110 イラク戦争～対立を乗り超える概念

[com2]MLで大久保さんを招く形で始まった、イラク攻撃に関する議論。「リアルで会ってやってみよう」ということで、その成果をまとめたのが、コミトン「107イラク攻撃～意見の分かれるところ」でした。

このときにまだ未消化だった問題について、「再度やろう」という話になり、第2回が5月13日に行われました。今回はそのレポートです。

前回のレポートであるコミトン107はToshiさんが書いて言いますが、今回はpacoが書きます。Toshiさんは、イラク戦争には基本的には反対だけれど、どちらかというと中立に近い立場で、イラク戦争や米国の歴史に対する知識もやや少なめ。論理思考としてどのように議論をするとよいのかという点で議論をしています。それに対して僕は、イラク戦争に限らず、戦争という手段には基本的に反対、そのために知識もある程度集めているけれど、でも議論の目的は反対者を論破することではなく、同じ土俵で議論をすること、という違いになります。

■「米国は信頼に足りのか？」がイシュー

今回の論点は、コミトン107で「アメリカは力を公器として使おうとしているのか」と指摘している部分です。

前回の議論では、
(1)国際的な意思決定の方法はどのようであるべきか？
～意思決定のよりよい方法は、あくまで（国連などの国際的な舞台での）合議
なのか、それともよりすぐれた能力（この場合米国）がきめたほうがいいのか
(2)合議を無視してことを進めた米国を世界は信頼するに足りるのか？
～合議が機能していなかったとしても、米国の方がよりよい判断をする可能性が
高いと考える合理性はあるか？
というふたつのイシューに絞り込まれました。

大久保さんの主張と、僕の主張の食い違っている焦点が、この2点に絞り込まれてきていたからです。

整理しておくと、(1)では、大久保さんは、

イラク戦争前の国連安保理事会は機能不全に陥っていて思考停止状態だった。そのままではフセインの横暴の前に世界は何もできないままに、いいようにやられてしまうので、米国が世界の判断を代行したのは正しい。

と主張しました。一方僕は、

国連は機能不全に陥ってはいなかったし、フセインもそれほどの危険はなかったのに、米国は一方的に「危険」と決めつけ、国際社会から支持されない戦争に踏み切った。

と主張しました。意見は行き違ったままですが、「国連の機能の是非」「フセインのリスク」というふたつの論点についての見解の相違が、結論の違いにつながったことがわかりました。

(2)では、大久保さんは

米国はこれまでも、歴史上どの国もなしえなかったような公平さ、公正さで国際問題を判断しているので、信頼できる。特に米国を支持したブレアの判断は正確で、ブッシュ+ブレアの組み合わせは、国連よりも世界を任せるに足る。

と主張し、一方僕は、

相対的に見て米英が公平さを期そうとしている国であることは認めるけれど、だからといって間違えないわけではないし、十分に公平・公正とも言えない。むしろ公平でない行動を取るリスクが大きいので、国際社会の合議でリスクを小さくするべきだ。

と考えています。この論点も、米国への信頼度と、それが大きい/小さいの理由の取り方によって結論が異なっているところまでは確認ができました。

ここまでの議論をもとに、今回は、特に(2)の部分に焦点を当てて、米国への信頼度の判断が食い違う判断ポイントの違いを発見しようと思いました。

■何と比較するか？

議論は、最初に上記のように前回の議論を整理した上で、僕が大久保さんに、「米国を信頼する理由は何か？」を聞くところから始まりました。

大久保さんが挙げてくれた理由は、

米国の行動は、第一次世界大戦あたりを境に、世界に対して公平に扱うという努力をするようになっていて、それはそれ以前の帝国主義の大国とは異なる態度である。たしかにベストではないにせよ、米国以外の「帝国主義的な列強」とは異なる「歴史上特別な」国であって、だからこそ信頼に足る。

というものでした。

補足しておくと、第一次世界大戦が転換点になること自体は僕も賛成で、具体的には、欧州の戦線が膠着状態になり、激しい消耗戦が続いていた欧州に対して、米国政府が国内世論をまとめて参戦したことによって欧州は「救われた」と見ることができます。

欧州は19世紀的な帝国主義、つまり自国の利益のためには武力を使った世界の陣取り合戦も辞さない、という行動を続けて、凄惨な戦争に突入した。その決着がつかずに消耗戦に入っていたのを、米国の理性的な参戦が救った、という見方です。

