170P 20代で、スケール感のあることを考える

photo by bibi.

今、20代のライフデザインについて、専用のメーリングリストで話をしたり、いろいろな人に来てもらって話を聞いたりしています。35歳以降のライフデザインについては前作で考えたのですが、やはり20代とはアプローチが違うのだろうということに気がつき、何をすればいいのか、20代の人たちと話をしながら、僕自身、あれこれ考えているところです。コミトンでもその途中経過をお話ししていくことになると思います。

■20代は選択肢が広い

20代と、35歳以降でライフデザインのアプローチが変わるとしたら、両者の間に状況の違いがあるはずです。それはなんでしょうか？

精神的にも肉体的にも社会環境的に、かなり違うと思うのですが、こういった点は個人差もあり、自分である程度変えられる部分も多くあります。普通は若い方が体力面で有利ですが、20代はアトピーやぜんそくなどいろいろな病気に悩まされ、30代になってからの方が体調が安定したという人もいます。アトピーのように外に出てしまう病気の場合、若いうちは外観を期にすることが多いので、実際の症状以上に気にしてしまい、精神状態にまで悪影響を与えてしまうということもあります。

頭脳の面でも、たとえば20代後半になると記憶力が衰えてしまった、という人も多いのですが、僕自身は30代になってからの方が記憶力は鋭くなったと感じていて、今も衰えたという印象はありません。学生のころまでは暗記の勉強も多く、そういうところでは常に誰かに負けていたし、高校に入ったときには入学式の翌日に「おまえんちの電話番号xxx-yyyyだろ」といきなり言われ、すごくびっくりしたこともありました。入学式の日にもらったクラス名簿を、一晩で覚えてきてしまったわけです。とてもかなわないやと思ったわけですが、彼は今、どんな仕事をしているのだろう？？　もともと記憶力の乏しい僕は、彼の名前も忘れてしまったので、人にきくこともできない(;_;)。

では20代に共通する、35歳以降と異なる点はというと、選択肢の広さでしょう。結婚ひとつとっても、20代の多くはまだ未定で、恋人募集中の人もいれば、「この人と結婚していいのか？」と悩んでいるかもしれません。子どものこととなると、まったく白紙で、「いずれほしいけれど、今はまったく想像つかない」という状況なのが普通です。

仕事の面でも、35歳以降になると、「このまま進むとどうなっていくか」がおおよそ（あるいはかなり明確に）見えるのに対して、20代では同じ会社にいられるのかどうかも含めて、まだほとんど見えていません。自分の能力の限界を感じることもまだなくて、もっと身につけなければならないことがたくさんある、と感じているはずです。

世の中にどんな仕事があるのか、という知識も不足していて、20代の人に「これからどんな仕事をしたいですか？　いろいろ制約を取っ払って、自由に考えてください」と聞くと、ほぼ100％、「今の仕事をもっとちゃんとできるようになりたい」と答えます。これは一見「選択肢が少ない」と感じていることのようにも見えますが、実は逆です。自分が今やっている仕事から外に視野が広げることがうまくできず、外に目を向けると選択肢が広すぎて考えようがないために、目の前の仕事の延長でしかものを考えられないのです。

視野の狭さと選択肢の広さは、実は同じ事象の異なる現れ方だったのです。

将来について考えたいのだけれど、選択肢、というよりパラメータが多すぎて、変数が100個ある3次方程式を解くようなとらえどころのない状況にあるのが20代なのではないでしょうか。

これが35歳以降になると、いろいろな変数が定数に変わっていく。結婚もしているか、当分縁が遠いと実感できるようになっていたり、結婚していれば子どもの数や家族構成も見えている状況になります。仕事もキャリアを重ねて専門分野ができているために、よほど大きな変化を求めない限り、一定の領域から出られません。その仕事をしている限り、転職するにしてもしないにしても、収入の上限もおおよそ見えます。

■変数をさらに広げる

20代の人生設計について語る人の中には、早く専門分野ややるべきことを決めなさいという人が多いのですが、僕はそうは思いません。変数が多いタイミングでやることを絞り込んでしまうと、可能性を自ら狭めてしまうことになりかねないし、それがいやだから変数が多い状況にいるのが20代だからです。

そこで、勧めたいのが、変数が多く将来が未知数であることはそのままにしておきながら、代わりに変えられる変数をできる限り大きくとってみることです。要するに、大きな夢を描こうということ。

といっても、単なる空想になってしまってはおもしろくありません。空想は空想に過ぎないことを知っているのも20代です（10代なら、空想を空想として楽しめます。恋に恋できる年代ですから）。

20代でやっておくといいと思うのは、社会全体や歴史の視点から、自分が「こうなれるといいな」ということを考えてみること。別の言い方をすると、空想を、実際の社会の中に位置づける作業ということもできます。

