201T ライブドアvsフジテレビの戦いが提起したもの

photo by paco.

今回は、前回少し触れた「ライブドア vs. フジテレビ」について書いてみたいと思います。ソフトバンク・インベストメントがフジテレビの株式を借り受けてから、ライブドアの影響力がフジテレビに及ぶ可能性が少なくなったと一時期の大騒ぎは沈静化したようにも見えます。しかし、この事件が提起したいくつかのイシューがなくなってしまったわけではありません。また視点の取り方によって、将来に生かせることがありそうです。

僕の場合、一つには「何か大きな変化をうまく起こすためには」という視点で見ていました。自分が何か大きな変化を起こしたい時のためにどんなことを学べるか、ということです。今回、ライブドアに対して反感や懸念を示す人がとても多かった。少なくとも彼らがプロ野球に参加する意思表示をした時に比べるとはるかに多いと思います。「話題になるためにはショッキングであるのが有効で、だからこれでよかったのだ」という人もいるかもしれません。それはそれで一つのやり方ですが、僕はそういうやり方は好きではないので、やりたいことをもっとスムーズに出来たのでは、という観点で考えてみたいと思います。

もう一つには「資本主義」というものについて考える、とてもよい題材だと思います。「カネさえあればなんでもできると思っているのか..」ということがあちこちで言われました。しかし、資本主義というのはそもそもそういうものではないのか。会社は誰のものなのか。これら二つについて、これから考えてみたいと思います。

■なぜライブドアへの反感がこれほどあったのか？

上に書いたように、今回の事件ではライブドアに対する反感がかなりありました。「新しい風を起こしてくれる」「おもしろい」といった反応も確かにあるのですが、ネガティブな反応も、とても多い。それがどうしてなのか、というところから入っていきたいと思います。

まず当事者であるフジテレビの経営者が強い反発を示していました。「支配」とか言われたので、当然と言えば当然ですが、それだけではなさそう。ずっと自分たちがコントロールしてきたところに、全然違う考え方をもった素人連中が入ってこようとしていて、自分たちよりもうまくやると言っている。それに対する反発もありそうです。そして株買占めにあったニッポン放送の従業員や関係者にも同じような反発が起きたと思われます。自分たちが追い出されるかもしれないという不安や、自分たちがこれまでやってきたことが否定されたという感覚を考えれば当然と言えます。

一方、外から見ている人は二つに分かれたと思います。「わけの分からないよそものがやってきた」と感じた人は、自分の会社にも同じようなことが起きたらたまらない、とフジテレビやニッポン放送に同情したと思います。一方、マスメディアやその経営陣について「変わるべきなのに変われていない」と感じている人は、「風穴をぶちあけてくれた」と思ったかもしれません。もう一つ、二つに分かれる軸は当事者の態度に対する考え方です。堀江氏について「威圧的だ」「謙虚さが感じられない」「これまでの功労者に対するリスペクトがない」と感じた人が一方でいそうです。もう一方で、「プロ野球合併問題の時もそうだったが、旧体制の方が既存の地位にあぐらをかいて偉そうにしている。堀江氏がそこに敢然と戦いを挑んだのはすばらしい」と感じた人もいると思います。

しかし、それにしてもプロ野球の時に比べると、外から見ている人にネガティブな声が多かったように思います。その理由は「必然性が感じられなかった」からではないかと思います。

まず、何かがプラスになるようにあまり見えなかった。プロ野球のように差し迫った課題があるわけではありません。こうすればさらによくなるという意味でも「インターネットと融合させる」と言うだけで、それだったらわざわざ経営に関わらなくとも、まさに業務提携で可能ではないかと思えます。堀江氏個人のビジョンとして、「世界一の企業をつくる」とぶちあげていますが、これは彼の野心であって、それで社会にどういうプラスがあるのかは見えてこない。

そして、これまでの実績や経験からみても、ライブドアは今のフジテレビ経営陣よりもうまくメディア企業を経営できそうには見えません。これについてライブドアは「インターネットで実績がある」と、新しい発想を入れるべきだと言っています。しかしインターネットでの実績ならばライブドアよりも先に頭に浮かぶところが何社もありますからそれらと組んだ方が得策に見えます。実際、業務提携がしたいならば、株を買い占める前にその申し入れをすればよかったのに、そうしなかったのはライブドア自身がそれを自覚していたからとも取れます。

こういったことを考えると、やらなくてもいいことをライブドアがやったために、フジテレビやニッポン放送はよけいなことにエネルギーを使わされたと見えてしまっても無理はありません。このように必然性があまり見えないところにカネの力で食い込んで行こうとしたので、「カネさえあればなんでも出来るという考え方はおかしい」と言われてしまったのではないかと思います。これはライブドアに理がないとか、全てがおかしいと言っているわけではありません。多くの人に上のように取られてしまう状況だった、と言うことです。

