186P MBA化する政治

photo by paco.

2004年も年末になってきました。21世紀になってすぐに誕生したブッシュJr.が再選し、21世紀最初の4年間が「信任」されたという年の瀬でもあるので、ここ4年間で、僕が国際政治について何を発見してきたかを、まとめてみたいと思います。

■ブッシュJr.政権の京都議定書離脱

僕が国際問題に強い関心を持ったきっかけはふたつあって、ひとつは、環境問題、もうひとつは平和の問題です。

環境問題は高校生ぐらいから断続的に注目してきたのですが、環境問題と国際政治が不可分だとはっきり気づいたのは、ブッシュJr.政権の京都議定書からの離脱がきっかけでした。民主国家では合法的に、まったく異なるコンセプトを持つ政権と交代することが可能ですが、国際的な約束事は、引き継がれるのが普通です。国としての信用の維持を考えると、政権が変わるたびに世界との重要な約束事を変更していたのでは、周囲の国や人々から信頼されなくなってしまいます。

京都議定書の批准は前政権のゴア副大統領が主導して米国も署名していますから、クリントン政権としては最も重要な約束事のひとつであって、また京都議定書への署名が「政権の暴走」と見なされてそれがきっかけでクリントン政権が倒れたわけでもないと言うことを考えると、通常は前政権の約束事を公認の政権が引き継ぐのは当然のことと誰もが考えていました。

2001年に大統領に就任したブッシュJr.が、京都議定書からの離脱を宣言したことは、環境問題に注目してきたすべての人々を本当に驚かせたのですが（選挙中、京都議定書を批判していたとはいえ、まさか本当に、離脱するとは！）、僕がさらに驚いたのは、ブッシュ政権がこれに変わる代案を提示することがついになかったという事実です。米国が議定書を離脱したのは、議定書が日欧の主導権のもとに進み、米国に不利なので、米国がより有利に進むような新しい枠組みを提案し、京都議定書はなし崩し的に新提案に集約してしまうつもりなのだろうと考えていました。しかし結局、ブッシュJr.政権第1期では、こういった政策は打ち出されず、京都議定書はロシアの批准によって、米国抜きで、国際条約として正式発効します。

環境問題という世界の未来に関わる問題が、これほどまでに、政権担当者「個人」の思いで振り回され、変更されるということを改めて知り、やはり国際政治のメカニズムをもっとよく理解しておかないと、環境問題の解決についての行く末を見ていくことはできないと考え、国際政治について学んでいったというのがここ4年でした。

もうひとつのきっかけはいうまでもなく9.11テロで、世界が再び戦争のあふれる時代になることに心を痛めたことがきっかけです。冷戦が終わり、大規模な核戦争の可能性が遠のく中で、なぜ大国が小国を痛めつけるという新しい戦争が生まれなければならないのか。このメカニズムが、大国が地球環境を痛めつけ続けるという環境問題と重なっていることに気がついたのです。

■政策立案と、その売り込み、実行というアプローチ

ここ4年、ブッシュJr.政権が主導した国際政治を見ている中で、だんだんわかってきたことは、政治がMBA化しているのではないか、ということです。知恵市場にはグロービス受講生をはじめMBAホルダーやその考え方を学んだ人も多いと思います。MBAの考え方を政治に持ち込むとこうなるの？という視点で、最近の世界を見てみたいと思います。

ブッシュ政権と、クリントン政権の最大の違いは、世論調査に対する考え方だという指摘があります。

「ブッシュJr.をクリントンの間には根本的な違いがある。クリントン政権は、世論調査の結果を政策立案に大きく反映させた。それに対してブッシュJr.政権は、自ら実行しようと考えた政策を、どのタイミングで、どんな表現で発表すれば国民を説得できるかを考えるために、世論調査結果を活用している。
　それは、クリントンが国民主体でありブッシュが自分本位であるとも言えるし、クリントン政権に自らの基軸がないとも、ブッシュ政権に主体性があるとも言える。ただ、ブッシュ政権が主張の強い集団であることはたしかであり、国内外の世論の動向に従うのではなく、それを説得する傾向が強い政権であることは、紛れもない事実である。」（アメリカ大統領の嘘」石澤靖治著・講談社現代新書。

