070 持続可能社会のイメージ

環境問題を解決した社会のことを、持続可能社会と言います。環境問題とは、持続可能ではない、環境面での限界を抱えた状態のことをさすので、環境面での限界を克服できた社会は、持続可能だと言うことになるわけです。なんとなく、トートロジー（同義反復）のようですが、めんどうな定義はともかくとして、環境問題を抱えた社会は持続不可能な社会、環境問題を克服した社会を持続可能社会というと、とりあえずそう思っていただいていいと思います。

さて今回は、この持続可能社会とはどのようなものか、そのアウトラインを追ってみたいと思います。

■里山は持続可能社会だった

このところ、コミトンで取り上げている里山は、持続可能社会でした。

コミトン「062命が湧く文化～さとやま」で、里山の原理をまとめてあるのでそちらを見てほしいのですが、里山のしくみで重要な点は、里山にあるいくつかの機能は、それぞれ必ずつながりを持った環（＝輪）の中に置かれているという点です。

主要な環を再度取り出して図にすると、以下のようになります。

里の人々の衣・食・住が一通りそろうだけの生産物を、主に田んぼ、畑、雑木林（一部針葉樹）からとり、生活からでる廃棄物は、原則的に土に返される。そして生産を可能にする資源である水とCO2は循環しており、唯一大気中に放出されるのは、薪や炭を焚いたときに出る熱だけと言うことになります。

日本人は、この里山の循環を、おそらく弥生時代から作り始め、江戸時代に完成させました。江戸時代の里山は世界初の循環型社会だったのかもしれません。

■里山のコンセプトを学ぶ

さて、里山の原理がわかったとして（もちろん、里山の循環は、この図の中には書かれていないもっと詳細な循環があります）、今のわれわれがここから学べることはなんでしょうか。

江戸時代の里山が循環可能だったというと、近代を決定づけた産業革命以前の社会なら、世界のどの社会も持続可能だったのではないかと考える人もいます。しかし、それは違います。狩猟採集生活をやめ、定住を初めて以降の人間がつくってきた社会の多くは、持続不可能な社会でした。

これまでも何度か例示しているものとしては、イースター島があります。またそれよりはるか昔、四大古代文明が滅んだ理由も、農業による耕地の開拓が限界を超え、森林が破壊された結果だと考えられるようになっています。

つまり、持続可能だった人類社会が、産業革命によって持続不能になった、と言うわけではないのです。産業革命や、20世紀に入ってからの高度資本主義社会は、確かに持続不可能性が大きく拡大した時代ですが、しかしそれ以前の社会もまた、多くの地域、多くの時代で持続可能ではなかったと考えた方がいいようです。

では、人類史上、持続可能だった社会は江戸時代の里山だけかというと、もちろんそうではないでしょう。たとえば、合衆国に征服される以前のネイティブインディアンの社会や、ボルネオ島など、アジア熱帯地域の先住民の生活など、持続可能性が高かった社会と思われるRayが、じょじょに発見されるようになりました。

しかし、日本の里山は、崩壊が始まってまだ100年足らずという「最近」までの動態保存されている例であることや、文献も多くあること、今もその知恵の一部は、農村の高齢者などの記憶として残っていることなどを考えると、持続可能社会を詳細に分析できる実例として、日本の里山の貴重さは、人類史的な価値がある可能性があると思っています。

僕が里山にこだわると、「江戸時代のような自給自足の社会に戻ろうというのですか？」と聞く人がいますが、それは違います。戻ろうといくらいったところで、戻れないことをいちばんよく知っているのは、里山を見て暮らす時間がある僕自身でしょう。

僕が里山に注目しているのは、里山の生産活動の原理です。里山全体の設計プランとその思想を抽出し、それを使って現在の産業をデザインし直すことができれば、今の環境的な危機を解決できる可能性があるのではないかという点にあります。

では里山の設計思想とは何か？

それは、まさに上の図にあるとおり、すべての線が環になり、循環しているという点にあるのです。この図には、矢印が終端で終わっているところがありません。また、いきなり始まっているところもありません。

これに対して、現在の産業社会はどうでしょうか？
ソニーの今年度の環境報告書に興味深い、かつ非常に示唆に富んだ図が掲載されています。（ここから環境報告書PDF版をダウンロードして、10、11pを見てください。
この図では、あちこちに矢印が終わっているところ、いきなり始まっているところがあります。この、始点終点の有無こそ、持続可能か、持続不可能かの違いを端的に示しているのです。