このあたりの意見交換のあとで、Toshiさんはイシューを

第一次大戦後の世界で、米国とそれ以外の国（特にフランス）とでは、公平さは違うのか？

となるのかな？と話したのですが、僕はこのイシューを次のように変えました。

米国は第一次世界大戦の前とあとで、世界に対する公平さを変更したのか？

この両者の違いは、Toshiさんの提案が第一次大戦後の世界に限定して、比較を米国対フランスにしようとしたのに対して、僕は対象を主に米国に限定して、第一次大戦の前後の比較にしようと考えた、という点にあります。このイシューの転換によって、議論はまったく違う次元に入っていきました。

■米国を軸に世界を見ると……？

僕はこのあと、米国の歴史を見ると、第一次世界大戦で公平さや正義に対する考えが変わったとは思えない、という考えを提示しました。米国が第一次世界大戦に参戦したのは、欧州の混乱に「白馬の騎士」として登場しようとしたのではなく、米国が新しい進出の場所を探していた結果なのだと。

ここに至る前の歴史は、コミトン「066 米国による＜世界征服＞」のなかの『「真珠湾」にいたる米国の事情』という節で説明しています。この部分の補足をすると、米国は1823年の「モンロー宣言」と1917年の第一次世界大戦参戦というふたつの転換点が重要な意味を持っています。

モンロー宣言とは、米国第5代大統領が欧州列強に対して、南北アメリカ大陸については合衆国が主導権をとる代わりに、合衆国は欧州の争いに口を出さない、という内容です。19世紀の米国は、東部の独立（1776年）から成長過程に入り、南北アメリカ大陸に覇権を広げていく歴史でした。西部開拓を続ける一方で、中南米諸国が欧州列強から独立するのを助け、逆に米国の支配下に組み込んでいく過程だったと見ることができます。モンロー宣言の目的は、米国が南北大陸の支配を欧州列強に認めさせる意味がありました。そのモンロー宣言を、約100年後の1917年に破り、米国は欧州の対立に介入するようになる。これが第一次大戦という節目です。

ここでちょっと脱線。「19世紀米国の100年」という感覚を、なるべく今の時代感覚に引き寄せて理解できるかどうかが、イラク問題理解にとても重要な役割を果たします。読者のみなさんには、ぜひ100年という時間の感覚を、自分に引き寄せて捉えられるようになってもらいたいなあと思います。

100年というと、一般的に日本人は、遠い過去、歴史上のことと考えがちです。僕自身、数年前まではそういう感じだったのですが、いろいろな思考的な練習を積むことで、歴史的な時間の流れをかなり実感を持ってつかむことができるようになってきました。

バブル期は、僕らにとっては「わりと最近の歴史」ですが、すでに10年がたっています。これが10年感覚。僕が大学を出たのが1984年ですが、これがざっと20年前。20年前は、「けっこう近い、そして容易に思い出せる過去」ですね。僕が生まれたのは1960年ですが、その20年前の1940年は、まだ太平洋戦争が始まる前で、僕が物心つき始めた5歳のころ、終戦の1945年から20年を経過していました。子どもだった僕にはわからなかったけれど、大人にとっては終戦は「けっこう近い思い出せる過去」にあったわけです。

そこからさらに振り返って、というように時間軸を戻していくと、明治維新まではわりとすぐで、これが今から130年前です。明治維新と米国の南北戦争はほぼ同じ時期で、米国本土の領土が固まったのがそのすこし前の1853年。今から150年前です。日本では同じ1853年にペリーが来航し、よく54年に日米和信条約が結ばれている、という時間関係になります。こんな時間軸のつかみ方の練習を、ちょっと意図的にやってみるようにしてみてください。世界に対する見方が変わってきます。ちなみに僕は、高校時代の参考書「日本史」「世界史」をまだ持っていて、かなりよく見直します。安くて、基礎知識を知るのにはとてもよい教養書です（この本をいわゆる受験に使わせることについては批判的ですが）。

さて、米国19世紀に戻ります。米国は18世紀末に独立したとき、憲法に領土と国境線を定めませんでした。これは独立国としてはとてもイレギュラーなことです。独立と同時に西部開拓を開始し、モンロー宣言以降は欧州からの干渉を割けて南北アメリカ大陸の支配を確立する。それが米国の19世紀です。19世紀末には米国は太平洋を越えて日本に到達し、東アジアを支配下に置こうと模索し始める（だから日本にも開国を迫り、明治維新が起こる）。