今メーリングリストでこの話を考えてもらっているのですが、やはりなかなかうまくできない人が多い。なぜかと考えてみると、自分が今やっていることと、社会とのつながりがうまくつくれない人が多いことが原因のようです。

たとえば、Aさんが考えた、社会とのつながり、社会に対して果たしていきたい役割はこんな感じです。

「自分は難しいことをうまくかみ砕いて説明することが得意のようです。ある分野について、世間的にはもっと詳しい人がいますが、そういう人の説明がみんなわかるわけではない。そこで自分がうまく説明し直すと、わかってくれる人が多く、そういう役割を果たしていきたい」

確かにこういう役割は重要で、求められています。実は僕もこの役割を自認していた時期があり、このミッションに基づいて、初期の本を書きました（生命保険がわかる本～IT経営あたり）。しかし自分に近いからよけいにわかるのですが、重要なことは「うまく説明してあげられる」ことより、「その力をどの分野に使っていくか」という点なのです。

「もし自分が、一番説明や解説がうまく、わかりやすい人になったとしたら、なんでもうまく説明できてしまう。いいことでも悪いことでも。でも、そうなったからと言って、どんなことでも引き受けて説明するわけではないだろう。どんなことなら、その力を役立てていきたいのだろうか？」

こう考えてみると、「説明の力をどの分野で役立てたいか」という考えが不足していることに気がつきます。僕はAさんにresを返しました。

「説明がうまいからと言って、なんでも説明したわけではないですよね。たとえば、大麻の育て方や空き巣の入り方を説明したいはずがない。だとしたら、どんな分野にその力を活かしたいか、イメージを持っているのでは？」

実はここに、変数を広げるカギがあります。「説明する力がある」という自己理解の段階では、まだ「求められるままに説明する」という、受け身の姿勢が隠れています。これに対して、

「環境問題はこれから（うちの会社にとっても）重要なイシューになる。しかもまだうまく説明できる人がいない。これは自分の力が一番役立てる領域かもしれない」

といったところに展開できれば、「この領域が自分の力を一番役立てたいところだ」という、積極的なポイントが見えてきます。この瞬間に、「頼まれたから説明する」という受け身の状況から、「これを知ってほしい、知るべきだから、説明する」という能動性に変ります。これが社会とのかかわりを深めるきっかけになるのです。実は、こう考えたのはAさんであると同時に、ほかならぬ僕自身も同じなのですが。

もちろん、こう考えたからと言って、「じゃあ、環境問題のジャーナリストに転向しよう」と結論を出すのは早すぎます。20代では、「どうやらこんな領域について、こんな役割を果たすと、自分は満足できそうだ」というレベルで発見しておけば十分です。

実は、こういう自己理解があると、自分自身の姿勢が微妙に変わり、少し「磁性を帯びる」ような状態になります。自分が「環境問題に関わりたい」と自覚的に思っただけで、それに関連する情報が耳や目に飛び込んでくるようになるのです。そして、できればこれを人に話してみると、「だったら……」というように同じ興味を持っている人や、その領域に少し関連する仕事を紹介してくれる人が現れるようになる。不思議なことですが、自分が自覚を持つだけで、状況が変わってくるのです。

■変数を社会化する

「説明・解説がうまい」から「環境問題を説明したい」に広げることで、受け身から能動になるという話をしました。このとき、社会的に、歴史的に、「これなら間違いなくよいことだ、こうなることに反対する人はいないだろう」と思えるようなところまで、なるべく深めておくことが重要です。

たとえばBさんは、「個人投資家向けに投資の基本を教えたい」という目標を持っています。「投資の能力はその人のライフデザインを実現するためにも力になるはずだから」ということでしたが、僕はちょっと意地悪にあえて質問してみました。

「個人投資家という存在は、幸せな存在なんだろうか？　もちろん、有り余る財産を投資に回すことはいいことだと思うのだけれど、僕は多少資産があれば、それは自分自身が成長したり、深まったりする方に投資したいし、それが「ライフデザイン的によい投資先」だという気がしています。別の言い方をすれば、他人に投資するということは、自分より他人の方が投資先として有望だということです。これってなんだか、いいのかな、と。自分には十分投資して回収もしているから、残りは他の人に、というのはわかるんですけどね。なので、このコンセプトが実現することが、ライフデザイン的に幸せな人が増えることになるのかなという気がします」

Bさんは個人投資家の育成がライフデザイン的に成功する人につながるという因果関係を想定しています。これがBさんの真意かどうかを僕は確かめることを勧めたわけです。知識を持った健全な投資家を育てること自体には僕は賛成なのですが、それがライフデザインに成功する人を増やすためにやるとしたら、それは順番が逆のような気がします。ライフデザインに成功した人が、金銭的にも余裕を持ち、それを投資に使うという話ならわかるのですが。投資家を育てるときに、どんな投資家になってほしいかをメッセージとして伝えることはありでしょうが、それを前面に押し出すと、おそらく投資のパフォーマンスは最大化はしないでしょう。なんのための投資か、という本質的なところを問い直す必要が出てきそうです。

