176P 10年先を見ていく生き方

photo by paco.

20代の人たちと話していると、必然的に気になるのが「僕自身はどんな20代を過ごしてきたんだろう？」ということです。

172 未来を考えながら、ライフデザインする
 170 20代で、スケール感のあることを考える

を受けて、僕自身はどのように、なぜ、スケール感のある見方や未来を考えられるようになったのかを、ご紹介したいと思います。といっても、古い話を自伝的に語ってもおもしろくないでしょう、20代の方に参考になると思われるところピックアップしてみます。

■別姓結婚

僕の20代の中心的なイシューは、実は仕事ではなく、結婚でした。

僕が妻になる女性と知り合ったのは大学に入った年なので、ちょうど20歳。もちろん気に入ってつきあい始めたのですが、年齢からいっても、そのまま結婚するというような気持ちではなく、僕にとっては結婚はずっと先のことだったし、彼女と結婚するかどうかも決められませんでした。このあたりは20代前半の場合、まあ男女ともありがちなパターンだと思います。

でも、彼女のほうは早い段階から結婚を望んでいて、大学3年生ぐらいには「学生結婚しよう」という圧力を合うたびに受ける状態でした。もちろん、僕としても彼女と長くつきあうことについては異存がなかったし、このまま行っていずれ結婚するのはいいなと思っていたのですが、なにぶん学生だし、僕は20歳前に父を亡くしていて、実家からの援助は期待できず、奨学金をもらってバイトをつないでなんとか学生をやっている状態でした。金銭的にも、「一人前の社会人じゃない」意識の面でも、結婚できる状態ではありませんでした。

大学を出ると彼女は仕事には就かず、いわゆる「家事手伝い」状態で家にいたのですが、仕事を持っていない女性と結婚してやっていける経済的な自信はなく、結婚については「まだ無理」を言い続けていました。彼女のほうは合うたびに「結婚しよう」という状態で、このプッシュはけっこうきつかった。26歳ぐらいでなんとか年収500万を超えることから、郊外に小さなアパート借りて、2人で食べていくぐらい何とかなるかなと思い始めて、具体的な相談を始めたところで、彼女が言い始めたのが、別姓結婚。結婚しても姓を変えたくないというわけです。

「そんな馬鹿な」というのが最初のころの印象で「彼の名字の下に自分の名を書いてはうれしくなり」という古風な人でないことはわかっていたものの、結婚したいと言うんだから、籍を入れて名前を変えるつもりがあるんだろうと思っていたので、衝撃でした。今のように会社が通称として旧姓使用を認めるなどという気分もまったくなかったころです。親に話せばあきれられるし、友人にはまったく理解されないし、でも彼女の「姓が変わると自分のアイデンティティが失われてしまう」という気持ち自体はわからないではなかったので、ものすごく悩み、またたくさん話し、ケンカしました。

当時から「別姓結婚を法的に認めよう」という動きはあったのですが、未だに法律になっていません。いずれ別姓婚も時代の流れ、という気持ちはあったものの、当時はそれが本当に正しいことだとは自分でも納得できなかったし、別姓婚は仕事を持つ女性の実務的な不便を解消するため、という考え方が主流だったために、アイデンティティ喪失という彼女の考えは、仕事を持っていない人の主張として、納得できないものがあったのです。

寝られないほど話し合い、ケンカした晩がたぶん50日も100日もあったような気がするのですが、そういう中で、結婚の意味や結婚の未来、女性の気持ちや、これまでの男社会の問題点、それをあたりまえのように受け入れてきた自分の無理解などを、山ほど考え続けました。結果として、僕らは入籍せずに、実質的な結婚生活に入る「事実婚」を選択肢、今に至っています。

20代後半で、ジェンダー（男女の社会的役割分担の常識）や法律、そして結婚は「家と家のつながり」ではなく、「個人と個人のつながり」といったことなど、結婚を軸に、ありとあらゆることを考え続けた経験は、実は結果的に、「スケール感のあること」「未来を考えること」をそのまま実践していたのです。