一企業を中心としてみた図が、すべて環につなげることができれば、その企業は持続可能になります。他の企業もみな環につながった図が描ければ、その地域、その国は持続可能になったと考えていいでしょう。

もちろん、ことはそう簡単ではない部分はあれこれありそうだというのは、僕自身気づいているのですが、それについては、これからも引き続き考えていきます。

とはいえ、ここまでのことから、わかることが2つあります。

僕らは、持続可能社会のモデルを身近に持っている（人間が持続可能な状態で生きていくことは、原理的に可能である）
持続可能かどうかの条件は、生産活動を包括した図を、環だけで成り立っているようにすればよい。

これが里山から学ぶべきコンセプトだと思っています。

■持続可能ビジネスに移行することは、勝ち残り戦略である

燃料電池車は、前述の、産業の環を成り立たせるキーになるプロダクツです。燃料電池車が移動の中心になる社会が来るなら、その社会は、おおむね持続可能になっているでしょう（もちろん、まだほかにもいくつものハードルをクリアする必要がありますが）。

持続可能なプロダクツを開発し、主力商品として育てていくことは、そのままイコール、長期的な利益の源泉、勝ち残りの条件だといっていいでしょう。自分が属する産業を、環になるようにできた企業から、価値組になれるというのが、これからの競争の主戦場になっていくからです。

別の言い方をすれば、環境経営は、必ず儲かる。環境投資は、必ず利益をあげることができる投資である、と言うことです。

もちろん、どんな「環境」に投資してもいいというわけではないし、投資したからには、成果が上がるまで育てる必要があることはいうまでもありません。しかし、確実な利益や成長が見込める投資だということは、間違いない。少なくとも、トヨタやソニーなどの環境リーダー企業は、そう判断しています。

しかし、環境投資が実際に多くの利益を上げるには、長期的なスパンが必要です。早いものなら10年、場合によっては30年かかるかもしれませんが、50年はかからないでしょう。

製薬会社の新薬開発の投資スパンは、10年以上になります。製薬会社の投資スパンが認められるなら、環境投資も十分認められる「ペイする投資」になると考えられます。

■環境報告書から刺激を受ける

ここまで書いてもまだ環境とビジネスの関係について半信半疑なら、今年度、出始めた各社の環境報告書を読むことをおすすめします。
ソニー、松下電器産業、エプソン、西友、日立……。僕自身まだそう多くの環境報告書に当たれているわけではありませんが、今年の仕上がりは、2～3年前とは格段の差があります。内容が大きく進歩していることは一読してわかりますが、これだけの進歩があると言うことは、実際の経営面では、かなり深く、環境戦略に踏み込んでいることが想像できます。

まだ今年度の環境報告書は出そろっていませんが、主要企業から意欲作がぞくぞく出ることを予感させます。

持続可能社会への舵は、確実に切られようとしてます。意欲的なビジネスパースンならまずこの事実をしっかり押さえる必要が出てきた年が、今年、2002年です。

そして次に、この企業の変化が何をめざしているか、イメージを明確に持つことです。そのイメージのひとつが、上で上げた「環が描ける産業」だと考えられるでしょう。

そしてその環をどのような形に構想するか、そして実現させていくか。それが問われる時代になっていくはずです。その環の構想のヒントが、里山にたくさん隠れているだろうことは想像に難くありません。

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渡辺パコ。ライター、デザイナー、コンサルタント、グロービス・マネジメント・スクール講師。
1960年東京生まれ。学習院大学文学部哲学科卒。85年採用広告プロダクションでコピーライター、クリエイティブディレクターとして広告、会社案内の制作、PR戦略の企画立案などを担当。その後、独立して90年に有限会社水族館文庫を設立。94年から著作活動を開始する一方、Webサイトの設立・運営にアドバイザーとして積極的に参画、ビジネスインキュベーションを担当。雑誌などへの執筆活動も行う。著書に「＜意思伝達編＞論理力を鍛えるトレーニングブック」「論理力を鍛えるトレーニングブック」「手にとるようにIT経営がわかる本」「図解＆キーワードで読み解く通信業界」（かんき出版）、「LANの本質」、「生命保険がわかる本」など。

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