191T 学ぶことは捨てること

photo by bibi feat.MITSUASHIKUNs.

英語のシャワーをやってきて、英語を本当に身に着けるには、これまで受験勉強でやってきたことを捨てる（unlearn)ことが大きな鍵だと、ずっと感じてきました。せっかく学んできたことを忘れなければならない、しかもがんばって学んだ人ほど忘れるのに苦労する、というのは理不尽な話ですが、やはり不可欠なようです。ところが最近、何かを習得するためにunlearnが不可欠なのはどうも英語だけではないな、と感じています。自分の関わっているところで特にそれを感じるのは論理思考の習得、つまり考える力をつけることです。

論理思考についてはしばらく前から関心が高まり、さらに高まる傾向にあるよう。僕やPacoさんが教えているグロービスにも学びに来る人が増えています。しかし、身に着けるのに苦労している人が多い。がんばっているにも関わらず、残念ながら身についてないという人も少なくない。それは教える側の責任でもあると思うので、何が問題なのかをずっと考えているのですが、どうもその大きな原因が「過去の習慣を捨てられていない」ことにあると最近感じています。そこで今回は、論理思考力を身につける上で何を捨てる必要があるのかについて書いてみたいと思います。「論理思考を身に着けるために捨てるべきこと」。

■公式や定石にならう発想を捨てる

まず忘れる必要があるのは、公式や定石にならおうという発想です。これがなかなか難しいよう。たとえばクラスで「この状況で答えを出すにはどういう観点/論点を押さえるべきか？」という課題をいくつもやります。そして、解答に対して「この観点が抜けていたね」といった指摘をします。すると「どうやったらそういう観点に気がつくんでしょう？」とか「自分の考えたもので正しいかどうか、どうしたらチェックできるでしょう？」という質問が必ずといってよいほど出ます。

答えは「自分の頭で考えるんです」ということなんですが、そう言われるとすごくがっかりしたような顔をする人が多い。何か公式や定石はないのか？それを教わりに来たんだがと思っているのでしょう。一方、押さえるべき論点として３Ｃ、４Ｐ、５Ｆといったビジネス・スクールで習うようなフレームワークを上げる人もいます。しかし不思議なほど、その状況には使えないフレームワークを使っているケースが多い。それを使った理由も答えられない。定石に頼ろうと思った瞬間に、自分で考えなくなってしまうようです。

論理思考というのは平たく言えば「ちゃんと考える」ということです。「Ａの時はＸフレームワーク、Ｂの時はＹフレームワーク」というやり方では、むしろ「考えない」ことになってしまう。論理思考をしたら、これまでより考えなくなってしまうのではおかしいですよね。

そういう意味で注意するべきは公式や定石だけではありません。先生や権威者が言っていることも同じ。よく「講師がこう言っていたのでこうしました」という人がいます。でもこれでは「考えた」ことにならない。むしろ論理思考では、これまで常識として疑っていなかったことを疑い、暗黙の前提としていたところをいちいち確認します。講師が言っていることも自分で納得した上で使うわけです。

そんないちいち考えていたら時間がかかってちっとも効率よくないではないか、と言う人もいるでしょう。考えるのに時間がかかるのはその通りです。特に初心者のうちは時間がかかります。でも、それで結果が変わってくる。そしてベテランになると時間も短くなってきます。でも上のような傾向を考えると、論理思考というのは考える時間を削るためのものというより、じっくり考えることで結果を変えるものだと思った方がよいと思います。

じゃあ、フレームワークとかツールは何のためにあるのか？と聞く人もいるでしょう。確かにこれらはうまく使うと時間の節約になる便利なツールです。しかし僕らには、公式に頼る癖、先生の言った通りにやる癖が非常に強くしみついていて、自分の頭で考えることをひどく邪魔しています。そこで、考える力をつけようとしている時には、フレームワークなどに頼るのを一切やめるくらいした方がよいと僕は思います。いずれ自分で考える癖が身についた頃に、自分で吟味しながら使えばよいのではないかと。

■難しそうな方が偉いという発想を捨てる

次に忘れたいのは、「難しそうな方が偉い」という発想です。クラスで次のような感じのレポートをよく見ます。（わかりにくいので理解しようと無理する必要はありません。途中でいやになったら飛ばしてください）

