055 子どもと学校の新しい関係

今回のコミトンは、学校、それも日本の義務教育についてです。コミトンの連載のなかでは異色のテーマになりますが、「046ブロックパに見る教育の意味」を書いてから、ずっと教育の意味について考えてきたこと、以前[kafe]MLで「おとな問題」（五味太郎著）の読書会をするなど、教育のテーマはずっと気になってきました。

4月から、小中学校が週5日制になります。「ゆとりの教育」という言葉がこの5日制とペアで語られ、これと対比するように基礎教育やいわゆる詰め込み型、訓練型の教育にも注目が集まっています。次の未来をたくす子どもたちに、僕らは何を与えればいいのでしょうか？

今回のコミトンは、こういう少し大きなテーマを念頭に置きつつも、基本的に、僕の個人的な子育て→教育の実践からわかってきたことを、ブラウズする形で進めたいと思います。スケールの大きすぎる一般論は手に余るので。

■学校はどれぐらい行くべきか？

「034デュアルライフ(1) 仕事～取引先との関係づくり」のなかで書いたとおり、僕は去年の初めから1週間交代で東京と八ヶ岳を往復する生活をしてきました。この話をすると、「家族は八ヶ岳にいるんでしょう？」と聞かれたりします。僕に小学生の子どもがいることを知る人は、当然学校は東京か八ヶ岳か、どちらかに毎日通っていると思うのですね。

実際のところ、僕ら家族は3人で移動しています。東京にいるときは東京の区立小学校に、八ヶ岳にいるときは、ゆきだるまカエル学校です。つまり、まあ庭で遊んでいます。2年生1年間で出席率はちょうど50％でした。文科省の定義によると、年間30日以上欠席する児童生徒が不登校児と呼ばれるらしいので、娘は立派な不登校児ということになりますが、東京にいるときは元気よく登校しています。ただし、学校が始まる定時に行ったことはなく、だいたい2時間目の途中ぐらいからの登校です。なので実質的な出席時間はさらに下がっているわけです。

半分しか学校に来ない、しかも遅刻の常習犯。完全な落第児ですが、4月から3年生になれるようです。新旧については学校長の判断になっているらしく、いわゆる不登校児でも留年することはほとんどないようです。

で、勉強の面で遅れがないのか？　が気になるところですが、もちろんあります。九九に多少うろ覚えのところがあり、漢字は読むほうは学年以上の量が読めますが、書けない字がけっこうあります。なので、この春休みは少し親が一緒に勉強しようと思っています。プールはほとんど行かなかったので、泳げません。あとは、今のところ特に問題はないようです。

低学年のうちは勉強もやさしいので問題はないと思っていますが、これからはわかりません。不足がでることもあるでしょう。ただ、それをすべて学校でやってもらう必要があるのか？　僕の考えからいうと、学校はひとつの標準的なベンチマークでありタイムキーパーで、50％の出席でクリアできなければ、家庭でやればいいと思っている。遅れることを理由に、「カエル学校」に行かない理由もない。もちろん、最終的には子ども本人の考えが最優先なので、学校に今以上に行きたいのなら、そちらが優先になると思います。実際のところ、去年の秋の発表会（図工系の作品展）の前は、彼女の希望により、八ヶ岳に来ることがほとんどできませんでした。

学校を子どもの成長の中でどのように位置付けるのか？　という視点で見ていくと、学校に行っていることが重要なのではなく、やはり「何を学ぶのか」が重要なことはいうまでもありません。そのとき、子どもの学びのひとつひとつの項目について、親がジャッジし、2桁のかけ算は必要だけど、3桁はやめよう、というようなことを決めるのは非現実的です。やはり文科省のような組織が一定の学びのベンチマークを作ってくれることは重要だし、そのベンチマークの水準を学ぶことについては、学校は一定以上のノウハウを今も持っていると思います。