投資家育成のプログラムを実際に提供してみてから、そのことに気がついてもいいのかもしれませんが、やって気がつき、修正することを繰り返すよりは、考えられる点は考え尽くした方が、結果的にスピードも速くなります。そのために有効なのが、因果関係をしっかりつけるという論理思考と、「そのプログラムは本当に自分がめざすような社会に役に立つのか？」という＜社会性を重視する＞考え方です。

■歴史の中で考える

どんな世の中になってほしいかの一部を、自分の仕事を通じて実現するという感覚を持つことが、社会性を持つということの意味です。

Aさんの例の場合、「環境問題をわかりやすく伝える」ことで環境面でよくなる社会をつくりたいという結果をめざしているし、Bさんのコンセプトは、一歩間違えると「富と持った人がどんどん豊かになり、富を持たない人間は貧しいまま、ライフデザインにも希望を持てない」という現実を加速してしまう可能性があります。もちろん「富めるものがもっと富む」ことがBさんが実現したい社会ならそれでもいいのですが、僕はそういう社会を、これからも多くの人が支持するとは思えない。つまり、あまり社会性が高くないように思えます（もちろん、投資そのものが悪いというわけではなく、それを通じてどんな社会を実現するのかについて、もう少し納得感のある説明を持つべきだと言っているわけです）。

このような考え方は、実は社会性だけではなく、歴史にも関係があります。環境問題は、もし50年前なら、まったく顧みられなかったし、社会性の面でもずっと理解されにくかったでしょう。これまでの歴史の中で、今環境が重視される時代にあり、だからこそ、「説明する力」をそこに使っていこうという必然性が生まれます。

投資の知識にしても、日本人の時代的な状況から考えていくことが可能です。低金利時代が続き、年金制度も疑わしい。そのわりに個人資産は多い。だったらちゃんとした資産運用をすべきなのに、相変わらず郵便貯金に預けている人が多いようでは、社会にとってはマイナスだ、という時代環境です。こういう歴史的な位置づけの中で、個人投資家を育てることが重要だとしたら、それはこの時代ならではの特徴を持つ必要があるでしょう。たとえば、郵便貯金に近い安全性の確保や、停滞感のある社会を資金的に活性化するという目的かもしれません。こう考えると単なる個人投資家の育成ではなく、歴史の中で今求められているものにコンセプトをリファインしていくことができると同時に、個人にも社会にも価値のある世の中が実現できることがイメージできそうです。さらに、金融についてもっと知識があれば、銀行業や保険業の始まりのころからの流れを描くことも可能でしょう。

どうでしょう、このように読み替えてみると、「それって実現できたらすごい」に近づいた感じがしませんか？　「できたらすごい」を考えてみることについては、Toshiさんも英語のシャワープロジェクトなどを通じて、これまでもいろいろ発言しているので、是非参考してください。

社会性と歴史（時代性）を、自分のやりたいことに組み込むことは、自分が実現できそうなことをスケール感のある、「すごそうなこと」に拡張する機能があります。しかしそれと同時に、夢を空想で終わらせずに、社会の中に位置づける機能を果たし、結果的に「すごいことが、本当に実現できるかも」という思いに変えることができるのです。

夢を広げるために社会や歴史を考えてきたのに、結果としてその方が夢の実現性が高まるというメカニズム。それを実践していける若い世代が増えてほしいと思っています。

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渡辺パコ。ライター、デザイナー、コンサルタント、グロービス・マネジメント・スクール講師。
1960年東京生まれ。学習院大学文学部哲学科卒。85年採用広告プロダクションでコピーライター、クリエイティブディレクターとして広告、会社案内の制作、PR戦略の企画立案などを担当。その後、独立して90年に有限会社水族館文庫を設立。94年から著作活動を開始する一方、Webサイトの設立・運営にアドバイザーとして積極的に参画、ビジネスインキュベーションを担当。雑誌などへの執筆活動も行う。著書に「渡辺パコの35歳からは好きなことでお金を稼ぐ」「環境経営の教科書」「人生に役立つ論理力トレーニング」（幻冬舎）「＜意思伝達編＞論理力を鍛えるトレーニングブック」「論理力を鍛えるトレーニングブック」「手にとるようにIT経営がわかる本」「図解＆キーワードで読み解く通信業界」（かんき出版）、「LANの本質」、「生命保険がわかる本」など。

☆ポートレイト撮影：川口愛

mail:paco@suizockanbunko.com