195T 明日香村に見た豊かさのつくり方

photo by paco.

先週末から英語のシャワーが１週間休みに入ったので、この期間を利用して京都、奈良に遊びに行ってきました。京都はgirl friendの実家なので里帰りがメインだったのですが、ついでに遊びに行こうと訪ねた奈良の明日香村は遊びに行くところとしても、村おこしの事例を見に行くという意味でもなかなかヒットでした。今回のコミトンではここの話を書いてみたいと思います。

■奈良で行くところって明日香村？

普通、奈良に遊びに行くと言えば神社仏閣を訪ね、古代史に興味のある人は飛鳥に行くという感じでしょう。しかし今回の僕らの場合（いつものこと？）はちょっと違いました。もともとの動機はいつもながらの「ともだちがいるから」というもの。「遊びに来てよ」と言われたら真に受けて行ってしまうわけ(^_^)。そして今回の場合、それに加えて今年のテーマである「次に住むところ探しのヒントが欲しい」というのがありました。

しかし奈良の人に聞いてもなかなかそういうところは思い浮かばないと言われ、八丈島の時と同じくgirl friendがWEBをさがしまくることに。そして行き着いたのが明日香村でした。「ここの観光協会のホームページはかなりしっかりしているし、電話をしても感じがいいよ。ボランティア・ガイドもあって地元の話が聞けそうだし、民宿も掲示板から見る限りアットホームでよさそう」ということで、明日香村に行ってみることになりました。

ところで余談になりますが、明日香とあって「あれ？飛鳥じゃないの？」と思った人もいるでしょう。どちらかというと地名としては飛鳥の方が一般的に定着しているのだと思います。明日香村の名は昭和31年に高市村、阪合村、飛鳥村の三村が合併して生まれた村名で、飛鳥村にして他の二村が吸収されたと取られるのを避けたかったそう。しかし現代感覚で新しく造られた名前というわけではなく、古事記、日本書紀では主として飛鳥が用いられ、万葉集では、明日香と出てくる場合が多いのだとか。ここでは村を指す場合は明日香村、それ以外は飛鳥と書いて行きます。しかしいずれにしても「名前からしてかっこいいな」と僕は思うのですが、どうでしょうか。

■古いけれども古臭くはないのはなぜだろう？

というわけで明日香村へ。夕方、最寄の橿原神宮前駅に着いてレンタカーを借り、１０分ほど走って宿のある岡というエリアに入っていきます。途中、すぐ近くのはずなのだけど道がよくわからなくなって宿に電話。「黄色い看板の見えるところを左に入って...」と言われて入った道から「お、ここはいいかも」という感じがぐぐっとしてきました。その道は細くて車一台が通るのがやっと。両側に建つ家は和風で古いのですが、ぼろいという感じはしません。突き当りを左に曲がると、やはり古い家が立ち並んだ少し広い道に、にこにこしながらおばちゃんがここだよと手を振っていました。

宿に入ると、元は材木屋だったという母屋は築百年を超えているそう。でも、つくりがしっかりしているのはもちろん、（材木屋だったので）吹き抜けもあったりして、ちょっとおしゃれです。ただ、僕はどうもこういう古い家に入ると、自分が一気に年をとって枯れてしまったような感じがしてしまうことが多く、するとなんか複雑な気分になります。でも、ここでは不思議とそういう感じがしませんでした。どうしてなのかははっきりわかりませんが、全てのものが古かったわけではない、というのは理由としてありそう。たとえばエアコンはわりと新しいものが使われていました。そうなると今度は新旧がちぐはぐになるのもよくあることだと思うのですが、そういう感じもしませんでした。それはどうしてなのか、今回はわからなかったのですが、永く続く良さと新しい良さの両立は自分の住むところにも持ちたいところ。これからまたいろいろな家を見ながら考えていきたいと思っています。

僕らの部屋はこの母屋ではなく、階段がなくてこどもに安全だろうということで奥の離れに用意してくれていました。ここは母屋ほど古くはないのですが、やはり和風でちょっと年代を感じさせる部屋です。ここでも新しいものが組み合わされていたのがおもしろいところ。たとえばトイレはウォシュレットでした。民宿だと和式のトイレでかつ寒いところがよくありますが、ここは新しい方に自分の中では軍配が上がります。

着いたのが夕方だったので、それから出かける時間はほとんどなかったのですが、せっかくなので少し外を歩いてみることにします。この時にも町並みに感じたのは、歴史は感じられるけれども古臭くも重たくもない、ということでした。シーズンオフで閉まっているところも多い中、何がそう感じさせたのかは、今回の旅ではまだわからなかったのですが、一つとても好きだったのは、道路わきの溝をきれいな水が軽やかな音を立てて流れていることでした。

