163T クリシン道場から－何を考えるかをまず考える

photo by paco.

コミトンでも何回か触れましたが、去年の終わりくらいから、論理思考の勉強会を自宅でやっています。僕としては、うちの近くの人たちと集まって何かやりたいというのと、論理思考の学習方法についてノウハウを蓄積したいという理由から始めたのですが、いつしか「クリシン道場」*という愛称？もつき、なかなか楽しくやっています。２週間に１回程度、そのたびに３、４人の人がいれかわりたちかわり自分のお題を持って来て、論理的に解決する方法をみんなで考えます。けっこう応用できそうな話もあるので、今回はこのクリシン道場で出てきたものについて書いてみたいと思います。
　（*クリシンとはcritical thinkingの日本語略称）

■内定者の集まりで何をやる？

まず初めは、ある企業で人事を担当するＡさんからあがったお題。内定者をつなぎとめることが求められていて、その一つの策として内定者の集まりを開くことを任されたとのこと。そこでその内容をどのようなものにすべきか、というのがＡさんのお題でした。Ａさんの会社の場合、やや早めに内定を出していることもあって、後から内定を出した他の会社に引っ張られてしまう人が時々いるとのこと。配属も最初から決めて少人数を採用しているので、そういう事態はなるべく避けたいと考えているそう。

これに対して最初に出たのが「内定者をつなぎとめるには先輩が個人的にコネクションを持つようにするといいみたいですよ」という発言でした。これはきっと有効な策だし、こういう発言がぱっと出るのは珍しくないことだと思うのですが、論理的に考えるためにはちょっと違うやり方をとりたいところです。

まず押さえておくべきは、Ａさんはあくまで「内定者の会をどのようなものにするか」考えたいということです。しかし上のアイディアはそのためのアイディアではなく、内定者それぞれと個別のコネクションを持つということです。それではＡさんの考えたいことからそれてしまう。しかし「今は内定者の集まりについて考えるのだからそれだけに絞りましょう」とするのがよいかというと、そうでもない気もします。

というのも上のような意見が出たのは「内定者の集まりって本当に内定者つなぎとめに役に立つんだろうか？」という疑問がメンバーの心の中にわき起こっているからだと思うのです。実際、この直後に「自分が出た集まりはあまり効果がなかったかも」「逆に集まりに出て内定を辞退することにした」といった体験談があがっていました。そんな状態のままで内定者の集まりについて話しても不毛な感じがします(^_^)。

ではどうするべきか。一つのやり方は、

内定者をつなぎとめるために必要なことをリストアップし
内定者の集まりで出来そうなことと照らし合わせながら

考えるということです。前者についてはたとえば、

会社の魅力をより強く感じてもらう
しかるべきタイミングで危ないという情報をつかむ
信頼できると感じさせる会社のスポークスパーソンをその人の近くに置く

などがあげられるでしょう。そしてこれを見ながら内定者の集まりについて考えると、少なくとも「会社の魅力を強く感じてもらう」機会にすることは出来そうです。過去にそうなっていなかったとすれば、それはやり方に問題があっただけで、本質的に内定者の集まりがダメだということではありません。

というところまで来ると「きっとこんなことができるよね」という例がいろいろ出始めました。Ａさんとしても実益が得られそうで一安心ですが、クリシン道場としてはもう一つ注意すべき点があります。

それは「あわてて具体策に走らない」ということです。ありがちなのは、一つのアイディアに夢中になって、他の押さえるべき点を忘れてしまうということです。そうならないために、チェックするべきポイントをまず確認する必要があります。たとえば「会社の魅力を強く感じてもらう」として、どんなところに魅力が現れうるのかをまず押さえる。するとたとえば、

仕事そのもの
いっしょに働く人
待遇等

といったポイントが見えます。これらすべてについて内定者の集まりで見せられるわけではないでしょうが、少なくともそういうポイントがある、というのを押さえた上でどこを特にやるとよいのか考えるべきです。それをいきなり具体的なアイディアづくりに走ってしまうと、重要なポイントをはずしかねない。

