167T ライフ・デザインって？

photo by poppo.

com2でのディスカッションに刺激されて、前回担当のコミトンでは、ライフ・デザインに触れてみました。しかし「やはりどうしてもキャリアばかりに注目してしまう」とか「興味はあるものの何から見ていったらよいのかわからない」という声が返ってきました。なので今回また、ライフを見るとっかかりになりそうなことを書いてみようと思います。

■中田選手に見るライフ・デザイン

「キャリア以外の要素を見る」という意味でよい例かもと最近、思ったのはサッカーの中田選手です。ただし僕は彼のことを大して知っているわけではないので、ここで書いていることは憶測です。

キャリアから見るということでいえば彼の場合、もちろんサッカー。最近、同じイタリア、セリエＡ内でチームを移るというニュースがありました。これを見ていて思ったのは、「彼はイタリアがとても好きなんだろうなあ」ということでした。キャリアや収入を考えれば、他の国のプロチームもきっと候補になっているはず。その中で６年間に５つのチームに在籍して常にイタリアだったというのは、セリエＡのスタイルに慣れているということなどもあるでしょうが、イタリアが好きというのも大きいんじゃないかなあと。移籍先フィオレンティーナのあるフィレンツェという街に触れていたのも、そういう部分じゃないかなあという気がします。

それ以外にも彼はサッカーばかり始終考えているわけではないですね。ファッションに関心の高いのはその一つ。彼のファッションは日本に帰ってくるたびに話題になります。ビジネスにも関わってみたいとも思っていて、東ハトの執行役員になるというチャンスもつかみました。このように、キャリアであるサッカー以外にもライフについていろいろ考えて行動に移している。

彼がサッカーについて一流で、さらにいろいろな才能に恵まれているから出来るんだ、とも言えます。でも、ここで僕が言いたいのは、彼がサッカーだけでなくライフをつくろうとしているように見える、ということです。ライフ全体で何がしたいか、どうありたいかを意識しながら、サッカーという自分の武器を使っていると言ってもいいかも。まあ、そこまで憶測しなくとも、彼がキャリア（サッカー）以外のポイントでもライフをデザインしようとしている、という感じはします。

■キャリアが見えないとライフはデザインできない？

そうはいうものの、キャリアがある程度見えないと、ライフはデザインできない、という反論があるかもしれません。中田選手だってサッカーでまずやっていこうと決めてから他のことも落ち着いて取り組めているのでは、と。また、自分が世の中に対して何か価値を生み出すことが出来ていないと、他の「どうしたい」を考えるのは気が進まないという人もいるかもしれません。

こういったことは気持ちの上ではわかるのですが、次のような面もあります。まず、そもそも、ライフの方がキャリアより大きい、つまりキャリアはライフの一部に過ぎないということです。キャリアの比重がすごく高い生活をしていると気がつきにくいですが。これは後で説明します。

次に、ライフで選んだもののために、キャリアを考えていくべき時もあるということです。たとえば「自分のいなかはすごく好きだけど仕事がないから東京にいる」というのはよく聞く話。十分に稼いでから引退後に行くしかないかなあとなってしまう人も多いですが、そこでも食っていけるように今からキャリアの方をつくっていくという考え方もあります。

そしてもう一つ。キャリアの中で考えてもなかなか自分の「やりたいこと」は見えてこなかったが、ライフを考えるうちに自分の大事にしているものが見えてきた、というのはよくある話です。それを結果的にキャリアにすることも考えられると。

したがって、キャリアをまず完成させてからにしようというのではなく、キャリアも含めてライフ全体を少しずつ考えてみるのがいいんじゃないか、と僕は思います。

■人生はキャリアよりでかい

では、キャリアよりでかいという人生、他にどんな部分があるでしょう？　一つにはプライベートと言われる部分があります。家族と過ごしたり、趣味に取り組んだり、ともだちと遊んだりといったこと。

家族とどう関わっていくか、どういう家庭を作るかというのはライフ・デザインの中の大きなパートでしょう。もちろんそれを小さくするというのもライフ・デザインの一つ。しかし今の日本では、成り行き任せだったり、世間に合わせるだけで終わってしまっている例が多いように思います。独身だからといって家族がないとはなりません。親や兄弟はやはり家族。「便りのないのは元気な証拠」というのも一つのあり方ですが、自分はどうしたいのか。どうあるとハッピーなのか。

趣味というのも人によってレベルがずいぶん違いますが、やっている人たちはすごい。僕の周りにも、「梅雨が明けたら週末は本栖湖」とウィンドサーフィンにはまっている人もいれば、おいしいエスプレッソを入れることに凝ってプロのレベルに達している人もいます。プロの人たちも交えた研究会とかやっていて、ほんと楽しそうです。お茶、合気道、剣道、習字、陶芸といった活動をやっている人もたくさんいますね。また、多くの人がそこでの人のつながりも楽しんでいること、他の世界につながる部分を見出していることは興味深いと思います。英語のシャワーに来ている人たちもそういう感じですね。

