156P 基礎以外の学力はどうするのか？

▲ photo by paco

気持ちのよい季候になってきました。ゴールデンウィークや夏・冬など、折々の休みのタイミングにいろいろな人が来てくれますが、その中には子どもたちもいます。この休暇中も2組み来る予定。娘はこちらにいるときは、友達とは遊べないので、同年代の子どもたちが来てくれるのはことのほかうれしいようです。

ToshiさんはBaby日記を書いていますが、僕の娘はまもなく11歳になるので、「育児日記」もかなり違った内容になりそうです。子どもと学校についてはこれまでも

142P 子どもに与えたい基礎とは何か？
128P 子どもたちに伝えたいこと2
126P 子どもたちに伝えたいこと
055P 子どもと学校の新しい関係
046P 天空の民に見る教育の意味

などの記事を書いています。よろしければ、合わせてお読みください。

■競わせて、基礎学力を鍛える

いま学校のあり方を巡って、「ゆとり教育か、基礎学力か」という二者択一の議論が盛んになってきました。

「ゆとり」のほうはあとで説明するとして、「基礎学力」の内容について先に考えてみます。

「基礎学力」重視の教育とは実際のところどのようなものなのでしょうか。基礎学力を実践することで世に知られるようになった「陰山式教育」の陰山（かげやま）英男は、教諭から尾道市の公立小学校の校長に招聘され、全校で基礎学力教育をやってきました。

100マス計算、漢字の徹底、暗唱、百人一首。この取り組みのようすをプレジデント誌が断続的にレポートしてきたのですが、詳しくはこちらを見てください。100マス計算とは、10×10個のマスの用紙の左と上に数字が並び、縦横の数字を足し算（かけ、ひき、割り）で一気にやる練習法。学年の最初に、その学年で習う漢字だけを先にすべて練習してしまってから、文章読解に入る方法。百人一首を覚え、古典を暗唱するなど、基礎を徹底する学習方法の実践で、陰山学校は成果を上げ、注目されています。

実際、確かに算数の計算力や問題を解く力、国語の読解など、成果を上げているのは事実で、陰山はこの方法を「子どもたちの選択の幅を広げる」ことを目的にしていると話しています。高校から大学へと進んで行くときに、自分は医者になりたい、弁護士になりたいと思っても、基礎学力をちゃんと学んでいなければ、たいていの場合あきらめざるを得ない。基礎をちゃんと身につけていれば、「これをやりたい」と思ったときに、その道に実際に進むことができる。実際、陰山が好調になる以前の生徒たちがすでに大学生や社会人になっていて、自分の夢に近づけたと先生を慕っているという記事もありました。

陰山学校の教育は、僕にはいわゆる「スパルタ/詰め込み」の再来に過ぎないように思えます。陰山学校では、厳しい課題にチャレンジさせるために、競争原理を強く持ち込みます。百人一首や計算、漢字では、しばしば所要時間を計り、競わせます。陰山自身は、「競わせているのは以前の自分自身との比較であって、隣の生徒との間ではない」と言っていて、確かに「自分との戦い」ならいいような感じに聞こえます。

しかし自分との競争であろうと、誰かとの競争であろうと、その競争が自分以外の、誰かによって設定されたものであることには違いがありません。陰山学校で子どもたちが伸びる理由は、教師の側が競う課題を与え、競うルールを作っているので、子どもは基本的にそれに乗せられていのです。

■レールの中での優秀さ

このように見てくると、今の時代の中で「救世主」のように見られている陰山学校の問題点が見えてきます。

陰山方式では確かに子どもたちは学ぶことに一生懸命になり、教師は学ばせることに一生懸命になり、一定の（かなりの）成果は上がっています。子どもがおもしろがって学ぶようなノウハウをたくさん持っているので、子どもたちは知らず知らずのうちに学ぶことに集中し、多くのことを身につけるし、それについてほめるられるしくみもたくさんあるので、喜びも感じられるのです。

しかしそれはいずれにせよ、教師が与えた枠の中での学びであり、そのままでは退屈な、計算や漢字や暗唱を、競い合いながら自然にやり気になって取り組んでしまうというしかけの部分で、優れているに過ぎません。陰山学校の卒業生たちが「喜んで」いるのも、「弁護士」「技術者」「看護師」というような、わかりやすい職業に就くために必要な「学び」がスムーズにできたというだけに過ぎません。