この間の、男女、結婚制度、法律、女性の社会進出などについて、考え、想像し続ける経験を通じて、僕は10年、いや20年以上先を見続けてきたのだと思います。このとき考え、想像し、意見を固めてきたことが、今もそのままそっくり僕を支えているし、世の中のほうが追いついてきている部分もあります。女性が結婚後も企業内で通称を使うことは珍しくなくなり、結婚制度が「家と家のつながり」から「個人と個人のつながり」という考えは、現在の憲法ができて50年以上を経て、ようやく結婚する男女にとっての常識になりました。別姓婚を巡る法制度はまだ変わっていませんが、世界を見れば、米国では同性愛者の婚姻を認める州がでたり、欧州では法律婚と事実婚の違いを実質的になくす制度に変ったり、といったように、確実に変ってきています。

別姓婚を通じて、僕は社会や結婚の歴史、未来を考え続け、その考えを実際に20年にわたって実践することで、「しっかり考えたことは、正しく未来を捉えることができ、その未来は10年、20年後に実現する」ということを身をもって経験したのです。

この「十分考え、未来を想像すると、その未来が実現する＝未来を知る」ことができるということを、僕は結婚を通じて理解したのでした。

■未来を見通すことは、実際にできるという自信

今20代の人に、「未来がどうなっているか考えてください」といっても、うまく考えられない人が多いのですが、それは「考えても、未来のことを知ることはできない」というあきらめや、「未来について考えても、それがあたるかどうかはギャンブルみたいなもの」というような割り切りがあるように感じます。

僕はそのあきらめや割り切りにがっかりしたりいらいらしたりするのですが、やはりやった経験がないとわからないのかもしれません。

未来を必死に捉えようと考え続け、「たぶんこうなるはずだ」という確信を持ち、それをもとに自分の今を意思決定して、10年という時間を経てみると、「ちゃんと未来を見通そうとすると、未来を知ることはできるんだ」ということが身をもってわかるようになります。今目の前のことや、1年先ぐらいのことしか見ないで生きている人にとっては、未来を見通すことは不可能に感じられるのかもしれませんが、習慣的に未来を見ている人にとっては、未来に起こることは、ある意味、必然的にわかることなのです。

（もちろん、未来を知るといっても、何月何日に地震が起こるといような、予言とは違います。将来、どんな状況になるのか、その傾向が、普通よりリアルにつかめるという意味に過ぎません）

自分は未来をつかむことができるという自信を獲得するには、必死に考える経験と、その考えが10年後、たしかに実現していた、という結果を経験的に知っていることの両方が必要です。つまり未来を見ようとした時期から少なくとも10年ぐらいの時間がないと、自信は生まれないのです。若いうちに未来のことやスケール感のあることを考えてほしい、と僕が思うのは、自信につながるまでに時間がかかるので、あとからやればやるほど、自分が活きていく力になりにくくなるからなのです。

■未来を語る人々との仕事

仕事の面でも、未来について考え、それが実現するという経験を20～30代にすることができました。

20代～30代前半で僕がやっていた仕事は、企業PR、特に採用広告で、リクルートブックなどの採用媒体に載せる広告や会社案内を作っていました。コピーライターとしてはまったく日の当たらない地味な分野だったのですが、採用広告というのはこれから企業で活躍する人を選ぶためのものなので、数年先までの企業の展開について、広告することになります。取材先も人事部や企画部門、経営者が多く、必ず短期～長期の経営戦略について聞くことになります。たとえば80年代後半の金融ビジネスを支配したキーワードは、国際化、証券化、M&A、情報化などで、これらすべては当然ですが、その後3～5年ぐらいで現実のものになっていきました。

さらにコンセプチュアルな予想をする人たちにもたくさん会いました。90年前後、ネットワーク技術の進歩しはじめる時期には、オンラインバンキング、オンラインショッピング、マルチメディア、グループウェアといった先進事例やコンセプトを語る人たちをたくさん取材しました。来る日も来る日もこういった情報技術のコピーを書き続けていたので、取材をしてなくても30分で原稿が書けたほどです。当時の技術ではオンラインショッピングもオンラインバンキングもとても使えそうなものではありませんでしたが、それから15年たった今、そのいずれも、ごく一般的に使われるようになりました。

