169T 引越しで教室をメディアにする

photo by paco.

いきなりですが、引越しは好きですか？僕はけっこう好きです。転勤など自分の意思に関係ない理由で引っ越したことがなく、自分が移りたくなったタイミングで移りたいところに移っているからというのもあるかもしれません。実家を出てからかれこれ８回引っ越していますが、少しずつ変わっていく自分のスタイルに合わせた家や町に移り住むたびに、なんかわくわくします。

そして今回、また引越しをしました。といっても昨年末に引っ越したばかりの家の話ではなく、英語のシャワーの方です。この引越しは、いつもの引越しとは違った意味でも、わくわくするものでした。今回はこの話を書いてみたいと思います。

■教室もメディアになる

英語のシャワーの教室はこれまで、ともだちの会社の会議室に間借りしていました。とても快適な部屋を格安で貸してもらっていたのですが、英語のシャワーも始めてまもなく３年。週に４回もやっているし、だいぶ様子が見えてきたので、自前の教室を持ってもいいかな、と今回考えたわけです。

そして現受講生と自分たちにとって便利な目黒・恵比寿を中心に物件を探し始めたところ、思ったよりもすぐ、条件に合ったものが見つかってしまいました。あるいは金額や広さの点で条件に合うものが他に全然なかったのですぐ決められたと言えるかも知れません。物件は昭和４１年築とかなり古いマンションの一室。廊下などはそれなりなのですが、中はきれいです。いい感じの庭が目の前に広がっていたりして、夜しか使わないのがちょっともったいないくらい。これは楽しくクラスが出来るかも、あとは机や椅子を調達して、本などの荷物を移動して、いっちょうあがり、と考えていたのですが、ふと、もうちょっとやってみたいなという気持ちが頭をもたげてきました。

せっかく自前の教室にするんだから、自分たちの考えていることを教室そのものも伝えるようなものにできないか、つまり教室をメディアに出来ないか、と思ったのです。教室自体が学びの材料を提供していたり、デモルームとしての機能を持つ。たとえば純和風なわけではないのに日本の持っている美を感じられるとか、それと同時に世界とのつながりもどこか感じられるとか。リラックスして楽しく学べる雰囲気というのも、もちろん重要です。受講生にしても、ゲストに呼ぶ外国人にしても、そういったものを部屋にいるだけでまず感じられるといいなあと思ったのです。

■プロジェクト・スタート

そこで、二人の受講生に声をかけ、プロジェクトをスタートしました。一人はグラフィック・デザイナー（com2にも時々登場するましゅ）。もう一人は、インテリア・コーディネイター。ましゅは建築やインテリアが専門なわけではないのですが、これまで頼んだいくつかの仕事で、僕が言葉で表現するものをデザインに落とし込むのが非常にうまいと感じていました。

たとえば名刺を作ってもらった時には「サッカーで言えば中田でも中村でもなく、小野のような。肩に力をいれず明るく楽しみながらプロの仕事をする感じ」とか「Paul Smithのオレンジとか、Roadstarのような、coolかつエネルギーを感じられるもの」と伝えると、それを僕のイメージに合ったデザインにまで落とし込んでくれます。また、デザインだけでなく実際の調達から設置までやってくれるフットワークを持っている。僕自身はディレクションをしたら、あとはクラスを考える方に早く集中したかったので、これはありがたいことでした。結局、プロジェクトの進行自体、彼に仕切ってもらい、僕は意思決定と方向も含めたアイディア出し、そして最後の引越しそのものをやるようにしました。

インテリア・コーディネイターの彼女は具体的にどこにどんなものがあるのか、本当にできるのかといったところを、専門家として出してくれました。ましゅも含めて他のメンバーはインテリアのプロではないので、やりたいことを経済的に実現するアイディアを自分の会社の商品に限らず出してくれる彼女の存在は助かりました。

そして、ましゅに最初に依頼したのは、

未来に持って行きたい日本らしさがあって、
英語のシャワー的メッセージを持った

現代の寺子屋のデザインを考えて欲しい、ということです。英語のシャワー的というのはたとえば、個人と個人がつながることで世界がつながるとか、学ぶってのは本来楽しいことだとか、ものを消費（浪費）するのではなく生かしていこうとか、いろいろあります。でも彼はここ２年以上英語のシャワーにかかわり、かなり価値観を共有できているので「....的メッセージを持った」と言ってしまえば伝わって非常に楽です。

一方、これに対してましゅから頼まれたのは、「日本らしさ」のイメージを持った写真などをカタログや雑誌から集めて欲しいということでした。というのも「日本的」とか「和」とかいっても人によってイメージしているものが違う、そこをすり合わせたいということです。

■自分の好きな「日本的」

そこで自分なりの「和」のイメージを集め始めたのですが、ここでは「和」を伝統と日常の両方で深めようとしているgirl friendに協力をしてもらいました。新教室でのスタートまで１ヶ月を切っており、調達の時間も考えるとそれほど時間はなく２日間。二人で話をしながら、うちにあったものと本屋で見かけた雑誌から「これかな」と思うものに付箋を貼って行きます。国内を旅行していて気に入った写真もねたです。