しかし、その学びのプロセスをぜんぶ追いかけること自体にはあまり意味がない。実際のところ、僕自身は小学校も中学校も、多くの授業が退屈だったし、けっこう間延びした時間だと感じていました。学校にいく時間を50％にすることは、この間延びをある程度圧縮する効果があり、子ども自身が感じるテンションとしてもちょうどいいところかなというのが今感じているところです。

■なぜ50％で何とかなるのか？

とりあえず2年生の段階では50％の出席率で90％ぐらいのパフォーマンスがあがっていると思っていますが、なぜこれだけの効率が可能なのか？　幼稚園時代の友達の母親と話したりすると、「頭がいいのね」といわれたりしますが、これは実は違うと思っています。実際、娘の知的能力が、特別高いということはないでしょう。

では何が違うのか？　違いは、集中力だろうと思っています。家庭で勉強するときも、「いやになったら勉強はしないこと」といっているし、見ていて明らかに飽きているときは、やめさせます。「つまらないことに時間を使うのは人生の浪費」と話しているので、「飽きたんじゃないの？」というと本人も気づいて、さっさとやめて遊んでいる。

そんなことをしていると、人間は安きに流れるから、勉強なんかするわけはないと思う人が多いようですが、僕はこの考え方はまったく支持しません。勉強は、本来楽しいことです。学ぶことは、それ自体わくわくするし、学び、わかることやできることが増えると、それまでわからなかったことやできなかったことがどんどんできるようになってくる。これはとてもエキサイティングでおもしろいことです。

漢字が書けるようになれば、おばあちゃんに漢字入りの手紙が書けるし、それはかなしか知らなかった子どもにとってはかっこいいことです。漢字が読めるようになれば、ハリーポッターの字幕版だってみれるようになります。

今学んだことですぐにできるようになることがある場合と、単体ではすぐには使えなくても、だんだんほかの知識と組み合わせができるようになると、できることが広がる、という知識があることもわかってくるので、九九を棒暗記するようなことも、単なる苦痛な時間ではないとわかるようです。

学ぶことは楽しいこと、喜びを感じられることという認識を持つことが何より重要なことであり、この認識があれば、学びに集中することができます。集中して取り組んだことは、短時間で身になるし、こういうことを経験的に知っているので、学ぶときはしっかり学ぶ、という姿勢が身に付いてきました。

そもそもそれ以前に、生まれてからずっと、彼女の集中力を伸ばすことについては、かなり神経を使ってきました。ひとつの遊びに集中しているときはおとなの都合や食事の時間だからといって中断はさせない。集中できるように、妻はつきっきりで遊んでいた時期もありました。

学びの楽しさを知り、集中できる力があれば、長時間学校にいなくても一定の水準に達することができるし、不足を補うことも難しくない、というのが今の段階での結論です。もちろん、これから学年があがれば、同じ理屈でいけるのかどうかはわかりません。

■学校とどのように折り合いをつけるのか

そうはいっても学校の先生は何も言わないのか？　という質問も受けます。もちろん黙っていてはだめです。かなり徹底的にコミュニケーションをしています。まず事情の説明。八ヶ岳で自然の中での生活を知ってほしいこと、それは子どもにとって重要なことであることを話します。ついで、学校での勉強の不足は親が責任を持つことを宣言します。実際に成績面で大きな遅れがでていないこともわかってもらう。逆に問題が出ればいつでも改善する用意があることも伝えます。

本人の意思が尊重されていることも、学校は気にします（あたりまえですが）。つまり本当は学校に行きたがっているのに、親の勝手で山に連れて行き、学校に行かせないのではないかという疑問もあって当然です。この点の疑問も解いておきます。

最後に、病欠や欠席の連絡は確実にする。家庭と担任との間で情報面の不安がないようにしておくことが重要です。

僕らの場合、担任だけでなく、学校長からも説明を求められたので、僕が行って話をしてきました。ここまでやっておいたので、今のところ学校側は変則的な通学を了解してくれています。もちろん校長・教頭の考え、担任の考え次第で、このようなやり方はうまくいかないことは十分あるでしょう。ただ、そのような場合もふまえて、僕は逆の理論武装もしてきました。つまり、おどしです。本人にとって無理な登校を強制したり、強制しなくてもそれが本来あるべき姿で、あなたは本当は間違っている、というような態度で臨めば、娘は必ず本物の不登校になるというメッセージを入れていくのです。逆に、このような態度で娘に当たる教師がいれば、娘はとてもいやがるので、親の方がすぐにわかってしまいます。その日のうちにアポイントを入れて会いに行き、事情を説明して、改善をお願いしたこともありました。