陰山方式は、誰にでもわかりやすい、職業INDEXに載っているような職業に就くための基礎としては優秀なのだと思いますが、せいぜいそこまでだと感じられます。今多くの学校では、学級がまとまらず、授業中に教室をうろつく子がいたり、学習にならないというような学級崩壊が起きていることを考えると、子どもたちが意欲的に基礎を学んでいること自体「すばらしい」ことなのかもしれません。しかし、僕から見ると、教師にこれだけ多くの権限と権威が与えられていながら、学級崩壊が起きてしまうという現実を単純に基準点にして、その「低すぎる基準」と比べてすばらしいからと言って、陰山方式が本当にこれからの時代にふさわしい教育なのか？と考えると、疑問を感じます。

演出家の宮本亜門は、若い頃、舞台監督になりたくてロンドンに渡り、それなりに実績を積み、ロンドン社交界の演劇好きの集まりに出られることになりました。彼はつかみかけた名声を手に社交界デビューし、目の肥えたロンドンの上流階級たちとの気軽なパーティに臨んだのですが、そこで彼は打ちのめされてしまいます。貴族たちが彼に投げかけた言葉……「それで、あなたは何をやりたいの？」「舞台監督として優れた舞台をお見せしたいんです」「それは知っているわ。で、その舞台で何を表現するの？」

宮本氏にとってこの言葉は衝撃だったといいます。自分は演出家になりたかったし、なることがゴールで、それ目前に見えていたのに、演出家になることはゴールでもなんでもないことをあっさり見せつけられた、と。

陰山方式が「弁護士」や「看護師」になるために有効な教育だとしたら、僕は彼らに「弁護士になって何をするの？」と問いたい。陰山方式は、その「何」に答えを作ることについて、教えてはいないと僕には思えます。

■「13歳のハローワーク」と陰山方式

陰山方式が注目されている一方で、村上龍「13歳のハローワーク」が売れています。この本に出ている職業は、「弁護士」や「看護師」のような職業名の羅列ではありますが、それが非常に細部にわたっているので、その職業を通じてなにができるのかについて、一定以上に深く理解し、考えることができます。村上龍は「世の中にはふたつの種類のおとなしかいない、好きなことで生活しているおとなと、そうではないおとなだ」という趣旨の発言をしていますが、このことからわかるのは、「何を？」の部分を考えようとすると、同じ職業カテゴリーでも、どんどん細分化されてくるのだということでした。

陰山方式は、「看護師になりたい」と思ったときに、大学や専門学校にはいるための基礎的な勉強の力を身につけることが目的になっていました。しかし陰山方式では、そもそも「看護師になりたい」かどうかを考える力は、身に付きません。またそれが発見できるような授業を積極的に取り入れているようにも見えないし、陰山本人も、そこについてはコメントしていません。そして、実際に社会に出てよい仕事ができるかどうかは、看護師になるかどうかではなく、「どんな看護師になりたいのか」「看護師になって何をしたいのか」にかかっているのだ、というのが、村上龍の主張であり、「13歳のハローワーク」がベストセラーになったことは、「何をしたいのか」の部分にこそ、今の時代ならでは問題意識があるのだと思います。

126 子どもたちに伝えたいこと
128 子どもたちに伝えたいこと2

では明治大学の教育指導者・斎藤孝について同じ批判をしたので、読んでいただいている方には、「あ、この前のあれと同じだな」と思ってもらえると思うのですが、僕が今一番気になっているのは、「What?」を誰が子どもたちに与えることができるのか？　という点です。村上龍は、この点について注目し、「13歳のハローワーク」というひとつの試みを成功させました。その一方で、斎藤孝や陰山英夫のようなアプローチもあります。僕から見ると、斎藤や陰山のアプローチは、「子どもたちに一番与えなければならない力から目をそらして、その力の獲得は子ども自身に預けてしまっている」と感じます。斎藤や陰山は、目先の成長を見えやすくすることで、本質的な部分からは逃げているか、人任せにしているように見えます。

