212P_「考え方」のつくりかた(5)

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今週は、210号の続きです。
7月に、大和書房から出版予定の『「考え方」のつくりかた』（仮題）の先行公開です。

～「第2章【テーマ1】戦争は絶対にいけないこと？」の続き

■実質的に無力な「理想主義」の立場

では(1)の理想主義的な立場はどう考えればいいでしょうか。戦争をしないですむならしない方がいいという点では(2)立場も(1)の立場も共通しているといえます。しかし(2)の立場の人々は、(1)の立場の人たちにこう問いかけます。「イラクや北朝鮮のような不条理な悪質国家や、過激なテロリストが近隣にいれば、唐突に攻撃を受けることもある。それでも反撃（戦争）をしないなんて、考えられない」「家族団らんの時間に暴漢が乱入してきて子どもに殴りかかっても戦わずにやられるままにしておくつもりか？」。この問いを投げられると、(1)の立場は非常に弱くなり、口ごもるしかありません。誰だって、家族が殴られるのを黙ってみていられる人はいません。

さらに(1)の立場の人はたたみかけられます。「戦争をしなければ悪い奴らは調子に乗ってのさばるだけだ、世界は悪い奴らの思うつぼになってしまう」「悪い奴らに支配されれば、戦争をするより多くの犠牲が出るかもしれない。実際、イラクのフセインは国内に恐怖政治を行い、市民は戦々恐々として暮らしていたし、密告など相互監視の下に置かれていた。そういう状態になってもいいのか？」

こういった指摘に会うと(1)の理想主義的な立場をとる人は対応できなくなります。実際、現実はそのように動いていて、日本人自身も太平洋戦争の敗戦前は言論の自由がなく、政府の批判をしようものなら投獄されてしまうとか、結婚も本人の自由にならないという時代を過ごしてきているので、それは困る、となってしまいます。また、「戦争は悪い、するべきではない」といっても、では実際に存在している「邪悪な人間」にどうやって対抗するのかというよいプランがあるかというと、それも簡単ではありません。
このような構造の中で、(2)の現実主義的な立場は説得力を持ちやすく、(1)の人々に対しては強い立場で、(3)の人々からは攻撃されずにすみ、いわば一番楽な立場でいられると考えられます。実際、(2)の立場に立つ人が数的にも多いと考えられますが、それもわかるというものです。

◇パコの、自分でツッコミ ◇
戦争は悪、という主張をする人の多くは、戦争を認める人との違いを明確にして、戦争をするという発想は間違っていると具体的に指摘できないことがおおい。戦争を認める人の言い方も乱暴だけれど、戦争を認めない人の意見も乱暴で、両者はまったくかみ合わないままに、戦争が起こることがほとんどなのだ。

20世紀、最後の10年は、冷戦が終わり、世界が平和的に動くかと思われていたのだけれど、それも幻想だったことが9.11同時多発テロではっきりしてしまいました。21世紀前半は、また戦争が繰り返される時代になりつつある。日本も、自衛隊の海外派遣、憲法改正など、戦争という手段が次第に近くに迫っていて、「今の時代、戦争はどこかの国の話」というような遠い理解は許されなくなった。その一方で僕たちは戦争についてどう議論したらいいのか、そのフレームや言葉さえ持っていない。こういう状況は、実は(3)の立場の人にとっては、いちばん楽に戦争を始められる状況なのだということに目を向けたい。

■戦争の悲惨さと引き替えにするもの

では一番現実をよく見ていて、一番楽な立場なのが(2)だとして、僕自身、あるいはあなた自身が(2)の立場を取るのがいいのでしょうか。つまり、戦争を主体的に進めたいと考えている好戦的な政府や軍需産業の立場などの意見に対しては、あえて裏の目的を探らずに「たしかに戦争はやむを得ない」と考え、理想主義的な人たちには「あなた達の考え方では平和は守れない」といえば、いいのでしょうか。

では実際に、その考え方に従って、「やむを得ない戦争」が起こったとしましょう。実は、これまで世界でおきているほとんどすべての戦争は、「やむを得ない戦争」だと説明されています。積極的に戦争を仕掛けている(3)の立場の人でさえ、表向きはその意図を隠して何かしらの大義名分を立てています。戦争が起きるときには、ほぼすべての戦争は「自衛のための戦争」と説明されるという事実を、歴史の中から学ぶべきです。

