097 英語のシャワーで店主の実験

photo by paco.

コミトン093「2003年は何をする？」で、英語教室「英語のシャワー」で「店主」的なビジネスのやり方をいろいろ試している、と書きました。今回は実際にどんな実験をしているのか、書いてみようと思います。これはたまたま英語の話ですが、教育をはじめとしてあらゆるところで応用できると思います。

■もっと英語のシャワーを浴びてもらうには？
　　－締め切りをずらして山を増やす

まず「英語のシャワー」という名前が示すように、僕らの場合は英語に浴びるように触れて英語を習得するという方法を取っています。その最初は一冊500語から2万語程度に渡るたくさんの本を読んでもらうこと。しかし問題は三日坊主になりがちなこと。ついつい忙しさに「今日も読めなかった」となりやすい。そこでいろいろ考えてきたのですが、その一部を。

まず、地味ですが意外ときくのが記録をつけてメールで送ってもらうこと。人に見せるということがまず大きい。そしてExcelのシートなので、入力するたびに読語数（100万語目標と言っています）が積みあがっていったり、スピードが表示されたり、グラフを出せたりするのも励みになるようです。

そしてシートの締め切りもちょっと考えました。普通なら「クラスの前日中に送って」とするところですが、それよりも少し手前（平日クラスの場合、クラス前日の13時）にセットしてあります。やはり人は締め切りの前に一番気合が入るもの。まず送信前に特に読んで送る。これで量が少ない人は送信後に「あしたクラスだからもう少し読んでおこう」とまた読む。そしてクラスに行って「やっぱり読んだ方が楽しいぞ」と直後にまた読む。というように、クラスと締め切りをずらすことで普通なら二つになる山を三つにしようとしているわけです。効果の程は...検証していないのでわかりません。検証に時間を使うのももったいないので(^_^)。

■もっと英語のシャワーを浴びてもらうには？－CRMは楽しくなきゃ

そうやって送られてくる読書記録（reading sheetと呼んでいます）はもちろんこちらでも活用します。まず、Reading sheetにはスコア（おもしろさ）と感想を入れてもらっているので、このスコアを集計していくと評判のよい本がわかります。そこで人気の本は冊数を増やし（受講生は約1500冊の貸し出し用図書から毎週、本を借りていきます）、人気のない本は間引きします。

一方で、やはり人によって好みは違うもの。スコアはもちろん、感想を見ながらその人のタイプを読んでいきます。たとえば、

ストーリーがあるものがよい。冒険ものgood。短編は乗れない。長いのは抵抗なし。
癒し系が合う。本から深いメッセージを読み取れるタイプの人。絵本にはこどもに近い感じで入り込める。でも浅い話は乗らないかも。
子供向け、マンガだめ。ストーリーがあるものがよい。推理・サスペンス系好き。女性向けはOK（男性）
知的好奇心旺盛。FACTFILESお気に入り。おもしろくても暗いだけの話は×

というように。そしてこれに、その人の英語のレベルとその時点のノリをかけ合わせて、アドバイスをしていきます。たとえば、「英語のレベルはけっこう高い。仕事がむちゃくちゃ忙しくなって長い本が読めなくなっている。絵本は内容さえあれば受け付ける」という人に対して「Curious Gerogeという、楽しくて英語もけっこう学べる（＝やさしすぎない）絵本のシリーズを毎日1冊ずつ読むことをすすめる。そして時間の出来た時用にサスペンスものを2冊だけ」という感じですね。これがうまくいくと次回のメールには「Georgeはいいですね！元気になります。THE MYSTERY OF ALLEGRAも一気に読めてしまいました」なんてことが書いてあります。

さて、こういうのを見ると「誰でもそういうアドバイスを出来るように」システム化したくなる人もいると思います。それはよいと思うのですが、店主としては全てをシステム化するのではなく、自分で読み取る部分を持っていたいと思っています。

たとえば本について、ジャンルの情報やどういう気分に合うといったな情報はDB化できているとよいでしょう。いまでさえ700種類におよぶ本はとても覚えきれません。しかし、その人がどういう本を好むのかというのは、解析システムがあったとしてもそれに頼るのではなく、自分で読み取りたい。なぜって、それが楽しいからです。毎週25人のデータを見て読み取りアドバイスを考えるだけで3時間以上かかりますが、この時間は削減するべきコストではなく、それ自体楽しい時間なんですね。また、そう感じられるように仕事をしたいと思っています。

そしてデータベース化する部分についてもTO DOというよりactivity的に取り組みたいと思っています。具体的には、受講生に手伝ってもらって、各本にジャンルをふるのはもちろん、どういうジャンルに分類したらよいかというところからいっしょに考えてもらう。そんなことをやっているうちにみんながこれまで以上に本を読んでしまう、という効果も期待して(^_^)。