当時のパソコンはまだまだ情けないシロモノで、これが広く使われるようになると考えた人はほとんどいなかったのですが(開発していたメーカーのエンジニア自身が、懐疑的だった)、大学の研究者や先端的なクリエイター、戦略コンサルタントなどの一部は、「誰もがあたりまえに使うようになる日が来る」と断言していたし、僕も特に理科系というわけではなくてもちゃんと使いこなしていたので、技術の進歩でそういう日が来ることは間違いないと考えていました。

でも、友だちや仕事仲間にそんな話をしても、たいていは「日本人はキーボードアレルギーがあるから普及しない」とか「こんな不安定な道具、プロ以外使わない」という人がほとんどで、今の状況を予想できた人はわずかです。

でも、僕は取材した生身の人の口から「こうなる!」という言葉を直接聞き、その後、数年してどんどん現実になっていくという経験を繰り返していたので、多くの人が否定しても、未来を見ている人が言う言葉の真実性を理解し、またそれを自分なりに判断することができるようになっていたのです。

■未来や、社会とのつながりを、常に考え、実感値をつかむ

もちろん、予想が外れていたこともたくさんあります。たとえば90年頃、バブル頂点のころは、日米の経済力について楽観的な予想がたくさん出ていたし、土地神話が崩壊することを見通していた人は多くはなかった。でも、ひとつは自分自身の実感値として、これはおかしいと思っていたこと、バブル崩壊や土地神話の崩壊を予測する人もいて、その人の意見に納得がいったこと、またバブルという経済現象がかつても見られたこと（チューリップバブルなど）といった知識を得ていくと、世間の強気の見通しの危なさが見え隠れしてきて、91年にはバブル崩壊を確信していたと記憶しています（崩壊したのは92年）。

人の意見を聞けば、未来のことがわかるわけではないにせよ、未来のことをどんな人が語っているのかを意識し、その中から信頼性を判断する目を養い、また時には自分独自の判断をしてみた上で、その後の数年を経てから振り返ってみると、未来を知ることが決して不可能ではないことがわかってきます。もちろん、何もかもわかるわけではないし、はずれることもあるけれど、おおよそこうなる、ということがいくつかわかれば、それで十分。

■未来に向かって自分を変える

その未来予測をもとに、自分のやりたいことやスタイルに合う流れをつかみ、その方向に自分の能力を開発していけば、先取りした分、評価を受ける可能性が高くなります。少なくとも受け身で時代の波に翻弄されている状態ではなくなる。自分が先に波を読んでいるという気持ちが、気分的なゆとりをうみ、あたふたしない生き方につながります。

もちろん、はずれた予想や、予想は当たっていても自分の能力開発ができなかったものもたくさんあります。たとえば、93年ごろだったか、コピーライティングに限界を感じていたことから、デザインに進出しようとしたことがあります。コピーから制作までPC上で行えるような技術変革が起きてきているところで、それを先取りしようと思ったのです。

Macintoshを買い、デザインソフトをそろえて、デザインを発注してくれるところ探して、簡単な仕事からやってみました。100万円近いカネと、数か月の勉強期間の投資をして取り組んだものの、結果は失敗。原因は、僕自身のデザインセンスがのばせなかったこと、バブル崩壊でデザイン単価が落ちているわりに、ねらったようにコピーやディレクションとセットの仕事がとれなかった。デザインを出してくれるところはデザインだけ、コピーを出してくれるところはコピーだけ、という形になり、シナジーが起こせずに、結局手間や能力が分散して、収入が落ちてしまいました。ちょうど取引先の業績が悪化していた時期にもぶつかって、収入的にはピンチに陥ってしまいました。

その後、ネット系のビジネスが成長すると見て、これも先取り投資をしたのですが、思ったより業界が成長軌道に乗るのが遅く、やはり収入につながらなかったこともありました。