企業には本来的に企業価値の最大化をはかることが期待されている。顧客とは、当該企業の提供する商品またはサービスで充足されるニーズ（付加価値そのものへのニーズと提供形態へのニーズがある）を持ち、競合企業の商品・サービスよりも当該企業のそれに価値を認める人あるいは組織である。そのニーズは現代において多様化しており、従来のように画一的な付加価値提供では満足されなくなりつつある。言い換えればこの多様化したニーズに的確かつ迅速に対応して行くことが企業の存続を保証し、企業の繁栄ひいては企業価値の最大化を保証する。

顧客情報システムは顧客についてのあらゆる情報を客観的かつ多角的に分析するツールである。当社の顧客をそのニーズ、行動特性によってセグメンテーションし、それぞれに対応するよう最適な形で当社のポジショニングを設定し、競合に対して差別化するようなマーケティング戦略を総合的かつ迅速に遂行することが・・・・

この人たちは普段から難しい言葉や仰々しい前置きを使う傾向があるのだと思いますが、「論理的に書きましょう」と言われるとそれがさらに強まります。「論理的」＝高度＝難しい、そしてその方が偉いというイメージがあるのでしょう。しかし難しいと人に理解される可能性は下がります。それでは意味がない。

「いるよねえ、そういう人。でも、自分はそういう小難しいことは苦手だし知識もないからやらないよ」と思う人もいるかもしれません。ところがそういう人にも、同じ傾向が現れることがよくあります。たとえば学校や本で勉強したとたんに「企業価値」「差別化」「セグメンテーション」「戦略」といった言葉を何かというと使うというように。むしろ苦手だという意識が「そういう言葉を使えると一段上」と思わせるのかもしれません。

しかし、普通の人にはわからないようなこういう言葉で物事を語っている時は、むしろちゃんと考えていないことが多い。たとえば「ＣＳとＥＳのバランスを取るマネジメントが必要だ」と言っている人に「どうバランスを取るんですか？」と聞くと「え～...」と言葉に詰まってしまいます。その「どう」が必要なところなのに、その手前で止まってしまっているわけです。

この癖を捨てるためには「やさしくする」ことを意識するのがよいと思います。難しくしか説明できないのは本当にわかっていると言えない、本当にわかっている人は難しいこともやさしく説明する、と考えるわけです。「中学生にわかるように説明する」というのが一つのよい目標でしょう。

なお、「そういう言葉を教えているのがビジネス・スクールではないか」という反論があるかもしれません。しかし、ビジネス・スクールで教えているのは本来、用語ではなく考え方です。たとえば「セグメンテーション」といった「言葉」を教えているのではなく、お客さんを全部まとめてみるのではなく、何かの切り口（年齢、性別、収入、家族構成..）で分けてそれぞれのグループについて見てみるという「考え方」を教えているわけです。確かにお互いにその言葉をよく理解しているならば、それを使って話をした方が手っ取り早い。しかし上のような傾向にはまりやすいうちは、難しい用語は使わないとあえて心に決めた方がよいと僕は思います。もちろん考え方を理解しておくことは、いろいろな時に役立ちます。

■基本なんて簡単、大したことないという思い込みを捨てる
　　～その１理由を理由にする

昔、僕はスキーにはまっていた時期があって、大体のスポーツは苦手な中でスキーだけは少し出来ます。当時はまだスキーがはやっていた頃で、それまでスキーなどやったことがない大学生などがゲレンデにたくさんいました。見ていると、女の子たちは「こわーい」と叫びながらいつまでもボーゲンという逆ハの字形で滑っています。一方、男の子たちは板が平行になっているのがかっこいいと思っているので、初心者のうちから一生懸命無理をして板をそろえようとしています。どちらが速くうまくなるかというと、ボーゲンで滑っている女の子の方が速くうまくなります。この方がスキーを安定して滑らせる形がマスター出来るからです。無理をしていた男の子はいつまでたっても不安定な滑りで、コントロールできなくなると直滑降で下まで降りてお茶を濁しているのをよく見ました。