そうしていくとおもしろいことがわかってきました。日本の中にあるこういった財産はぜひ未来に持っていくべきだと思っていたものの、一方で実はこれまで、「意外と自分の好きな和風は少ないかも」と思っていました。人が「味がある」と言う古い日本家屋などを見ても、気持ちはわかるのだけど「暗い」「地味」「静か過ぎる」とか思ってしまいます。正座とかあぐらが苦手なこともあって畳とふすまや障子に囲まれた和室にいても落ち着きません。

でも、そんな中でなんとなく自分が好きだと思っていたものが何なのか、少しクリアになってきました。たとえば開放感。和的な建物は、ふすまをあけていくことで部屋がどんどんつながってしまいます。また障子の外に廊下があって外と中の中間のような空間をつくりだし、さらに縁側があることで外と内の境目がはっきりしない気がします。これらが開放感をつくっているという気がするのです。この開放感は好きで、逆に今の建物の、サッシではっきり外と中を分けてしまう感じには抵抗があります。でも、そんなことはごく最近まであまり意識したことがなくて、徐々に記憶の表層に上がってきていたものが今回、はっきり形に見えたのでした。

あるいは木（茶色）と緑と石（黒、白）の組み合わせ。欧米的な緑の中では、木と緑と花はよく見ても石はあまりいっしょにないように思います。しかし、石という無生物もいっしょにして世界ととらえる、あるいは石も命の仲間としてとらえる、そんなことがあるなあと今回感じました。これも好きなところです。かなりシンプルな直線や曲線と中間的な色で美を仕上げるところも好きなところ。たとえばインテリアとは全然関係ない和菓子の写真などもそんな様子がよく出ていると思ったので、イメージを伝えるには役に立つかもと出してみました。

季節感もぜひ取り入れたいものの一つです。（com2MLでも書きましたが）四季だけでなく、さらに細かい季節まで日本人は区別してきました。たとえば季節の花は、梅、桜、つつじ、あじさい、あさがお、ひまわり（？）というように移り変わっていきます。僕は花なんて全然知らない人間ですが、それでもこのくらい出てくるのですから、それだけ浸透していると言えるでしょう。でも、忙しい毎日と都会の生活の中では、季節などコマーシャリズムのイベント（クリスマス、バレンタインとか）以外は忘れ去れてしまいそうな気配もあります。これはもったいない。そう思うと、「そういえば、そんな季節感があるよなあ」と思い出したり、それを日本の一つの美として記憶にとどめるような空間をつくりたいと思い始めます。ちなみにそんな例として出したのは、石垣島に行った時にみかけた、かき氷の看板でした。

■具体的なデザインに落とし込む

そうして出した、やっつけの資料をもとにましゅがイメージのレビューをしてくれました。たとえば、

けっこう素材はいろいろなものが使えそう。制限は意外と少ない。たとえば紙などは日本的特徴かもしれない。でも、これに限らない。
でも、使えないものはもちろんある。たとえばメタリック、ちょっと前だとサイバー調と言われたものはそぐわない。また、木を使うと日本的だと思いがちだが、風合いによってはカントリー調であって「和」ではなくなる。
テーブルや椅子などの大きな備品もそれなりに重要だが、それより、壁や窓をどう使うかで変わりそう。照明も大きい。

そして具体的なデザインとしては、

壁一つの面に簾（すだれ）をさげる。その向こう側から照明をあてられると空間が広がって感じられる。
照明は天井に白熱灯系（実際は省電力の電球型蛍光灯）のスポット照明をつけることで間接照明と直接照明の間のような雰囲気にする。
大きなホワイトボードは「勉強」とか「会議」のイメージなので使わず、小さめのホワイトボードをイーゼル（絵を描く時の台）に立てかける。プロジェクタのスクリーンは下から立ち上がる収納式のものにして普段は後ろにある窓の向こうが見えるように（置きっぱなしのベッドに対して、上げ下ろしする布団の感覚にちょっと近いですね）。
ベランダにラティスを置く。また、窓の外と中に同じタイプのタイルを敷くことで、空間のつながりを感じさせる。やや和風のスクリーンカーテンを使う。

などが上がってきました。もちろんこれは主なところで、細かいところは本当にいろいろあります。また具体的なものにする時点でコスト的に見合わないとか、実用性に問題ありとして変えていったアイディアもあります。たとえば本棚は古家具の店で古い水屋を見つけて使うというアイディアがありました。しかし気に入ったものはけっこう高かったので、そこまでの価値はないとやめ、明るい色調だが落ち着きのある普通の本棚を買いました。また、トイレに玉砂利を敷くというアイディアもあったのですが、「掃除はどうするんだ？」という実用性から却下になりました。「でも何か考えたい」と保留になっています。

