208P_「考え方」のつくりかた(3)

photo by paco .

今週は、206号の続きです。

今回は7月ごろ、大和書房から出版予定の『「考え方」のつくりかた』（仮題）の冒頭をご紹介します。

■考え方のヒント 5 地球感覚を持つ（横軸）

歴史的な視点で今のものごとを見ていく視点を「縦軸」とすると、地球規模で見ていくことも、自分なりの考え方をつくっていくために重要なヒントをくれます。

ビジネスにせよ、プライベートにせよ、何かしら問題にぶつかったとします。たとえば、プロローグで取り上げた育児休暇というイシューでもいいでしょう。育児休暇について考えるときに、普通は「部下が育児休暇を取って困ったな」と考えるか、あるいは「うちの上司は育児休暇を取ることに納得しないだろうな」と思い、なんて頭が固いんだろう、と思ったりします。そして「制度があるからといって何でも権利を主張するのはおかしい」とか、「制度があるんだから、利用させないのはおかしい」と考えたくなります。

この状況の中で歴史感覚を使って考えると、「自分たちの親の世代のころは、結婚したら女性は専業主婦になるのが普通だったよな、でも今の時代は女性も働くし、金銭的にも女性も働かないとやっていけないようなところもあるな」と思いを巡らすことになります。しかしさらに歴史をたどると、また違った視点が見えてきます。「200年ぐらい前、江戸時代はどうだったかな？」と考えると、「日本人の多くは農民で、百姓は夫も妻もそうでで田んぼや畑を耕したはずだ、となると、子どもは？　畦にかごに入れて、ばあちゃんも年上の子どもも、父親も、手が空いたところで面倒を見たはずだ、となると、父親だから、母親だからという役割分担は、今ほど強くなかったかもしれないな」と考えることができます。このあたりは、知識がなくても、「江戸時代の子育ては？」と考えさえすれば、調べたり人に聞いたりすることができるでしょう。過去にさかのぼって、どうなのか、これからどうなるのだろうかと考え、育児について幅広い考えから自分の意見をはっきりさせておくとよいのです。これが縦軸、歴史感覚です。

これに対して、地球感覚は、今という時間の中で横に広げて考えるアプローチです。「男性が育児休暇をとるというのは、今の日本ではとても珍しいけれど、ほかの場所、たとえばアメリカならどうか、ヨーロッパならどうか。ヨーロッパでも、北欧は進んでいるのかな。日本と同じ事情を抱えているところもあるし、もっと進んでいるところあるんだろうな」というように考えるわけです。

とはいえ、地球感覚で考えるといっても、普通はアメリカなど、情報が豊富な国のことを考えるだけで終わってしまい、広く世界を考慮することはできません。世界のいろいろな国に実際に旅した経験があればわかってくるでしょうが、それも非現実的です。しかし人間の頭というのは優れた能力を持っていて、行ったことのない場所のことであっても、文字や映像の情報を通じてリアルに知ることができるのです。

地球規模でものを考えられるようになるためには、代表的な地域の情報を持つことが第一歩です。ひとつは地理的な意味での代表的な地域で、ひとつのイシューについて、五大陸でそれぞれどう違うか、と考えてみるという方法があります。アジアでは、北米では、欧州では、アフリカでは、と考えてみるわけです。次に、文化圏で考える方法で、民族ごとにどう違うかを見るという方法もあります。とはいえ民族は国の数以上に多いので、これはけっこう大変です。そこでもう少しおおざっぱに見るために、宗教で分けてみるという考え方もあります。仏教、キリスト教、イスラム教、ヒンドゥー教など、世界的な宗教では、「子育て」についてどのように考え方が違うかを調べてみる。これによって、今日本で「男性が育児休暇をなぜ取りにくいのか」というイシューについて、多様な考え方を発見できます。宗教は、とかく、神についてのわかりにくい教義や狂信的になっているカルト宗教、というような、わかりにくいイメージを持ちがちですが、宗教には世界をよりわかりやすく見るための切り口という側面もあります。

縦軸（歴史感覚）と横軸（地球感覚）を組み合わせることで、自分の考えを絶対化することなく、うまく相対化した上で、「こんな考え方もあるけれど、自分はこの考え方を選ぶ」と説明できるようになります。こうなれば、自分の考えにしっかりした根拠をつけることができるようになり（あるいは今漠然と考えている根拠が、実は適切でないことに気づき）、本当の根拠を探し、自分の考えを説明できるのです。