■自分がライブドアの立場ならどうした？

では、どうすればよかったのでしょう？それは何をしたかったかにもよります。とにかく話題を取って有名になることが第一の目的だったのならば、すべては彼らの言うように「想定内」で、今回の流れもそれはそれでよかったのかもしれません。

しかし、もしフジテレビと友好的に組むことが目的だったのなら、まずは提携を申し込むべきだったでしょう。法律的には問題ないにせよ、時間外の取引で株式を買い占めることも含め、今回の最初の動きは「協力しよう」と相手に思わせるものではありません。

しかし、上に書いたように「インターネットならうちの方がよく知っている」と言っても、それだけではあまり説得力がありません。具体的なアイディアをいろいろ見せて、ライブドアとやった方が他のところとやるよりもおもしろいことが出来そうだと見せる必要があります。それをやるためにはカネがかかる、それを理由に相手が渋るということならば、そこでカネを出して資本参加する、ないしはジョイント・ベンチャーをつくるということが考えられます。

一方、メディア企業を自社グループ内に持ち、やりたいことをやるというのが目的ならば、大きく分けて二つの方法が考えられます。一つは自分で立ち上げるというもの。これならば誰にも文句を言われる筋合いはありません。たとえばプロ野球での楽天は他球団から選手供給の「協力」は得ていることを除けば、これに近いと言えます。楽天はありとあらゆることをゼロから立ち上げていて、その中で新たなやり方をしていることが話題を呼んでいます。これは球団のみならず楽天全体の知名度とイメージを上げているでしょう。ただし時間と手間はかかりそうですし、これまでライブドアが取ってきた手法とはかなり違うので、ライブドアとしては取りたくないかもしれません。

そうすると出てくるもう一つの手は、「必然性のあるところ」を買うというものです。つまり経営的にやや厳しいところ、もう少し何かをしないといかんと思っているところに資本参加と業務提携の話を持ちかけるわけです。そしてライブドア側のノウハウと、その企業側のノウハウを合わせて新しいことをやりながら盛り返していく。この場合、その企業内の人材ではダメだということも考えられますが、どういう人材が求められているのかを見せながら内部の人たちに基準のクリアを促したり、外から人材を連れてくることは出来ます。

まとめると、大きな変化を起こすには、

誰かと何かをしたいなら、相手が協力したくなるように持って行く
必然性が感じられるかどうかで、相手も世間も見方が変わる

という、出てきてみると当たり前ですが、今回クリアされていなかったことが必要になってくるということでしょう。

■資本主義の意味－会社は経営者のものでも社員のものでもない

さて、もう一つ考えてみたいのが、資本主義というものの持つ意味です。言い換えれば会社は誰のものか、何のためのものかとも言えます。今回の一連のことがまず示したのは、会社は経営者のものではない、ということでした。ニッポン放送の経営陣が取ろうとした増資の策は、現経営陣を守るものであって株主利益を守るためのものとは言えない、と裁判所に却下されました。今、大株主であるライブドアはニッポン放送に過半数の取締役を送り込もうとしています。経営者は株主の利益を最大化するために株主に雇われているのであって、その方向に会社を経営していかなければならないと、これらのことが示しています。

堀江氏は「株を買われたくなければ株式公開をしてはいけない」と言っていますが、まさにその通りで、それどころか、公開以前であっても他者の資本を多く受け入れれば「自分の会社」ではなくなります。この時、起業家が自分のやりたいようにできるのは、株主の期待にこたえている限りにおいて、ということになります。

かつて僕がいた会社でもそういう議論をしたことがありました。若い会社に加わる動機として、やりたいことをがんがんやるというのと、いずれは株式公開をして株で儲けたいというのがあります。若い会社はどうなるかわからないし、まだそれほど給料も払えないのが普通ですから、その対価をキャピタル・ゲインで得るというのはけっこう大きな要素です。しかし公開すれば自分たち以外の株主の資本が入るということで、彼らの期待にこたえなければならない。それが自分たちのやりたいことかどうかはわからない。一方で自分たちがやろうとしていることは株式公開をして資金を得なくてもやれそうだ。そう考えた結果、株式公開はせず、やりたいことをやろう。金銭的リターンは経営の効率を高めていくことで、得ていこうという結論になりました。

会社が経営者のものではないのと同じように、社員のものでもありません。ニッポン放送の社員が反対しようと、ライブドアは取締役を任命できるし、指示に従わないならば社員を解雇することも出来ます。会社に対して発言権を持ちたいなら株主になるべし、ということですが、それでも他の株主のリターンを下げるようなことは言えません。

では会社は株主のものなのか。全てはリターンの大きさに寄って決まるのか。ライブドアのニッポン放送株式買占めに続いて起きたいくつかの動きは、日本のビジネスがその方向に向かっていることを示唆しているように見えます。たとえばフジテレビによるニッポン放送株のＴＯＢに応じた東京電力の経営陣を東京電力の株主が訴えるということがありました。当時の市場価格よりも低い価格で出されていたＴＯＢに応じるのは株主利益を損なうというわけです。またトヨタはＴＯＢに応じず、市場で売却しました。これも株主利益を意識したものだと思われます。一方、ＴＯＢに応じた企業もあったわけですが、それもライブドアの「カネさえあれば」に反発したというよりは、「その方が長期で見ると得だから」という企業も多かったと思います。少なくとも株主に対してはそう説明するでしょう。