■音の練習だって楽しくできるはず

そうして3か月くらいして英語で読書が出来るようになってくると、先に進みたい人は音を本格的にやることになります。英語を聞き取れるようになる、通じる発音になる、というところですね。

しかしここで「音の練習は読書ほど楽しくない」という問題が立ちはだかります。たとえば英語を聞きながら聞いたことをひたすら自分でも言ってみるshadowingという練習法があるのですが、まず疲れます。そしてスピードが速くてまだ意味もわからないものをまねする（日本語発音を避けるためにはそのくらいの方がよい）のでつまらない(^_^)。これをなんとか、もっとおもしろくて毎日やってしまうようなものにできないかとずっと考えています。教室で週に1回やるだけではなかなか定着しないんですね。

なお音というのは英語習得においてけっこう重要です。日本語と英語の音は大きく違うので、聞き取れない、伝わらない、という悲劇（喜劇という人も）は枚挙にいとまがありません。しかし英語と日本語の音の違いを理解し、体にしみこませることができれば、ここは大きく変わります。

現状では三つの方法で「よしやるぞ」度アップを狙っています。一つ目はクラスで使う題材をなるべくおもしろい映画にするということ。おもしろいといっても「笑える」ということではなく、「結局、何回も見てしまった」「せりふを覚えたい」となるような映画で、しかもタイプを違えて飽きないように考えています。英語がある程度聞き取りやすいという条件も合わせるとかなり限られてくるのですが、たとえば「あの頃ペニー・レインと」という映画は「この映画をみてひきこまれ、ニュアンスごと音をまねしたいと思い、必死でshadowingしました」という人もいます。また「パッチ・アダムス」は「何度観ても目頭が熱くなってくる」という声をよく聞きます。そしてけっして英語のやさしい映画ではないのですが「最後の演説シーンをまるごと真似してみたい」という人もいます。

二つ目は各自の発音をクラスで録音し、後でお手本の音声と組み合わせてメールで送ること。あえて解説をいれずにまずは自己診断を返してもらっているのですが、「こんなに差があったとは。がんばって練習します」と返してくる人もけっこういます。こういうことはブロードバンドや音の編集ソフトが安く使えるようになって可能になったことで、テクノロジーさまさまというところ。

三つ目もテクノロジーの進歩によって可能になったことです。毎回、練習用のせりふを録音してサーバーに置いています。長さが短いし、使える言い回しや発音練習によい言い回しをピックアップしてるので、毎日10分程度練習するにはうってつけなはず。

しかし、もう少し何かしたいなあと思っているところです。やはり本に比べると「教室に来た時だけやっている」というふうになりやすいのですね。映画は、買うにしても借りるにしても面倒だし、借りてきたとしてもテレビの前に座って観るにはまとまった時間が必要。練習用ファイルのダウンロードはブロードバンドじゃないと厳しいし（2分程度で2.6メガ）、情報がパソコンにしかないと「ちょっと時間のあいたときに練習」というふうになりにくい。本当は通勤時、駅まで歩く時間とかにshadowingして、電車に乗ったら音楽を聴きながら読書して、と出来たらベスト。クラスが進んでくるとまとめたものをCDで配布しているのでそれからMDなどにダビングしてもらうのも一つの手ですが、もっと早い回のクラスから使いたい。

そこで今、考えていることが二つ。一つはMDを使ったやりとり。PCからMDへの録音はだいぶ楽になったようなので、ポータブルMDプレイヤーをみんなに用意してもらい、毎週MDで渡せば気軽に練習しやすくなりそうです。小さな話ですがこういうものがきいてくると思っています。

もう一つは個別の発音指導をもっとやること。現状だと講師一人で指導をしているので、一回のクラスでは全員の指導は難しい。しかし一人ティーチング・アシスタントをつけられれば、二倍やれます。もちろんそうなると人材とコストの問題をクリアしなければなりません。しかし、そろそろ生まれてくる卒業生の中からTAを出せれば、両方とも解決できるのでは、と考えています。TAをやる人にもいろいろと学ぶことが出ます。この話はまた後で触れます。

■わかるレベルから話せるレベルへ

読書、音と来たら、いよいよコミュニケーションです。「自分の中に蓄積が足りないうちにアウトプットをしようとするとつらいし不自然な言葉になる」とあえてアウトプットをここまでしないでくるのですが、いよいよダムをあけるわけです。

そして1月からスタートしたコミュニケーションのクラス、「やはりおもしろくなきゃ」と、いろいろなバック・グラウンドを持ち、興味深い話のできるゲストスピーカーを連れてきてディスカッションをしています。たとえば最初の2回はフィリピン人で外資系IT企業の営業シニア・マネジャーをやっている僕の友人（彼の奥さんはインドネシア人）を連れてきました。

