200P ミュージシャンになりたい

前回はフリーターの是非について考えました。フリーターそのものが悪いとかいいと考えることには意味がなく、いずれにせよ、自ら自分を向上させるチャレンジをしていかざるを得ないこと（まだ原石のままの20代は、磨かなければ光らない）、そのためにはフリーターも正社員も、それぞれがメリット/デメリットを持つという点で、優劣がつけられるものではないということ、などがわかった、ということで、今週につながります。

フリーターの立場でチャレンジすることは、実は社員の立場でチャレンジすることより、やはり困難が伴います。簡単に言えば、フリーターのほうがハイリスク/ハイリターンなのですが、その意味をもう少し深く考えてみます。

■フリーターのチャレンジは幅広い

フリーターになると、日常生活は単調になりがちで、一番シンプルな場合、長時間のバイトと自宅の往復で毎日が過ぎていく、ということもあるでしょう。しかし単純に時間を時給に変えて、自宅と往復しているだけという場合は、何もチャレンジしていないので、こういう生活を長期間（たとえば6か月以上）続けると、将来、自分の足で立つのがだんだん厳しくなるでしょう。

高齢者の場合、7日間寝たきりになると筋力が落ちて、そのまま立ち上がれなくなってしまうという例もあるし、高齢者でなくても、ロケットで無重力空間に数日滞在すると、地球に下りたときに筋力が落ちて立ち上がれないと言います（実際には宇宙空間でトレーニングを続けるので、ひどいことにはならないのです）。仕事も同じで、ある程度前向きに、やりたいことを意識して（チャレンジするものを持って）生活していないと、それがあたりまえになってしまい、精神的な「寝たきり状態」になってしまうのです。これをやっていたい、という意志や目標を持っていることは、精神的な健康状態を保つためにも重要だし、いったんその「体力」を失うと、元も戻すだけでも大変な状態になってしまいます。

とはいえ、例外もあり、学校でいじめに遭うなど、精神的に厳しい状況に追い込まれたときには、目標を持って、前に向かうとかえって精神的な負担がかかりすぎてしまうこともあるので、その場合は、心の「体力」が回復するまで、負荷を落として休息することが必要です。

さて、何かにチャレンジするとして、フリーターの場合、チャレンジできる範囲は非常に広く、何でもあり、です。なんでもチャレンジできるんだよ、といわれて、「あれをやりたい」「これをやってみたい」と思うタイプの人は、まずはフリーターに向いている人だと思うで、ここは判断基準のひとつになるでしょう。実際に時間ができてみると、「あれもこれもやりたい」と思っていたのに、結局何もしなかった、と言う場合は、前述のように極端に疲れて休養が必要な時以外は、やはりフリーターの持つ幅広いチャレンジの自由には向かない人だと考えて、ある程度チャレンジの幅を絞り込んで与えてくれる道、つまり正社員として働く道を選んだ方がいいと思います。

実のところ、僕は、人間は誰でも「何でもやっていいよ」と言われたときに、喜んであれもこれも自発的にやっていくような、内側からわき上がる力を持って生まれてくると考えていますが、特に日本人の場合、学校がこういった力を体系的にそいでしまい、つぶされてしまっていることが多く、何でもやっていいとなったとたんに動けなくなってしまう人が多いのを見ています。もし自発的に動けないと感じるなら、無理をして「何かやろう」と考えるよりは、会社の仕事の範囲内でチャレンジする道を選んだ方がいいと思います。うまくすれば、その中から本当にやってみたいことが見つかる可能性もあるのです。

■どんどんやってみて、自分の気持ちを確かめる

さて、あなたが「あれもやりたい」「これもやりたい」と思える人なら、そのやりたいことをまずは、可能な限りどんどんやってみるといいと思います。20代はまだ時間もあり、やり直しもきくので、バイトもいろいろ経験し、旅行、スポーツ、芸術、ストリートカルチャーなど、気が移りやすいと思われるぐらいでも気にせずやってみていいと思います。

ただ、この場合、ひとつだけ意識してほしいのは、始めるときに「なぜそれをやってみたいのか」を自分の言葉で整理し、やってみたあと、結果、感じたことやわかったことを、自分の言葉で書き残すか、記憶に残すことを意識してください。

僕自身のことで言えば、塾の講師（要するにフリーター）からコピーライターに転職する前に、いくつか、まったく異なる仕事の会社を受けてみました。プラントなど大型建築物の模型をつくる仕事、教科書の編集会社、旅行関係の会社など。たいていは不採用でしたが、採用されるかどうかという以上に、なぜその仕事に興味を持ったのか、そして実際に会社を訪問して、何を感じ、なぜ自分に向いていないと思ったのか、書き留めていきました。といっても日記に書いたりしているわけではなく、つきあっていた彼女に習慣的にメールを書いていたので（当時は郵便封書でしたが）、その中に書いていたのです。要は、言葉にすることで、自分の考えを整理し、ひとつひとつ決着をつけていくことが重要です。