やむを得ず始められた戦争で、自衛のための戦争なら、戦争をしてもいいのでしょうか。問題がないのでしょうか。太平洋戦争を敗戦で終えることになった日本人は、戦争の悲惨さの前にうちひしがれ、もう二度と戦争はしないと誓いました。敗戦から60年がたち、戦争の悲惨さを直接知っていて、語れる人はかなり少なくなりました。僕は敗戦から15年後に生まれているので、僕が子どものころは、大人たちは口をそろえて「戦争はしてはダメだ、ひどいものだ」と話しているのを覚えています。今の大人たちである僕より上の世代は、必ずしも下の世代にそのように話していないので、今の若い人たちは「戦争は悲惨だ、絶対にするべきではない」というメッセージが伝わっていないようです。そもそも日本がアメリカと戦争をして負けたことを知らない、という人もいるほどです。

太平洋戦争は、日本が「このままでは日本がつぶされてしまう」と考え、日本を守るために始められた、という説明が付けられています。そしてそうしてはじまった戦争で、多くの日本人が死に、もう戦争はこりごりだ、と考えるようになった。戦争が自衛のためだとか、やむを得ないからといって、戦争の悲惨さが消えるわけではないのです。

日本は結果的に負けたから、悲惨さの部分だけが記憶に残っているというのは事実でしょう。米国・イギリスなど戦勝国では戦ってよかったと考える人も多くいます。だとすると、戦争は勝ってなんぼ、勝った戦争は肯定され、負けた戦争は否定される、という傾向があると考えることもできます。でも、勝ったからといって、戦争で家族が死に、辛い思いをしたという人が多数存在すること、そして彼らの辛い思いそのものには、代わりがありません。

■悲惨さを、理想で覆い隠せるか

戦争をやむを得ないものと考える人は、戦争が悲惨だと考えていないわけではなく、戦争による悲惨さを乗り越えて、悲惨だったけれど、やむを得なかった考えられるからこそ、戦争を肯定していると考えられます。太平洋戦争で息子を失った米国人の母親は、息子は民主主義と世界の平和を守るために尊い義性になったと考えているから、戦争は悲惨だけれど、やむを得なかったと考えられるのです。

ここで注目したいのは「民主主義と平和の犠牲」という考えは、それ自体、単なる理念であり、理想的な解釈に過ぎないという点です。息子の死という悲惨な現実を、「民主主義」「平和」という抽象的な概念によって帳消しにしようとしていると考えられます。(2)の立場を取る人が戦争を肯定できるのは、戦争が悲惨であっても、理想の実現で悲惨な記憶を軽くできると考えているという点で、現実より理想や概念に重きを置ける（引き替えにできる）と考えているといえます。

(1)の立場を取る人々も、もともと理想主義的で、戦争はなくなった方がいい、という主張そのものが理想で、現実を見ていないという指摘を受けるのですが、こうしてみていくと実は(1)も(2)も、現実の悲惨さを理想によって置き換えようとしている点では変わりがないのです。

■戦争は悪か、やむを得ないものか

ここで最初の問いに戻って、戦争は悪なのか、やむを得ないものなのか、再考してみましょう。

戦争をやむを得ないものと考えるなら、戦争の悲惨さを打ち消すだけの理想が、戦争によって実現されたと考える必要があります。このことから考えると、(3)の立場を取る「戦争をやりたい人々」にとっては、戦争のあと、「この悲惨な戦争によって理想が実現された」といえれば、背後に「やむを得ない自衛の戦争」という以外の「石油」や「支配」や「覇権」という目的があっても、それは不問に付してもらいながら戦争を始めたことを認めてもらえることになります。この考えをさらに押し広げて考えると、「結果としてよかった」といえるようなシナリオさえ用意しておけば、どんな動機で戦争を始めても、許され、歓迎される、という思想が生まれます。実際、20世紀以後、こういうタイプの戦争がほとんどではないかと考えられます。

これに対して、戦争の悲惨さを理想で覆い隠すことはできないと考える(1)のタイプの人々が実際に力を持つためには、どんなアプローチを取ればいいのでしょうか。(1)の立場の問題点は、現実に争いがあり、不条理に攻撃を仕掛けてくる国や勢力があるという事実に対して、明快な対策を示せない点にあります。この点をさらに深めると、戦争をしないで問題を解決することと、戦争によって解決するということには、かなり違いがあることに気がつくのです。

戦争という解決策は、戦争に勝ちさえすれば、その後、安心で安全な世界が来ると（暗黙の了解として）考えることができるのに対して、戦争をしないで平和を保つということは、「もしかしたら悪の勢力がいるかもしれないけれど、攻撃をしかけては来られない状態」を維持することです。戦争という方法が、悪（に見える勢力）を常につぶしていこうという姿勢であるのに対して、「戦争によらず安全を保つ」という方法は「悪との平和的な共存」をめざすことを意味しているのです。