ではプライベートの他には？　「ビジネスとプライベート、それで全部だよ」という人もいるかもしれませんが、もう一つ、社会とかコミュニティとのかかわり、シチズンとしての活動と言われる部分があります。仕事以外で社会と関わるところですね。たとえばこの間の選挙もその一つ。ちゃんと政策を見た上で判断しようと思ったら、けっこうな時間を費やさないとならないと思いませんか。社会の重要な事項（自衛隊海外派遣、年金問題の解決策...）について自分なりに勉強し、意見を機会あるごとに表明していくこともそう。もっと近くの世界では、町内会の活動もそうだし、こどものサッカーの活動を手伝っている、緑化ボランティアをやっている、といったこともここに入ります。

こうして

仕事
プライベート
シチズンとしての活動

と分けてみて、自分の活動時間を計算してみると、都会の日本人、特に男性は、「仕事」の部分がかなり多くを占め、シチズンとしての活動の部分はほんの少し（ほとんどない？）になるのではないでしょうか。プライベートの部分もかなり少ないという人も多いと思います。するとライフ・デザインがキャリア・デザインになってしまうのもうなづけます。でも、それでいいのか？

そういうことを考える時に、よく思い出すことがあります。僕がまだグロービスでビジネス・スクールの仕事をやっている頃、講師の人たちと集まった新年会でのこと。その前の夜からかなりの雪が降って交通に支障が出るくらいでした。それでもいろいろな手段でやってきてくれた講師の人たちに一言ずつ言ってもらったのですが、ある講師が「今日、僕は雪かきをしてから来ました」というのです。彼の住んでいるエリアでは、雪かきを出来るような男たちは昼間、仕事に出てしまうので雪かきをする人はいません。でも、ちょっと表通りから入ったところは、夜までほうっておくと凍ってしまって危なかったり取り除くのが大変になったりする。だから雪かきをやってきた、というのです。

その日参加していた講師の人たちで、雪かきをしたという人はきっと誰もいなかったでしょう。僕も当時、そんなことは考えもしなかった。確かに彼らはビジネス界でバリバリ活躍している人ばかりです。その観点からは世の中にそれなりの影響を与えていると言えます。ビジネス・スクールで教えているというのも同様。だから社会参加はそれで十分、という人もいるでしょう。でも、僕はその時「うーん、シチズンの部分をもっと取るべきかも」とその時、思ったのでした。ちなみに、雪かきをしてきた講師というのはPacoさんでした(^_^)。

もちろんここで「ライフ・デザインの中に雪かきを入れよう」とは、なりません(^_^)。「何かのボランティア団体に入るか」というのもそれはそれでいいのですが、ライフ「デザイン」というにはもう少し考えたいところです。ただやりだしても「模範的市民」にはなれるかもしれないですが、特に楽しそうではないですね(^_^)。

■自分の欲しい環境をイメージしていく

さて、「仕事」「プライベート」「その他の社会活動」まで考えるとして、どうやったら自分のやりたいことが見えてくるのでしょう？　いろいろなやり方があると思うのですが、一つの考え方は「何をしたいか」という「モノ」だけでなく、自分の周りに「どういう環境を欲しいか」まで考えていく、ということです。どういう世界を作りたいか、と言ってもよいかもしれません。

たとえば「どういうところに住みたいか」というのはよい例でしょう。眼下に１００万ドルの夜景を見下ろすような高層アパートに住みたいという人もいます。自然の厳しさを感じられるようなところに住みたいという人もいます。海の見えるところがいい？　いや山が見えなくちゃ？　緑がある程度ありながら都会へのアクセスは悪くないところという人もいるでしょう（僕のことだ(^_^)）。ただここで気をつけたいのは「都会そのものに魅力を感じるから」というのはＯＫだけど、「仕事が出来るから」というような条件はとりあえず、はずしておくということです。それを最初から入れてしまうと選択肢が限られてしまいます。

上のような自然環境の話だけでなく、コミュニティのことも考えて住む場所を選ぶ人もいるかもしれません。「若い人がわいわいがやがや集う場のある街」「少し円熟してきているが、まだバイタリティにあふれた人がいる街」「こどもが多いところ」とか。それが「持っている豊かな自然を守ろうという意識の高いところ」「コミュニティでこどもを育てていこうという意識のあるところ」となってくると、「うーん、そういう街って具体的には知らないなあ」「本当にあるのか？」となってくるかもしれません。

