204P_「考え方」のつくりかた(1)

photo by paco.

今回から、pacoが執筆中の単行本の原稿の一部を一足先に読んでいただく回をつくっていきます。

今回は6月ごろ、大和書房から出版予定の『「考え方」のつくりかた』（仮題）の冒頭をご紹介します。来週は、連載中の「20代のライフデザイン」の続きをお送りする予定です。

■はじめに

　友だちと話していて、考えが食い違ったときに、思わず「考え方が違うからね」と言ってしまうことがあります。同じものごとを見ているのに、人によって考え方が違っていたり、それによって結論も違う場合もしばしばです。相手の考え方に感心したり、敵対した雰囲気になったりします。意見が食い違って対立したり、気まずい雰囲気になるのはうれしいことではないのですが、でも今の時代の中では、意見をいって食い違うより、意見をいえずに人の意見にただうなずくばかりというのが、一番情けない感じがするのではないでしょうか。

---------------------------
自分の考えをしっかりと持つ。
---------------------------

　これは今の時代の中で、とても大切な意味を持ちます。仕事では自分の考えを持ち、それを人に納得させられる人が信頼を獲得し、リーダーとなることができます。以前は年齢が上の人の意見に、年下が従うだけという関係が普通でしたが、今は人を納得させられる人が年齢を問わずリーダーになるという事態に変りました。自分の考えがつくれない人は、仕事がうまくできない時代です。

　個人の生活でも自分なりのしっかりした考えを持つことが重要になってきました。どういう判断でどんな決断をするのか、しっかりした考え方ができないと、右往左往してしまうことになり、何をするのでも不安がつきまとう、という状況になるでしょう。
　では自分なりの考え方をどうやってつくったらいいのかというと、それこそ各自にまかされてしまい、どこから手をつけていいのか、わからないという状況だと思います。この本は、僕が、僕なりの考え方をどのようにつくってきたか、その経験をもとに、(1)考え方をつくっていくプロセスと、(2)その結果として発見した僕なりの考え方、の両方をお見せしようと書きました。

　自分の考えを持ち、それを話せる人が、これからの時代、尊敬され、また自分も自信を持って生きられる、そんな人になるのだと思います。

■プロローグ価値観を持つとは？

●「考えない」リスク

　今、時代のキーワードは自己責任です。仕事でも生活でも、選択の自由があがっている反面、常にその自由に対応する責任が求められます。

　模範解答がどこかにあるわけではありません。その時どきの状況の中で個人の考えに基づいて、適切な価値観や信念に裏付けられた行動をとり、メッセージを作れるかどうかで、社会的な評価も、その後の道筋も大きく変わってしまいます。

　自己責任の時代は、自由の時代であると同時に、他人の価値観ではなく、自分自身の価値観を常に求められる時代でもあるのです。この本では、「考え方」と「価値観」は、ほぼ同じ意味で使っています。「まもなくはじまりそうな戦争についてどう考えるか」「となりの国とどうつきあっていけばいいのか」「自分の子どもや若い世代の行動をどう理解し、つきあえばいいのか」といったテーマについて、考えを持つ方法という意味にです。しかし、考えを持つ方法がわかれば、それに従って自分の考え方が必然的に決まってくることが普通です。考える方法だけをとりだして考えることもできますが、それでは応用先のない定理のようなもので、1冊の本を読んだ成果としては、物足りないでしょう。定理（考え方）と、それを応用して考えた結果を同時に考えれば、それは自分なりの考え方＝価値観になります。ものごとを深く考える方法を学び、それに従って考えたときに、どんな結論が出てくるのか、それを身につけることで、自分の考えをはっきりさせることができます。

　この本に僕が示した結論（定理の応用）は、あくまでも僕自身が出した結論に過ぎませんが、考え方（定理）そのものは、あなた自身の結論を出すときにも使える、ある程度普遍的なやり方になっていると思います。「考え方」を身につけ、それによってあなた自身の考えをつくっていくことが、この本のねらいです。