なんでこんな話をしたかというと、論理思考についても似たようなことが言えるからです。クラスにやってくる人たちはみんな、自分たちがこれまで知らなかったような新しい「技」を習えるのだと思っています。確かにそういうものもあります。しかし論理思考を身に着ける上でまず不可欠なのことはそういう「技」よりももっと基本的なところにあります。みんなが「大したことじゃない」「当たり前だ」となめているところに。こういったところを地道にちゃんとやろうとする人の方が、かっこよさそうに見える「技」に飛びつく人よりも論理思考力をできるようになります。ここでは二つ、そういったものの例を挙げておきたいと思います。

一つ目は理由をちゃんと理由にする、ということです。「AだからB」というのをちゃんと成立させる。当たり前のことに見えますよね。でも、重要な局面になるとこれが出来ていない人が多い。たとえばイラク戦争のような局面で「命は大切だから武力行使(戦争)には反対だ」と言うだけでは理由になっていません。武力行使をしなくても、今の状態を放置しておくことで命が失われる可能性はあるからです。「武力行使をしない方が失われる命は少ない。というのは...」という話をして初めて理由になってきます。こんな人もいます。「3Cは状況を分析するフレームワークなので戦略の分析では使えない」しかし「普通そうする」「そういうもの」というのは理由になっていません。

理由はわかっているらしいけど、きちんと表現するべき、というのもあります。たとえば最近はやりのBLOGについて「匿名のインターネットに比べて、より実名に近いので安心感がある」と有識者が言っているのを最近見ました。「日記のようなものなので情報が多いし、家族の話とか書いてあったりするので」と説明が続くのですが、この安心感の元は、実名か匿名かということではありません。「継続して書いているところなので書き逃げしにくい。だから無茶なことは書かないだろう」とか「情報量が多いのでその人について判断しやすい」ということです。

このように、理由が理由になっていない理由付けは実によく見られます。これを変えていかないといつまでたっても論理的にはなれないでしょう。一方で、ここを地道にやっていくと、それだけで論理思考力は高まっていきます。

■基本なんて簡単、大したことないという思い込みを捨てる
　　～その2 目的を果たすように考える

もう一つ、基本的なところで出来ていないことをよく見るのが「目的を果たすように考える」ということです。論理思考には「隠れている真の目的を押さえ続けながら考える」というような高度なところもあるのですが、ここで書きたいのはもっと基本的なところです。たとえば戦略を説明せよ、と言われて「商品の差別化を図る」と言っても目的を果たしていません。「どう差をつけるの？」「どうやってやるの？」というところが求められているわけです。

そこで一つ一つ具体策を上げて、それぞれの具体策の意味を詳しく説明し出す人が多くいます。しかしこれも目的を果たしていません。忙しい相手は具体策そのものではなく具体策を貫いている考え方を手短に知りたいわけです。というように、目的を果たすように考えるという基本が出来ていないケースは多い。もちろんそういう状態は論理的だとは言えません。逆に「何のためにやっているんだっけ？」「自分の答えはそれを満たしている？」と確認するだけで、難しいことをやらなくとも、一歩、論理的思考に近づきます。

では、ここで一つ練習問題を。下記はあるサイトにあった、サッポロの社長のインタビュー記からの引用です。あなたがサッポロの社長で「サッポロはこれから違いそうだぞ」と読者に感じさせることを狙っているとします。するとあなたのインタビュー記はこのインタビュー記とどう違ってきますか？あるいは違って欲しいですか？

質問:なぜこれまでサッポロはシェアを落としてきたのでしょう。福田(社長): 高度成長期、ビール市場が急成長し、うちも業績を伸ばしました。もうかっていたから、キリンがもっと伸びていたのに、危機感がなかった。うちはもともと料飲店に強かった。キリンはビールが家庭に普及するのにともなってシェアを上げました。80年代後半、アサヒのスーパードライがヒットした時は、うちも含めて他社が結果的に応援してしまいました。みなドライを発売し、市場を盛り上げてしまったのです。

上の流れだと「何を今後は変えていこうと思っているのか」が強く伝わってきません。僕ならば、「ここが問題だった」という原因を指摘することで、社員も含む読者に「これからは違いそうだな」と感じさせたいと思います。たとえば次のようになります。なお、他社に手の内を明かすメリットはないので、その前で止めています。

