210P_「考え方」のつくりかた(4)

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今週は、208号の続きです。

7月に、大和書房から出版予定の『「考え方」のつくりかた』（仮題）の先行公開です。だんだん本題に入ってきました。

■考え方のヒント 9 「相対化された考え」をセットで持つ

このように、自分と異なる意見についても、その意見が出てくる理由を理解した上で、「でも自分はこのように考える」と言えるような考えを、人は「思想」と呼んできました。思想というと

過去の権威ある哲学者が言った「真理」のように感じられるかもしれませんが、そのように理解する必要はないと僕は考えています。その時代の、その人物が考えたある主張を、反対意見や立場の異なる人の見解までも十分検討し、考慮した上で、「でもこう考えた方がよい」というように整理してまとめたものを「思想」と呼んでいるのです。

優れた思想家は、反論を十分に考慮して自分の思想を作ることができますが、しかしいかに優れた人であっても、考慮しきれない反論もあるし、時代の状況によって制約を受けます。たとえば戦乱が続く時代に生きた思想家は、平和の時代に生きた思想家より、戦争についてシビアに、偏った考えを持ちがちなのはやむを得ないことなのです。

逆に言えば、思想を持つ、自分なりに相対化された意見を持つということは、有名な哲学者は思想家の特権ではなく、誰にでも自分の範囲でおこなっていいことであり、むしろそういった思想を持つことは、できればどんどんやっていきたいことです。「思想」をつくるというように大げさに考える必要はなく、自分なりの考えを、自分の立場の限界を感じつつも、なるべく公平に、相対的に考えていくことが、価値観を持つということなのです。

実際には、価値観と呼ぶには、「育児休暇」といようなひとつのイシューについて考えるだけでなく、なるべく多くの、意見が分かれてしまうようなイシューについて考え、それをセットで持つ状態をさすと考えた方がいいでしょう。

こう書くと、価値観を持つというのはなんとも面倒なことのように感じるかもしれませんが、必ずしもそうではありません。テレビや新聞の報道を見て、「これは問題だ！」「こうすればいいのに」「こうなった方がいい」などと考えることは誰しもあることです。しかし、同時に反対の意見を持つ人もいます。自分が「こうなっていればいいのに」と考えたときに、それと反対の意見を持つ人と意見交換し、自分の意見を相対化されたものにして持つようにすれば、その繰り返しの中から価値観と呼べるものが生まれてくると考えられます。

■考え方のヒント10 価値が揺らぐ時代に、価値観を持つ

今の時代は、価値が揺らいでいる時代であって、報道ひとつとっても、異なる意見がどんどん出てくるようなことばかりです。だからこそ、自分の考えを持ち、議論によって相対化し、それを繰り返すことで、少しでも明確な価値観を持った人が増えることが必要です。社会全体の価値が揺らいでいるのは、相対化され、明確な価値観を持った人が少ないからこそ、揺らいでしまっていると考えられるからです。

この本では、今を生きる多くの人が、自分なりの考えを持ってほしいと思うイシューについて、具体的に相対化し、価値観を持つというプロセスの例を示しています。取り上げたのは、

テーマ1 戦争は絶対にいけないこと？
テーマ2 男女の考え方の違いをどう考える？
テーマ3 基礎学力についてどう考える？
テーマ4 グロバリゼーションから世界を見る
テーマ5 日本はかつて、アジアにひどいことをしたのか？
テーマ6 宗教は人々を対立させる？
テーマ7 人間と人とのかかわり方
テーマ8 企業は環境の悪者か？

の8つのイシューです。

いずれも実生活の中で実際にぶつかるイシューであったり、ぜひ自分の考えを持っておいてもらいたい思うものばかりです。まずこの8つのイシューを例に、「異なる意見を含めて自分の考えを整理し、自分の考えを持つ」というプロセスを体験してみてください。

この本はあくまで価値観を持つためのプロセスの例を知ることに軸足をおいているので、理解してらいたいことも、8つのイシューについて僕が提示した「結論」のほうではありません。結論は、現時点で僕が考えている結論であって、僕なりに相対化されていると考えているものを挙げました。しかし当然ですが、異なる結論もあってよいし、それを否定するものではありません。異なる結論の人も、僕が示した相対化のプロセスは、ある程度参考にしてもらえるはずで、異なる結論の人がしっかりした価値観を持ってその結論を持つためにも、有効な議論になっています。

それぞれのテーマについて結論が一致しているかどうかではなく、どのような考え方をすれば、「頑迷な意見」ではない、自分なりの「相対化された意見」が持てるのかというアプローチを学んでもらうのが、この本の目的です。もちろん、僕としては、僕が提示した結論に共感してくれる人が多い方がうれしいのですが、それはあくまで副次的なものです。