●自分の価値観を持とう

　ではこういった事例から見て取れる「価値観」や「信念」あるいは「哲学」と呼ばれるものは、具体的には何をさしているのでしょうか？

　哲学は、こういった価値やものの見方、真理に関する学問なのですが、実際に「哲学」と名の付く本を探して目次を見ると、「古代ギリシャでは……」「実存主義哲学では……」「プラトンは……」という目次が並んでいるのがふつうです。ページをめくると、これまでのナントカ主義や哲学者ダレソレの説明が書いてあるだけで、それ自体は「なるほど」と思わせることはあっても、だからといってそれが今の僕たちの価値観や理念につながるのかというと、うまくつなげることができないと感じるのではないでしょうか。

　もちろん、哲学は価値観や世界の見方についての答えを探す知的領域ではありますが、多くの哲学書は、今生きている僕らが、どのように自分の価値観を作り出したらいいのかについては、はっきりとは教えてくれません。もちろん、哲学以外のほかの学問や知的領域も、同じです。数学も、物理学も、歴史学も、自分が今生きる価値観の作り方は教えてくれないのです。

　この本では、僕自身がどのようなアプローチで価値観を作っているのかを、いくつかの象徴的な論点を例に挙げながら説明していきます。今生きている僕らが何を考えていけば、自分なりの価値観を作り上げていけるのか、その方法がわかり、自分で納得できる価値観を持った人が増えてほしいと思っています。

■第1章うまく考えるためのヒント

●考え方のヒント 1 自分の考えを相対化する

　　では価値観を持つとはどのようなことをさしているのでしょうか？　価値観という言葉は実生活のいろいろな場面で使われているために、ひとことで意味を辞書のように特定することは困難ですが、あえて僕なりの意味をつけてみると、「人によって意見が分かれるようなテーマについて、＜どちらの意見も一理ある＞という態度をとるのではなく、自分自身のあたまで十分に考え、判断して態度を決め、その判断を維持し、多くの判断を積み重ねていくこと」ではないかと思います。
　価値観を持つ第一歩は、このような意見が分かれるイシュー（問題）※について、自分の考えをはっきり持つという姿勢から始まります。次いで、判断をするために十分に考え、自分なりに揺るぎない判断を持つこと。そしてその判断を一貫して持ち続けることによって、周囲もあなたを信頼するようになります。さらにそのような判断を、社会全般のさまざまな場面についてしっかり持とうという態度をとっていれば、そのような人のことを「価値観のしっかりした人」「価値観をちゃんともっている人」と言われるのではないでしょうか。

※イシュー
考えるべき問題やテーマ、課題を、論理思考の用語でイシューと呼びます。「問題」というと、「解決しなければならない障害」という意味もありますが、イシューといった場合は「考えるべきこと」「判断すべきこと」であって、それが「障害＝よくないこと」とは限らないという意味になります。とはいえ、この本では「イシュー」を「問題・課題・テーマ」などと同じ意味で使っていると考えてもらっても、「問題」はありません。

　価値観を持っているということは、意見が分かれるようなイシュー（問題）について、あえて判断をして、その判断をした理由を持ち、その判断をコロコロ変えずに、できるだけ継続的に持ち続けることと言えそうです。

　判断を持ち続けるのですから、それが信念や確信になり、揺るぎないものになることだと言えそうですが、とはいえ、いきなり揺るぎない確信を持っても、それは価値観とは呼びません。判断が分かれるようなイシューでいきなり判断しても、実際のところ、「エイヤッ」と勢いや思いこみで決めているだけで、十分考えた結果、その判断をしたとはいえないし、自分と意見の異なる人と意見交換をすることもできません。単に一方に決めてしまい、何を言われても聞く耳を持たないという状態になっているに過ぎないでしょう。このような状態は、価値観がはっきりしているのではなく、「頑迷」と呼びます。

　価値観を持つためには、自分と異なる立場についても理解し、なぜ意見が違うのかを理解した上で、「それでも自分はこちらの立場をとる」と説明できることが必要です。価値観を持つための最初の一歩は、自分と違う意見の人の言葉をていねいに聞き、理解し、自分の考えを絶対的なものにせずに、相対的な比較の中で理解していくことなのです。