そしてみんなの感想は...「とてもおもしろい」と。確かにフィリピンと日本の教育や文化の違いなど、僕自身もとてもおもしろかった。しかし問題は、まだ英語でしゃべっている人が少ないということです。無理に英語で話そうとするとストレスになるし和文英訳という悪い癖が出てしまうので無理はしなくてよいと言っているのですが、もうちょっと英語を話すことにトライして欲しいところ。

どうも二つのハードルがあるようです。一つは「英語が出てこない」ということ。言葉を知っていても、「わかる」という層から「使える」層に引き上げてくるにはちょっとエネルギーが要ります。そしてもう一つは「英語に対する過剰意識」。何かすごいこと、非日常的なことをやらなければならないという意識が感じられる。現実には日本語だってかなり適当なものを僕らはふだん使っている（論理思考のクラスでレポートを見ていると、実はかなり「乱れている」ことがよくわかります）のだから、最初から正しい英語をしゃべろうなどと思う必要は全くない。やはり受験で文法などに悩んだ経験がしみついているのでしょうか。読むことと聞くことについてはこういう「構えた姿勢」をだいぶうまくとりはらえたので、アウトプットでもそうしたいところです。

ということで、このあたりをどう解決するか、考えながら進んでいるところ。現時点では二つのことを考えています。一つはもう一段、楽なステップを作ること。クラスをグループに分け、もっと少人数で、テーマももう少し気軽なもので話す時間を作りはじめました。たとえば最初は「○○が好き（/嫌い）です。なぜなら...」という話をしてみる。趣味、曜日、季節等々。だんだん、住んでみたい国、やってみたい仕事などもう少し抽象的な話に進んでみると。こんなのでも聞いている方はメンバーの人柄やいろいろな考え方がわかっておもしろい（お互いに興味を持てるような人が集まっているという前提ですね）。またこういったことを英語で一度話してみることで、自分を（英語で）表現する辞書ができあがってくる効果もあると考えています。

もう一つは、コミュニケーションのクラスの前から慣らしていくこと。たとえば読書をやっている基礎のクラスを終わった人に対しては、講師やTAはメールを英語で書くようにする。読書できるようになっていればわかるはずですし、「生の英語がわかっちゃったよ」という体験は身構える気持ちを和らげるのでは、と思っています。でもこの段階では受講生は日本語でOK。そして音のクラスの後半では、クラスで講師が話す言葉がだんだん英語になっていく。やがてコミュニケーションのクラスに移ると完全に英語になる、というような感じです。

■卒業に向けて

よく、ビジネスでは「リピートユーザーを増やせ」と言います。僕らも「基礎クラスの人が25人中23人も音のクラスに進んだ」といったことでは満足度の証だと考えて喜んでいます。しかし教育の場合はあまり同じところでリピートしてもらっても困ります。卒業して、活躍してもらう必要がある。特に英語のシャワーの場合は、規模を大きくする気がないので、今いる人が卒業してくれないと次の人が入れなくなってしまう(^_^;。

しかし、ただ「はい、ここまで来たらあとは自分でやって」と言ったら、ちょっと厳しいかなあという気がしています。特に「日本語を話さない親友を持っている」人がネットワークをつないでいくという目標に行き着くには、もう一段何かが必要じゃないかと。

では具体的に何をするか。二つのことがあるとよいのかなあと思っています。一つには「日本語を話さない親友候補」とコミュニケーションを出来る場があること。そしてこれを具体的にどう実現するかは、まず受講生の人たちに考えてもらった方がよいと思っています。きっとその結果は3か月後くらいに動き出していることでしょう。

もう一つは教える側に立ってもらうこと。途中で触れたTAのことです。教える側に立つと「お手本にならなきゃ」と考えますから教わっている時よりも自分に厳しくなります(^_^)。結果として自分のレベルが上がる。また、より運営する側に近づくことで「何かを作る」ことに関わっているという感覚が増します。もちろんTAになれるためにはそれだけレベルが上がっていないといけないのですが、一方でなんでも出来ていなければいけないわけでもない。このあたりは実を言うと合気道を習っていて「真似できるな」と思ったところです。

というような感じで、ぼちぼちやっています。

最後に一つ。最近うれしいのは、「この人と仕事をすると楽しそうだ」という人が少しずつ運営側に参加してきてくれていることです。そして「おもしろい」と言っている。積極的に大きくしようという気はないのですが、そういう形の広がりはいいかも、と思っています。

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Toshi/高橋俊之（たかはしとしゆき）。知恵市場代表。株式会社グロービス執行役員、グロービス・マネジメント・スクール(GMS)統括責任者を経て、2001年7月からフリーランスとして活動。知恵市場の他、使える英語を楽しく習得する「英語のシャワー」を主宰。GMSクリティカルシンキング講師もつとめる。著書・監修書に「テクノロジー・パワード・リーダーシップ」（ダイヤモンド社）、「ビジネスリーダーへのキャリアを考える技術・つくる技術」（東洋経済新報社）。

mail:toshi@chieichiba.net