この19世紀に、米国は国内では先住民に対する激しい迫害を行います。買収した領土を自分たちのものにするために、軍を派遣し、インディアンを武力で追い払い、入植地をつくってインディアンの土地にある森を焼き払って、小麦畑やトウモロコシ畑をつくっていきました。

この過程は、単に武力で押さえつけるだけではなく、インディアンの酋長と条約を結び、インディアンの土地を契約書を作って買収し、いわば「合法的に」インディアンの生活を奪い取っていったのですが、これはインディアンから見れば「無法者」の行動に過ぎませんでした。

たしかにインディアンは契約書にサインし、買収の金は受け取ったわけですが、そもそも金銭を使う習慣がなく、契約書以前に文字を持ったことがないインディアンに、そういう方法で何かを約束させたからと言って、すべてを納得して約束したと考える方が無理があります。初めてお金というものを見る人に向かって「今1000円上げます、その代わり20年後になったら、10年間労働しなさい」という契約書を見せて説明し、1000円のカネは20年間に5000万円の価値になるから、10年の労働は合理的だ、といったとしてもきちんとは理解できないわけです。

こうして先住民から土地と富を奪い、あとから気がついたインディアンが武力で反抗してくれば、徹底的に火力で弾圧する。へとへとになって抵抗する気をなくしたら、「先住民居留地をつくったからそこで暮らしていいよ」と不毛の土地を与える、というようなやり方で、米国は国土を広げていったのです。自分たちのルールを押しつけ、反抗すれば武力でつぶし、反抗できないほど弱れば「人権を大事にするのがアメリカだ」といって囲い込まれた土地で誇りの持てない暮らしを与えるやり方です。

このように、南北アメリカ大陸を掌中に収め、さらに外に拡張しつつあるのが20世紀初頭の米国です。そこに第一次世界大戦が起こり、欧州の戦争終結に決定的な役割を果たして、欧州各国に恩を売ることに成功したのが、第一次大戦時期の米国。これを大久保さんは「世界に公平な態度を取ろうとした」米国、と理解しました。

しかし僕から見れば、米国は、国内や南北大陸でやってきた支配のやり方を、南北大陸から出てからもやり続けようとしていた、と見えます。つまり米国人のいう公平さとは、インディアンに契約書にサインさせ、サインしないインディアンは武力で鎮圧する、恭順を示すインディアンは囲い込んでおく、というやり方を世界にそのまま広げただけに過ぎない、と見えるのです。

インディアンに対して行った扱いは公平といえるのか（契約書は合理的であっても）。もしインディアンに対して不公平なやり方を行ったのなら、米国が第一次大戦以降に世界に行い始めたことも、不公平と考えるべきではないか。

僕は、この段階でのイシューを「第一次大戦を挟んで、米国は公平になろうと態度を変えたのか？」に設定しようとした意味を、このように説明しました。

■概念が広がって、意見が一致を始めた

このような僕の説明に対して、大久保さんも「そういう見方はたしかにありますね」といってくれて、ひとつの共通のストーリーから世界を見ることができるようになりました。

第一次大戦以降に限定して、米国と、比較対象をフランスなどに限定してみると、米国の方が公平だ、という意見も、ある程度妥当性があるかもしれません。フランスなどの列強は、「契約書もつくらずに力で押さえつけた」。それに対して、米国は「契約書をつくり、金を払い、ルールに従って勢力を広げた」というような違いです。この段階で、僕も「米国が一定の公平性を持とうとしている」という意見には、実は歩み寄っていることになります。

こうして共通の理解と視点を持つことで、議論は対立から調和的な議論へに移り始めます。両者の持っている知識が対立のために使われるのではなく、新しい発見をするために使われるようになりました。以後、話はグロバリゼーションに移っていきます。