こういったものをふまえ、結果としてＡさんは第１回の内定者の集まりについて目的を

会社で働いている人と社風を内定者に感じてもらうこと
内定者同士が知り合うこと

と設定しました。このうち後者はつなぎとめに直接はつながらないでしょうが、集まりの効用としては重要と考えて目的に設定したわけです。そしてこれら二つの目的を満たすものとして、他己紹介やビジネス・ゲームを企画しているとのこと。やってみてどんな手ごたえを感じたかはまた次回の道場で聞いてみたいと思っています。

■気に入っている車に乗る時間がないとしたら売るべきか？

次はビジネスの話ではなくプライベートなねたです。論理思考というとプライベートにはそぐわないように感じる人もいると思います。しかし実際にはビジネス以上に使える局面は多い。特に、仕事でまだものごとを決める立場にはない人にとってはそうだと思います。

Ｂさんはなかなか個性的な車を持っていて気に入っているのですが、最近仕事が忙しくて全然乗る時間がなく、ついにバッテリーを上がらせてしまったとのこと。駐車場代もかかるし、乗れないのに持っているのも精神衛生上よくないので売ってしまおうかと思っているそう。しかし気に入っていることや、友達が負担をシェアするかわりに使わせてくれといったりしているので、迷っていてどうしようか、ということでした。

こういうケース、一つのやり方は、持ち続けた場合と手放した場合のメリット・デメリットを比較するというものです。それはそれでよいと思うのですが、そこでさらに「本当のところは何なんだろう？」と考えてみるのがよい結論につながると思います。たとえばこの話にあたっては参加者からよい質問が出てきました。「所有していることが重要なのか、乗れることが重要なのか？」ちょっと考えた上でＢさんから出てきた答えは「乗れることの方が重要。そんな車に乗っている自分を感じるのが気持ちいい」というものでした。またもう一つ出てきた良い質問は「コストは本当に重要なのか」というもの。これについても彼は考えた末、「一番ではない。乗れていないということ、その結果バッテリーが上がってしまったということが悲しい」と答えました。

こういうQ&Aがなされることのメリットは一つに、選択肢が増えるということです。たとえば売るにしても、友人に売って時々乗れるように話をつけるということも考えられます。もう一つのメリットは優先順位が見えてくるということ。駐車場代等のコストも気にならないわけではないが、それよりも「乗れていない」ことが気になっているのだとわかってきます。そしてもう一歩踏み込むと次のようなことが出てきます。

「乗ってもらえない車がかわいそうというのもあるだろうけど、売ってその問題が解決したとしても本質的な問題は解決しないんじゃないの？」「週末、そういう車に乗って楽しめるのが気持ちいいということは、忙しすぎるままそういう時間を取れなければ、フラストレーションはたまり続けるのでは？」。仕事がすごくおもしろいとか、一時的にやるべきことが多くてそうなっているならいいけど、慢性的にやらねばならないことが多くなりつつあるとしたら、問題の本質はそちらにあるのでは、と。これはＢさんにとってちょっと衝撃的なコメントだったようです。

結局Ｂさんは、車については充電器を買って車が「死んで」しまう状態を避けるとともに、「休日にちゃんと休めるようにするには？」という問題を考えることにしたよう。そして今は、週末少しずつだけれども乗れている、という話を聞いています。しばらくお休みしていた道場にもまもなく復帰とか(^_^)。

■感性と論理思考で社名を考える？

独立してデザイン・オフィスを始めるので、その名前を考えたい、という人もいました。com2MLにも最近書いていた、ましゅです。名前を考えるなんてことに論理思考が使えるのか？と思う人もいると思いますが、もちろん可能です。ただ、どこまで論理的にやりたいかというのはその人の好みしだい。こういう条件を満たす名前にしたい、というところまで考えたら、それ以上はあーでもないこーでもないと思いをめぐらした方が楽しいという人もいるでしょう。また、そこも検索エンジンなどをうまく使いながらロジカルに探したいという人もいると思います。ましゅの場合は道場で条件を整理した後、