今は、誰もが手軽に海外旅行に行ける時代です。海外で免税店に行き、ブランドものを買うのもいいのですが、その地ではどんな考え方の人がいて、その考え方はどのような背景から来ているのかという点にも、興味を持つとよいでしょう。旅行先のホテルで同世代の女性が働いていたら、「この国では子どもがいる女性は、働いているの？」「子育てはどんな風に？」と聞いてみるという方法もあります。こんな時に、外国語ができると、直接いろいろな話を聞くことができ、自分の考えも新たになるはずです。海外旅行に手軽に行けるという時代をうまく利用して、自分の考え方や価値観をしっかりさせるために、旅行を利用するというのもよい方法です。

もちろん直接行かなくても、TV番組や雑誌の記事、インターネットにも、いろいろな世界の事情が紹介されます。こういった機会をうまく捉えて、自分の考えを深めることを、常に意識してください。

■考え方のヒント 6 意見を否定し、人格を否定しない

自分と異なる立場を想定し、理解するという「相対化」の方法は、しかし、実際にやってみるとなかなか難しいことがわかります。自分と意見が違う相手と話をして相手を理解することと同じなので、実際には、理解する以前に、相手の考えを徹底的に否定したくなってしまうのです。しかし、相手を単に否定してしまえば、相対化することはできません。

立場の異なる人と話をする場合に、実際に起こることは、「口論」や「ケンカ」でしょう。「男性も育児休暇を取ってこそだてに関わるべきだ」と考える人が、「男が育児休暇を取る必要はない、出世はあきらめるつもりなんだろう」と考える人と話せば、たいていは相手の考えに腹を立てて、「おまえのようなやつがいるから世の中悪くなるのだ」と言いたくなってくるはずです。「（男の）育児休暇を肯定する」という人は、「社会的認められていることだし、女性の立場に立てば手助けが必要なことはすぐにわかる」と考えるでしょうし、「育児休暇否定」論者は、「制度はあっても利用者はわずかだし、女性を甘やかすことになる」などと考えるかもしれません。お互いに「頭が古すぎる、古いやつが世の中を悪くする」「なんでも進歩すればいいと考えるのは大間違いだ、過剰な進歩は社会を狂わせる」というように、善悪で相手を否定しようとします。

価値を相対化するときに、一番重要なことは、「意見と人格を区別する」「意見は否定しても、人格を否定・非難しない」ことです。「この意見のここはおかしい」ということはよいのですが、「そういう考え方をする人間は異常だ」というように、人格を否定することは、議論も理解も否定することにつながります。自分の主張を正当化するために、相手の人格を否定したくなるのは事実ですが、その誘惑から一歩距離を置くことが重要です。

人格を否定する具体的な言葉を示しておきましょう。
「こういう人間が世の中を悪くする」
「このぐらいのことがわからない人間は頭が悪い」
「カルト宗教の人が考えそうなこと」
「（こんなことを言うなんて）よほど疲れているのでしょう」
「親の育て方が悪い」
「学校でちゃんと勉強し直した方がいい」
「小学生だって知っている」
「精神科に行った方がいい」
「あまりにくだらなくて話にならない」
「こういう人間と話しても無意味だ」
などなど。管理の行き届いていないインターネット上の掲示版などでは氾濫していますから、議論しているように見えて、議論になっていないと感じられるときには、こういった人格を否定する言葉がやりとりされていないか、チェックしてみるといいでしょう。人格を否定する議論からは、しっかりした価値観が生まれることはありません。

■考え方のヒント 7 主張の根拠を相手に説明し、相手の根拠を理解する

「人格を否定せず、意見を否定する」ことを実際に実行するためには、大きくふたつのステップを踏む必要があります。まず、(1)自分の主張を複数の根拠（理由）付きで説明し、すること、そして(2)根拠が説明として納得感があるのか、結論が分かれる分岐点を探すことです。

まず最初に、自分の主張を理由付きで説明できるようにします。「男が育児休暇を取る必要はない」と言いたいなら、その理由を複数のポイントを上げて説明できるようにします。その際、論理思考を駆使して、ピラミッド・ストラクチャで説明できるとわかりやすくなります。ピラミッド・ストラクチャについては僕の著書「論理力を鍛えるトレーニングブック」「論理力を鍛えるトレーニングブック＜意思伝達編＞」で詳しく説明しているので、興味のある方は参考にしてください。またピラミッド・ストラクチャについての本はほかにもたくさん出ています。

自分の主張（そして相手の主張）がピラミッド型になっていると、議論がしやすく、しっかりした価値観が持ちやすいのは事実ですが、ピラミッド・ストラクチャを知らないと議論ができなかったり、価値観が持てないわけではありません。ピラミッド・ストラクチャの基本は、「自分の主張を複数の理由をつけて説明する」ことなので、それができればいいわけです。