　このことを僕は「価値を相対化する」と呼んでいます。判断が分かれるような事柄について、目についた意見に飛びついてそれを持論にするのではなく、まずそのイシューについてどんな意見や考え、見方があるのかを調べ、理解する。そのときに、自分は「こちらの立場以外、とりようがない」と思っても、思いこみによるのではなく、まず自分の立場以外の主な立場について学んでみる過程が、「相対化する」ことです。

　実際に価値観を作るときには、そのイシューについて、「賛成」「反対」というような代表的なふたつの立場を想定するとよいでしょう。単に想定するだけでなく、立場を異にする人と実際に意見交換をすると、お互いに理解を深めることができるので、実際に議論をするということを前提に考えてみます。とはいえ、議論をする相手が「頑迷」に主張するだけの人であっては自分の価値観を深めるのには向きませんから、お互いに自分の意見を「相対化」しようとしている人という仮定で、以下の話をしていきます。

　また、イシューによっては、立場は必ずしもふたつではないはずです。しかし3つ、4つの立場があると最初から考えると、複雑になって考えにくいので、まずは代表的な立場をふたつに絞って考え始めます。

　たとえば、このあと第2章では、戦争を取り上げています。戦争というイシューについてのふたつの立場として、たとえば

A どんな戦争もするべきではない
B 戦争をするのは、多くの場合やむを得ない

を想定してみます。

　戦争について、あなたはどう考えているでしょうか？　もしあなたが、戦争はとにかくするべきではない、人の殺し合いが堂々と行われることはよくない、と考えるなら、Aの立場。戦争で殺し合うのはいいこととはいえないけれど、人間は戦争をせずにはいられない生き物で、戦争がなくなると考えるのはナンセンス、と考えるなら、Bの立場ということになります。

　この場合、中間というものあるでしょうが、ある程度立場をはっきりさせておかないと、考えが整理されず、何も考えていないのと変らない結果になりがちです。なるべく、明快な立場に立って考えを深めていくのが、価値観をつくるよいアプローチです。

　こうして、自分の考えと、それと対照的なもうひとつの立場を想定することで、自分と異なるBの立場をとる人と出会い、議論をしたとしても、相手の考えがどのようなものかがわかり、それに合った説明ができるようになってきます。単に自分の言いたいことをいうだけではなく、相手の考えや相手の論理を理解した上で、自分の考えを主張することができるので、同じ結論を持っているにしても、また相手が自分の立場に同意はしないにしても、「しっかりした考えを持って話す人だ」という理解を得ることができます。

　実際には、自分と異なる意見を「想定」するだけではうまく考えることができないので、意見が違う人と話をすると、イシューを深めることができます。もともと意見が違うので、同じ意見になることはないでしょうが、相手の考えを理解し、その考えと自分の考えの違い説明できること＝相対化ができると、自分の意見について自信を持つことができるのです。

　　　　（～続く）

この記事に関する感想や意見、またこの記事に対する評価をおまちしています。こちらのページから、お気軽にお寄せください。コミトンはあなたの意見でもっとおもしろくなります。

渡辺パコ。ライター、デザイナー、コンサルタント、グロービス・マネジメント・スクール講師。
1960年東京生まれ。学習院大学文学部哲学科卒。85年採用広告プロダクションでコピーライター、クリエイティブディレクターとして広告、会社案内の制作、PR戦略の企画立案などを担当。その後、独立して90年に有限会社水族館文庫を設立。94年から著作活動を開始する一方、Webサイトの設立・運営にアドバイザーとして積極的に参画、ビジネスインキュベーションを担当。雑誌などへの執筆活動も行う。著書に「渡辺パコの35歳からは好きなことでお金を稼ぐ」「環境経営の教科書」「人生に役立つ論理力トレーニング」（幻冬舎）「＜意思伝達編＞論理力を鍛えるトレーニングブック」「論理力を鍛えるトレーニングブック」「手にとるようにIT経営がわかる本」「図解＆キーワードで読み解く通信業界」（かんき出版）、「LANの本質」、「生命保険がわかる本」など。

☆ポートレイト撮影：川口愛

mail:paco@suizockanbunko.com