初めて見た人でもデザイン会社とわかる
覚えてもらいやすい
そこに意味がこめられている（ストーリーを語れる）
カッコ悪くない（カッコよすぎない）

という条件のもとに「ON DESIGN」という名前にしたとのこと。特に「カッコよすぎない」というのは意識して要件に設定しないと、そうなかなか取り込めないいいポイントだと思います。ちなみにon designという一般的表現は英語にないと思いますが、「デザインでなんかやっちゃるよ」「デザインなら任せて」というニュアンスは伝わるんじゃないかなと思います。

■古い体制から変わっていけない人たちを動かすには？

次は会社の事業を新しい方向に動かしたいというＣさんのお題です。IT関連の業界にあるＣさんの会社では、これまで直販を中心にやっていたもののそれだけでは先の見通しが厳しくなっているとのこと。そこで間接販売を使ってビジネスを広げようと経営陣は考えていて、その必要性は上の方では共通の認識になりつつあるとか。ところがサポート部隊など現場ではまだそういう認識が浸透しておらず、動いてくれないので、なかなか売りがたたない。それをなんとかしたいと。

「説得力を高めるために論理思考を使いたい」というのはよく聞くことです。確かに説得において論理思考は威力を発揮するのですが、「説得を何とかしたい」というケースは往々にして、説得以前にやるべきことがある場合が多い。説得というのはプランや戦略がすでに出来上がってきて、それについて人をYesと言わせ、動かすということです。しかしプランがしっかり出来上がっていない場合は、どう論理を組み立てようとも説得力は上がらない。別の言い方をすると、プランはWhat、それをなぜやらなければいけないか＝Whyを説明するのが説得です。まずWhatをちゃんとつくってあって、それで初めてWhyをうまく説明するステップに入れます。

実はＣさんの事例も話を聞くうちにWhatの段階に問題があるように見えてきました。直販では限界があるから間接販売へというのはいいとしても、「もっと戦略を練らないと手間がかかるばかりで売上も利益も思っているようには上がらないのでは？」と感じられるのです。このような指摘に対して「確かにそういう状態」とのこと。しかしこれでは相手がちゃんと考えていればいるほど、説得はできません。ではここでお手上げかというとそんなことはありません。まずはWhatの部分をもう一度練り直せばよいわけです。道場では具体的なアイディア例を出したのですが、個別の話になるのでここでは出さないことにします。しかし「人を説得したいがうまく行かない」と感じた時に、話の上手下手ではなくプランそのものが不完全なのかも、と考えてみることはけっこう有効かもしれません。

■やめたいという部下を引き止めるには

最後はやめたいと言っている部下を引き止めるには、という話です。この話はこれまでのところを踏まえて自分だったらどうするか考えてみるとよいかもしれません。ただ読むより、自分で考えた方が論理思考力は高まるので。Ｄさんによると、部下Ｘさんが会社を辞めたいと言っているとか。Ｘさんはやるべきことをきちんとやれる人で、抜けてしまうと他の人の負担がかなり増えるので辞めてほしくないとのこと。辞めたいと言いつつ、とりたてて現状に不満はないとＸさんは言っているのですが、Ｄさんに言わせるとＸさんが担当していたところで最近いわゆる後ろ向きの仕事が多く発生している（彼の責任ではない）とのこと。それでがっかりしていることは十分考えられると。もっと世の中のためになっていると、はっきりわかる仕事に次はチャンレジしたいとＸさんが言っているところからもそんなことがうかがえるかもしれません。さて、このような状況でまず何から確認していったらよいと思いますか？　いきなり具体策に走らず、「何を考えるかを考える」というわけです。

参加者から出てきたのは「その仕事は誰にでも出来るのか？」「効率アップは可能なのか？」というような質問でした。これらの質問をここでしたことにはよい面と悪い面があります。悪い面から先に行くと「何から考えるか」というタイプの質問になっていないということです。一方、良い面とは、いきなり「どうやってひきとめるか」という具体策に飛びついていないということです。これだけだとまだよくわからないかもしれません。もう少し説明します。

