184P イラクの自衛隊はいつ帰れるのか？ (3)

photo by paco.

イラクの自衛隊についての記事も、今回で3回目になります。これでいったん完結の予定で、書いています。

これまでの2回は、香田証生さんの拉致と殺害をきっかけに、日本政府、日本人はなにができたのか、そして自衛隊はどう関係していると見るべきなのかを考えてきました。

これまでの2回では、香田さんの行動は、軽率な面はあるものの、イラクへの入国そのものを禁止したり、また政府がイラクへの入国を非難することは、合理性がないことを書いてきました。

その一方で、香田さんの拉致と死は、日本政府が自衛隊をイラクに送っていることと深く関係していることはわかっていて、イラクに自衛隊を派遣していることが、イラクをはじめ、海外の日本人の安全をかえって脅かすことになっていないのか、という点について、このあと考えてみようと思います。

■自衛隊を撤退させると、テロリストに利することになる？

香田さん拉致事件では、犯人グループから自衛隊の撤退要求がだされていました。もしこの要求に応えて、自衛隊を撤退させたら、何が変わるのでしょうか。

改めて考えておくと、日本政府が自衛隊を派遣しているのは、もっぱらアメリカとの外交同盟関係のためで、日本独自の外交戦略に基づいているわけではありません。ですから、日本が独自の判断で自衛隊を撤退させることはできません。実際、12月14日の派遣期限が迫っている今、政府はたいした説明もしないで（できないままに）、派遣継続を決めています。派遣延長は、理由の提示のしようがないのです。ですから、このあとは「もし日本政府が独自の外交戦略を持っていたら、という仮定の話です。

犯人グループの要求通り、自衛隊を撤退させたら、テロリストに利することになるという意見がありますが、本当でしょうか。「利する」という意味が、実は二つあるのではないかと思います。ひとつは、「日本はねらいやすい」と考えて集中的に日本人を集中的にねらうようになるという意味。もうひとつはテロリストが「自分たちの主張が通る」と考えて、イラクにいる他の国の国民に対し犯罪行為に走るという意味。

前者の、日本人の安全という意味で言えば、これまで撤退を決めた国の例を見ればわかるとおり、軍を派遣している国の方がねらわれやすく、派遣していない国はねらわれにくいことがわかっています。テロリストはテロ行為を正当化するためにわかりやすい大儀を示すことが普通で、軍を撤退させろというメッセージは、発しやすい大儀です。軍を派遣しているということは、撤退するよりも、むしろテロリストにつけ込まれやすい状況をつくっていると考えられ、自衛官も民間の日本人も、ねらわれやすい状況を進んでつくっていると言えます。もし日本政府が、日本人の安全を守りたいなら、自衛隊はむしろ撤退させた方がよいという結論になります。

では、日本人だけでなく、国際社会にとってテロリストが助長するような行為は、不正義だという見方はどうでしょうか。これは911以後、繰り返し論じられてきた点で、なかなか結論が出てこなかったのですが、今回の香田さん事件の前後を見ると、イラクへの派兵と干渉そのものが、テロリストを助長させていることはむしろ明かです。日本が自衛隊を撤退させた結果、テロリストが他の派遣国の民間人もねらうとしたら、その派遣国の政府も「自国民の安全を守るために」軍を撤退させる方が合理的ということになります。こうして順次イラクからの軍の撤退が続けば、テロリストは次第にターゲットを失うことになりますが、もちろん、それで満足するわけではないでしょう。

彼らの目的は、米国に協力する国を米国から切り離し、米軍をイラク国内に孤立させることにあると考えられます。米軍は立場上、容易に撤退できませんから、イラク国内で孤立し、イラクで行う軍事活動による民間人への被害などがすべて米軍の悪事ということになります。米国内で厭戦気分が高まり、米軍も撤退ということになれば、結果的にはテロリストは米軍との戦いに勝利し、まさにテロリストに「利する」という結果になる可能性もあります。

つまり、犯人グループの要求に従って自衛隊を撤退させることは、当面、日本人の安全確保にはメリットこそあれ、デメリットはない、しかし、結果的に米軍が撤退を余儀なくされるようなことになれば、テロを辞さない人々にイラクが支配されてしまう結果を招く可能性があります。

とはいえ、その点についての責任は本来米国にあり、日本にも、米国に協力している国々にもありません。イラクに対する戦争は、間違った認識のもとに、米国が一方的に、国際社会との協調を捨てて始めたものであり、その結果、米国が敗北したとしても、国際社会には責任がないと考えられます。

日本政府は、イラク戦争開戦時に、米国政府に100％同調して（米国政府のいう大量破壊兵器の存在を、検証することなく鵜呑みにして）、米国のイラク開戦を支持していますから、日本政府は、米国が敗北し、テロリストグループが増長することになれば、その責任を取る必要が出てくるでしょう。その責任を取る力がないないので、米国を支持し続けるしかないという見方ができるのです。