基本的な考え方は、「もっとも効率的に学べるのは本人が意欲を持っているときであり、その意欲をそぐようなことを放置できない」というものです。親の考えを主張するのではなく、また一般論に拡張して、「登校するかしないかは自由だ」などというと逆効果で、「子どもが一番よく学べる条件はこういうものだ」といっていくと、納得してくれることが多いとわかってきました。

このあたりの実践は、僕が論理思考を学び、教えていることがとても役に立っています。担任にも校長にも、「ピラミッドストラクチャ」で説明していますから、ある意味、相手の反論もすべてピラミッドに織り込み済みなのです。

■総合学習か、基礎学習か

さて、ここまでは「どのように」学ぶかという話でしたが、少し「何を学ぶか」の話もしておきましょう。ここからは教育論に近くなるかもしれません。

学校5日制を前に、学習内容が減るので不安、という意見をよく聞くようになりました。その象徴としてよく出てくるのは、「円周率を3.14ではなく、3にする」という話です。

この議論の中で、反論者が論拠にするのが、円周率は無限小数で、そのことを知ることがなくなり、なんでも3ですませるのは問題だという意見、またもうひとつは、小数点以下の計算をする機会が減って、計算力が落ちるという意見です。

しかしどちらの意見も的はずれであることはすぐにわかります。円周率を念仏のように3.14としてきたことの方がむしろ無意味なことなのは、数学を少しでもきちんとやった人ならすぐにわかります。有効数字の問題です。3.14も概数に過ぎず、概数を扱うのは、ほかの数字の有効数字が何桁か、ということを考えて決めなければなりません。小学校の算数では有効数字の概念はほとんどありませんから、有効数字を3桁にする意味もまた、ないのです。

無限小数の不思議については、円周率を3.14にするか、3にするかとはまったく別の話（イシュー）で、循環しない無限小数は円周率やルートなど、数の不思議な性質としてまとめて教えが方がよく、3.14と3の違いとは無関係です。

計算の能力については、たしかに指摘のようなことは起こりうるでしょう。しかしこれからの時代の中で、筆算能力はどの程度であるべきかという点についての合意なしには、この桁数の問題に結論を出すことはできません。電卓が当たり前のように使われ、ちょっとした集計はエクセルで行うのがおとなの常識です。その中でこどもに細かな計算力をつけることにどれだけの意味があるのか？

もちろん計算力はないよりはあった方がいいでしょう。しかし何かを身につければ、何かを学ぶ時間を失うことになる、という点に、気づいていない人が多すぎます。今の時代で学ぶべき数学の能力は、詳細な筆算力ではなく、概数の暗算力だと僕は考えます。直径15センチの円の面積が、おおよそどのぐらいの桁数になるのか。2桁か、3桁か、4桁か。一番上の桁の数値はいくつか。これをすばやく計算する能力が、一番重要でしょう。実際僕がグロービスで教えているクリティカルシンキングコースでも、このレベルの暗算はしょっちゅう求められますが、正確な数値は、エクセルで行い、暗算での判断と大きなずれがないかを確認するだけです。このような能力が必要な時代の中では、円周率は3の方が妥当なのであって、概数の暗算の経験が3.14では失われてしまう可能性もあります。

