164P 農業地域の新しい動き

おいしい学校明治校舎の風見鶏
photo by paco.

今回は農業の小さな、でも興味深い動きについて、レポートしてみます。Toshiさんが自分で野菜作りをするなど「農」の入り口で「遊んで」いますが、「その先」のことにも少し関係のありそうな話です。

■田舎のスーパーマーケットに地域野菜のコーナー

六兼屋に一番近い買い物スポットは、中央高速長坂インター近くの「きららシティ」で、そこのメインテナントがオギノという食品スーパーです。オギノは甲府が本社の地元資本の小売業として、山梨県周辺ではイキのよい店という感じです。

そのオギノ長坂店の入り口は、セオリー通り野菜売り場になっているのですが、その入り口のすぐ横、ちょっと目立たない場所に、「地域の野菜」コーナーができたのが1年ぐらい前。地元長坂町の野菜のコーナーで、幅2メートルほどの小さな棚に、野菜が並んでいます。正面の壁には八ヶ岳の写真と、出荷している農業家の顔写真が40人ほど並び、私たちがつくりました、という感じにしつらえられています。

このスーパーは僕らも日常的に使っているので、僕もこのコーナーにほしい野菜があるときは優先的に買うようにしています。やはり地域のものを食べたいよね、という気持ちからです。野菜はふつうのスーパーの野菜と同じようにポリ袋にきれいに入っていて、値段もだいたい一袋100円前後と手頃。ラベルにはつくった人の名前が付いていて、壁の表示と見比べるとどの人がつくっているかわかるようになっています。さすがにあったことのある人はいないのですが、「輿石」「清水」「深澤」など、この地域に多い姓の人が何人かいて、間違いなく地物だなという感じです。冬になるとこのコーナーはすっかりからになったりなくなってしてしまうので、やはりこのあたりで野菜がとれない時期は売らないんだなということで、これもリアリティがあります。

無農薬のものもあれば低農薬のもの、特に記載のないものもありますが、おおむね有機肥料や低農薬に配慮しているようなので、安心の野菜を安く買う、という意味でも、お買い得だなあと思っていたのですが、このコーナーが先日NHKの「食べ物新世紀」という番組で取り上げられました。

番組によると、このコーナーの仕掛け人は町役場の農林業振興課職員。TVで見る限り、30代ぐらいの感じの男性で、地域の人が地元の野菜を買えないのはおかしいと感じて、農家の説得に回ったことがきっかけでした。農家ではもちろん野菜を作っているのですが、ほとんどが自家用で、自分のうちで食べるのと、友だちにあげる、都会の知り合いに送る、というところまでで、売りに出すことはめったにありません。

近くに住む農家の友人も、会えば「野菜もってって、食べきれないし」と言っていろいろくれます。まさに農家の庭先という敷地のすぐ横でつくっていて、ほんの1列作っても、個人宅では食べきれない量がとれるのです。でも彼らに聞いても出荷するつもりはない。出荷するとなると品質を上げなければならないし、もいでもらってくれる人は「あの畑からもらった」という思いで少々傷のある野菜でも食べてしまいますが、買うとなるとやはり見た目や虫食いがないこと、きれいに袋詰めされているなどしないと、買わないのです。でも虫が付かないようにするには、作物の間隔を開けたり、下にわらを敷いたりと手間をかけなければならないし、自分の家で食べる以上に手がかかる、そのわりにはお金になるわけではない、というのです。

野菜は作っていないものの、植物を育てる大変さは身をもって知っているので、農家のそういう気持ちはよくわかります。

■リタイヤ組や移住組も野菜作り

そんな中、オギノ長坂店に野菜を出荷することにしたのは、「30年勤めていた会社を辞め、田んぼと畑を父親から引き継いだ52歳」や、「夫が勤めに出ている農家の嫁」、「移住して作物作りを始めた人」など、40人ほど。専業農家は少数派です。

オギノ長坂店に出荷することになって、つくる野菜の種類を増やしたり、面積を増やしたりして、品質の良いものを出荷してみたところ、評判が良く、店のほうもこのコーナーができてから客の数が10％増えた月もあったとか。実際、早朝とった野菜が、その日の開店時刻に並び、昼過ぎには主立った野菜は売り切れてしまうという状況で、夜型の生活で店に行くのが遅い僕らは、このコーナーでそんなにたくさんの種類の野菜を売っているとは知りませんでした。

個々の農家はまだ小規模だし、農業技術も十分ではないところもあるので、出荷量は少ないのですが、複数の農家が参加しているので、同じ野菜の数がそろうことも、店のコーナーとしては魅力になります。また野菜作りをはじめたばかりの人にはベテランが教えたり、新しい作物の苗を共同で買うなどして、一緒にチャレンジすることで、技術の向上を図れるのも、作り手の魅力になっています。

でも何より彼らの行動の支えになっているのは、実際に野菜を買うお客の存在です。朝とった野菜が午後には売り切れてしまうこともあり、農家のメンバーは時間があると店に行って、野菜を並べ替えたり、足りなくなればあわてて畑に戻って収穫し、並べたりしているようです。