仕事にならないことはもっとたくさんやりました。作詞家になりたくて、好きな音楽に詞をつけて雑誌に投稿したり、旅行に行って旅行記を書いたり、クルマが好きだったので、ディーラーにいっては試乗させてもらい、勝手に試乗記を書いたりしていました。本当はこれらで仕事になればよかったのですが、いずれも人の目に触れて評価されることはなく、ただ「何か書く仕事をしたい」という気持ちだけは確認できました。この気持ちが、その後、コピーライターになり、企画者になり、今の仕事に続いているのですが、当時はビジネス書を書くことになるとはまったく思わなかったし、書くことは好きでも、自分の文章が人に評価されるようになるとは思えませんでした。

それでも「これをやってみよう」と思ってやってみては「これって楽しい」「おもしろくない」をひとつひとつ実感しながら進めたことは、今に活きています。

■目標を持っていないとダメなのか

とはいえ、何かにチャレンジすると実感するためには、大きな目標を持たなければ、と思う人もいるでしょう。「旅行記を書いているんだよね」といったとしても、それでは人は「何かをしている」とは思ってくれず、自分でもぼんやりした気持ちになりがちです。「詞を書いて、作詞道場に投稿している」と言えればいいのですが、作品をつくるという作業はなかなかナイーブで傷つきやすいことなので、「投稿している」というのは、意外に精神力がいることなのです。

「音楽をやっている」といっても、「じゃあ何やってるの？」と聞かれて、「年に3回ライブ」といえればいいのかもしれませんが、口に出したからといって、3回程度ドライブをやることがプロの道につながるとはとてもいえません。

実際には、フリーターがやるレベルのチャレンジは、目標があったとしても、それはあまり意味がない目標か、あるいは実現がかなり危ぶまれる目標であることがほとんどで、目標として価値があることを掲げ、やりきるのは意外に困難です。そしてその困難をやりきらなければ何ごとかをなしえないというわけでもありません。

その代わり、僕がおすすめしたいのは、自分が本当にやりたいことをやっているか、あるいは本当にやりたいことではないということに気がつくためにやっているか、を確認していくという方法です。

たとえば音楽をやりたくて、フリーターをやりながら、音楽を続けているという人は、「もしアルバイトをやめられたら、1日中ギターを弾いていたい」とか、「もっとたくさんストリートで歌っていたい」と思えるか。僕は、作詞もやり、旅行記も書き、やってみて、作詞も旅行記も、どんどん書きたいとは思えなかったけれど、自分が書くと言うこと楽にならないということだけはだんだんはっきりした、と考えていたように記憶しています。「歌は評価されなかったけど、人前に立つことは大好きだと気がついた」あるいは「歌うのは好きだけど、おおぜいの前で歌うのはドキドキして嫌い」と言うことでもいいのです。自分がチャレンジしていることについて、自分が感じること、わかることが少しずつ増えていく。それがあれば、フリーターをやりながら何かにチャレンジする価値があるのであって、人が納得するような大きな目標を立てる必要はありません。

人が「ほ～」と納得するような目標は、時に、その目標自体が目的になってしまい、やりたくないのにやらなければ、と思ってしまうという危険性があります。たとえば絵が好きな人が「○○展で入賞する」という目標を掲げれば、周囲は一応「がんばってるね」ということになりますが、実際に絵を描いてなくても「○○展に出すつもり」といっていれば、周囲が納得してしまうということもしばしば起こります。人が納得する目標を立てることはそれほど重要ではありません。あくまで、自分が「それをやっていたい」という気持ちを維持できていること、そしてそれを実際に時間がある限りやっているが重要です。

■チャレンジをあきらめる時期は決めた方がいい？

では実際に何かチャレンジすることを持っているとして、それが実を結ぶ可能性は、必ずしも高くありません。音楽をやりたいといっても、ただずっとやり続ければいいというものではないでしょう。

そう考えると、「チャレンジをいつまで続けるか、区切りをつけて行動しよう」というような発想になります。あるいは周囲の大人からそのような助言を受けることもあるでしょう。

たとえばこんな場合です。

俳優を目指している彼。ていのいいフリーターだ、と親に交際を反対されたが、彼は「25までにモノにならなかったらスッパリ諦めて就職しますので、娘さんと交際させてください」と挨拶に来てくれた。その姿に私も両親も惚れた。（23歳・花屋勤務）

たしかにこういう行動はかっこいいのですが、実際、意味があるかというと、そうともいえません。画家のMAYA MAXXさんはこんな話をしています。「私は30代過ぎて画家として道が開けたのだけれど、ゴッホの時代じゃないんだから、今の時代、そんなことはまずあり得ない。じゃあ自分が『25歳までに画家デビューできなかったらやめる』と考えていたら、画家MAYA MAXXは存在しなかったわけで、○歳までにうまくいかなかったらやめると考えることには意味がない」といっています。上記の「俳優を目指している彼」は、「自分が真剣だ」と言うことをいうために25歳ということを持ち出したのであって、本当にその年齢に区切りをつけられると確信があるわけではないと思います。