実は、戦争をという方法をとろうとする人々は、この「悪との共存」という感覚にたえられず、悪は常にこの世から抹消してしまおうという、手っ取り早い方法にあたまが向いてしまう考え方をとっているのです。この考え方は一見正しそうなのですが、人間の善悪を決めることは、実はそう簡単なことではありません。何しろ、人を殺すというもっとも悪そうなことさえ、戦争や死刑など、合法的で善なることにできてしまう中で、ある行動をとる人々を悪と決定することは実は非常に難しいことなのです。戦争によって解決できるという考え方は、その背景を注意深く見ていくと、善と悪をあまりに容易に区別していることが多く、ブッシュ政権の主張を見ても、よくわかります。「悪の枢軸」「圧政国家」など、希薄な理由で他者を悪と決めつけ、攻撃の理由にするというメンタリティは、善と悪が容易に区別でき、かつその区別を自分がつけられるという傲慢さが背景にあると感じられることがとても多いのです。

ちなみに、あることを善と悪に区別するために、今の社会がとっている方法は、裁判という方法です。中立的な裁判官が、客観的に決められた法律に従い、事実を積み重ねて行う、公開の裁判で判断を下すというのが、善と悪の境界を定める合理的な方法として認められている程度で、それも「疑わしきは罰せず」「三審制」「物証主義」といった歯止めをかけてようやく可能になるのです。この裁判という方法は、人間がこれまで、冤罪（ぬれぎぬ）や恣意的な裁判という問題と繰り返しぶつかる中で、ようやく見つけてきた方法であって、まだまだ不十分なものなのです。裁判でさえ不十分なのに、戦争を決める段階では、証拠も審理もせずに、国の中枢にいる人々が一方的に決めつけた「悪」のレッテルによって戦争が始まるというのが、今も続いている戦争にまつわる現実です。

「悪（に見える勢力）を押さえ込みつつ共存する」という方法（(1)の方法）は、まどろっこしく、面倒で、かつすっきりしないやり方です。しかし、戦争というすっきりできそうな方法は、人間は善悪をすっきり区別できるほど、能力が高くないということを無視し、いわば「全知全能の神の視点」で行動できると考えるアプローチだといえます。(1)の方法はすっきりしないの方法ではありますが、矛盾を抱えるように見える(1)の方法が、一番矛盾を表面化させない方法だというのも、また事実です。

さて、こうして戦争という方法について考えてきましたが、あなたの考えはどうでしょうか。戦争はするべきではないと考えるなら、それは「悪との平和的共存」というおかしな状況を実現する努力をし続けることを意味します。一方戦争を支持するなら、それは安易な善悪判断を受け入れることを意味し、一歩間違えると自分たちが悪だと決めつけられる危険と隣り合わせで、しかも戦争によって悲惨な状況になる可能性を受け入れることを意味します。(3)の「戦争は積極的に行い、望む世界を実現するべきだ」という立場は、一歩間違えば、ヒトラーやフセインの立場になりかねません。

どの世界を実現したいのか、それがあなたの価値観につながります。

◇パコの、自分でツッコミ ◇
ここまで読んでもらって、気がついたと思うが、この本で取り上げている8つの「テーマ」については、「対立する立場がある」と言うところから始めながら、僕自身がとりたい立場（結論）は、いずれかひとつにはっきりしている。この章のイシューで言えば、(1)の立場が基本的に僕の立場で、本音を言えば(3)の立場の人間の存在が世界を悪くし、(2)の立場をとる人々が無邪気に後押しをしている、というように見える。とはいえ、できるだけ公平にものを考えたいと思っているのは事実で、特に(2)の立場の人の考えは、注意深く見ていく必要がある。対立する立場の人の見解をどれだけ注意深く聞いていくかが、よりよく考えるきっかけを与えてくれるのだ。

　

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渡辺パコ。ライター、デザイナー、コンサルタント、グロービス・マネジメント・スクール講師。
1960年東京生まれ。学習院大学文学部哲学科卒。85年採用広告プロダクションでコピーライター、クリエイティブディレクターとして広告、会社案内の制作、PR戦略の企画立案などを担当。その後、独立して90年に有限会社水族館文庫を設立。94年から著作活動を開始する一方、Webサイトの設立・運営にアドバイザーとして積極的に参画、ビジネスインキュベーションを担当。雑誌などへの執筆活動も行う。著書に「渡辺パコの35歳からは好きなことでお金を稼ぐ」「環境経営の教科書」「人生に役立つ論理力トレーニング」（幻冬舎）「＜意思伝達編＞論理力を鍛えるトレーニングブック」「論理力を鍛えるトレーニングブック」「手にとるようにIT経営がわかる本」「図解＆キーワードで読み解く通信業界」（かんき出版）、「LANの本質」、「生命保険がわかる本」など。

☆ポートレイト撮影：川口愛

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