■買うのは主に地元の人

では誰が買っているのか？

野菜を買っているのは、基本的に地元のふつうの主婦。農村地域といっても、兼業農家が多く、スーパーマーケットは週末の夜、一番混雑します（広い駐車場がいっぱいになることも）。畑を持たない住民もいるし、畑があっても勤めに出ているからつくらない人、つくっていても種類がわずかでけっこうスーパーで買っている人、など、野菜を買う需要は農村でも多いのです。

もちろん僕のように、セカンドハウスや別荘生活の人、観光客もいますが、こういった人は週末中心の行動ですから、平日も含めてコンスタントに売れているのは、やはり地元のふつうの人たちの支持を得ているからでしょう。

一方、オギノに通常並んでいるのは、市場に出回っているふつうの野菜なので、群馬のキャベツ、高知のピーマンという感じで、高速道路に乗って全国から集まってくる。さすがに地元資本のスーパーなので、地元長坂ではないものの、山梨県内の他の町村でとれた野菜も結構あるのですが、それでも全体から見れば多数派ではありません。

地元の野菜流通には、もうひとつ「無人スタンド」というルートがあり、主要な道路沿いにスタンドを出して野菜を並べ、コインボックスを置いて、1つ100円で売る、という風景があちこちにあります。こういうスタンドを、僕もよく利用するのですが、「ほしい野菜が手に入らない」「あっても品質は我慢」ということが多く、「スーパーに行く前に除いてみて、ほしいものがあれば買う、でも結局スーパーにも行く」というのがふつうの行動パターンになります。

オギノの地域野菜コーナーは、この「無人スタンド」と「通常流通の野菜」の中間に位置し、両方の良いところを併せ持ったコーナーといえそうです。

■地域の農家も小さなアクション

ここまでは六兼屋のある高根町の西隣、長坂町の話。今度は六兼屋の東隣、須玉（すたま）町の話です。

ある日、六兼屋で庭仕事をしていると、いつものプロパンガス会社の軽ワゴンが止まって、パートのおばさんが家の裏に入っていき、メーターを確認しました。伝票を受け取りながらあいさつすると、「こちらは何をしているところなの？」というので、ざっと仕事を紹介したのですが、「もしかしたら、ビンに貼るラベルをつくる方法を知っているかしら？」というのです。須玉の津金で農業をやっていて、育てたりんごを収穫して、農協の機械で絞り、一升瓶に入れてジュースにした。それを国道沿いの販売所で売りたいのだけれど、売るためには商品名を書いたラベルを付けなければならないとのこと。

「ビンの後ろ側に貼る品質表示の文字のラベルはパソコンのプリンターでつくれたのだけれど、表になるところに貼る目立つラベルをつくりたい、でもどこでつくってもらえるかわからない」というわけです。

パソコンがあるなら、PhotoshopかIllustratorでデザインして、ラベル用紙を買ってきてプリントすればいいのですが、ようやくワープロソフトが使えるというおばさん（というより孫がいる年齢）にはちょっとハードルが高そうです。

「ここでならつくれますけどね」とうっかり口を滑らせたら、そこはいなかの人の押しの強さで、「簡単でいいのでつくれないか？」と言われてしまい、地域貢献、ということで引き受けました。

一升瓶の腹に貼るラベルぐらい、まあお手の物なので、引き受けることにして、立ち話で「PRのコンサルテーション」。お孫さんの名前を聞き出し、

「あいりちゃんのリンゴジュース」
「小さなあいりちゃんはおばあちゃんのリンゴジュースを飲んで、今日も元気」

とちょっとコピーもつけて、さくさくっとデザイン。銀色のメタリック調のラベル用紙を買ってきてプリント、そこそこの品質に仕上げておいたら、翌週取りに来て、実費を払って帰って行きました。

山梨県は知っての通りの果樹栽培王国です。桃やブドウはあちこちでつくられていますが、りんごも多い。作業のお礼にということでジュースをもらったのですが、さすがにフレッシュジュース絞ったまま、ということでさっぱりしつつも、濃い味で、おいしかった。

■アクションを支える自治体

その後の売れ行きは聞いていないのですが、韮崎の農協販売所で売られていることでしょう。1.8リットル、1000円ということなので、安くはありませんが、その後、ちょっと気をつけてみていたところ、このあたりでは手作りジュースがそのぐらいの値段で売られていて、売れ行きも悪くない感じでした。

「あいりちゃんのおばあちゃん」にヒアリングしたところ、ジュースだけでなく、庭先の野菜や、裏山で採れた山菜を、農協などの販売所で売る動きはけっこう活発で、農協や自治体がつくった販売所に売り物を出す「権利」を、それぞれ買っているとのこと。おそらく年間で数万円というレベルだと思います。