■京都御所南小学校の試み

では小学校はみな陰山方式に傾きつつあるのかというと、もちろんそうではありません。

陰山方式を「基礎学力重視」と位置づけるなら、その対照となるのが、今批判が集まっている「ゆとりの教育」です。

「ゆとりの教育」は、1970～80年代の詰め込み教育のアンチテーゼとして生まれました。ただ知識を詰め込むのではなく、考える、調べ、まとめ、発表し、伝える力を重視しようという「新学力観」というコンセプトを具現化したものが「ゆとりの教育」といわれるものです。

算数や国語の基礎の部分を最小限に減らし（ミニマム・リクワイアメント）、変って教科横断型の「総合的な学習の時間」を新設、そこではテーマに沿って、さまざまな教科を使って考えていくような課題を行うことで、子どもたちに自ら進んで何かを問題に取り組み、解決し、それを人に説明していく力をつけようと言うものです。

陰山方式が注目される一方で、総合学習の取り組みは今や風前の灯火ですが、実績を上げている学校もあります。たとえば、京都御所南小学校です。ここでは、出産を巡って理科～性教育～社会（ジェンダー）といった異なる知識を連続的に学んだり、それを発表したりする力をつけていく家庭が紹介されています。また、別のテーマでは、国語の「会議をしよう」という単元から、社会の「生活と環境」という手～間につなげ、環境NPOのスタッフに来てもらって実際の話を聞いたり、それをプレゼンテーションにまとめたりといった学びをしています。

両方の記事を読んでもらって、これからの子どもたちにより必要なのは、どちらだと感じますか？　どちらが、「それで何をするのか？」という問いを自ら立て、自ら答えを出す力を身につける可能性があるのか。

この学校では子どもたちが「とにかく圧倒的に書く力がある」と評価されていますが、一方で書き、説明し、説得する力をつけたくてグロービスに学びに来る受講生はたくさんいます。これからの時代に必要なのは、秒を争う百人一首ではなく、「自分はこれを調べる」「自分はこれに関心がある」と言える力ではないでしょうか。

■グループで金沢八景まで行き、帰ってくる子どもたち

僕の娘が通っている目黒区立小学校は、偶然ではありますが、京都御所南と似た学校です。区の総合学習研究の指定校になっていた時期もあり、けっこういい線行っているかも？という実績を残してきました。

僕の娘は総合学習が実質的にスタートした年に入学した「一期生」ですが、そのひとつの成果がつい先日の遠足にも現れていました。

この春の遠足は、5年生6年生合同で、横浜市の南部、金沢八景の「野島公園」にバーベキューをしに行くと言うものです。

5・6年生。10人ほどで班を作り、班に2000円×人数分の予算が与えられます。この範囲で、交通費、BBQの食材仕入れ、炭の購入、鉄板や網のレンタルをしなければなりません。学校から現地に行く、現地でBBQをする、帰ってくる、すべてが班だけでの行動になります。

事前に打ち合わせの会で予算や食材を決め、前日には2時間授業をつぶして買い出し。ダイエーに行ってもよし、商店街に行ってもいい。ソーセージを買ってもいいし、牛肉を買ってもいい。子どもたちが勝手に決めるので、最初はご飯ものがまったくメニューに入らないというアクシデントもありましたが、そのあたりだけ先生がフォローして、焼きそばを買っていました。予算が余ればおやつを買うこともできます。買い出しは班での行動なので、もちろん先生がついていくことはありません。僕はたまたまようがあったので、その時間にダイエーに行ってみたのですが、顔見知りの子どもたちが何組かレジであれこれ言い合いながら買い物をしていました。周囲に先生がいるようすはなく、平日の昼間、小学生がたくさん買い物をしているのを不思議そうに見ている大人たちもいました。

翌日は飲み物だけ各自持参で、学校に集合。全員が集まった班から出発。学校から最寄り駅も、4駅の選択肢があり、どの駅も徒歩15分ぐらいはかかるので、駅までのルート自体も班にまかされています。学校を出てから先生に会うのは、チェックポイントのある横浜駅だけ。あとは公園について、BBQの火おこし、食事、遊び、すべてが班活動で、公園を出る前に集合写真を撮るだけが全体行動。途中、公園で、顔を見かけていない友達もたくさんいるようです。