ブッシュ政権が、就任当初からイラク開戦を考えていたとか、イラクにどうやったら戦争を仕掛けられるか考えよと指示を出していたといった証言（ブッシュ政権当初の財務長官オニールの告発）や噂（うわさ）が流れていますが、こういった話が流れてくるのも、「自ら考えた政策をどうやったら実現できるかを政権内で戦略的に考え、実行する」というブッシュ政権の考え方が見え隠れしていると言えます。

このようなアプローチは、基本的にMBAを取得するような経営大学院で教える経営の手法と共通していることに気がつきます。よく知られていることではありますが、ブッシュJr.自身、ハーバードビジネススクールを出た、歴代大統領では唯一のMBAホルダーホルダーであって、ブッシュの政権運用にMBA的な視点があることは自然です。

MBA的な企業のスタイルを、次のように類型化してみましょう。

まず、創業者の世界観や問題意識があり、それを実際のビジネスのかたちに落とし込む事業構想があり、次に賛同者が集まって、それをよってたかってリファインしていきます。この段階でチームメンバーが絞り込まれ、コンセプトが具体的な戦術に落とし込まれていき、それに従って、金を投じてくれる資本家を集めるために、コンセプトの宣伝がはじまる。続いて実戦部隊が組織されて、商品やサービスを宣伝し、魅力的に見せ、買い手を集めて、販売を開始。購入する人が増えれば、組織への評価や名声が高まり、成功者になる、という感じです。

ブッシュ政権のプロセスでMBA的ベンチャー企業との類似を感じさせるのは、なんといっても「自らプランを作り出し、それを積極的にプロパガンダ（宣伝）して、それを広め、支持を集める」という部分です。

そのプラン（政策）は、もともと国民からのリクエストやニーズであるというより、自らの考えや、政治思想、あるべき社会へのビジョンが背景にあるというところが、非MBA的なクリントン政権などと違うところになりますが、もちろん、だからといって、その政策が国民の意にそぐわないものとは言い切れないところも、MBA流ベンチャーと似ています。amazonが成功するまでは、インターネット上のショッピングモールが必要ですかと聞いて、yesと答える人はほとんどいなかったわけですが、amazonが実際に登場し、「これはいいかも」という理解が広まると、当初の評価とはまったく異なる支持を受けるようになるのです。

京都議定書からの離脱も、アフガン戦争～イラク戦争も、コンセプトそのものが国民からあらかじめ求められていたとはいえないものの、その意味や価値を徹底的にプロパガンダし、それが国民の間に「どうやらそういうことらしい」と理解され、受け入れられ、実行に移されたあとの結果が、一定の成果を上げれば、もともと国民が求めていたものかどうかは問われずに、「それでよい」と受け入れられ、評価を得ていくことになるというプロセスです。

■正しさより、信じ込ませることができるか

ブッシュ政権に代表されるMBA的政治手法の特徴をもう少し見ていきましょう。

ブッシュ政権がこれまで行ってきたプロパガンダの多くは、結果的に見れば「嘘」か、根拠が非常に薄いものが多いことがわかっています。「イラクが大量破壊兵器を隠し持っている」というプロパガンダが嘘だったことはすでに明かですが、イラクとアルカイダが関係を持っているという主張も嘘、そもそもアルカイダとは何者なのか、テロの実行犯が誰なのかといったことも不明確にしたまま、「犯人に報復する」と小国に戦争を仕掛けています。

こういったプロパガンダの嘘やあやふやさがあっても、それによって米国民のメリットがあり、結果が正しいと理解されれば、評価されていくという仕掛けになっているので、今度は「この政策、この戦争は正しい、世界を良くしている」というプロパガンダを徹底的に行うことによって、納得感を持たせることが重要になってきます。実際ブッシュ政権では、「イラクに大量破壊兵器がある」という主張が崩れると、「イラクは周辺国の脅威」「中東を民主化する」といった新しい目的を提示し、そもそもの目的であった「大量破壊兵器の脅威」という主張をすり替えていくわけですが、これはすり替えというよりブッシュ政権としては、「結果に納得感を持たせることができれば、そもそもの目的に正義がなくても、結果的に政策全体は正義になる」という考え方に基づいていると考えられます。

事前に国民が支持していることを実現すること、あるいは社会的な正義を実現するという視点ではなく、自分たちのやりたいことを戦略的なプロセスで実現し、それを結果的正義として定着させることに自らの存在意義を見いだすという考え方は、構造的にMBA的な企業の考え方と共通しています。ベンチャー経営者も、社会にあらかじめあったニーズにあった事業を実現するより、社会にはニーズのカケラもないように見えているものを実現できた方が、経営者として優れているとみなされる傾向があります。