一つは業績が伸びていたことによる油断。高度成長期、うちも業績を伸ばしたが、キリンはもっと伸ばして水をあけられた。家庭という、特に伸びた市場への対応の差です。もう一つは策が他社の後追いにとどまっていたこと。スーパードライがヒットした時に他社もうちもドライを発売したが、スーパードライの認知を高めるにとどまってしまった。しかし今後は違いますよ。もちろん記事は最終的に記者が書くものなので取材された側の狙うようになるかどうかはわかりません。しかし、そういう方向になるよう話すことは出来ます。

なお、目的を果たすように考える、というところにはもっとやりやすいことが出来ていないケースもよく見ます。それは「読みやすくする」ということ。たとえば骨子が一目でわかる見出しをつける、段落分けをする、一文が長くなりすぎないようにする等々。当たり前のことのように見えますが、これが出来ていない人は非常に多い。しかしこういった初歩的なところから目的を意識して(=考えて)いくことが、論理思考力の強化には不可欠だと思います。

■「横並び」の発想を捨てる

最後に上げたいのは、横並びの発想を捨てることです。たとえば「お隣がこどもを英語教室に通わせ始めたからうちも..」とか「同期がマイホームを買い始めたから自分も..」とか。論理思考を学ぶことにしても「自分の周りでも論理思考を学んでいる人が増えてきたので...」という、横並びの発想を捨てる。というのも横並びの発想に立っている人で論理思考を出来ている人に僕は、会った記憶がありません。

でも、どうしてでしょう？(それを聞く前に「そうします」と言っては論理思考ではないですね(^_^)) これはおそらく、横並びの発想、つまりあらゆることを人と同じにやろうとすると、考える余地があまりなくなってしまうからではないかと思います。すると行動がよく考えた結果に見えないのはもちろん、考える力もついていかない。

ではどうすればいいかというと、自分のやりたいようにやろうと考えればいい。たとえばアフリカに住もうとか。もちろんいきなりやるわけではなく、どうやったら出来るか「考える」わけです。やりたいことは別に大それたことである必要はないし、まだ何がやりたいのかはっきり見つかっていなくてもいいと思います。とにかく「世間はどうか」ではなく、自分がどうしたいのかをしつこく、しつこく確認していく。そしてその方向に向かって行く。

たとえばそういうことで最近おもしろいなと思ったのは、Pacoさんのうちの話。こどもに時計の読み方(時間の見方)を教えなかったというのです。時間に縛られるこどもにしたくなかった、とか。まあ学校に入れば時計の読み方は教わるんですが、それまでは、暗くなってきたからうちに帰るとか、眠くなったから(あした朝早く起きたいから)寝るとか、みんながごはんを食べるからいっしょに食べる、というようにしていたのでしょう。考えてみれば7時だからごはん、9時だから寝る、というのは理由のようで理由になっていません。場合によっては何かと大変だったんじゃないかと思いますが、親もこどもも考える力はつきそうです。

というわけで、論理思考力を身に着けたかったら、横並びを捨てて、自分のやりたいことを大事にしよう、となるんですが、考えてみればこれは本末転倒な話です。本来は、やりたいことをやるために考えるのですから(^_^)。ただ、多くの人の疑問として、「やりたいことをやっていて食っていけるのか？生き残っていけるのか？」というのがあると思うので、この一見、本末転倒なことも押さえておく意味があると思います。つまり、論理思考力が人間の生存能力を高めるとすれば、生き残っていくためにも、やりたいことをやろうとした方がいい、ということになる。それだけ、やりたいようにやろうとする勇気、横並びの発想を捨てる勇気が出てくると思いませんか。

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Toshi/高橋俊之（たかはしとしゆき）。知恵市場代表。株式会社グロービス執行役員、グロービス・マネジメント・スクール(GMS)統括責任者を経て、2001年7月からフリーランスとして活動。知恵市場の他、使える英語を楽しく習得する「英語のシャワー」を主宰。GMSクリティカルシンキング講師もつとめる。著書・監修書に「テクノロジー・パワード・リーダーシップ」（ダイヤモンド社）、「ビジネスリーダーへのキャリアを考える技術・つくる技術」（東洋経済新報社）。

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