023ソニーの環境対応から学ぶ(1)

7月10日にソニーに環境対応についての取材を行いました。今回から2～3回の連載で、ソニーの環境対応と、その意味、そこから僕らが学べることについて、レポートしたいと思います。

ソニーへの取材は、ちょっとした偶然から始まりました。僕（paco）は長いこと日経モバイル誌に[My Mobile Style]という連載を持っているのですが、6月の取材で取材した人を紹介してくれたのが、ソニーでVAIO関係の広報を担当する朝倉美和さん。この朝倉さんが気さくでチャーミングな方で、取材が終わった電車のなかでしゃべりつつ、「環境関係の取材をさせてもらえませんか？」といったら、快諾し、担当の方を紹介してくれたのでした。

こういう形で取材ができるのは、実はいちばんいいと思っています。ソニーの広報にいきなり取材を申し込んだ場合とどう違っていたかはわかりませんが、知恵市場のような無名の媒体の場合、信用されないというのもあるし、逆に身構えられてしまうという可能性もある。別の仕事なりで知っているひとからの紹介だと、このあたりのハードルが低くなり、フランクな取材がしやすいのですね。

環境対応は、企業にとっては、一歩間違えると「環境マニア」による「理不尽な」追求になる可能性も秘めていて、やはりふつうの広報より神経質になり勝ち。このあたりを克服してすこしでも本来の姿に近づくためにも、ちょっとした「変化球」が重要です。

読者のみなさんからも、ぜひ「うちを取材して」というような「変化球」が届くことを願っています。

前置きはそのぐらいにして、かんじんのソニー。
結論から言うと、「かなりハイレベルの環境対応を実現している優等生」という取材結果になりました。総合得点はとても高い。

もちろん、細部ではいろいろ問題があるでしょう。気になるところもあります。しかし知恵市場としては、問題をあげつらうより現状から学べることを知り、応用できる部分を広めていくことに意義があると考えています。

ということでソニーのレポートはかなり「いいことだらけ」になりそうですが、総括しての意見は最後にまとめるとして、まずは「良さ」について概観していきたいと思います。

■ものがたりから始まる

以前から、「環境問題は情報問題」、「環境問題解決には物語が重要」（たとえばコミトン009 環境問題解決への海図）と説いてきた僕ですが、ソニーではそれがちゃんと実在しているということから取材は始まりました。

ソニーの環境対応は、1990年の社内報号外から始まります。ソニーの社内報は基本的に号外がでることはなく、これまでの号外は、90年のこの号外をのぞくと、創業者の井深大と盛田昭夫が亡くなったときだけというから、この号外の特殊性がわかります。

この90年の号外は、当時の大賀典雄社長から社員に当てたメッセージとして書かれていました。社内報本体は社外秘を理由に見せてもらえなかったのですが、趣旨は以下のようだったといいます。

「私は休暇中にある南の島のリゾートにいった。浜辺に寝ころんでいると、古いビール瓶が目に付く。それは第二次大戦中に捨てられた日本のビールだった。ソニーは毎年莫大な数のテレビを作っている。ガラス製のテレビは数十年たってもこうしてそのまま環境中に残っているのだろう。自分たちが環境を破壊しているということを初めて実感した。ソニーが作っているものは比較的小型のものだが、環境に悪影響を与えていることには変わりがない。これからは環境を配慮した企業活動に方向転換する」

この号外のあと、大賀社長は社内に「地球環境アイディアコンテスト」（91年）をつくり、この第一回の受賞が、「リモネンによる発泡スチロールリサイクル」だったということからソニーの環境対応の物語が始まっていきます。

取材を受けてくれた広報センターコーポレート広報部の藤田直樹さんと社会環境部の鶴田健志さんは「芸術家としても知られる大賀は人一倍感性の鋭い人なので……」といっていましたが、まさにここに、物語がワンセットになっているのがわかります。

社歴のなかでまれな社内報号外でメッセージを発信
突然の「環境メッセージ」に説得力を与える「感性型経営者」のイメージ
宣言だけでなく、実際の「賞」をつくる

90年という時期が日本企業の環境対応の第一歩としては非常に早かったこと、メッセージの発信が物語性を帯びていることの2点において、この出発点は、ある種「王道」をいっていたのだと思います。

■歴史がある

この「環境対応への宣言」が90年という早い時期だったことから、ソニーの環境対応には歴史が積み重なり、それがさらにもうひとつの物語へとつながっていきました。その主人公が「リモネン」です。

リモネンの研究は、当時のソニー中央研究所で物性研究の一環として行われていました。ソニーではテレビの包装材に大量の発泡スチロールが使われていて、これのリサイクルは当時から研究テーマのひとつだったのです。

オレンジの皮から抽出した成分「リモネン」によって、発泡スチロールが「溶ける」ことは比較的知られたことでしたが、これをリサイクルシステムに使おうという発想そのものに新規性がありました。このリモネンによるリサイクルシステムを開発したグループは、物性研究のグループで、かつて江崎玲於奈氏も在籍し、半導体の物性研究をしていたところです。

実際、このリモネンによるリサイクルは、この91年の「地球環境アイディアコンテスト」を受賞して依頼ずっとソニーや協力会社によって研究が続けられてきましたが、10年を越える研究開発が実って、99年1月から愛知県一宮市にリサイクルセンターが稼働し、ソニー製品に使われる包装用スチロールのリサイクルが始まりました。この技術を共同開発してきた三井造船をはじめとする各社との連携も密になり、リサイクルプラントとして全国数か所に工場ができつつあります。