■民宿がこれだけ楽しめたのはどうしてだろう？

ちょっと外を歩いて帰ってきた後は夕食です。食事の時間は一応６時だったのですが「他にお客さんいないから好きでいいよ」とフレキシブル。でも食事後、１時間以上かけて帰らなければならないともだちもいるし、とそのまま６時でお願いしたのですが、この時間がとても楽しかった。そうなったのは、夕食がおいしかったことや、ともだちがいたこともありますが、民宿のおばちゃんが楽しい人だったのが大きかった。

実はおばちゃんと思っていたのは自分たちの親よりも上で７０歳も超えたおばあちゃんだったということが話しているうちにわかったのですが、おばちゃんと思ってしまうくらい元気なおばあちゃんでした。girl friendからあらかじめ「旅先では人と話をするのを楽しみにしているので食事の時とかにお話できるとうれしい」と話してあったこともあり、おばあちゃんは飛鳥鍋（牛乳をベースにした名物鍋）の面倒を見ながらずっと話に付き合ってくれました。

なぜ楽しかったのだろうと考えてみると、大きく分けて次の二つなのではないかと思います。まず一つ目は、自分の考えを持っている人だった。自分が、飛鳥が、日本がどうあるべきか、自分なりの考えを持っている。しかも年配の人にありがちな思い込みではなく、現実的なバランスを取りながら見ている。環境保全と便利さのバランス、地元の若者にとっての明日香（奈良）の魅力の限界、大阪から嫁いで来ていまだに自分は大阪人だがここにそれ以上に長くいることの意味等々、冷静な現状認識に立った上での考えを思い切りのいい語り口で聞けたのはとてもおもしろかった。

もう一つはやはり、好きで民宿をやっているのだろうなあということです。元は材木屋だったと言いますから、ご主人が亡くなられてから民宿にしたのかもしれません。いずれにせよ人が好きだったり、人の世話をするのが好きなんだろうと思います。たとえばおばあちゃんはビールを一人一本ずつ夕食にサービスでつけているのですが、僕らは最初、誰も飲まないつもりでした。僕は元々飲まないし、girl friendは授乳中、ともだちはこれから車で帰らないというわけです。ところがおばあちゃんは、別に僕らが飲まなくともビールを節約できるだけなのに、ともだちにさかんにすすめるのですね。「休んでから帰ればだいじょうぶさ」と。結局、彼はうれしそうな顔をしながら飲むことに。

鍋なので最後は雑炊までたっぷり２時間かかって、その間、おばあちゃんはずっとつきあってくれました。そういえば学生時代、スキー場の宿でバイトをしていた時、鍋はなかなか片付かないからいやだとみんなで言っていましたが、そんな感じは全然なさそう。話がうまいのも大阪人だからというだけではないでしょう。上のようなまじめな話だけでなく、今はなき姑さんの話から、最近胃カメラを飲んだ話まで、いろいろな話で楽しませてくれました。

好きで民宿をやっているのだろうということは、他にもいろいろなところで出ていました。たとえばこどものことをいろいろ気にしてくれること。彼女自身は実はこどもがいなかったので子育てをしたことがないのですが、こどもの食べられるものがあるか心配してヨーグルトをくれたり、おもちゃになるかとデカイ懐中電灯を持って来てみたりと、いろいろ考えてくれます。離れの入り口にある僕らの靴がいつの間にかそろえてあったりするのにもちょっと感動。girl friendとこどもだけ先に風呂に入り、ともだちと話していた僕がまだ風呂に入っていなかったのも把握していて、ともだちを送って外に出たら「風呂をたきなおすわ」と言われたのもびっくりしました。この他、洗面所のハンドソープからお茶菓子まであらゆるところに気が回っていて、一つ一つは当たり前とも大したことがないとも言えるのですが、全体としてとても気持ちが感じられます。

しかも、どうもこれはここだけの話ではなさそう。観光協会のサイトや、ある民宿の掲示板を見ても、明日香村の民宿は全体として意識レベルが高そうな感じがします。それが、どうしてなのかは今のところ想像するしかありませんが、ちょっと後で触れたいと思います。

■明日香村の風景をつくりだしているのは何だろう？

さて翌日はボランティア・ガイドの人に案内してもらっての飛鳥めぐりです。時間５分前にやってきてくれたボランティアガイドの人も宿のおばあちゃん同様、感じのよい人でした。例によって「名所旧跡よりも○○さんがお気に入りの飛鳥を案内してもらえるとうれしいです」というイレギュラーなリクエストに対して連れて行ってくれたのは明日香村の南の方。山々をバックにした棚田の風景、「こういう川のあるところに住みたいんだよなあ」と思わせるような飛鳥川、そういう風景に囲まれた集落と、まさに来たかったところでした。