駅に行って「野島公園までのきっぷ」を駅員さんに頼み、「それどこ？」「横浜の野島公園」「？？？」というグループもあったようですが、その話を娘にすると「それ、どこの班？　バッカじゃないの、どの線で言って、どこで乗り換えなんて、みんな覚えてるし、きっぷも金沢八景までしか買えないのを知ってるよ」とのこと。火をおこすのも、早いところはさっさと済ませて11時には食べ始め、遅いところはなかなか、という感じだったようです。付き添いのお母さんが数人行ったので（途中は子どもたちには手出ししない、現地集合）、「おかあさんたちは手伝ってくれたけど、先生は火をつけるのも何も手伝ってくれなかった」という突き放しぶりだったようです。

それでもちゃんと浜で遊び、電車に乗って学校まで戻り、予定から20分遅れぐらいで無事全員そろって解散になりました。

この遠足を通じて、彼らは、目的地までの電車の経路を探すことや料金を調べること（インターネットで）、駅までの道順を調べる、買い物を考え、店の場所を探し、実際に回に行き（値段を計算し）、わからなければ見ず知らずのおとなに聞き、ということができるようになりました。実は、目的地に子どもたちだけで行くという遠足は、彼らは3年生からやっているので、へっちゃらなのです。

僕らのころの遠足といえば、学校の前までバスが来て、連れて行ってもらい、並んで公園を歩いて、親が作った弁当を食べ、200円以内のおやつを喜び、といった感じでした。それに比べて、なんとのびのびとたくましく行動し、実際的な力をつけていることでしょう。彼らはそれを軽々とやってしまいます。

■基礎力を測る物差し、総合力を測る物差し

基礎力を測る物差しは、たくさんあります。テストのたぐい、わかりやすい問題と所要時間、暗記。一方、電車に乗って遠くの公園に行ってBBQをして帰ってくる力を測る物差しは、容易に見つかりません。

基礎力の不足は物差しで簡単にわかり、足りないと分ければ、「もっとつけさせなければ」と簡単に言えます。しかし応用力や総合力を測る物差しが見あたらないので、それがないことにも気がつかないし、なくても気にしないのです。そもそも、総合学習のような学びをしていなければ、何が総合力なのかも見当がつきません。

総合力として身につけられる力は、重要な力であるにもかかわらず、物差しがないために軽視されています。別の言い方をすれば、物差しで測るものしか見ないことで、僕らは子どもたちに身につけさせたい力を、無視してしまったり、子ども任せにして、おとなとしての責任を放棄してしまっているのです。

総合学習によって、「What?」をつかむ子どもたちが増えるとは限りませんが、少なくとも基礎ばかりを競わされている子どもたちより、自分の頭で考え、行動する力がつくと僕は思います。

僕らは今、子どもたちに何を身につけさせるべきなのか、きちんと向き合い、選ぶ必要があります。これからの社会の中で本当に必要なのは、どんな力なのか。それを身につけるのに、どんな学校教育であるべきなのか。

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渡辺パコ。ライター、デザイナー、コンサルタント、グロービス・マネジメント・スクール講師。
1960年東京生まれ。学習院大学文学部哲学科卒。85年採用広告プロダクションでコピーライター、クリエイティブディレクターとして広告、会社案内の制作、PR戦略の企画立案などを担当。その後、独立して90年に有限会社水族館文庫を設立。94年から著作活動を開始する一方、Webサイトの設立・運営にアドバイザーとして積極的に参画、ビジネスインキュベーションを担当。雑誌などへの執筆活動も行う。著書に「渡辺パコの35歳からは好きなことでお金を稼ぐ」「環境経営の教科書」「人生に役立つ論理力トレーニング」（幻冬舎）「＜意思伝達編＞論理力を鍛えるトレーニングブック」「論理力を鍛えるトレーニングブック」「手にとるようにIT経営がわかる本」「図解＆キーワードで読み解く通信業界」（かんき出版）、「LANの本質」、「生命保険がわかる本」など。

☆ポートレイト撮影：川口愛

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