本来、日本に自主的な外交戦略があれば、自衛隊は撤退させ、各協力国の撤退も容認した上で、米軍が敗北する前に、本当の意味での国際協力体制をつくる提案を行って、大陸欧州各国も含めたかたちで、イラクの戦後復興の枠組みをつくる必要があるでしょう。米国主導のイラク復興の枠組みがそのままである限り、テロリストを封じ込める枠組みも、貧弱なものになってしまいます。米国への半端な協力が、かえって本格的なイラク復興に向けた体制をつくりにくくする結果を招いているわけです。

■自衛隊が撤退したら、日本は恥をかく？

自衛隊撤退と、国民、世界の安全についての話はひとまずおいて、イラクへの復興支援はどうなるのか、というイシューについて考えてみます。

もともと自衛隊は、戦いに行っているのではなく、復興支援に行っているのでした。ではその復興支援は、本当に役割を果たしているのでしょうか。

残念ながら現地の治安状況が悪化しているために、サマーワ周辺での取材活動がほとんどされておらず、実際のところ自衛隊が何をしているのか、正しい情報がとりにくくなっています。自衛隊のウェブサイトでは、たしかに「○○学校修復」「道路工事」などと出ていますが、どこの何を、自衛隊がどのように修復したのかという具体的なことはまったく書かれていません。掲載されている写真も、工事後の引き渡しをしているような写真ばかりで、自衛官が実際に活動している場面の写真はほとんどなく、また何をしているかの説明もわずかです。

その一方で、イラクにいる日本人ジャーナリストやNGOスタッフが書き込んでいるウェブサイトでは、自衛隊は宿営地から出る活動はほとんどできていないし、やっていることは民間でもできることばかりと記されています。実際、自衛隊は、イラクで戦闘を行うことはできませんから、活動できているとしたら、そこは安全が確保できている場所です。小銃程度は持っているとしても、交戦できないことはテロリストにはわかっていますから、ねらおうと思えば難しくない相手で、NGOなどと基本的に同じ立場です。自衛隊の人道復興支援は、もし機能しているとしたら、NGOでもできる仕事で、機能していないなら、いても支援の意味がないということになります。

その一方で、イラク国民からは、自衛隊の活動に対して支持が集まっているのかどうかについて、賛否両面の意見があります。サマーワ周辺では自衛隊がいてくれてありがたいというレポートもありますが、その意見は実際に自衛隊から仕事をもらい、潤っているから出てくる言葉だというレポートもあります。ある種のイラク人からは、日本政府が自衛隊という「軍隊」をイラクに送り込んでいるのは、米軍と同じく、イラクを支配するためだと考えざるを得ないという意見もあります。

民間で復興支援を行っているNGOスタッフから見ると、軍服と武器を携行した復興支援はナンセンスということになります。復興支援は、「戦いに来たのではなく、援助に来た」ということをはっきり示すために、丸腰の平服で行くのがあたりまえで、銃を持ち、迷彩服を着ている時点で、人道支援とは見なされないのが常識、というわけです。

このようなレポートを総合すると、自衛隊はイラクで本来の役割を果たしているというものは、日本政府の至って不明瞭な情報と、サマーワ周辺の直接利益を受けている人以外にはなく、一方、役割を果たせないばかりか、NGOやジャーナリスト、民間人の邪魔になっているという意見は多数存在します。

そのような存在である自衛隊が、一定の期間米国への「義理を果たした」あとに撤退したからと行って、それが世界の「笑いもの」になるのかどうか。これまで撤退したスペイン、フィリピンなどの国が、世界の笑いものになったのかと考えると、香田さん拉致事件のタイミングや、派遣期間が切れるこの12月というタイミングで、「撤退」を決めることは、恥にはならない上に、現地の民間日本人の身を守り、自衛官自身の身を守るという点でも、むしろ合理性のある決断ということができます。

世界の中には、「日本はテロリストに屈して自衛隊を撤退させた」と考える人も出てくるでしょうが、「自国民を守る当然のことをした」と考える人々もいることは間違いありません。

■米国に正義はあるか？

では、ここで改めて、日本が追従している米国政府の行動に、正義があるのかという点について考えます。つぎつぎといろいろなことが起こるので、現象に振り回されがちですが、忘れてはならない基本的な事実を確認しておくことは、常に必要です。

まず、今の状況がはじまった出発点は、2001年の9.11同時テロにあります。その犯人として米国政府はオサマ・ビンラディンを名指しし、報復を宣言しました。

ビンラディンを保護していたアフガニスタンのタリバン政権は、ビンラディンが犯人であるという証拠を示せば引き渡すと米国と交渉しましたが、米国は証拠を示さず、問答無用でアフガニスタンに侵攻し、タリバン政権を崩壊させました。しかし、ビンラディンもタリバン政権のリーダー・オマル師も、結局「取り逃がし」、ビンラディンは今も健在で声明を発しています。