■引越しはみんなでやったら？

そうやってデザインを固め、ものの手配が進む一方で、もう一つ、考え始めていたことがありました。「引越しはみんなでやったら楽しいかも」ということです。引越しと言っても、これまではほとんど備え付けの設備を使っていたので、持ってくるものは数百冊の本が主で、ワゴン車１台に十分入ってしまうようなものです。新教室では本棚や机などの組み立てや内装の変更がありますが、それでも自分の家の引越しより楽だろうと踏んでいました。でも、「引越しの時は手伝いますよ」と何人もの受講生が声をかけてくれていたこともあり、みんなでやったら楽しそうだ、と思いはじめていました。

そこで引越しサポーターを募集したところ予想以上に集まり、結局、総勢１０名以上（正確には何人いたのか覚えていない）になりました。偶然１ブロック隣に住んでいる受講生もいたので、そこが休憩所？になりほとんどイベント状態です。girl friendも時々様子を見に来ることにしてこどもとそちらに待機、みんなにこどもをあやしてもらっていたようです。

引越しそのものは、ビールを飲みながらやっていたこともあって、勢いあまって本棚のパーツを逆に取り付けてしまい、それが抜けなくなってしまったというハプニングもありました(^_^)。でも、特に椅子２０脚を組み立てなければならないとわかった時は人数がいて助かりました。また、しばらくクラスにはごぶさたしていた人も来たり、お互いはいつも違うクラスで知らない人同士が知り合ったりしていて、そんな中で、ただの広い部屋が一つの雰囲気を持った空間に変わっていったのは興味深いものでした。

結局、予定よりも１時間ほどオーバーして引越しは完了。その後は、また別の近くに住む人が行きつけの飲み屋を臨時開店してもらい、打ち上げです。昼間は用事があって来られなかった人も参加してとてもにぎやかになりました。ただ、それだけ人が集まるとさすがに騒がしくてつらかったのかこどもが泣きやまなくなったので、僕らは早めに引き上げました。

というわけで、楽しく引っ越し作業は完了したのですが、一つだけちょっと気になったことがありました。それは、引越しサポートに参加できなかった人から「手伝えなくてすみません」というメールがいくつか来たことです「すみません」はとてもよく使われる日本語ですから、特に強い意味で言っているのではないのかもしれません。ただ「何かしなければならない」「するのが当然」と思っている人がいるとしたら、それはいやだなあと思ったのです。クラス自体はみんなで作って欲しいけれども、こういうことはやりたい＆やれる人が楽しみながらやればいい。そういう雰囲気にしていきたいなあと思います。

■まだまだ続く

こうして出来上がった教室は先週から使い始め、先週は新しい教室を初めて見る人たちが興味津々でドアから覗き込む様子が印象的でした。エアコンの効きが今ひとつだとか、教室を見に？来た人が多すぎて椅子が足りなくなった、といったハプニングはあったものの、なかなかいい感じで使えています。部屋の雰囲気もみんなの反応を見ていると、けっこう狙った線を行けているのではという感じがします。中には「隠し味」もあって、ぱっと見だけではわからないようにしてあるので、クラスで外国人ゲストを含めたディスカッションを通して明かされるとおもしろそうです。

それから「けっこうお金かかったんじゃない？」と心配する人もいるかもしれません。しかし、おそらく、ごく普通の教室を作った時と同じくらいしか、コストはかかっていないと思います。これには、デザインにはこだわっても素材はホームセンターなどで手に入れられるものを主に使ったことが大きいでしょう。また本当に必要なものに絞り込んで買っているというのもあります。たとえばホワイトボードはまともなものを買うと数万するのですが、そんなに大きいのはいらないし雰囲気に合わないということで買わず、入手したのは三千円でした。また、オフィス用品を買うと高くて無機質な感じのものが多いので、椅子や本棚などはホームユースの店で探して、安くてよさそうなものを見つけました。

そうして形の出来た教室ですが、出来てみるとまた次のイメージが出来てきます。たとえば窓の外にせっかくラティスがあるなら、その手間に何か緑が欲しい、笹やススキという声もあったのですが、僕は、それだと地味な日本的になるので、もっと若々しい感じのする緑、場合によっては洋風のものを取り込んで融合させてみたいと思っています。また、簾だけだとちょっとさびしいので、季節感を感じさせるものをまたこの上にのせたい。あるいは、みんなが旅行先で出会った人たちの写真、絵葉書、イベントの写真などをペタぺタ貼り付けるところもあるとよさそうです。でもただ貼りまくると、せっかくつくった雰囲気が崩れてしまうので、またましゅに知恵を提供して欲しいところ。日本から世界に持ち寄りたいものと、世界とつながっている人々と、その両方が融合している感じの教室をどう、つくっていくか、引き続き考えていくと楽しそうだと思っています。

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Toshi/高橋俊之（たかはしとしゆき）。知恵市場代表。株式会社グロービス執行役員、グロービス・マネジメント・スクール(GMS)統括責任者を経て、2001年7月からフリーランスとして活動。知恵市場の他、使える英語を楽しく習得する「英語のシャワー」を主宰。GMSクリティカルシンキング講師もつとめる。著書・監修書に「テクノロジー・パワード・リーダーシップ」（ダイヤモンド社）、「ビジネスリーダーへのキャリアを考える技術・つくる技術」（東洋経済新報社）。

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