「育児休暇」についての自分の考えを、できれば3～5ぐらいの理由で説明できるようにした上で、自分と異なる意見の相手の意見を聞くときも、「なぜそう思うのか」を、3～5ぐらいの理由になるように聞いていくようにします。実際には、3～5ぐらいの理由に整理することはなかなか難しいので、「ケンカしないように」話をしながら、お互いの理由を説明し、相手が理由として上げていることを理解するようにします。「育児休暇を認めるべき」と相手が言うなら、「なぜそう思うのか？」をていねいに聞き出します。

その際、自分と意見が違う相手ですから、つい「それは違う、それでは会社は成り立たない」などと言いたくなるでしょうが、じっと我慢し、相手の説明を聞きましょう。自分の考えを話すときは、相手がもっと深く話すきっかけになるような質問形式にします。

「育児休暇は女性だけでよい」と考える人が、その理由として「育児は女性のほうが向いている」と言ったとすれば、「男も育児の面では同じだ！」と自分の主張をするのではなく、「女性のほうが向いているというのは、どうしてそのように考えるのか」「父親に育てられた子どもは問題を抱えてしまうのか」など、相手の意見を確認するような質問をしていくわけです。

このような質問をしていくと、「うるさい、ヘリクツをこねるな」などと怒ってしまう人もいますが、そういう人が相手では、自分の価値観を相対化することもできません。人格を否定せず、怒り出さずに、冷静に楽しく話せる人を選ぶ必要があります。

ともあれ、ここで重要なことは、相手の主張を理解するために、相手の主張の理由をよく聞き、どんな理由で自分と異なる意見が出てきているのかを知ることです。

■考え方のヒント 8 根拠が分かれる分岐点を探す

相手の理由が出そろったら、自分の主張とその理由を話します。今度は相手に自分の考えを伝えるように話すことが重要で、自分の考えで相手を塗りつぶそうとしてはいけません。意見が違う相手を論破し、考えを変えさせることは、思っているよりずっと難しいことです。ここでは相手を自分の考えと同じに変えさせることが目的ではなく、自分なりの価値観を持つことが目的ですから、自分の考えを深め、幅広い理解の中に自分の考えを位置づけることをめざすべきです。

実際にやってみると、相手が理由として上げているところと、自分が理由として上げているところが、同じ論点なのに、意見が違うことが多いのに気がつくでしょう。「子育てには男性も関わることが必要だ」という点では一致していても、一方は「男性は補助的でよい」と考えていて、他方は「男性も対等に関わるべきだ」と考えている、というような具合です。あるいは「両方とも対等に関わるべき」と考えていても、一方は「時間的にもやることも対等に」と考えていて、他方は「気持ちの上で対等なら、時間や実際にやることは対等ではなくてもよい」と考えているかもしれません。

「子育ては男女対等に」というところは一致していて、その「対等」の内容が、双方で異なっているとすれば、ここが意見が異なるひとつの分岐点になることがわかります。このように、結論が分かれる分岐点を探し、お互いにそこで枝分かれすることに納得することが、とても重要です。

意見が違うというのは、何もかも全面的に違うのではなく、考え始める出発点は同じで、途中の判断のポイントの部分で枝分かれし、その延長にまったく異なる結論が生まれているというように理解すること。これが自分の考えを「相対化」することです。結論が違っていても、相手と自分は何もかも水と油なのではなく、ある部分は一致していて、どこかから違っている、というようにものごとを理解する。このような形で自分の意見を持っている人が、「価値観のしっかりした人」なのです。

　　　　（～続く）

この記事に関する感想や意見、またこの記事に対する評価をおまちしています。こちらのページから、お気軽にお寄せください。コミトンはあなたの意見でもっとおもしろくなります。

渡辺パコ。ライター、デザイナー、コンサルタント、グロービス・マネジメント・スクール講師。
1960年東京生まれ。学習院大学文学部哲学科卒。85年採用広告プロダクションでコピーライター、クリエイティブディレクターとして広告、会社案内の制作、PR戦略の企画立案などを担当。その後、独立して90年に有限会社水族館文庫を設立。94年から著作活動を開始する一方、Webサイトの設立・運営にアドバイザーとして積極的に参画、ビジネスインキュベーションを担当。雑誌などへの執筆活動も行う。著書に「渡辺パコの35歳からは好きなことでお金を稼ぐ」「環境経営の教科書」「人生に役立つ論理力トレーニング」（幻冬舎）「＜意思伝達編＞論理力を鍛えるトレーニングブック」「論理力を鍛えるトレーニングブック」「手にとるようにIT経営がわかる本」「図解＆キーワードで読み解く通信業界」（かんき出版）、「LANの本質」、「生命保険がわかる本」など。

☆ポートレイト撮影：川口愛

mail:paco@suizockanbunko.com