次のように切り出せばよかったのです。「引き止める策に行く前に少しだけ、他にも選択肢がないかどうか、洗い出して見ましょう」。すると「どうやったら引き止められるかを考えている」がお題だったＤさんも、「その仕事は誰でも出来るのか」と聞かれて、「ああ、誰にでも出来るなら派遣社員を雇う手もあるということだな」と趣旨がすぐ理解できます。そして一通り洗い出した結果、Ｘさんを引き止める以外の方法も見えてくるかもしれません。これが「まず、何を考えるかを考える」ということであり、特に他の人と話をする場合、いわばロードマップを描いて、今、自分たちがどこにいるか明らかにしながら話していくということです。

さて、結局、他の選択肢はあまり考えられないということがわかったので、いよいよＸさんを引き止める方法の議論に入っていきます。やりがちなのは「Ｄさんのところの仕事で世の中の役に立っているとわかるような仕事を担当させる」というようにいきなり具体的なアイディアに行ってしまうこと。しかし、それだと重要なポイントを押さえられるかどうかが運任せになってしまいます。そこで、ここでも「何を考えるかをまず押さえる」ようにしたい。さて、どんなふうに考えていくのがよいでしょう？

たとえば、辞めるかどうかの決断に影響を与えるポイント（仕事そのもの、職場の人たち、待遇、本人のやりたいこと...）を押さえることは必須でしょう。このポイント、上で「内定者をつなぎとめるには」で書いたことに似ていると気がついた人もいると思います。その通りで、「何を考えるかを考える」ことを続けていると、自分の中に蓄積がだんだん出来てきます。そして早くものを考えられるようになってきます。

さらにこれらについて、「Ｘさんに見えていないところを見せていく」ことと、「変えられるところを変える」という二つのアプローチが可能なことを確認しておくこともよいと思います。後ろ向きに見える仕事にも大きな意味があることを説明するのは前者でしょうし、担当領域を変えてあげるというようなのは後者になります。

なお、論理的に考えるというとマネジメントとして冷徹に会社のメリットを追及すると思う人もいるようですが、そうするかどうかはその人のポリシーであって、論理思考の問題ではないと思います。むしろ、会社の利益を追求するマネジメントと、自分と他人の関係をよいものにしていきたいと考える個人の両面を見据えていくのが本来の論理思考でしょう。

ちなみに僕の場合、Ｘさんのやりたいことがうちでは出来そうにないとしたら、そのようにＸさんに言ってしまうと思います。しかし「ここでやっていってもそれはそれでＸさんのような人にとって悪くない選択だ」と思えれば、「自分だったらやめるかな」と思っていてもそうは言わないでしょう。それと僕の場合は「○○が君にとってベストな選択だ」とは言わないと思います。ここにはこういうものがあるし僕は君にこういう期待をしている。外に行ったらこういう可能性がある。それをふまえて自分で決めたらいい、と出します。そうするのは、提示した材料をもとに判断すればこちらの希望する答えを出す可能性はかなりあると思うこと、そして人は自分で選んだものの方が責任を持って取り組んでいける、と思うことからです。ＤさんとＸさんの話はまだ決着がついていないようですが、さて、どうなるか。

他にも「退職に当たって有給休暇を完全に消化するには？」とか「引越しをするべきか」「ひどい管理職による犠牲者を減らすことは可能か？」といった興味深いテーマが出てきているのですが、またそれは別の機会に。

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Toshi/高橋俊之（たかはしとしゆき）。知恵市場代表。株式会社グロービス執行役員、グロービス・マネジメント・スクール(GMS)統括責任者を経て、2001年7月からフリーランスとして活動。知恵市場の他、使える英語を楽しく習得する「英語のシャワー」を主宰。GMSクリティカルシンキング講師もつとめる。著書・監修書に「テクノロジー・パワード・リーダーシップ」（ダイヤモンド社）、「ビジネスリーダーへのキャリアを考える技術・つくる技術」（東洋経済新報社）。

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