180P イラクの自衛隊はいつ帰れるのか？前編

イラクでは戦争が続いています。イラクでやっていることは戦争なのか？　というイシューもあるわけですが、武装闘争が続き、今も多くの人が死んでいるので、やはり戦争です。その戦場で、日本の民間人、香田証生さんが殺害されました。24歳の若者でした。今週は、この事件を軸に、イラクと自衛隊について、再度考えてみたいと思います。

■香田さんの「自己責任」をめぐる戸惑い

今回は、テロリストグループのメッセージが出た時点で、香田さんに対する自己責任についての議論は、表だっては出ていませんでした。香田さんの自宅には悪質な電話がかかっていたということですが、マスコミでの自己責任論とバッシングはほとんど見られなかったようです。

その理由として考えられるのは、3つあります。

ひとつ目は、自己責任だという人、いや自己責任では語れない、というどちらの考え方をする人も、前回の事件で「熱ものに懲りた」状態になっていた、ということです。高遠さんらの人質事件のときには、日本人が同様の事件に巻き込まれたことがほとんどなかったために、どちらの立場をとる人も一気に過熱してしまい、知恵市場でも激論になりました。その経過の中で、「自分の考えが正しいに決まっている、反対の立場の人がいるわけはない」と考えていたのに対して、「え？まさか？」という反論が返ってきて、うろたえ、驚き、議論の中で傷ついてしまった人が多かったと言うことだと思います。今回は同じことで議論し、傷つきたくないと考えているのではないかと感じられました。つまり、感情面からの沈黙です。

ふたつ目は、この議論を通じて、肯定派も否定派も、「自己責任とは何か？」について、理解が揺らいでしまったという点があります。高遠さんらの事件の時に、「危険だと知っていて行ったのだから、自衛隊を撤退させる必要もないし、彼らを助けるための活動も、必要ないか、もしくは最小限でいい」という議論をしていた自己責任派の人も、高遠さんの活動について情報が出てくるにつれて、「もしかしたらこういう行動をとる人も必要かもしれない」ということに、少しずつ気がついてきました。極論すれば「自分で勝手に行って、勝手に死ね」と思っていた人も、「人を助けようとする思いは誰にでもあり、危険を承知で助けたいと思う人もいるし、そういう人を見捨てる自分がなんだか情けない」という感覚を感じた。でもその一方で、「だからといってそういう人の救出を政府が税金を使って行うことはおかしい(ような気がする)」という考えも一方であり、どう調和をとったらいいのかわからなくなった。また、人質を救う努力をもっとするべきだと考える人も、「ではテロリストに言われたから自衛隊を引くことはいいことなのか？」「そんなことをしたらもっと調子に乗せることになる」という意見を否定できませんでした。自己責任という考えでは、この問題を語ることができないのではないかという考えが、漠然としているにせよ、広まっていたことが、今回の「静かさ」につながったのです。

三つ目は、今回は犯人の「タチが悪い」ということが当初からわかっていたことです。前回の高遠さんらを人質にとった犯人グループは、長らく得体が知れなかったのですが、今回はすぐに犯行のVTRが流れ、アルカイダを名乗ったため、「これは助からない」という雰囲気が漂いました。実際、ここ数か月、アルカイダ系のグループが行った拉致事件では、民間人のほとんどが殺されていて、殺害のシーンがそのままインターネットで公開されるなどしているために、「人質が助かる可能性は小さい、だったら<死人>をむちうつようなことをはやめよう」という自制が働いたと考えられます。

こう考えてみると、香田拉致殺害さん事件は、イラク戦争後にあったいくつかの議論を経て、日本人を新しい段階に連れて行っているように思います。

■ブッシュ政権の対テロ戦略は失敗している

そもそも、なぜイラクでこんなことが起きているのか、改めてざっと振り返っておきます。

発端は、2001年9月11日の同時多発テロ。ブッシュ政権は、この「テロ事件」を「戦争」と位置づけ、「テロとの長く厳しい戦争」を始めます。

アフガニスタンに侵攻してタリバン政権を崩壊させ（2001年12月）、「犯人だ」と名指ししたウサマ・ビンラディンを追いつめたものの、結局取り逃がし、アフガニスタンに傀儡政権を樹立したものの、未だに新政権は自律の道を歩んでいるとはいえません。ちなみにアフガニスタンではこの秋、正式な大統領を選ぶ選挙が行われ、「暫定大統領」だったカルザイが圧倒的多数で当選したものの、実質的な国の支配権は握れていません。カルザイ政権が押さえているのは首都カブール周辺だけで、それ以外はいわゆる軍閥が支配している状況で、つい先日も首都でテロ事件が起きています。カルザイは暗殺が怖くて選挙演説にも出られない状態で選挙戦を戦い、にもかかわらず、十分な得票があり、でも新政権は軍閥を押さえ込めるような国軍さえ持てていない、という奇妙な状態です。端的に言って、アフガニスタンはニュースにはならないものの、米国が侵攻して「政治的に安定した」とはとても言えない状態が続いています。