では、区切りがつけられないからといって、だらだら続ければいいのかというと、これも悩ましいところです。

■手応えがあるところまで、少しずつ自分を変えていく

何かにチャレンジするとき、すぐにあきらめずに継続することはとても重要で、「石の上にも3年」という表現もあります。その一方で、3年で芽が出なければやめると決めることにも意味がないとなると、どうすればいいのでしょうか。

たまたま始めた何かを、そのままのかたちでむやみにやり続けることには、多くの場合あまり意味がありません。たとえば、毎日同じ駅前の深夜、空き缶をおいてずっと歌い続けたとしても、それでスカウトが来てくれるわけではないのです。

ただ歌うことに満足せず、少しでも足を止めてくれるお客さんが出るように、歌う曲を変える、時間帯を変える、格好を変える、パフォーマンスの方法を変える、など、新しいことにチャレンジし続けることが重要です。その上で、曲を変えたら反応がこう変った、服を買えたらこう変った、など、やったことに対する結果をよく見て、また変化をつけていく。歌っていたいと思うなら、歌うという部分は変えずに、その周辺を変えていき、少しでも自分が望む状況になるように変容させていけるようなら、それを続ける価値があると思います。

福岡のストリートからメジャーデビューした女性シンガーのYUIは、こんな話をサイトに書いています。彼女は中学時代から「音楽の道にすすみたい」と思いながらも、高校に進学してしまい、音楽に集中することはできなくなってしまいます。そんなとき、天神でストリートライブをやっていたバンドのライブを、しばらくの間見ていて、彼女は思いきって、声をかけました。

―――「どうすれば、音楽の道にすすめるんですか？」
すると、そのバンドの人たちは、いきなり声をかけた私に、驚いた顔もせずに、優しく、博多に、曲作りやギターを勉強できる音楽塾がある、という事を教えてくれたんです。その後、私はその音楽塾VOICEに奇跡的に、入ることができました。

そこで自分の音楽を少しずつ変えながら力をつけていくわけですが、彼女がバンドに声をかけるという変化を起こすことがなければ、デビューもなかったでしょう。やりたいことをやるために、自分から小さな変化を起こし続ける。これができている間は、年限を定めずに続けても、前に進めているし、自分に変化を起こすことができなければ、初めて3か月でもやめた方がいいかもしれません。

■外に手応えを求める

やりたいことが見えていたら、それを人に提示し、評価を受けるようにするべきです。たとえば、

バイトでお金を貯めてはバックパッカーになり、旅行エッセイをHPで公開している友達がいる。周りに迷惑をかけているわけじゃないし、本人が充実しているならそんな生き方もアリ！

と言うような場合です。

自分がやった結果を人に提示することはとても重要です。人に見せれば、何につけ「いい」「わるい」「好き」「嫌い」の評価をくれるし、それをきっかけに自分を変えていくことができます。インターネットはこれまで以上に手軽で低コストに人に提示することができるツールで、何かをやっていきたいフリーターの強い味方になってくれるでしょう。僕自身も、インターネットをどんどん味方にしてきました。

もちろんネットに限定する必要はなく、ストリートで歌う、つくったものを身近な人にプレゼントする、スポーツで他流試合に出るなど、外とぶつかる機会をつくることは、自分を前に進めるきっかけになります。もちろん、それをきっかけに「やっぱりやめた」となることもあるでしょうが、それはそれで、別の道を探す大事な一歩になるのです。

とはいえ、ひとつだけいっておきましょう。人に提示し、いい評価が得られなくても、それで落ち込む必要はありません。「その人からはいい評価が得られなかった」ことを受け止めればいいのであって、そのことが自分がやっていることをすべて否定されているように感じる必要はないのです。別の人は、まったく違う評価をするかもしれません。

というようには、なかなか考えられないので、20代の挑戦は思うようにうまくいかないのですが、チャレンジしつつ、意見を聞きつつ、自分の道を進むことができれば理想です。

この記事に関する感想や意見、またこの記事に対する評価をおまちしています。こちらのページから、お気軽にお寄せください。コミトンはあなたの意見でもっとおもしろくなります。

渡辺パコ。ライター、デザイナー、コンサルタント、グロービス・マネジメント・スクール講師。
1960年東京生まれ。学習院大学文学部哲学科卒。85年採用広告プロダクションでコピーライター、クリエイティブディレクターとして広告、会社案内の制作、PR戦略の企画立案などを担当。その後、独立して90年に有限会社水族館文庫を設立。94年から著作活動を開始する一方、Webサイトの設立・運営にアドバイザーとして積極的に参画、ビジネスインキュベーションを担当。雑誌などへの執筆活動も行う。著書に「渡辺パコの35歳からは好きなことでお金を稼ぐ」「環境経営の教科書」「人生に役立つ論理力トレーニング」（幻冬舎）「＜意思伝達編＞論理力を鍛えるトレーニングブック」「論理力を鍛えるトレーニングブック」「手にとるようにIT経営がわかる本」「図解＆キーワードで読み解く通信業界」（かんき出版）、「LANの本質」、「生命保険がわかる本」など。

☆ポートレイト撮影：川口愛

mail:paco@suizockanbunko.com