194P 自分には特別な才能なんてない...

photo by paco.

前回の「194P 自分には特別な才能なんてない」では、才能について考えました。そこでの話は、才能を簡単に外から見いだすことなどできないし、才能を見いだせたからそれを活かそうとするわけではない、という話をしてきました。

才能があるかどうかはっきりわかってからチャレンジできればいいのですが、残念ながら人間はそのようにはできていないようです。ということは、チャレンジをしようという段階では、自分がその分野に才能があるかどうか、わからない状態だということです。確信が持てない中で何かに挑戦するわけですが、確信がないので、当然、ねらいがはずれることもあり、それは結果的に挫折を意味します。つまり、才能があろうとなかろうと、何かを始めるときには常に挫折の可能性がついて回り、そのリスクに対して人は不安になるのです。

ということで、今回はチャレンジと失敗のリスクについて考えてみます。

■思い切ってやるのはいいけれど、失敗したらどうする？

チャレンジや才能について話すと、なるほど、それなら思い切ってやってみたい、と思ってくれる人もいます。先日も就職活動中の学生と話していて、「チャレンジしたくなりました！」と言ってくれたのですが、同時に、もし失敗したら、どうなるのでしょうか、と聞かれました。たしかに、才能を信じてチャレンジしたからといって成功するとは限りません。実際、やって失敗した人のほうが圧倒的に多いのです。でも失敗が圧倒的に多いからといって、チャレンジをやめる理由にはなりません。やり方に注意すればいいのです。

景気がよかったバブル期、僕の周囲には独立し、デザインやらイラストやら写真やらの才能を活かして仕事を伸ばした人がたくさんいました。でも今、多くはバブル崩壊並みのなかで失速し、伸ばしかけた会社をつぶして、中に故郷にに帰った人もいるし、大阪でタクシーの運転手をやっているという噂を聞く人もいました。こういった人生を、彼らの多くは望んでいなかったはずで、その意味でやはり失敗だったのです。

しかし同じように失敗した人の中でも、その後、新たな道を発見できた人もたくさんいます。たとえば知恵市場の姉妹サイトである「子育てワハハ」の主宰、Kuriさんもそのひとりで、彼女は子ども生まれて後、会社を辞めて、友人を小さな会社を作ります。しかし、その会社の運営方針がかみ合わなくなり、結局、会社は精算することになりました。子育てワハハでハーブやレメディという新しい事業に出合うのはその後のことです。

何かを始めるときには、常にリスクが伴います。これは才能があろうとなかろうと、チャレンジする意欲が高かろうと、低かろうと、大きな代わりがありません。ではこのリスクをどのように回避したらいいのでしょうか。

■失敗を早く認める

失敗のリスクを小さくするもっとも確実な方法は、失敗を早く認めることです。人は、始めたことが少しでもうまくいくと、それに可能性を見いだし、こだわろうとします。しかし失敗に至ることが見え始めた道を進み続けることが一番危険です。

僕は20代後半でコピーライターとして独立し、この分野では一定の評価を得ることに成功しました。といっても、いわゆる一流の才能として評価されたというような気の利いたものではなく、仕事を任せられる基本ができていて、ミスが少ないというレベルの話で、糸井重里みたいな、有名コピーライターになれるような才能ではありません。鳴かず飛ばずというほどは悪くはない、というレベルです。

でも、当時やっていた企業広告の分野は、若い人が活躍する分野で、じょじょに若手が力をつけてくれば、自分が年上から仕事を奪ったように、自分も奪われるようになることは明らかでした。そこで、コピーライティングより、ある意味好きだった、デザインの仕事をやってみようと思い、当時、ようやく使えるレベルになってきたマッキントッシュ一式を買い込んで、デザイナーの仕事を始めました。

知人のつてをたどってコピーを書かない、デザインのみの仕事を始めて見たのですが、これが今ひとつ評判が上がらない。リピートは来るのですが、頼みやすいから頼んでいる問いレベルで、自分の能力が評価されているのとは違うのがわかりました。やっていても自分であまり楽しいと思えず、発展性が感じられなくなってきたこともありました。

この時点で、デザイナーとしてやっていくのは無理だなと完全にあきらめたのですが、固執しなくてよかったなと今改めて思います。半年という期間が長かったのか短かったのかわかりませんが、その時点でも、安めとはいえ、ふつうのデザイン料をもらって仕事をしていたので、もっとたくさんやれば食っていける、と考えることもできました。しかしそのためには多くの競争相手と競合しなければならないし、それに勝ち抜けるほど自分がいいものをつくれているという自信もなかったし、取引先からのそこまでの評価を感じることができませんでした。コピーライターをやっていたころは「pacoさんには真っ先にお願いします、クライアントのリストをつくっておくので、やりたいところを選んでください」と言われていました。しかしデザインではそういう評価は得られなかったのです。仕事自体も、緻密さが求められるわりに、そこまでこだわれない自分も感じていました。