「しかし、こういう風景が守られている一方で村の人は便利さを享受できずにいるのではないか」という声もありそうです。たとえば棚田は美しいですが、その構造上、機械を入れることが難しく、作業は大変です。また、ロケーション的には都市へ通う人々のベッドタウンとすることも不可能ではなかったはずで、そうすれば税収などでも、もっと潤っていたかもしれません。

しかしそういった道を明日香村は進みませんでした。明日香村のホームページによれば、それには明日香村の「財産」を守ろうという村民たちの声と、それに呼応した人々のサポートが大きかったとあります。そして通称、明日香法と言われる、古都保存法の特例法が昭和５５年に制定され、古き良きものを守ることと、住民の生活の向上させることの両方を実現することが狙いとされました。

この法律の下に出てくる補助金は確かに他の地域とは違った要素と言えます。ただ、そういう「恵まれた条件」だけが明日香村をつくりだしたわけではなさそうだ、ということも今回、感じられました。

たとえばこんな例があります。上で触れた棚田の維持は農業人口が高齢化する中でますます問題になっていきます。そこで採用されたのが棚田オーナー制度。自然に触れる機会の少ない町の人たちから棚田のオーナーを募り、農家の人をインストラクターとしての指導の下、作業をしてもらって収穫を分け合うというもの。これは明日香村だけでなくいろいろなところで行われています。ただ、町の人の関わり度合いはいろいろあるようで、その点、明日香村は特に関わり度合いが高いとか。どうしてそう出来たのか、ボランティア・ガイドの人の話から感じられたのは、棚田や明日香村にやってくるのを楽しいことにする工夫があった、ということでした。

たとえばカカシのコンテスト。となりのトトロ型カカシだとか、いろいろなカカシをみんなが考えて持ち込み、実際に自分のたんぼに立てながらコンテストをやるのだそう。他にもレンゲ祭りやホタルの夕べなどイベントを盛り込んだり、田んぼの一部をこどもの泥遊び用に開放しておくなど、来ることが楽しくなるような工夫がしっかりされているのは大きなポイントだと思います。

ところでこのようなアイディアを推し進めるのは誰がやっているのだろうと聞いてみると、役場にそういうことを出来る人がいるのだそう。きっと外からアドバイスをしている人もいるのだろうと思いますが、それにしてもこういうことはアイディアだけではなかなか成功しないもの。当事者の中に「これをやってやろう」と強く思うプロジェクトのオーナーがいて初めて、絵に描いた餅が本当の餅になります。

明日香村にはそういう人がきっといるんだろうと感じさせるのは、棚田オーナー制度だけではありません。ボランティア・ガイドも、あれだけよく勉強していて、感じのよいコミュニケーションのできる人をボランティアとして組織できるというのも同様です。民宿のレベルの高さにも、それぞれの宿の意識だけでなく、それを地域として外から見えるものにしているリーダーシップがあるように感じられます。

■村おこしが狙いとするところ

最後に触れておきたいのが、明日香村で垣間見た「村おこし」が何を狙いとしているのか、というところです。棚田オーナー制度ならば、まず村にとってのメリットは棚田を維持することで農業が続けられるようにし、かつ美しい風景を保っていくこと。しかしボランティア・ガイドの人によれば、それだけではなかったよう。町の人と接触する中で、自分たちの持っているもの、やっていることが価値のあるものなんだ、という気づきがあった、と言うのです。

同じようなことはボランティア・ガイドにも言えるようです。遺跡のことなどとてもよく知っているので「歴史とか昔から興味あったのですか？」と聞いたのですが、全然そんなことはなかったそう。でも飛鳥の歴史を学び始めると、とてもおもしろかったこと、ガイドをする中でいろいろな人と話せることが楽しいことなどを話してくれました。

明日香村の村おこしの、このようなものだけをとって見てみると、産業を振興することや村にカネを落とすといったことは直接的には表れていません。でも、そこに関わる人たちの「豊かさ」は向上していると言えそうです。逆に言えば、ここを見据えながらやっているから成功しているのではないか。

もちろん、課題はいろいろあるのでしょう。「明日香村」で情報を検索する中で拾ったものの中には、「棚田オーナー制は楽しい反面、少し疲れた」といった声もあります。高齢化や財政的な課題も今後、さらに重たくなってくるでしょう。でも、この試みから学べることや、得られる希望はいろいろありそうです。

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Toshi/高橋俊之（たかはしとしゆき）。知恵市場代表。株式会社グロービス執行役員、グロービス・マネジメント・スクール(GMS)統括責任者を経て、2001年7月からフリーランスとして活動。知恵市場の他、使える英語を楽しく習得する「英語のシャワー」を主宰。GMSクリティカルシンキング講師もつとめる。著書・監修書に「テクノロジー・パワード・リーダーシップ」（ダイヤモンド社）、「ビジネスリーダーへのキャリアを考える技術・つくる技術」（東洋経済新報社）。

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