しかもビンラディンは、9.11テロの犯行声明を出したにもかかわらず、米国政府はビンラディンを9.11事件の犯人として訴追することさえできていないし、米国政府が9.11の直接の犯人とした人物は、一部が身元さえ不明のまま。犯人を幇助したとされる人物が起訴されていますが、いずれも有罪にできず、証拠不十分のまま、無罪判決が出るのではないかという状況になっていることも、世界の人々は知りません。

ビンラディンを取り逃がしたままの状態で、米国は今度は矛先をイラクに向け、フセイン政権が大量破壊兵器を隠し持っていると主張して、国際社会の反対を押し切ってイラクに侵攻しました。フセイン政権は崩壊し、イラクは無政府状態になりましたが、結局大量破壊兵器は見つからず、開戦前の予想通り、米国政府は誤った判断をしてイラクに侵攻したことが改めて明らかになりました。イラクの軍備についてもっとも具体的に知る人物であるスコット・リッターの証言では、開戦前からイラクには大量破壊兵器はないといっていたにもかかわらず、開戦し、実際に見つからないとなると、米国政府の責任は重大なのに、それを問う意見は表には出てこない。これが米国の「民主主義」の実態です。

イラクでの戦争は、その後、泥沼化し、開戦前はイラクにはいないといわれていたアルカイダ系のテロリストグループが入り込み、破壊活動を行っています。ファルージャの攻勢で、今この時期はテロリストの動きは勢いを失っているようにも見えますが、詳しく報道されていないだけで、実際のところはわかりません。

現在までのところ、米国政府がやっていることを見ると、9.11の犯人の証拠も示せず、大群を派遣しても犯人と名指ししたビンラディンを捕らえることもできず、ビンラディンと対立していたフセインを倒した結果、アルカイダ系のグループをイラクにまで拡大してしまったということがわかります。イスラム原理主義は、9.11以後の米国の行動で、明らかに勢いを増していて、この点に注目すると、実はアルカイダとは、米国政府が影で操っている「手強い仮想敵なのではないか？」という疑念が出てくるのも不思議ではありません。もうちょっと手の込んだことを考える人は、「ある種のグループ」が、米国政府と、アルカイダの、両方を操っていて、お互いに戦争をさせつつ、致命傷を与えないようにして、世界を混乱させ、自分たちの支配勢力を拡大しようとしていると指摘しています。

このような「陰謀説」の、どこまでが本当なのか、僕にはわからないものの、民主主義的な正義と、合理的な精神に基づいて、世界が運営されているとは、とても言えない状況であることは間違いないと断言できます。不正義と不合理、民主主義の崩壊が進んでいるとしたら、その影に何かの陰謀が働いていると考える人がいても、否定はできないでしょう。

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今後のイラク情勢と、世界の動きは、まったく予想がつきません。特に今現在は、ファルージャ戦後の小康状態になっているようだし、年明け2005年1月の議会選挙がどのようなかたちになるのかによっても、方向が大きく変わります。しかし、この小康状態が、安定に向かう最初の踊り場になっているとはとうてい言えない状況で、いつ抵抗が再開されるかわかりません。これまではいくつかのグループに分かれていた反米闘争が、次第に「反米レジスタンス」として、全イラクをひとつのにまとめていく可能性もあります。

テロリストだとか、武装勢力の攻撃だと、日本では報道されるけれど、支配されつつある民族のレジスタンスの始まりだと考えれば、後にレジスタンスが正義になったことが、歴史にはいくらでもあります（ナチス支配下のフランスレジスタンス、ベトナム戦争時のベトコンなど）。

僕個人としては、今後、激突が再開され、サマーワでの武装勢力が自衛隊を攻撃して、自衛官が志望といったことが起こることをもっとも恐れています。自らは「人道復興支援にいった」と信じて出かけていった、ごく普通の日本人である自衛官が、イラクで誤解を受けて死亡といったことが起こらなければいいがと、恐れています。

ということで、このシリーズはいったん終わりますが、状況の変化に合わせて、また改めて書く機会を持つことになると思います。

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渡辺パコ。ライター、デザイナー、コンサルタント、グロービス・マネジメント・スクール講師。
1960年東京生まれ。学習院大学文学部哲学科卒。85年採用広告プロダクションでコピーライター、クリエイティブディレクターとして広告、会社案内の制作、PR戦略の企画立案などを担当。その後、独立して90年に有限会社水族館文庫を設立。94年から著作活動を開始する一方、Webサイトの設立・運営にアドバイザーとして積極的に参画、ビジネスインキュベーションを担当。雑誌などへの執筆活動も行う。著書に「渡辺パコの35歳からは好きなことでお金を稼ぐ」「環境経営の教科書」「人生に役立つ論理力トレーニング」（幻冬舎）「＜意思伝達編＞論理力を鍛えるトレーニングブック」「論理力を鍛えるトレーニングブック」「手にとるようにIT経営がわかる本」「図解＆キーワードで読み解く通信業界」（かんき出版）、「LANの本質」、「生命保険がわかる本」など。

☆ポートレイト撮影：川口愛

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