では、前置きはこのぐらいにして、実際にイシューを考えていきましょう。意見が分かれるイシューについて、僕がどのようなアプローチで自分の考えを相対化しながら、僕なりの考え（結論）をもつに至っているか、読み進めながらつかんでください。

★part2 「考え方をつくる」実践編

■第2章【テーマ1】戦争は絶対にいけないこと？

A どんな戦争もするべきではない
B 戦争をするのは、多くの場合、やむを得ない

戦争が起きると、反戦運動も起こります。戦争が起こるということは、問題が起こったときに、戦争という手段に訴えて解決しようと考える人がいるということで、その一方で、戦いで人が死ぬのはよくないと考える人がいる、のも事実です。では戦争は、正当化されうるものなのでしょうか。それとも戦争は本来はやってはいけないものなのでしょうか。こういう大きな問題について、どんなアプローチをしたらいいのか、考えていきましょう。

■戦争は善か、悪かというイシューがいいのか？

戦争は悪なのか、善なのかと問われれば、多くの人が戦争は「善」であるはずはなく、せいぜい「必要悪」と考える人が多いと思います。戦争は「内包がいい」、つまりよくないものだけれど、「容易になくならない仕方がないもの」「より悪い人間を打破するためならやむを得ない」というような、消極的な容認、という意識です。このふたつの考えの対比の中では、「戦争はなくなった方がいいのだから、なくすべき」という人が理想主義的で、「戦争はやむを得ないもの」という考えの人が現実主義的ということになります。

しかし、「戦争は、なくなった方がいいけれど」という前提が「隠れた前提」であって、違った立場に立つ人々もいるのでは？と疑ってかかる必要もあります。つまり「戦争はいいものだ、積極的に実行すべきだ」という立場です。

一般的な感覚ではこういう人がいることが信じられないと思うかもしれませんが、横軸、縦軸を見渡してみると、ある種の人々は戦争を善と見なし、可能なら積極的にやるべきだと考えていることがわかります。「そういう人もいるだろうけれど、それはオサマ・ビンラディンやフセイン元イラク大統領みたいな、狂信的なテロリストや異常性格者だけでしょ？」と思う人もいるでしょう。しかし世界を見渡し、歴史をよく見ると、「まともな国」の「まともな指導者」や「上層階級」の中に、戦争が大好きで、積極的に戦争をした方がいいと考えている人たちがいるということを、認めざるを得ません。

たとえば第二次世界大戦の初期、米国大統領のルーズベルトは、合衆国憲法や中立法（アメリカ大陸以外の紛争に関与しないという方針を決めていた）を破り、ヨーロッパとアジアの戦争に参戦しました。ルーズベルトは1940年に大統領に3期目の当選を果たすことになる選挙戦で、ずっと「アメリカの若者を欧州の戦場に送らない」と公約してきました。しかし3戦されると、この公約と、法律を破り、ドイツと日本に宣戦布告して、第二次世界大戦が一気に拡大したのです。

米国に限らず、日本も欧州各国も、戦争という手段をとらなくてもすんだはずの場面で戦争を行ったと考えざるを得ない歴史がいくらでも見つかります。米国の、第二次世界大戦への参戦は、結果的に民主主義を世界に広げるという「よいこと」をもたらしました。しかし結果がどうであれ、法律や公約に反して戦争を自ら積極的に始めたということには代わりありません。

こういう事例は、今も進行中で、ブッシュ政権が2003年4月にイラクに対して戦争を始めたことも、やむを得ないと考えることはできず、「戦争を始めたくて始めた」ということがわかっています。開戦前、ブッシュ政権は「イラクに大量破壊兵器がある」と主張していましたが、当時からイラクにそんなものはないということが多くの専門家から指摘されていました。ブッシュ政権内部でも情報がねじ曲げられていたことが調査結果として明らかになっています。イラクとアルカイダの関係も当時は無関係だったことが改選前からわかっていて、後にそれも証明されています。どこまで意図があったかはともかく、「戦争という手段をとらなくてもよい」状況の中で、あえて「戦争をしたい」と考え、実行する人々が、米国のような「まともだと思われている国」の指導者になることがある、ということは事実なのです。

ここまで考えてくると、戦争をめぐる議論は、3つの立場があることがわかってきます。(1)戦争は悪、やめるべきという理想主義的な立場、(2)戦争はやむを得ないこともあり、認められるべきという現実主義的な立場、(3)戦争は目的を実現する有効な手段で、積極的にやるべきという好戦的な立場、の3つです。