そこで、きっぱりデザインの仕事は続けても意味がないとあきらめたのですが、それ以前に「自分に能力がある分野なら、人が優先して仕事を持ってきてくれる」ということを体感していたので、比較してデザインではやっていけないということに気づけたのだと思います。初めてから半年ぐらいで、こちらも積極的にデザインの仕事を求めなくなり、結果的に挫折、失敗したのでした。このことはけっこうショッキングなできごとでした。

20代では、会社から与えられた仕事でもいいので、そのタイプの仕事ならこの人にどんどん任せたいというものをつくっておくべきだと思っていて、それは営業でも経理でもいいのです。自分がいい仕事をしていると思われれば、周囲が仕事をどんどん持ってきてくれるという経験を積むことが重要です。ついでにいうなら、対比として、自分がしっかりやれていないうちは、仕事が来ない、信頼されていない、という経験も、早いタイミングでしておきたいものです。会社は、小さな挫折と小さな成功をするにはいい場所で、これは20代のうちに会社という場所でやっておいた方がいい経験のひとつといえます。

こういう小さな失敗と成功の経験があれば、その後、自分の意志でチャレンジしたときに、成功と失敗の区別が早く着くようになります。早く失敗の判断ができれば、ずるずるとうまくいかないことを続けることもなくなり、傷を広げるリスクが下がります。

■道が狭まるメリット

結果的には失敗だったのですが、しかし、今考えてみると、あの段階でデザインの仕事をやっておいてよかったと思っています。ひとつは自分にはデザイナーの才能はないということがはっきりして、それ以降はデザインをメインの仕事にしようという気がなくなったこと。もちろんプロとして仕事（アウトプット）を金に換える力はあることがわかったのですが、それは自分の大きな才能ではないということに気がつき、あきらめがついたのは、よかったのです。その後、デザインで仕事をしようという気持ちはいっさいなくなったので、書いたり教えたりという仕事に集中できるようになりました。

失敗は歓迎できないと思う人が多いのですが、実は失敗することで、人は「その道は行き止まりだ」ということをはっきり知ることができるようになります。自分が「もしかしたらこの分野で才能があるかも」と思う分野は、やってみない限り、才能があるのかどうか、わかりません。やってみて失敗し、あきらめられるのであれば、もともとそこには才能がなかったのです。あるいは、その時点では成功するだけの実力が鍛えられていなかった。であれば、その時点で石にかじりつくようにこだわってもダメだということに、早く気がつき、方向転換することは、とても重要です。

「間口を広げておかない方がいい」という話をしましたが、ここでも同じで、才能がありそうだと思う分野ほど、実は際のはない、ということに早く気がついたほうが、本当に才能がある分野に集中できるのです。集中したほうが結果を出しやすくなるのは事実で、デザイナーもコピライターもとうろうろしているなら、いったんどちらかに集中し、道が狭まるかどうかはっきりさせればいいのです。道が狭まるメリットは、非常に大きいものがあります。

■大きな犠牲を払わない

次に、失敗するリスクがあることをやる場合は、失敗したときのリスクを最小限にする工夫をしておきます。これはマインドセットというよりマニュアル的になりますが、重要な知識なので、お話ししておきましょう。やり方は単純で、なるべく投資をしない、固定費を抑える、副収入源を確保する、の3点です。

新しいことをやるときには、投資がゼロというわけにはなかなかいきません。僕もデザイナーの仕事をやるに当たって、Macintosh一式を購入しました。しかしその初期コストは同じデザイナーを始める中では、以前と比べてかなり低コストでした。当時はまだパソコンを使ったデザインははじまったばかりで、ほとんどのデザイナーは紙の上でデザインしていました。そのために、多くのデザイン専門の文具、コピー機などが必要で、それを収めるためのオフィス空間も、最低でも6畳程度は必要でした。当然家賃も多く発生します。おそらく300万円ぐらいの初期コストはかかりました。僕がデザイナーを始めようと思ったのは、Macintoshがぐっと安くなってきて、周辺機器と合わせて50万円程度の出費ですみそうだったこと、スペースもデスクの上でだけでほぼ完結できそうだったことが理由でした。初期投資が以前と比べてぐっと安くなり、事務空間の家賃もかからずにすむ（固定費が安い）というのが、はじめたきっかけだったのです。固定費という面では「人を雇わない」というのも重要で、多くの起業家が、売上が落ちたときに余剰になった人員の人件費が払えなくなって、会社をつぶしたのを見てきているので、確実に軌道に乗るまでは人を雇わないと決めていたのです。この方法はToshiさんも英語のシャワーを始めるに当たってやってきたことなので、そのあたりの記事も参考にしてください。