リモネンによるリサイクルシステムは、「エレクトロニクスのソニー」から見れば一見「化学」系のアウトプットであり、どことなく本流とは異なる傍流開発にも見え勝ちです。もしソニーがこの開発を「環境」「傍流」という理由で片手間に維持してきたとすれば、ソニーの環境対応は大きく評価されるには値しなかったかもしれません。しかしソニーは、90年の社長宣言に直結する「地球環境アイディアコンテスト受賞」と、「江崎玲於奈氏も関わった物性研究の延長」という物語を付与し、そこに10年の歴史を積み重ねることによって、リモネンによるリサイクルシステムを傍流に追いやることはしませんでした。この戦略性こそ、ほかの環境対応とのつながりをつくり、ソニー全体のなかで価値を持っていくことになります。

ちなみにこのリモネン・リサイクルシステムによる収益について、ソニーは、他社へのライセンス提供などによって利益もあるが、それは微々たるもの。もっぱら「環境対応はやるべき」という意思によって続けられてきた、といいます。

このあたりの実際の投資意思決定についての「本音」は、聞くことはできませんでした。内部では「本業と関係のない投資を続ける意味があるのか？」といった議論がでてきたことは、おおいに想像できます。

たしかに利益に貢献せず、本業にもつながらない（ように見える）環境対応は、批判しようと思えばいくらでも批判できる。しかしその一方で、大賀社長というカリスマ経営者が出した例外的「社内報号外」や「地球環境アイディアコンテスト第一号受賞」という物語は、いかにコストや効率至上主義者であっても、全面的に否定できない「見えない力」を放っていたはずです。

環境がビジネスと直結していない現段階では、物語や歴史は、ときに襲いかかる逆風をしのぐのに、とても大きな傘になるでしょう。

ソニーの担当者がどうやって環境関係の開発を続けてきたか、もしかしたら逆風もあったかもしれないその本当の姿をあらわにすることも重要だと思います。しかし「もし逆風を跳ね返すために何が有効だろうか？」と考えてみると、一般論としての「環境対応の重要性」と同時に「経営者が残したメッセージ」の重要性に気づく。今企業で環境対応をめざすみなさんには、ぜひこの点に注目してもらいたいと思っています。

■オリジナリティがある

さてソニーの環境対応のもうひとつの特徴をあげるとすると、「オリジナリティ」になると思います。たとえば90年代の時期、同じエレクトロニクスメーカーであるリコーは、生産工場のゼロエミッションに取り組んでいました。ソニーもゼロエミッションに取り組んでいて成果も上げているのですが、ゼロエミッションに挑戦するという目標を大きく掲げることはしませんでした。

これは僕の想像ですが、ゼロエミッションという「わかりやすい」目標を立てて、他社と同様の土俵に乗るより、リモネンに代表されるような他社が取り組まない目標に向かって進むほうが、ソニーらしいと考えたことが考えられます。

「ソニーらしい」「オリジナリティがある」というキーワードは、一見軽いワードですが、こう言い換えてみましょう。

「自分たちがいちばん力が出る方法で進む」

（リコーやキリンビールもやっている）ゼロエミッションを大きな目標におくより、ソニーらしい環境対応をやろう。その中で、ゼロエミッションが他社にもできるなら、当然ソニーにもできるだろう。おそらくこういう発想が、ソニーの戦略を支えていたと思います。

他社と同じ目標に向かうことは、安心感がありますが、本当に自分たちの力が出せるのは、他社と同じ目標でなのか、自分たちだけの目標のほうなのか。ここはある意味、ソニーという企業のさらに短いけれど長い歴史に根ざしているのでしょう。他社の追随をしてきた企業なら、環境対応でも同じように他社の追随をしたほうが力が出るかもしれません。でもソニーはそういう会社ではなかった。そして、いまの経営環境も、同時にまた、他社の追随ではパワーが出ない環境です。そういう状況のなかで、ソニーの戦略を理解する必要があるでしょう。

ということで、だいぶボリュームもきたので、今週はこのぐらいにしておきたいと思います。次回は

ロジックが支える
前進する仕掛けがある
実績をつくる
ソニーから発見した"環境キー"は「プライド」

というようなテーマで、引き続きソニーの環境対応を追いかけてみたいと思います。なお、次週30日は、第5月曜日になるので、コミトン定期号はお休み。「script」コーナーの不定期更新をお楽しみ。ソニーの続きは、8月6日の予定です。

ソニー株式会社社会環境部企画室係長鶴田健志さん

ソニーの環境対応については、「ソニー環境報告書2001」を参照。

渡辺パコ。1960年東京生まれ。学習院大学文学部哲学科卒。85年採用広告プロダクションでコピーライター、クリエイティブディレクターとして広告、会社案内の制作、PR戦略の企画立案などを担当。88年に独立して、UPU社をはじめ各社にコーポレートコミュニケーションプランを提供する。90年に有限会社水族館文庫を設立、94年から執筆活動を開始し、雑誌などへの執筆活動も行う。執筆先はリクルート、アスキー、日経BP社など。著書に「手にとるようにわかるIT経営」（かんき出版）、「図解＆キーワードで読み解く通信業界」（かんき出版）、「LANの本質」、「生命保険がわかる本」など。Webサイトの設立・運営に積極的に参画。
●人がつなぐ知恵の検索サイト「Kスクエア」(http://www.ksquare.co.jp/)のビジネス・インキュベーションに参加、コミュニティ設計、ビジネスモデル展開、マーケティングビジョンの設計・運営を担当。
●主婦によるPC教室フランチャイジー「PCママサロン」（http://www.pcmama.co.jp/）のサイト設計と制作・アドバイザリーを担当。
●台湾のハイテク企業の製品を日本に紹介するB2Bサイト「ウィン台湾ドットコム」(http://www.win-taiwan.com)のビジネスモデル設計のアドバイザリー。

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