漢字も同じです。これから必要な能力を考えると、漢字を読む力は引き続き重要だと思いますが、漢字を書く力は急速に不要になると考えています。実際、僕らの世代では、すでに漢字の形を思い出せずに、パソコンを叩いて変換させ、それを見て書く、ということをしばしばしている人が増えています。先日子どもの母親友達と話していても、その話が出ました。会社でパソコンを使う人だけでなく、すでに家庭の主婦からも漢字を書く力は急速に失われているのです。おそらくあと10～20年で、現状レベルの漢字を書く能力を持った日本人は、急速に減り、社会から実質的に求められなくなるでしょう。僕らは言葉の上では「読み書きそろばん」ということをいってしまいますが、すでに「そろばん」が実際にできる人は、少数派です。「読み書きそろばん」のうち、残るのは「読み」だけだとしても、それは無理な予想でないのです。

その代わり、キーボードを叩く能力、適切な文章を考える能力、そして英語やハングル、中国語などの外国語を使う力はさらに必要になるはずです。また歴史や文化についての知識も、国際化する時代の中ではさらに重要になるでしょう。漢字を書いたり、桁数の多い計算を身につける時間を削り、これから必要な能力を身につける時間に当てなければなりません。

■変わる学校を後押しし、加速させる

僕が見るところ、文化省主導の、今の学校の変革は、基本的に時代の流れにあったものだと思います。各学校での取り組みも、おおむね適切で、むしろその変革はもっともっとスピーディに加速させる必要があると思います。

しかし現実の学校を見ると、その変革のスピードを落とし、時にねじを逆回しにしているのは、教師や文科省ではなく、親の方です。親や社会の側が意識の変革ができず、学校の変化を受け入れなかったり批判的な目で見ていることが、学校や教師を臆病にし、何もしない方向に傾けさせているようすがよく見られます。僕ら親や社会の側は、時代の変化の方向を正しく見て、その方向に学校をしっかり向けていく必要があります。

たとえば、今の変革の向きのひとつに、学校ごとの自主性、つまりばらつきを認め、自由な運営をするという方針があります。これは親の側からは、「となりの学校の方がいい」「となりはやっているのに、なぜうちはやらないの？」という圧力になって学校にぶつけられ、結局横並びの運営になってしまうこともあります。地域ごと、また学校ごとの特色で、さまざまな運営をし、親と子はそれを理解して学校を選ぶ。こういうこれからの学校像を理解しなければ、学校の変革は止まってしまいます。

改革によって失われるものが、価値がないものでははないでしょう。計算力もこれからも価値があり続けます。しかし詳細な計算力を身につけることを主張するなら、それによって新しい価値を学ぶこと機会を失うことと、天秤にのせて考える必要がある。守旧派に見える意見の多くは、「では新しい時代の中で学ぶべきことはどう変化しているのか、それはどのように学べるのか」という点について、正面から答えていない人が多すぎるように思います。

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さて最後に。と、ここで前半の話と後半の話を無理につなげようとすると無理がでそうなので、今回はあえてまとめません。僕は、この、学校も変わっていく時代の中で、変化に翻弄されることなく、以下に娘の学びの機会を適切にするか、それはほとんどけものみちのような、サバイバルな道だと感じています。しかしもともとけものみちでサバイバルするのは僕の得意なことなので、自分と家族のことについては特に不安は感じていません。ただ、この時代の中で子育てするということは、親の側にそういうサバイバル能力がないと、こどもに十分な「教育」を与えることができないだろうなというのは、正直なところ感じます。

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渡辺パコ。ライター、デザイナー、コンサルタント、グロービス・マネジメント・スクール講師。
1960年東京生まれ。学習院大学文学部哲学科卒。85年採用広告プロダクションでコピーライター、クリエイティブディレクターとして広告、会社案内の制作、PR戦略の企画立案などを担当。その後、独立して90年に有限会社水族館文庫を設立。94年から著作活動を開始する一方、Webサイトの設立・運営にアドバイザーとして積極的に参画、ビジネスインキュベーションを担当。雑誌などへの執筆活動も行う。著書に「論理力を鍛えるトレーニングブック」「手にとるようにIT経営がわかる本」「図解＆キーワードで読み解く通信業界」（かんき出版）、「LANの本質」、「生命保険がわかる本」など。

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