副収入という面ではまだコピーの仕事もあり、本の執筆の依頼がぼちぼち来始めていたころだったので、デザイン1本に絞らずにすむというのも、はじめた理由でした。とはいえ、この副収入は、一歩間違えると「チャレンジ日本旗になれない理由」にもなるので、背水の陣を敷くべきか、副収入を確保するかは、自分の性格を考えて決めた方がいいでしょう。
ともあれ、こういった点をカバーしておいたので、失敗しても大きな痛手を被らずにはすみました。デザイナーの仕事をやることで、新たにパソコンを使いこなす技術も身に付いたので、大きな損害はなかったと思います。ただ、仕事をしても予定したほどのお金にはならなかったので、生活は苦しくなりました。ひどいときは周囲に借金をしてなんとかやりくりということも続きましたが、なんとかほかの仕事でつなげたので、最悪の事態には至らずにすみました。このときのきわどい経験は、「もう二度とあんなことはいやだ」という思いとなって残っていますが、何とかなる、という自信にもなっています。

実際、このぐらいのレベルまでの「きわどい貧乏」は多くのチャレンジャーが経験していて、グロービス代表の堀義人さんも「出産費用が出せないかと思うほどのこともあった」と本に書いているし、今は某学校の教授をしている友人も一時は夜間道路工事の警備員をやってつないでいました。

実際にはそこまでやっても続けられないほど困窮する可能性もあり、低空飛行ながらも再浮上できるかどうか、それを保障する方法論があるわけではありません。その意味では「墜落してしまう失敗の危険」を確実に回避する方法はないといわざるを得ません。

しかし、仕事の失敗による借金が残るような事態を防ぐように、投資と固定費を下げ、失敗の判断を速くすれば、最後は「自分が食っていけるかどうか」というところでなんとか踏みとどまれます。このときに、できれば家族（というより、特に子ども）がいない方がいいので、その意味でも20代のうちに失敗の経験をしておくのは、よいことなのです。もっとも、僕にしても、堀さんにしても、僕の友人にしても、うまくいかない経験をしたときには子持ちだったので、予定通りには行きません。それでも、なんとかすることができるのだな、というぐらいに考えてもいいのではないかと思います。

■失敗から学び、道を絞り込み、突破する

失敗しても、大事なことはそこから何かを学び、次に向かう方向を発見することができればいい、という話は以前のコミトンでもしました。あきらめるまでは失敗ではない、というのも事実なので、僕としても、デザイナーの道を進み続ける方法もありました。でも、もしそうだったとしても、うまくいかなかったのと同じ方法をやり続けることでは活路はまったく見いだせないのだと思います。まったく別の方法をとれば、何かしら可能性があったのかもしれませんが、それが思いつかないことそのものが、僕のデザイナーとしての才能の限界でした。一方、ものを書くというほうでは、本を書く、インターネットで発表する、雑誌に寄稿する、コピーを書く、といったいくつかののアプローチから新しい道が見つかり、新しい方向が見えてきました。まだまだ、山あり谷ありの道の途中ですが、こればかりはていねいに生きていくしかありません。

失敗は、そこから学べるかどうかが重要ですが、その一方で、「ひどくこけない失敗の方法」を知っておくこともよい方法です。失敗した人の話も積極的に聞き出して（あまりはなしたくない経験なので、よく聞き出さないと教えてくれませんが、きちんと聞けば教えてくれるものです）、自分なりの対処法を考える参考にするといいと思います。

失敗はしなければ、本当の自分をつかむことはできない、とよく言います。僕は失敗なんかしたくないし、失敗しなけりゃダメだよと言うつもりはないし、失敗したっていいじゃない、というつもりありません。でも、失敗したときに、先に進めないほどこけない方法がある、ということは知っておくと言いと思います。

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渡辺パコ。ライター、デザイナー、コンサルタント、グロービス・マネジメント・スクール講師。
1960年東京生まれ。学習院大学文学部哲学科卒。85年採用広告プロダクションでコピーライター、クリエイティブディレクターとして広告、会社案内の制作、PR戦略の企画立案などを担当。その後、独立して90年に有限会社水族館文庫を設立。94年から著作活動を開始する一方、Webサイトの設立・運営にアドバイザーとして積極的に参画、ビジネスインキュベーションを担当。雑誌などへの執筆活動も行う。著書に「渡辺パコの35歳からは好きなことでお金を稼ぐ」「環境経営の教科書」「人生に役立つ論理力トレーニング」（幻冬舎）「＜意思伝達編＞論理力を鍛えるトレーニングブック」「論理力を鍛えるトレーニングブック」「手にとるようにIT経営がわかる本」「図解＆キーワードで読み解く通信業界」（かんき出版）、「LANの本質」、「生命保険がわかる本」など。

☆ポートレイト撮影：川口愛

mail:paco@suizockanbunko.com