アフガン戦争が一段落すると、ブッシュ政権はイラクに新たな矛先を向け、「大量破壊兵器を隠し持っている」「アルカイダとつながっている」と主張して、国際社会の反対を押し切ってイラクに侵攻したのですが、戦争の理由になった「大量破壊兵器」はなかったことが明らかになり、アルカイダとのつながりも否定されました。「フセイン政権は国民に恐怖政治を敷く独裁者だから、妥当するべきだ」という大義名分も出ていましたが、フセイン政権が倒れて以降、イラクの治安と生活の劣化は、悪くなる一方です。

9.11以降、ブッシュ政権の対テロ戦略で成功していることはほとんどありません。

唯一、成功のようにいわれたのが、リビアのカダフィ大佐が米国と敵対する戦略を放棄したことでしょうが、もともと経済的にも政治的にも包囲された状態で、旧フセイン政権や北朝鮮と同様に、「声はでかいが、実際には差し迫った大きな脅威ではない」というレベルであり、成功の演出に使われたに過ぎないと見るべきです。パキスタンと北朝鮮が核兵器の技術を交換していたことが明るみに出て、それ以上の開発が止まったようにいわれていますが、両者の関係はかなり以前から「ウワサ」に上っており、実態のほどは米国も中国も全部お見通しだったはずで、これも成功の演出に使われただけです。

ではブッシュ政権の対テロ戦略の失敗をみると、これはいくらでも挙げられます。最大の汚点は、ビンラディンはおろか、タリバンのオマルも捕らえることも殺害することもできず、アルカイダの活動はかえって息を吹き返していることです。特に最悪なのが、イラク戦争以前には関係がなかったというイラクに、アルカイダが完全に入り込んだことで、対テロ戦争によって、テロリストをかえって広げてしまっている。

ガン細胞は、手術や放射線療法など、過激な「治療」で抹殺しようとすると、かえってから中に広がってしまうことがありますが、まさにそれです。ちなみに、ガンという病気には新説があり、ガンは血液の病気で、その汚れた成分を人体が1か所に集めて、他の身体の部分を守ろうとする状態だ、という説です。この説が本当なら、せっかく身体の防御反応が「毒」を1か所に集めたのに、ガンを外科的に取り除くことで毒を体中にまき散らしてしまい、しかも手術によって体力が落ちて、ガンを集めることで全体を守る機能も落ち、病気を悪化させてしまうという説明になります。この説は学会ではまったく注目されていないようですが、漢方の考え方などと総合して考えると、かなり真実を捕らえているのではないかと思います。

ブッシュ政権は、血液の浄化を考えずに、ガン細胞だけをたたこうとして、結局ガンを広げてしまっているという愚を犯していると僕は考えています。

日本政府はといえば、太平洋戦争の敗戦（1945年）以後、60年に渡って、ずっと米国に外交戦略を「アウトソーシング」してきたので、このテロ戦争という米国の世界戦略にも乗らざるを得ません。もし米国にNOというなら、「米国に外交をアウトソーシング」ではない、別の外交戦略を持つ必要があるのですが、そのための準備がまったくできていないし、まして、意思も持てずにいる状態です。

日本政府の行動を、米国政府の追従ではない、新しいパラダイムに持って行くには、戦後の外交パラダイムそのものを見直し、米国以外のカウンターパート（たとえば中国？）をもち、きわどい舵取りをするという選択をしなければなりません。その覚悟と準備ができるまでは、政府、小泉首相の行動としては、非常にわかりやすい行動で、その意味で「信頼を置いていい」ということになります。信頼感を疑うべきは、小泉首相に対してではなく、「米国に世界戦略をアウトソーシングしている」という、ここ60年間続いたコンセプトそのものです。

■それでも、日本人は世界戦略を持つ必要がある

では、日本は、そもそも世界戦略というような大げさなものを持つ必要があるのでしょうか。個々の国と仲良く戦争をしないようにしていればいいのではないかという意見もあると思います。