■カネで決まる、強いものが勝つ、それでいいのか？

上のようなことだけを見ると結局、「資本の原理」が経済活動を決めているように見えます。それが資本主義の基本であることを考えれば、当然と言えば当然です。また、今回のことから、資本主義の世界は力と力の勝負であることを強く感じた人も多いと思います。堀江氏は「アリがゾウを倒すこともある」と言っていますが、それもいろいろなテクニックを駆使して「力を得て」勝負することには変わりありません。

しかし、それでいいのでしょうか。これを推し進めていくとどうなるかは、今回の事件が示唆していると思います。どちらの側も攻めたり守ったりするのに忙しく、本来の事業についてじっくり考えたり、進めていくことに割くための資源をそれだけ取られてしまいます。勝てばリターンをそれなりに得られるかもしれませんが、負ければ大きなロスとともに退場せざるを得なくなります。社会はそれから何を得ているかというと...フジテレビが勝とうがライブドアが勝とうが、マスメディアに大きな変化はないと僕は思います。

「でも、特に日本ではこんな買収合戦は珍しい。普通は地道な経済活動が行われているのだ」という反論があるかもしれません。しかし多くの場合、地道な経済活動でも、限られたパイを奪い合っているという点では買収合戦と変わりありません。競争にしのぎを削っているわけです。「でも、競争によってよりよいものが提供されるのだと思う」という反論がここで出そうです。確かにそういう面はあります。でも、既にかなりのレベルに達しているところで競争を続けることはどうなのか。そのために企業が雇用をどんどん減らし続けたり、今もかなり無理している社員たちに「がんばらないと生き残れないぞ」と言い続けるのでよいのか。競争をし続けることで未来は明るくなるのか、学校のセキュリティに大きな予算をかけるようになったり、テロへの警戒があらゆるところで重要テーマになるような社会が変わるのか？

一方で、こういう競争に向けるエネルギーを他のところに向けたらどうでしょう。限られたパイを奪い合う戦いではなく、社会が必要としているのにまだ得られていないもの、たとえばよりよい教育とか、医療とか、住環境とか、自然とか平和とか、そういうところに向けたら、僕らのQuality of Lifeは競争するよりも効率よく上がっていくように思います。逆に言えば、今のような競争にかまけていると、そういうことがなかなか進まない。

では、どうしたらそういう「足りないものを社会に提供する」方向に人や企業のエネルギーを向けられるのでしょう？　企業は今のままだと「株主利益の追求」に走り、その答えが「競争に勝つことを目指す」となってしまっていることは先に述べた通りです。個人はどうでしょう。今回「カネさえあれば何をやってもいいってもんじゃない」と批判している人たちがいました。しかし、「そう言っている人たちも結局カネや権力に走っているんじゃないの？」と思っている人は多いと思います。どうすれば変わるのか？

ここはしばらく前からずっと考えているところなのですが、今思っているのは、あるべき方向にものごとを進めていく人が高く評価され、尊敬されるようになればいいんじゃないか？ということです。たとえば、患者も医者もハッピーであれるような医療を提供している病院がちゃんと評価されている。経営としてもよい状態にある。自然農で作物をつくっている農家の野菜が評価され、同時に彼らのライフスタイルも「ああなりたいよなあ」と思われている。というように、ちゃんとやっている人が、少しずつロールモデルとして捉えられるようになるとよいのではないかと。

では、そのためには何が必要なのか。それにはまず、こういった人たちがそれぞれのやろうとしていること（医者も患者もハッピーとか、自然農で高い品質の野菜をつくりだすとか）を実現すること、そして彼らの存在が知られることが必要です。そのためには...と考え出すとまだまだ続くのですが、そろそろだいぶ長くなってきたので、今回はこのくらいにします。ただ、今回の事件で僕は、競争モデルの限界を感じ、それの上を行くモデルの必要性を改めて強く感じたということ、その実現に向けて自分は何をするか、第一歩のアイディアを今、練っているところだということを書いて、終わります。

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Toshi/高橋俊之（たかはしとしゆき）。知恵市場代表。株式会社グロービス執行役員、グロービス・マネジメント・スクール(GMS)統括責任者を経て、2001年7月からフリーランスとして活動。知恵市場の他、使える英語を楽しく習得する「英語のシャワー」を主宰。GMSクリティカルシンキング講師もつとめる。著書・監修書に「テクノロジー・パワード・リーダーシップ」（ダイヤモンド社）、「ビジネスリーダーへのキャリアを考える技術・つくる技術」（東洋経済新報社）。

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