こういうリーダーシップの取り方を、「自分の考えを強引に推し進める独善的な政権」と見るか、「強いリーダーシップで世界をあるべき項に引っ張る政権」と見るか？　少なくともベンチャー経営者であれば、間違いなく後者の「強いリーダー」としての評価を得られるはずです。

■ブッシュ流の政権運営が世界に広がりつつある

こういったブッシュ政権流の政権運営やリーダーシップが、今世界に広がりつつある状況がありそうです。

小泉政権は、ブッシュと比べると小物ではありますが、似た構造を持っていて、「改革」「三位一体の改革」「郵政事業の民営化」といった小泉政権の政策は、実態がないといわれながらも、その実態のないものが「改革なのだ」というプロパガンダを聞かされると、そんな気分になってきます。

たとえば、高速道路を造る日本道路公団が民営化された結果、つくる計画の道路は以前と同じだけ維持されたという事実はその象徴でしょう。もともと道路公団にメスを入れようとしていたのは、資金の流れが不透明で、このまま行くとかつての国鉄のように莫大な赤字を生む危険があったからです。その危険を避けるために、道路公団の民営化を行ったのに、結局もともとの計画通りの道路が建設されるという事実をどう考えればよいのでしょうか？　「改革をしました」という事実をプロパガンダしつつ、「この道だけは造ってくれ」という各地の地元や族議員の嘆願にも応えて、でもその両者に矛盾があっても、最後には「日本全体としてはこれでよかった」というようなメッセージで国民を納得させればいい、というねらいが見て取れます。

郵政事業の民営化も同様で、結局、形式だけの民営化に終わっていて、競争が起きるような自由化は実行されませんでした。クロネコのヤマト運輸はこの点を問題にしていて、たとえば親書（ハガキ/手紙）の輸送は郵政公社に限定するという規制をそのままに、小口荷物分野に低価格で参入してきたのは不公平だというのがヤマト運輸の主張です。この郵政事業の民営化も、「官業は民業を圧迫しない」という本来のコンセプトが実現されず、むしろ逆の結果になっているにもかかわらず、そういった本質には目を向けずに「民営化という改革を実現した」という無理なメッセージを繰り返し発信することで、「そんなものかな」と信じ込ませようとしているのです。

ウソや、妥当性の低いメッセージを、まるで真実や正義であるかのように、繰り返し繰り返し伝えることによって、聞き手である市民は、初めはウソだと感じていても、権威のあるポジションにいる人が手を変え品を変えて伝えるメッセージに、じょじょに、本質を忘れて、「これが改革です」という結論だけを認識していくようになるのです。

■ナチス・ドイツも、ソ連も、旧日本帝国も

権力の座にいる人間が、その政策を、マスメディアなどを通じて繰り返し伝え、それに対する反論を封じたり、反論者の弱点を意図的に突くことによって口を封じるというやり方は、もちろん、ブッシュJr.や小泉が始めたことではありません。

一番初めに大規模にこの方法を採用したのは、ナチス・ドイツで、宣伝大臣が置かれ、政権を賞賛し、ドイツ民族の無条件の優位性をプロパガンダし続けました。この結果、ナチスは史上もっとも民主的といわれたワイマール憲法のもとでの選挙で選ばれながらも、結果としてもっとも非民主的な独裁政権となることに成功したのです。

旧大日本帝国も、政策をプロパガンダすることで国民に売り込み、「日本は神の国、強い国」という実体のないイメージを国民に植え付けました。この軍国主義政権も、大正デモクラシーと呼ばれた民主的な制度のもとから生まれたことに注目する必要があります。

旧ソ連も同様で、マスメディアは徹底的に制限され、政府が流す以外のメッセージは国民には伝えられることがありませんでした。こうした制限の中で、旧ソ連や東欧圏の市民は政府が発表する公式見解を裏読みして真実のカケラをつかみ、それを戯作（戯れにつくった著作）など、笑の形に変えて批判する方法を開発していきました。共産党政権下の中国も同様です。

米国は長く、世界でもっとも民主的な国家であると自他共に認める存在でした。その米国から、政策プロパガンダによって国民の目をよく見えない状態におき、独裁的な傾向が強い政府が生まれてくることは、歴史をみると、不思議ではないことだとわかります。

