していません。リーダーたちにちょっとしたアドバイスをしているくらいです。

もう一つには、リーダーの心境に対して想像力が働かない、というのがありそうです。リーダーになってみないとなかなかわからないものですが、みんながサポートしてくれるのかどうかリーダーはしばしば不安を感じるものです。そして、そういう時は、量が多くて読むのが大変でも、多くの人からメールが上がってきた方が精神的には楽になります。しかしそんなことは露知らぬメンバーの側では「他の人と同じことを言ってもなあ」と考えて控えたり、「まず全部読んでから言わなきゃ」と読むだけで力尽きて発信できなかったりします。その結果、一部の人しか反応してこないとリーダーはやきもきします。本当は「忙しくてアイディアを書けない。ごめん!」と書くだけでもリーダーにとっては救いです。しかし、そこに気がつく人は意外に少ない。

その意味で今回、体調を崩した一人のメンバーが家族を介して「体調を崩しているので書けない。申し訳ない」と英語でメールを送ってきたのはコミュニケータとして、レベルが高かったと思います。結局この人はセッションにも参加できなかったのですが、しっかりみんなに貢献したと僕は思います。

■しつこく、話せない話

プロジェクトの話は上で終わりにしますが、「話せない」という話は続きます。英語教室をやっていてつくづく思うのは、けっこう多くの人にとって、話すことは難しいんだなあということです。実は僕自身、もともと会話の得意な方ではないのでよくわかる部分もあります。またおしゃべりであればいいというものでもないでしょう。しかし、自分自身も含めて、変わっていけるといいなあと思うことがいくつかあります。

たとえば、あるゲスト(ネイティブ・スピーカー)がクラスに来た時のこと。彼は少し早めに来たのですが、誰も話しかけようとはしませんでした。みんなある程度英語を話せるし、会うのは二度目だから彼のことも知っています。でも話さなかった。いろいろな理由があると思います。まだ英語に自信がないので怖い、話すことが見つからない、あまり相性が合うと感じられなかった等々。しかし、せっかく来ているのだし、何でも、ちょっとでもいいから話してみたらよかったのになあと思います。結局、彼は僕やTeaching Assistantの人たちと話していたのですが、どうしたら話しかける勇気を高められるかなあというのは、それからずっと気になっているところです。

話しかけられないのは英語だけの問題ではないとわかる下のような事例もあります。前期の最終回、そのクラスのティーチング・アシスタントをやっていたのでgirl friendがあるクラスに顔を出しました。こどもを連れていたので後ろの方から見ていたのですが、クラスの多数を占める男性の中で声をかけに来た人はとても少なかったそう。彼女がそのことをちょっとさびしかったと言っていたので後で聞いてみると「赤ちゃんをおどかしたりしたらまずいかと思ったから」とか「授乳しているかもしれないと近寄りにくかった」といった返事が返ってきました。

日本人には何かした結果、起きるかもしれないマイナス(迷惑)に対するおそれが強くあり、それならば何もしない方がよいと判断してしまうケースが多いように思います。しかし現実にマイナスが起きるケースはそれほど多くなく、一方で黙っていた結果マイナスになることは思っているより多い。この場合もそうで、それでも心配だったら一言聞けばいいだけだったと思います。とは言うものの、そういう状況に置かれたら実は僕自身、同じような懸念を考えそうです(^_^)。聞くこと自体にもけっこう勇気がいる。がんばってそういうのを乗り越えるといっても疲れそうだし、ちょっと失敗したら懲りてやめてしまいそう。自分自身がコミュニケーションをもっと楽しめるためにも、このあたりを楽にクリアしていく方法を見つけていきたいと思っています。

さて、以上、英語を楽に話せるようになるために必要と思われる英語以外の二つのことについて書いてきました。これは僕の仮説ですが、どう思われたでしょうか。

 

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Toshi/高橋俊之(たかはしとしゆき)。知恵市場代表。株式会社グロービス執行役員、グロービス・マネジメント・スクール(GMS)統括責任者を経て、2001年7月からフリーランスとして活動。知恵市場の他、使える英語を楽しく習得する「英語のシャワー」を主宰。GMSクリティカルシンキング講師もつとめる。著書・監修書に「テクノロジー・パワード・リーダーシップ」(ダイヤモンド社)、「ビジネスリーダーへの キャリアを考える技術・つくる技術」(東洋経済新報社)。

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