それはある意味では残念なことだけれども、見方を変えると「だったら、そういう街をつくることに参加しよう」というシチズンとしての活動を自分のライフ・デザインに入れられるとも言えます。ないものはつくる。「きれいな川のある街に住みたい」「川はあるけど、いまいちきれいじゃない」「じゃあ、これをきれいにすることはできないの？」「ここでこどもが水遊びできるようになったらいいよねえ」「そういう活動があるじゃん」「ないけど始めたらどうなんだ？」とか。こういう中で自分がけっこう本気になれるものが見つかると、たとえそれが仕事ではなくとも、ライフ・デザインのポイントになってくるのでは。

「つくりたい世界」にはもっと小さな世界もあります。たとえば家庭。家族の間にどういう関係をつくりたいのか。最近「ファインディング・ニモ」という映画が話題になっていますね。この映画は魚たちの世界の話で、クマノミというきれいな魚の親子を中心に話が展開します。妻に先立たれたお父さんはとにかく一人息子を守ろうとします。危ないことには近づかせない。ずっと赤ちゃん扱い。でも、それで息子は成長できるのか。親子の関係はそれでいいのか。ところが息子のニモが人間にさらわれ、お父さんが捜索の旅を続ける中で状況が少しずつ変わってきます。日本も近年、危険がいろいろ増しているといわれます。でも、その中でこどもをどう育てて行きたいのか、こどもとの関係をどう持って行きたいのか。ここでポイントは、どう育てていく「べき」か、どういう関係が「よい」のかではないということです。それはそれで考えるとしても、答えはひとつではないし、自分の求めているものによって答えが変わってくる。その時にどれを選ぶか、それがライフ・デザインです。

同じことは夫婦等の関係にも言えます。やはり映画を思い出したのが、最近ＤＶＤが出た「ラブ・アクチュアリー」。これも見てみるとおもしろいと思います。いろいろな愛の形がある。その中の何を自分は大事にするのか。どういうスタイルが自分のスタイルなのか。友人との関係はどうでしょう。どういうスタイルの交友関係を自分は持っていきたいのか。ちょっと合わない部分はあっても多くの人と交友を持って行きたいのか、本当に合う少数の人とだけ付き合って行きたいのか等々。

上には割と長い期間のものについて書いてきましたが、もっと短いものについて自分の「スタイル」を考えることもライフ・デザインと言えます。たとえば僕が最近体験したものとしては、girl friendの出産。無痛分娩もあれば、なるべく自然なスタイルにしようというのもあり、もちろん一般的な病院の分娩台で出産するスタイルもあれば、自宅で助産師の介助のもと出産するというのもあります。そこにパートナーの男性が立ち会うかどうか、立ち会って何をするのかというのも一つのスタイルであり、ライフ・デザインの表れです。

もっと日常的なものもあります。ここしばらくのようにむちゃくちゃ暑い時にどう過ごすか。それでもなるべく冷房を使わずに、水浴びをしたりスイカを食べたりで涼をとるというスタイルの人もいれば、冷房は活用するけど、冷やしすぎて風邪を引いたりしないようにばっちり調整するよ、という人もいるでしょう。これもスタイルであり、そこにつながるライフ・デザインがあります。

こんなふうに、大きなものから小さなものまで、いろいろなポイントを見て、その中から自分のつくりたい世界、自分の価値観を確認していく。するといろいろな点がつながって、キャリアもライフに添った形でもっと具体的に見えてくるかもしれません。自分の中でキャリアがどれだけ重要なのかも含めて。その上で、何をどう実現するかを考えていくのがライフ・デザインではないかと思います。

さて、長くなってきたので今回はこの辺で。最後に一つ上げておきたいのは、人は自分が見たことがあるものしかなかなか想像できないということです。たとえばずっとサラリーマンをやっていて、まわりもサラリーマンばかりという人には、世の中、みんなサラリーマンに見える。でも、そんなことはないわけです。そこで選択肢を広げるためには、いろいろなものを見ていく努力をするとよいのでは、と思います。いろいろな人と話をしてみる。いろいろなところに行ってみる。いろいろなことをやってみる。そして、考えていく、発見していくプロセス自体を楽しむことでは(^_^)。

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Toshi/高橋俊之（たかはしとしゆき）。知恵市場代表。株式会社グロービス執行役員、グロービス・マネジメント・スクール(GMS)統括責任者を経て、2001年7月からフリーランスとして活動。知恵市場の他、使える英語を楽しく習得する「英語のシャワー」を主宰。GMSクリティカルシンキング講師もつとめる。著書・監修書に「テクノロジー・パワード・リーダーシップ」（ダイヤモンド社）、「ビジネスリーダーへのキャリアを考える技術・つくる技術」（東洋経済新報社）。

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