■米国の公平性は世界に受け入れられているか？

米国はたしかに彼らの考える公平性を世界にもたらそうとしているけれど、ではそれは世界の人から見て公平に見えているのか？

最初のターゲットとなったインディアンは、公平だとはとても思っていないでしょう。大久保さんも含めて、全員agree。日本に押しつけた日米和親条約は公平だといえるか？ No。そこで話は現代に飛びます。米国流のやり方を世界に体現しているのは企業。たとえばナイキは、インドネシアに工場を造り、大量の人を雇ってスニーカーをつくらせていました。しかし中国の方が労働力が安くつくれると見たら、この工場を閉鎖して、中国に移ってしまった。インドネシアでは工場によって周辺住民の生活がすっかり現金収入を前提したものに変わってしまっているのに、工場がなくなって失業しても、住民はいまさらもとの生活には戻れない。ナイキは「それが資本主義だ」と契約書を振りかざして正当性を主張するけれど、インドネシアの住民はどうしても納得できないわけです。

契約書上も経営理論上も、ナイキは何も悪いことはしていない。公平だ。でもインドネシア住民はそれを公平とは理解しないし、怒りは静まらない。この状況は、19世紀から米国が行ってきたものと、構造がまったく同じであることに気がつきます。

これが米国のいう「公平」「公正」なら、世界はそれを支持できない。この食い違いが、イラク戦争前の国連安保理で、米国が支持を得られなかった理由ではないか。

米国流のやり方を単純に「あんたたちはちゃんとやりそうだから、単独で行動（戦争）をしてもいいよ」という信任は与えられない。むしろ「強いし、ちゃんとルールらしきものに乗っていることは認めるけど、それで公平・公正が実現されるとは考えない」という思いが世界を覆った結果が、米英の孤立だったのではないか。

この、世界の見方については、大久保さんも一定の同意をしてくれました。

■アンチ米国の思いがフランスに結集してしまった

大久保さんは、フランスが米英に反対したのは、主に国内事情による、と考えていました。僕も国内事情がきっかけになったことは否定しません。しかしそれだけでは説明できないと思っていました。

ここまで見たような歴史的な構造をとらえてみると、米国がいう公平性に信頼を寄せられな国々が、反対を表明したフランスにすべてアンチ米国として集まってしまったと考えた方がいいのではないか、という見方が出てきました。フランスも、当初はぎりぎりのところで米国賛成に回り、ブッシュに恩を売るつもりが、思わぬ期待が集まってしまい、翻意できなくなったと見た方がよいのではないか？

さらに言い換えれば、米国のいう公平性に信頼が置けない国々は、米国だけに世界をまかせずに、国連なりの場で合議によって世界を運営することを支持したということもできそうです。フランスが、そこまで考えたかどうかについては、僕と大久保さんは意見の一致を見ることはできませんでしたが、フランスが反対し続けた理由が、大久保さんが言うような国内問題だけではないし、世界史的な文脈で理解した方がよい、という点では、意見の一致をみることができました。

■より大きな構造で、対立を乗り越えていく

ここまででイラク戦争の判断の是非についてはほぼ議論が終わりました。

前回は対立点の発見までで終わったのですが、今回は、新しい概念を投入することで、その概念でなら同じ視点で世界の動きをキャッチできる、という調和を見出すことができました。

このように見ると、そもそも当初の僕と大久保さんの対立も、歴史的に見てどのつかみ方をするか、という「パースペクティブ＝遠近法」の違いであることが見えてきます。意見が対立しているときは、議論をする視点が食い違っているからであって、視点がそろうところまで広げたり絞り込んだりしてみると、共通の理解が生まれて来るというのが、今回の議論の流れでした。

もちろんいつもそううまく行くわけではないと思いますが、今回はまとまりのあるところに到達でき、深く気持ちのよい議論になりました。

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渡辺パコ。ライター、デザイナー、コンサルタント、グロービス・マネジメント・スクール講師。
1960年東京生まれ。学習院大学文学部哲学科卒。85年採用広告プロダクションでコピーライター、クリエイティブディレクターとして広告、会社案内の制作、PR戦略の企画立案などを担当。その後、独立して90年に有限会社水族館文庫を設立。94年から著作活動を開始する一方、Webサイトの設立・運営にアドバイザーとして積極的に参画、ビジネスインキュベーションを担当。雑誌などへの執筆活動も行う。著書に「人生に役立つ論理力トレーニング」（幻冬舎）「＜意思伝達編＞論理力を鍛えるトレーニングブック」「論理力を鍛えるトレーニングブック」「手にとるようにIT経営がわかる本」「図解＆キーワードで読み解く通信業界」（かんき出版）、「LANの本質」、「生命保険がわかる本」など。

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