農協や自治体では、農業振興のためにこうした販売所など、器づくりには積極的らしく、このあたりでも徐々に増え始めています。国の予算も、国土交通省関連の公共事業は減っているようですが、代わって農林水産省関連のものは増えているようで、このあたりでも「広域農道」という名のものとに、立派な舗装道路が何本も造られています。これ以上道はいらないというぐらいなのですが。

■合わせ技で、成功

こういった動きの中で、僕が見てもなかなかいいなあと思えるのが、その須玉町津金にある「おいしい学校」です。

ここは廃校になった津金小学校の再利用なのですが、まず学校に並ぶ「明治・大正・昭和」の三代校舎を補修し、明治校舎を博物館にしています。明治の擬洋風建築はなかなか立派な建物で、明治初期にこれができたときには、本当に新しい時代が始まるのだということを村中に知らせたことだろうと思います。学校は時代の文化を真っ先に伝える先端施設だったのです。

大正校舎は地域住民が利用する集会場や小さな勉強会用の施設に、そして昭和校舎が「おいしい学校」になっています。

ここには、代官山に店を持つイタリアンのシェフ、植竹隆政氏がプロデュースし、地元の食材を中心にしたイタリアンを出す「ぼのぼーの」、和食、手作りパン工房などが並び、そこに地元の農産物を売る販売所、ハーブ湯風呂、B&B（Bed and Breakfast）のシンプルな宿泊施設という組み合わせです。

イタリアンレストランには先日行ってきたのですが、なかなか侮れないおいしさでした。「破竹（はちく）」などの地元ならではの野菜も売っているし、パンもおいしい。まだ行ったことはないのですが、近所の人の話ではハーブ湯もいいよ、という話でした。

この施設のおもしろいところは、

廃校を再利用し、
外部の資源（代官山のイタリアンシェフ）の知恵を借り、
「おいしい」とキーワードに複数の機能をコンパクトにまとめ
擬洋風建築という地域の文化資産を活かし、
まず地域の人が楽しめる上に、観光客に取り込める

という多彩な機能と魅力を持った場所に仕立てたところにあります。

見てくれだけの器で中身がない、というものをつくりがちな地方にあって、きちんと中身を入れてつくっているところがとてもよい。そしてそこを軸に地域の人（それもシニア）がアイディアを出して、「リンゴジュース」や「手作り品」を売ろうという気持ちを持つようになるのは、グッドなサイクルをつくり出しているといえます。

ちなみに須玉町ではおいし学校の成功を受けて、国道141号線沿いに販売専門店「おいしい市場」をつくり、「おいしいブランド」を展開中です。このもくろみは成功するでしょうか。

このふたつの例が、六兼屋のある高根町の事例ではなく、両隣の町のものであるところがちょっと情けなくもあるのですが、今年秋にはこの3町村が中心になり、周辺7町村が合併して、北杜市が誕生することが決まっていて、もうすぐ同じ市内、ということなので、地域にもっと広まるとよいと思っています。

農業というと、これまでは、米国やカナダのような大規模農業が理想とされ、国際競争力をつけること、商品作物を育てることに比重が置かれてきました。しかし現実には、日本のほとんどの耕地は狭く、効率化は難しい。その一方で、人口密度が高く、地域内での消費の力もある程度あると考えれば、無理をしない範囲で、密度を上げ、つくる人と食べる人がともに、金銭的にというより、気持ちの面で豊かになれる農業の可能性がありそうです。

このような農業は、いわゆる貨幣経済という観点では、単価も安く、GDPにはほとんど貢献しないものですが、日本人らしい豊かさをつくるという点では大きな役割を果たすでしょう。そして同じような考え方は、農村部だけでなく、Toshiさんが住んでいるような、都市の周辺部でも成り立つと考えられます。

豊かさをどのように定義し、実現していくか。その新しい形を、地域の人自身がしっかり発見し、自分たちの手で作り上げていくことが重要です。

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▲明治校舎の最上階（塔）から、大正校舎、昭和校舎を見る。周囲は里山。

渡辺パコ。ライター、デザイナー、コンサルタント、グロービス・マネジメント・スクール講師。
1960年東京生まれ。学習院大学文学部哲学科卒。85年採用広告プロダクションでコピーライター、クリエイティブディレクターとして広告、会社案内の制作、PR戦略の企画立案などを担当。その後、独立して90年に有限会社水族館文庫を設立。94年から著作活動を開始する一方、Webサイトの設立・運営にアドバイザーとして積極的に参画、ビジネスインキュベーションを担当。雑誌などへの執筆活動も行う。著書に「渡辺パコの35歳からは好きなことでお金を稼ぐ」「環境経営の教科書」「人生に役立つ論理力トレーニング」（幻冬舎）「＜意思伝達編＞論理力を鍛えるトレーニングブック」「論理力を鍛えるトレーニングブック」「手にとるようにIT経営がわかる本」「図解＆キーワードで読み解く通信業界」（かんき出版）、「LANの本質」、「生命保険がわかる本」など。

☆ポートレイト撮影：川口愛

mail:paco@suizockanbunko.com