◇パコの、自分でツッコミ ◇

歴史の教科書には、過去数千年のたくさんの戦争について、開戦の理由を説明している。日本人は歴史を教科書の暗記として理解しているので、教科書に書かれていることは「だいたい正しいのだろうな」と素直に思いがちだが、教科書に書かれていることが本当はあやしい、という点について知っておいた方がいい。
教科書には戦争の理由はもっともらしく、必然性のある戦争だったかのように書かれているけれど、教科書以外のさまざまな書物や事実を集めてみると、教科書に書かれている「理由」はとても表面的だったり、裏付けのないものだったりすることがわかってくる。たとえば日本が米国に宣戦布告して太平洋戦争に突入するきっかけになったのは、米国から突きつけられた要求（ハル・ノート）がとても受け入れられなかったことだが、なぜ米国が、日本が絶対に受け入れられないような要求を突きつけたかについては、歴史の教科書ではまったく触れられていない。戦争になる背後の理由を、表向きに言われていることではない深い部分まで理解するという姿勢を持たなければ、その戦争に合理性があったのかどうかを判断することはできないのだ。

■同じ事象を、裏表どちらから見るか

さて、イシューが次第に明確になってきたところで、もう少し深めていきます。(2)の「時にはやむを得ず戦争をすることもある」という立場と、(3)の「戦争を積極的に望む」立場とは、実は同じ状況をどう説明するかの違いということができます。(3)の立場に立つ人々は、実際には「戦争をどんどんやろう」とは言いません。「ファシズムの脅威」「テロの脅威」と戦う必要があると主張します。(2)の現実主義の立場をとる人は、「戦争をしない方法より早くて確実に脅威を取り除くことができるし、放置するともっとひどいことになりかねない」と考えて、戦争を支持しますが、実際に戦争を積極的にやろうとする(3)の人々の本音は、「戦争に勝てば、世界の中で自分たちの地位はもっと高まる」「石油資源の豊富な中東を支配下に置ける」などと発想していると考えられます。実際にイラク戦争の目的については、石油説、イスラエル支援説

民主主義を広める説、「持っている武器弾薬を使い切り、新しい軍事技術を試して、軍需産業を潤す説」などいろいろな説明があります。どれが本当かについては戦争全般を考えたい今のイシューと比べて細かくなりすぎるので、ここでは詳しく考えませんが、何らかの目的が背後にあり、その目的を隠して、目の前の脅威に対応するために戦争という手段をとる、説明するわけです。

ここまで考えてくると、(3)は軍事力を持った政府の立場、(2)はそれを支持する民衆やマスコミの立場という関係になりそうですが、実際のところはそう簡単ではありません。(3)の立場を表明するのは民間のシンクタンクだったり、右翼的な政治団体だったりということもよくあり、そういった過激な意見を背景に政府が公表しないものの、採用していることもしばしばです。(2)と(3)は、市民の立場と政府の立場と簡単にはいえないほど、あいまいになっていると言えます。

純粋に(2)の立場に立つ人は、政府の行動を(3)の立場、つまり石油など、隠された意図を持って戦争を行うという考えを「陰謀説」というレッテルを貼って、否定しようとします。ちゃんとした国のちゃんとした政府は、「脅威に対抗するためにやむを得ず戦争をする」のであって、「石油など私利私欲のために戦争をすると考えるのは、政府の行動の正当性をおとしめようとする誹謗中傷だ」というわけです。実はこういう純粋に(2)の立場をとる人々の主張が、(3)の立場をとる人にとっては、「隠れた意図」を隠したままにしておくためのちょうどよい援護射撃になることがわかります。無自覚に「やむを得ず戦争をするのだ」と主張してくれる(2)の立場の人たちは、(3)の立場で「本当の目的」を隠したまま戦争を始めようとする政府を実際以上に「いいことをする人たち」として支援してしまうことに、しばしばなっていることに気がつく必要があります。

～「第2章【テーマ1】戦争は絶対にいけないこと？」は210号に続きます。

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渡辺パコ。ライター、デザイナー、コンサルタント、グロービス・マネジメント・スクール講師。
1960年東京生まれ。学習院大学文学部哲学科卒。85年採用広告プロダクションでコピーライター、クリエイティブディレクターとして広告、会社案内の制作、PR戦略の企画立案などを担当。その後、独立して90年に有限会社水族館文庫を設立。94年から著作活動を開始する一方、Webサイトの設立・運営にアドバイザーとして積極的に参画、ビジネスインキュベーションを担当。雑誌などへの執筆活動も行う。著書に「渡辺パコの35歳からは好きなことでお金を稼ぐ」「環境経営の教科書」「人生に役立つ論理力トレーニング」（幻冬舎）「＜意思伝達編＞論理力を鍛えるトレーニングブック」「論理力を鍛えるトレーニングブック」「手にとるようにIT経営がわかる本」「図解＆キーワードで読み解く通信業界」（かんき出版）、「LANの本質」、「生命保険がわかる本」など。

☆ポートレイト撮影：川口愛

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