ただ、こうしたチャレンジがずいぶん後になって活きたところもあり、たとえばネットの知識は、後の本格化したネットベンチャーブームの時には実際に活かして収入につなげることができました。デザインを一時期集中してやった経験があることは、ネットビジネスのコンサルティングの時などに、サイト設計やプランニングのアドバイスとして活きることになりました。いまは自分のサイトや知恵市場のサイトは全部自分で制作できますが、これもある時期デザインをしっかり学んでいたことが理由のひとつです。

■20代で未来を考える習慣をつけてほしい

30～40代でおもしろい仕事をしている人を見ると、やはり自分の仕事に自信を持ち、わくわく感や楽しさを感じながら仕事に取り組んでいるのが特徴的です。

自信を持ってやれるのは、自分がやっていることが未来につながり、また社会にとって役立つと感じているからです。楽しくやれるのは、これまでにないチャレンジングな仕事だから。もし自分が確信している未来が本当に来るなら、自分の仕事は社会にとって役に立つし、人々からも評価を受けられる。そう思えるから、周囲の意見に振り回されず、誰かに言われたからではなく自分が選び、決めて仕事をしているように見えるのです。

こういう主体的な生き方の根底にあるのが、未来を知る力と、社会とのつながりや動きを意識する力です。自分が考える未来が実現すると思えるから、先取りする仕事に集中できる。

しかも、未来について考えたり調べたりすることは、それ自身あまりお金は必要ありません。考えるために頭を動かすのは基本的にタダだし、情報収集もネットや本、TV程度で基本はわかり、あとは少し意図してキーになりそうな人と会うことをすれば、かなりのことが期待できます。要は、やろうとするかどうか、だけです。

でも実際に20代を見ていると、「やろうとする」人自体がやはり少ない。未来を考えること自体に興味が持てないとか、それがなんの役に立つのかわからない、未来などがんばっても知ることはできない、といった気持ちが先に立っているのでしょう。

無理に、気持ちを奮い立たせるようなことではないのではないかと思うものの、はやり主体的な生き方をしていくためには、未来や社会とのつながりを考えることは、不可欠ではないかと思います。

最後にひとつ確認しておきたいのですが、未来を知り、社会とのつながりがわかったとしても、それで僕自身が「金儲け」ができるかどうかということとは別です。ある人はその知識を金儲けにつなげるでしょうが、僕はそれがあまりうまくない。たぶん、金儲けということに最優先のプライオリティがないのと、金儲けのスキルが不足しているのからでしょう。未来のことについても、わかることはあってもわからないことも多く、わかったことだけでは金儲けはできない、ということもあるかもしれません。ただひとつ言えるのは、先を読もうとしながら生きていると、ゆとりを持って生きられるということです。いろいろな変化にあたふたしないですむし、自分の意思で決められる領域が増える気がする。かといって、冷めているわけではなく、変化を楽しめる。それがQOLを生み出すのだと考えています。

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渡辺パコ。ライター、デザイナー、コンサルタント、グロービス・マネジメント・スクール講師。
1960年東京生まれ。学習院大学文学部哲学科卒。85年採用広告プロダクションでコピーライター、クリエイティブディレクターとして広告、会社案内の制作、PR戦略の企画立案などを担当。その後、独立して90年に有限会社水族館文庫を設立。94年から著作活動を開始する一方、Webサイトの設立・運営にアドバイザーとして積極的に参画、ビジネスインキュベーションを担当。雑誌などへの執筆活動も行う。著書に「渡辺パコの35歳からは好きなことでお金を稼ぐ」「環境経営の教科書」「人生に役立つ論理力トレーニング」（幻冬舎）「＜意思伝達編＞論理力を鍛えるトレーニングブック」「論理力を鍛えるトレーニングブック」「手にとるようにIT経営がわかる本」「図解＆キーワードで読み解く通信業界」（かんき出版）、「LANの本質」、「生命保険がわかる本」など。

☆ポートレイト撮影：川口愛

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