この点については、[知恵市場 Commiton]178 政治と陰謀に書いたとおり、日本人の生活の実態を考えると、世界戦略を持たざるを得ないと言えます。

日本人の生活は、多くの部分を海外に依存しています。食卓に並ぶものの半分以上は海外からやってきたもので、自分の仕事の半分以上は海外に向けたものです。「私は日本国内の事業所で日本語で日本向けの仕事をしている」としても、そこで扱っている商品の多くは海外からやってきたものです。着ている服のほとんどが海外でつくられたもので、アウトプットした仕事が活かされる場所も、何割かは海外でしょう。

海外との関係で生活が成り立っているとすれば、海外との「仲良く」つきあっていく必要があるのですが、海外にいる相手は少しでも有利な立場で「つきあいたい」と考えています。つまり相手が「もっと有利な立場になる」ように仕掛けているので、こちらもまた「もっと有利な立場に」なるように、考えなければ、弱い立場になり、搾取されかねません。搾取されるのがいやなら、ある程度競争的につきあう必要があるのは事実です。そのつきあい方の方針を、これまでは米国が決めてくれていました。それで、ある程度うまくいっていたし、これからも「つきあい」という点では、うまくいくのかもしれません。しかし、以前と比べると、「うまくいく」という確信が揺らぎだしている。それが、今回のイラクで起きている「日本人に対する事件」だと言えます。

もし、日本が、江戸時代～明治中期ぐらいまでの国なら、世界とのつきあいが限られていて、戦略を持つ必要もなかったでしょう。しかし、明治末期から大正期になると、日本は世界戦略を持たざるを得ないぐらい、世界と関わって生きる国になっていた。それで、中国に対しては、「より強く出て有利な立場になる」、米国には「石油をはじめ資源を売ってもらう立場で、ペリー以来、頭が上がらないが仲良くしていく」方針というように、日本の立場を政治的に決めて、世界とのかかわりを進めてきたのです。しかし、そのかかわり方の目算で判断ミスを犯し、そのミスを認めて修正することができずに、米国の戦略に引っかかってまんまと戦争を起こしてしまったのが、太平洋戦争なのですが、この話はまた別の機会にします。少なくとも敗戦までは、日本はまがりなりにも、外交戦略を持とうとしていた。でもそれに失敗し、敗戦を経験して、米国にアウトソーシングしてきた結果、対米従属以外の外交戦略を立てられなくなってしまったわけですが、重要なことは、いずれにせよ、日本は何らかの外交戦略を持たざるを得ないほど、世界と関わってしまっているという理解です。

その外交戦略に、本当なら、日本人の一人一人が関心を持ち、自分の考えを持ち、その考えの総意が政府の外交戦略になるというのが理想的な姿なのですが、実際は、日本政府でさえ、60年にもわたる「外交戦略のアウトソーシング」によって、戦略を考える人材も方法論も失っている状況です。まして日本人一人一人がそれを考え、意見を持ち、さらにその意見をもとに政府を動かすというのは、非常にハードルが高い。でも、それができるかどうかが、今回の香田さん拉致殺害事件や、自衛隊派遣にどう対応するかという部分に集約されていると考えられます。

■香田さんの責められる点、責められない点

今回の香田さん事件について再び考えてみます。

香田さんはニュージーランドの留学中で、旅行としてイラクに入国したようです。イスラエルからヨルダンに入り、そこから陸路でバグダッドに入った。軽装で、イスラム教徒流行らない短パン姿ということで、現地では明らかに目立ちすぎた。無防備な外国人はねらわれやすい、という情報を誰もが知っているぐらい治安が悪化しているバグダッドでは、ホテルへの宿泊も断られ、手持ちの資金も乏しくなり、再びヨルダンに戻ろうと決めたものの、交通機関もない状態の中で、テロリストの拉致にあったという情報が公表されています。あまりに無防備な状態で、身を守る知識もなく、テロリストの被害にあったという点では、たしかに彼の責任は大きい。でも、考えられるだけの十分な防備をしても、同じような被害に遭うリスクはあることを、高遠さんら3人の人質事件、日本人大使館員の殺害事件、ジャーナリストの橋田さんらの殺害事件をみても、わかる。これらの事件でも、「もっとうまくやる方法」を探すことはできただろうけれど、それでも「そうすれば事件に遭わなかった」とはいえないのが今のイラクの状況です。