もっとも、米国政府だけをとってもプロパガンダによって、自らが望む（国民が望んでいなかった）政策を実現したという歴史は、ブッシュ政権だけことではありません。フランクリン・ルーズベルトが始めた対独・対日戦争（第二次世界大戦）は、米国にとっては国民が必然性を感じていていた戦争ではなく、真珠湾攻撃までは国民の7割以上が戦争に反対でした。ベトナム戦争への本格参戦も、あやしげなトンキン湾事件が起きるまでは、国民はベトナムに無関心だったし、ジョンソン大統領はその直前の大統領選挙では「ベトナムに米兵を来ることはない」と繰り返し主張して、選挙に勝ったのでした。

ちなみに真珠湾攻撃については、ルーズベルト大統領は日本軍による奇襲攻撃の可能性を十分承知していながら、真珠湾の米海軍に防御態勢をとらせずにいたことが知られているし、トンキン湾事件ではベトナムのトンキン湾で、米軍の艦船が、誰にどのようのような目的で、どの程度の規模による攻撃を受けたのかも明らかにならないままに、北ベトナムによる攻撃と断定して、米軍の大規模な派遣を決めています。

民主制度と民主的に選ばれた政権が、プロパガンダを巧みに使って、国民の意に反する独裁的な行動に出るということは、歴史上、決して珍しいことではないことがわかります。

■政策プロパガンダに負けない国民であることの重要性

市民の考えを実現する政府ではなく、権力の座にあるものが自ら考えたコンセプト（政策）をプロパガンダによって市民に浸透させ（特に嘘をつき、ごまかしも含めて）、政策をマーケティングし、国民に売り込み、結果を支持させる（販売に成功する）というプロセスについて、みてきました。

もともとのコンセプトが正義によっているものではなくても、ウソから始まったものであっても、国民は結果的に正義だったと納得してしまうというプロセスは、質のあまりよくないタイプのベンチャービジネスのアプローチと類似性を見て取れます。

たとえばナイキの靴は、原価は非常に安く、時に労働者に不公正な労働を課し、徹底した広告宣伝でイメージを高め、という戦略で、世界に商品を売りまくっています。ナイキの靴が公正なプロセスでつくられたものでなかったとしても、ビジネスとしてのナイキを一般市民が広く非難することはないし、市民はナイキの靴を喜んで買い、利益の還元を受ける株主は満足する。でも、そういう表面的な状況の裏で、わずかな原価で生産された靴が法外な値付けをされて売られているという不公正さは、まったく問題にされることはありません。

ブッシュ→小泉政権、そしてナイキに代表される最新の経営学（MBA）的に見て評価の高いビジネスが、共通してもつ不正直さと不公正さは、実はそこのうらにある矛盾によって、環境を収奪し（ナイキは一時期、不公正な貿易で環境NPOの攻撃を受けていた）、イラクやアフガンの罪のない市民を殺し、苦境に追い込んでいるという事実に、僕たちは注目しておく必要があります。

コミトンでは繰り返し書いていますが、プロパガンダや見せかけだけ正しそうに見える政府からのメッセージをしっかり見抜く力が、これからますます重要になってきます。僕らは政府の膨大な「政策宣伝」にさらされて、あやしげな解釈やウソに洗脳されるリスクにさらされているのです。

☆ここではブッシュ政権とMBAの類似点を指摘して、問題点を考えていますが、これはMBA的なやり方がいつでもよくない問題を引き起こすという意味ではありません。あくまでも、知見の使い方の問題です。

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渡辺パコ。ライター、デザイナー、コンサルタント、グロービス・マネジメント・スクール講師。
1960年東京生まれ。学習院大学文学部哲学科卒。85年採用広告プロダクションでコピーライター、クリエイティブディレクターとして広告、会社案内の制作、PR戦略の企画立案などを担当。その後、独立して90年に有限会社水族館文庫を設立。94年から著作活動を開始する一方、Webサイトの設立・運営にアドバイザーとして積極的に参画、ビジネスインキュベーションを担当。雑誌などへの執筆活動も行う。著書に「渡辺パコの35歳からは好きなことでお金を稼ぐ」「環境経営の教科書」「人生に役立つ論理力トレーニング」（幻冬舎）「＜意思伝達編＞論理力を鍛えるトレーニングブック」「論理力を鍛えるトレーニングブック」「手にとるようにIT経営がわかる本」「図解＆キーワードで読み解く通信業界」（かんき出版）、「LANの本質」、「生命保険がわかる本」など。

☆ポートレイト撮影：川口愛

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