では、日本政府がいうように、危険なイラクには入国すること自体が間違っているという議論が成り立つかというと、これはどうしても成り立たない。実際、今も、少なくなったとはいえ、NGO関係者など、かなりの数の人がイラクで活動をしているし、ジャーナリストも多数いて、僕たちも毎日のように彼らが送ってくる映像や情報をニュースとしてみているわけで、もし「イラクに入国すること自体いけない」という人がいれば、彼はイラクからのニュース自体も見ないようにして（メディアが流すイラク情報の商品価値をなくすようにして）、危険地帯からニュースを送ること全般を逐一批判しなければならないことになります。また、地震でがれきの下に埋まり、うめき声を上げる人を助けることも、「自分は専門技術を学んでいないから」と、断って、危険なその場を立ち去らなければならないことになります。

そんな話は極論だという意見もありそうですが、極論ではありません。中越地震で倒壊した家の中には、生きたまま閉じこめられた人がたくさんいました。比較的安全な避難場所にいるあなたのもとに「助けてほしい」という人が来たら、「いや、あのがれきでは、自分が二次災害に遭うかもしれないし、それでは消防隊員が二重の苦労を背負うことになる」といって断れるのか？　もちろん現地に行って、「これは手に負えない」と思うこともあるでしょうが、でもがれきの下にいる人の声を聞けば、いてもたってもいられなくなる人がいたら、あなたは「余計なことをして、消防隊員に苦労をかける人だ」と非難できるでしょうか？　高遠さんのような人は、イラクにいる人たちの声が、目の前のがれきの下にいる人と同じように聞こえる人なのだと思います。その声を聞き、自分が十分に訓練を受けていないとわかっても、思わずがれきの下に入ってしまう。そういう人を、非難できるのか、できないのか、という考え方の違いなのです。もちろん、その行為を非難する人がいることは知っていますが、僕は非難しないし、また助けようとする行為を非難するような人を、尊敬もしない。

香田さんの事件でいえば、力も経験もないのに、通りすがりでがれきに飛び込んでしまい、閉じこめられたあげく余震でがれきが崩れ、死んでしまった若者。救出のためによけいな手間がかかったあげく、助けられなかった消防隊員が日本政府ということになります。消防隊員は、たしかに彼によってよけいな手間がかかったかもしれないけれど、彼が（消防隊員を困らせてやれ、というような～）悪意をもってがれきに飛び込んだのではないなら、もともとがれきにいた被害者に対するのと同じように、最大限の努力をして、彼を助けるべきだし、二倍の手間になったことを非難するべきではありません。そんな非難をする消防隊員は、いくらなんでも尊敬されない。消防隊員がするべきことは、精一杯助ける努力をすること、助けられずに残念だと発言すること、無防備に飛び込むとかえって危険だと、警鐘を鳴らすところまでです。

香田さんは、たしかに無防備に、そしてあまり目的も明確にいわずに、イラクに入国しました。不備について非難することはできる。でも、入国そのものを非難することは、僕はしないし、非難する人を尊敬もできない。がれきの下に、十分準備もせずに助けに入る人と、香田さんとは、目的（意図）が違うというかもしれませんが、香田さんが何をしたかったのかを誰もわからない状況であり（目的ははっきりしていたかもしれない）、サマワに行きたいという報道をみると、イラクと自衛隊をちゃんと見たいという意図は感じられる。どんな目的ならよくて、何ならダメという境界線を引くことは現実的にはできないし、無意味です。

香田さんが入国したこと自体を非難しないとして、では、拉致以後、彼のために何をするべきだったのでしょうか。

その焦点の一つが、自衛隊の撤退ということになるのですが、今回は長くなってきたので、いったんここでおしまいにして、続きは次回（再来週）に考えたいと思います。

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渡辺パコ。ライター、デザイナー、コンサルタント、グロービス・マネジメント・スクール講師。
1960年東京生まれ。学習院大学文学部哲学科卒。85年採用広告プロダクションでコピーライター、クリエイティブディレクターとして広告、会社案内の制作、PR戦略の企画立案などを担当。その後、独立して90年に有限会社水族館文庫を設立。94年から著作活動を開始する一方、Webサイトの設立・運営にアドバイザーとして積極的に参画、ビジネスインキュベーションを担当。雑誌などへの執筆活動も行う。著書に「渡辺パコの35歳からは好きなことでお金を稼ぐ」「環境経営の教科書」「人生に役立つ論理力トレーニング」（幻冬舎）「＜意思伝達編＞論理力を鍛えるトレーニングブック」「論理力を鍛えるトレーニングブック」「手にとるようにIT経営がわかる本」「図解＆キーワードで読み解く通信業界」（かんき出版）、「LANの本質」、「生命保険がわかる本」など。

☆ポートレイト撮影：川口愛

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